「ようやく來たか」

部屋の中心にある手臺に一人の男が座っていた。黒髪で日本人であろう容姿ではあるが、眼鏡の奧の目が赤くり輝いており……どう控えめに見ても人間ではない。

彼は白いスーツを著用しており、ビジネスマンのような外見をしている。指には……銀の結婚指が嵌められているが、これは人間だった時の名殘りだろうか？　その男がこちらを見てニタリと笑う。

「んー、キミはサラリーマンか何かかな？」

悠人さんがその男の風貌を見て張なく問う。その問いにくすくす、と笑いを上げると男は馬鹿にしたような笑みを浮かべて男は答える。

「サラリーマンだった私は死んだよ。あの方にこの世の欺瞞を教えられて私は甦ったのだ、君たちの分類では私は何級かね」

男が兇暴な笑いを浮かべると、口元に鋭い牙が見える。

ああ、こいつは前世でも散々見た……吸鬼(ヴァンパイア)だ。を吸う悪鬼で始祖吸鬼(ヴァンパイア)と呼ばれる親から人間を元に生み出され、自ら不死の化けと化した命なき者だ。

活源として人間のを必要とし、貞・処以外はを吸われると食鬼(グール)へと変化してしまう。

食鬼(グール)に変化しなかったものは新たなる吸鬼(ヴァンパイア)として、を吸った吸鬼(ヴァンパイア)の従僕として蘇る。それを嫌がってわざわざ貞は殺し、処を強してから吸するという吸鬼(ヴァンパイア)すらいる。人間の敵、夜を歩く者(ナイトストーカー)、嫌悪するべき闇の住人。

「そうですね……まあ、二級降魔(デーモン)相當では？　それと貴方一人ですか？　そのあ(・)の(・)方(・)、とかいう人はどこへ？」

私の問いに答えようともせずに、むしろ私のを値踏みするように上から下まで眺めてから、し何かを嗅ぐような作をする……その後と侮蔑に満ちた眼差しを私に向ける眼鏡吸鬼(ヴァンパイア)。

「お前は処(バージン)だな……新たなる吸鬼(ヴァンパイア)を作るな、と命令されている。お前は私が満足するまで犯してからを啜ってやろう。男は……そのまま食鬼(グール)に転生だ、喜ぶがいい」

うっ……これだから吸鬼(ヴァンパイア)ってやつは……私は生理的嫌悪丸出しの表で一歩後退りする。

匂いとか覚で的確に相手がどのような狀態であるかわかってしまうのだ。こいつらは自分たちが闇の貴族だとか、夜の貴族だとか宣うが実際はこういうデリカシーの無さが全面に出た連中なのだ。

普通相手が処(バージン)だとか、そうじゃないとか口に出さないだろう？　貴族って名乗ってるくせにこれだよ。

そしてこの吸鬼(ヴァンパイア)が放った私が処(バージン)、という言葉(ワード)になぜか恐ろしく興して反応する男が橫に立っていた。

「そうだ、燈ちゃんの初めては俺が予約してるからな、今は一〇〇パーセント処(バージン)だぞ！」

超自信満々に吸鬼(ヴァンパイア)へ指を突きつけ、答える悠人さん。

そしてその放たれた言葉を聞いて、思わず赤面して絶句する私……何を、何を言っているんだこの男(バカ)は、なんでお前が予約してることになっているんだ、ここに來てまで全力のセクハラなのか、お前は。

悠人さんの馬鹿みたいな返答で寒い空気がその場に流れる……ああ、時が止まる。

きょとんとした顔で悠人さんを眺めていた吸鬼(ヴァンパイア)が、彼に馬鹿にされたとじたのか牙を剝き出しにして怒り始める。

「人間風が……人を超越した私をバカにするのか！　許さんぞ！」

手臺から降りると全に力を込める。めりめり、と音を立てて筋の鎧を纏うように全が盛り上がっていく。吸鬼(ヴァンパイア)の筋力は人のそれを遙かに凌駕する。拳一つで人間の頭くらいなら楽に吹き飛ばしてしまうだろう。

「……來ますよ」

「おう」

ドン！　と床を蹴る音とともに、吸鬼(ヴァンパイア)の拳が先ほどまで私がいた床をカチ割る。私は柄に手をかけたまま大きくステップし、その攻撃を避ける。會話の途中でさっさと刀を抜いておけば良かった、と思いつつ著地する。そこへ吸鬼(ヴァンパイア)の追撃が襲う。しかしその拳にいきなり炎がまとわりつき、異変に気がついた吸鬼(ヴァンパイア)が慌てて距離を取る。

「発火能力(パイロキネシス)？　あの男か……だが」

笑いながら、ふっと息を吹きかけると拳にまとわりついた炎が消滅する。

「俺の炎を消せるのか……」

悠人さんが驚いたように吸鬼(ヴァンパイア)を見る。その様子を見て吸鬼(ヴァンパイア)が再び笑みを浮かべる。

「ああ、この炎は魔素を含んでいるな。それであれば私クラスの吸鬼(ヴァンパイア)であれば十分消せる」

んー……このタイプの吸鬼(ヴァンパイア)は今世では初めてだな。前世の吸鬼(ヴァンパイア)でも一部魔法を消失させる能力を持っていた個がいたが、それに近いだろうか。ただ、それは始祖にかなり近い個だったはず。この世界にも始祖吸鬼(ヴァンパイア)がいる、ということなのだろうか？

「ふっ！」

その間隙をって私は鯉口を切り、居合(イアイ)による斬撃を見舞う。

この剣筋は前世で習得したミカガミ流……前世でノエル・ノーランドが極めた剣であり、最強とまで謳われた無敵の剣である。

私は、圧倒的に高い能力で技巧に振り切った技を中心に使用しているが……その記憶の中にある技のキレや不思議な力などを使うにはまだ及んでいない。

「ミカガミ流……閃(センコウ)ッ！」

私の剣筋が見えない人には軽い金屬音とともに相手がぶった斬られたように見えるであろう。しかし、眼鏡吸鬼(ヴァンパイア)はその斬撃に合わせて瞬時にを黒い霧のような狀態にして斬撃をいなす。勢い余った斬撃が手臺とその後ろにある壁に大きな斬撃痕を刻み、床へと音を立てて崩れ落ちる。

「ずいぶんと手癖の悪い子高生だ。……私でなければ死んでいたぞ？」

ーードクン。

「そうですか、死ななくて殘念です」

私は刀を斜に構え、次の攻撃に備える。心臓が大きく鼓する。

こいつは久々に見た中々の強敵だ、そうじる自然と私の顔に笑みが浮かぶ。前世で剣聖、という稱號をもらってから今世に至るまであまりじなかった心地よい張が私の心を包み込む。

ーードクン。

そうそう、戦いとはこういう張が無くてはな、フフフ……。

前世……剣聖(ソードマスター)ノエルとしての意識が強く押し出される。全の筋が骨が軋み音を上げる。抱えている魂の力に、現世の俺のか細いが悲鳴をあげている。獰猛な笑みを浮かべた俺は相手を威圧するように一歩前に進む。

いきなり俺の雰囲気が変わったことを察知したのか、吸鬼(ヴァンパイア)の顔から笑みが消える。

「貴様……本當に人間か？」

それには答えず、笑ったまま全力で床を蹴る。ズドン！　という音とともに床が耐えられなかったようにひび割れ、俺は一瞬で吸鬼(ヴァンパイア)の眼前に迫り……目測を誤って近づき過ぎたために刀が振るえず、心舌打ちをしながら仕方なく、を回転させ刀を持っていない腕で肘打ちを叩き込む。

「ぐっ……あぁああっ！？　わ、私の腕がぁあっ！」

吸鬼(ヴァンパイア)が肘打ちを腕で防ぐが、俺の腕力の前に腕が耐えきれずにへし折れ、悲鳴をあげる。

ああ、このは軽(・)す(・)ぎ(・)る(・)な、全く。もうし筋がつかないとな。

慌てて飛び退く眼鏡吸鬼(ヴァンパイア)の挙に合わせて、悠人さんが炎を叩き込む。

「燈ちゃん！」

しかしく目標への発火は難しいらしく、空間に次々と炎が発するだけで眼鏡吸鬼(ヴァンパイア)に直撃しない。

著地地點を見計らって高速で距離を詰めた俺は斬撃を繰り出す。その攻撃を読んでいたようで、黒い霧と化して斬撃をいなす。しかし霧狀になった吸鬼(ヴァンパイア)は必ず元に戻らなければいけない。

つまり、一撃ではなく……圧倒的な手數で押し切ればいい。

「ミカガミ流……紫雲英(レンゲ)！！」

紫雲英(レンゲ)はその名の通り、紫雲英の花弁の如く前方へ超高速の連撃を繰り出す技で、前世では竜(ドラゴン)や巨人(ジャイアント)相手に使った大技だ。連撃は黒い霧の背後にある手臺をどんどん細切れへと変えていく。

「さあ、早く戻れよ、死んでしまうかもしれないけどね」

兇暴な笑みを浮かべたまま、超高速の斬撃を繰り出していく俺……吸鬼(ヴァンパイア)は黒い霧のままじっと耐えているがもう時間の問題だろう。

基本的に吸鬼(ヴァンパイア)は長時間霧のままでいることはできない。彼らが使うを霧にする技というのは、魔素を使って一時的にを構している分子を霧へと置き換えているからだ。

もし魔素が切れたら？　を再構して元に戻るしかない。前世のような魔素に溢れた世界であれば、そうだな……一時間程度霧のまま行できただろうが、殘念ながらこの世界では持って一分。

この世界は絶対的に魔素が足りない……これはこの世界の理(ことわり)。

「あっ……あ、う、うぎゃああああああああ！」

予想通り、吸鬼(ヴァンパイア)は徐々に実を取り戻していく。俺の斬撃は実化していく端から端までどんどん叩き込まれていく。飛沫をあげて苦しみながら実態へと変化していく吸鬼(ヴァンパイア)。

ほとんど拷問に近い攻撃で実化するたびに腕や腳が吹き飛んでいく。苦悶の表を上げ、涙を流しながらビクビクと震えて苦しむ吸鬼(ヴァンパイア)。

「やめて！　よして！　痛い！　やめて！　よして！　痛い！」

「そうやって命乞いをした人を、お前は助けたか？　笑いながら殺したのだろう？　だからお前は絶に包まれて死ね」

俺は超高速の斬撃を眼鏡吸鬼(ヴァンパイア)へと叩き込み、ほぼ首から上以外のを細切れにした。だが、吸鬼(ヴァンパイア)というやつは、この狀態からでも時間をかければ復活できる。

だからここでさっきからドン引きした表を浮かべている男の力が必要になる……俺は彼の方向を見ずに、細切れの吸鬼(ヴァンパイア)を指差して、一言だけ伝えた。

「燃やしてくれ」

俺の指示で、お、おうと返事をした悠人さんが発火能力で吸鬼(ヴァンパイア)に放火する。おそらく発火を無効化したのは、息を吹きかけるなどの作が必要だったのだろう。パチパチと音を上げながら、眼鏡吸鬼(ヴァンパイア)が絶命していく。

俺は……いや……冷靜になろう。顔に手を當てて深呼吸ひとつ、剣聖(ソードマスター)ノエルの意識を引っ込める。刀を鞘に収め……もう一度深呼吸をして心を落ち著け、昂る心を抑えていく。

獰猛な猛る魂は次第にその炎を小さくしていき……ゆっくりと目を閉じるように眠りについていく。そう、こうやって魂をれ替えれば……俺は、私に戻れる。

何度か深呼吸をした私は、悠人さんに向き直ると可憐なの表で微笑んだ。

「さあ、帰りましょうか。私ちょっとお腹すいちゃいました」

_(:3 」∠)_ 吸鬼の固定概念を崩そう（何故

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