《高校生男子による怪異探訪》8.市の方の男
「え?」
見れば道路に繋がる出り口に男が一人立っていた。ラフな私服姿で年齢は三十代くらいだろうか。
どこの誰だろう? 黒縁の眼鏡越しに細めの目がこちらをじっと見つめている。
「え、あの」
「ここは一応立ちりは止となっているんですよ。表に侵止のロープが張られていたはずですが」
喋りながら男がこちらへとやって來る。表も口調も無そのものだが、話す容それ自は俺たちを非難するものだ。
そう言えばあの倒れていた看板に何かそれっぽいことは書かれていたな。まぁ、死亡事故も出てるなら立ちりが止されるのも納得ではあるが、でも侵止のロープ? そんなもの、あっただろうか。
「ロープなんてそんなのあった?」
ちょっとこちらでゴニョゴニョ。各自の記憶をり合わせるが、ロープなんて見掛けた覚えはない。
「言い訳を考えているんですか?」
そうこうしている間に男が傍まで來た。咎め立てるということはこの土地の関係者か? なんだってそんなのとエンカウントしてんだ。いや、流石に騒ぎ過ぎたのか? だとしたら俺たち、ひょっとして通報された? やばくね?
「い、言い訳、と言いますか……。あの、ロープなんてどこかにあったんでしょうか? 僕たち、見掛けていないんですけど……」
「え?」
恐る恐ると発した問いに今度は男が意表を突かれる。この様子を見るに本來ならしっかりと囲いがなされていたのだろうか。それなら俺たちも侵には抵抗を見せた、と思いたい。
「道路からこちらへる道へと降りて直ぐ、看板に通行止めのロープが掛かっていたと思うのですが……」
「そ、そんなのありませんでしたよ。確かに看板は見付けました。でもロープなんて一本だって掛かってませんでした」
不可解そうに訊ねる男に樹本は必死に答えていく。俺たちがロープを取り去って無理矢理侵した、なんて思われたら厄介だからな。堂々と制服を著たままだし、多分どこの學校の生徒かまでもう把握されてんじゃないだろうか。
樹本の抗弁をどうけ取ったのか、男は顎に手を當てて首を軽く傾げる。
「ふむ、そうですか。おかしいですね。関係者以外は立ちらないようにと市の方で対策されたはずなんですが……」
男も不思議そうだ。その話が本當ならやはりここは隔離されていたんだろう。俺たちが來た時は全くの無防備だったんだけど、なんでそうなった?
「……ああ。ひょっとしたら先客の仕業かも」
男もえて首を傾げていれば唐突に嵩原がそう呟く。先客?と男と一緒に訝しんだ目を向けると、今度は樹本が聲を上げた。
「あ! 話に聞いた大學生? あの人たちがロープを取っちゃった?」
「そうかも。わざわざ肝試しに選んでいるしね、立ちり止なんてなってても無視してることは充分想像出來るでしょ? 取り外して、そして戻さずに帰っちゃった。その後、誰もここの様子を見に來なかったのならロープが外されていた理由も説明出來ると思うけど」
推論を披してちらりと男に視線をやる。男は男で考しているようで、暫し黙り込んだあと口を開いた。
「まぁ、月に一度という頻度で様子見などしていませんし、有り得る話ではあるでしょう。ちなみにその大學生というのはいつここに侵したと?」
「話によると先週、ゴールデンウィークの間にったそうですよ。ま、こちらも又聞きではあるんですが」
「ああ、そんなに直近ですか。それならば充分可能はあるでしょうね」
嵩原の答えに男はなるほどと頷く。お、これはどうにかお叱りは回避出來そうか?
「噓を吐いている様子もありませんし、侵止だと知っていてこちらへ踏み込んだ訳ではないみたいですね。でも、ここは市の管理する立派な土地ですよ。知らなかったとは言え勝手に上がり込むのはよくありません。不法侵で訴えられる恐れもあるんですから」
あ、やっぱりお咎めなしとはいかないか。そう法を盾に取られるともうなんも言えなくなるな。素直に謝っとこう。
「「「「すみませんでした(ごめんなさい)」」」」
謝罪が重なる。変に意地張ったって無意味だって全員が判斷した訳だ。これで手打ちにしてもらえるといいんだが。
「はい。素直なのはよろしい。まぁ、市の方もいつまでもあんなり切れた看板を改修もしないで、新たな看板処か注意喚起のための施策一つ講じていないんです。こちらにも非はあると言えますし通報だけは止めておきましょうか」
祈りは通じた! セーフ、セーフである。どうにか最悪の展開だけは免れたか。
「えっと、それでいいんですか? あなたは市役所の方では……」
「一応所屬はしていますが、この土地の問題も把握していますのでそう上からも言えません。あなたたちを表立って罰すれば市の管理法も公になってしまいますし。それだとし面倒なんですよね」
「は、はあ……」
々闇を孕んだ返答が聞こえて來たが問題はない。大切なのは俺たちが窮地をしたという事実だけだ。河の存非を調べたいがために不法行為を行った、なんて事実が白日の下に曬されなかったことを喜ぼう。
「お咎めはなし、とは言え事くらいは把握しなければいけないんですがね。あなたたちはどうしてここを訪れたのでしょうか?」
「え……」
これで解放される、と思ったらまだ続きが。訪れた理由なんて、それこそ河が云々……。それ正直に言うの? 恥ずかしいんだけど。
「え、えっとですね」
樹本も答えに詰まってる。馬鹿正直には話せないわな。恥を曬すだけだし。
「おや? どうしましたか? 答え難いでしょうか?」
「そ、そうですね……」
「ふむ。しかし機の把握はしなければいけないんですよね。何を思ってこんな林の中まで來たのか、理由によってはそれこそやはりきちんと法の判斷を仰がなければいけなくなりますし」
答えに窮していたらまさかの通報が再熱。まずい、ここは適當でもいいから理由を提示しないと……!
「何を思ってこの跡地にやって來たんですか?」
「それ」
「はい!」
答えようとしたら元気な聲に邪魔された。見れば檜山の奴が思いっ切り腕ばしてる。よりにもよってお前が解答者かよ。
「おや、元気ですね。はい、それじゃ手を上げてるあなた。なんでこの場所にやって來たんですか?」
「はい! 河がいるかどうか調べに來ました!」
なんのてらいもなく檜山は元気よく答えた。俺はその解答にそっと空を見上げる。ああ、もう半分は夜の空に変わっているのな。隨分とここに長居してしまっている。早く家に帰りたい。
「……そうなんですか」
靜かに現実逃避をかます。ぼんやりと空を見上げる俺の耳に、どこか唖然とした男の呟きがじんわりと染みった。
「河、ですか」
檜山の奴の暴によって俺たちは素直に跡地にやって來た理由を話さなければいけなくなった。
男子高校生が四人も集まって河の探索。文字に起こすと更に威力の上がる行理念を説明するのに掛けた労力は計り知れない。樹本なんて説明役になっていたのに若干俯きがちだったからな。
「部活の一環でこの地に河がいると耳にしたから調査に赴いた、そういうことですか」
「はい……、その通りです」
確認のためなのだろうけど、あまりしみじみとしたじに復唱はしないでもらいたい。樹本も俺たちも軽く打ちのめされているのだ。自分たちの口から一通り話すだけでも神が削られている。
「肝試し、なんてワードが出て來たのでてっきりあなたたちもそうなのかと思いましたが。実態は調査目的だったんですね」
ほうほうとどこか関心のあるように頷く男。今のこの男の心境ってどうなってるんだろう。高校生が夢のあることしてるな? それとも馬鹿なことしてるな?
「私も以前からこの跡地についてはいろいろ話を伺ってはいますが、しかし河が住んでいるなんて噂は耳にしたことがありません。一どこから手した話なのでしょうか?」
「えっとですね」
「それは先に話した大學生からですよ。彼らは夜間にこの場所で肝試しを行い、その際に河らしきものの姿を見た。その話が彼の同好會へと持ち込まれたんです」
「ほう。なるほど。そうなのですか」
樹本のあとを引き継ぐようにして嵩原が滔々と答える。樹本にしろ嵩原にしろ、実にそつなくけ答え出來るものだな。カンペもなしに論理的に話すのは俺には荷が重い。
「オカルト研究同好會、ですか。確かに河などという未知なる存在の噂を聞けば飛び付きたくもなるのかもしれませんね。でも調査場所はきちんと事前に調べておいた方がいいでしょう。そこが誰かの管理下にある場合、許可を取らなければ不法行為と見なされるものですし」
「はい。仰る通りです」
そこを突かれるとなぁ。これまで噂の検証のために訪れた所は大公の場所だった。神社とかトンネルとか、特に許可の要らない場所だったんで管理地っていう意識が抜けてしまっていた。
更に言うなら蘆屋先輩からも注意などがなされなかったことで油斷していたんだ。先輩はこの跡地についてきちんと所以等も調べ上げていた。その先輩が調査をしろと言ってきたことで、無意識ながら勝手に調べに行っても問題ないと思い込んでしまった。下調べなどを他人に委ねるとこういった抜けが出て來るのだから注意しないとなぁ。その馬鹿な學生みたいに私有地の無斷立ちりで炎上しかねない。いや、今正にそうなってる?
「事はよく分かりました。あ、あと寫真撮影もしていますか? もし撮っていたのなら容を確認させてもらいたいのですが」
「え……」
「立ちったことに関しては見逃しますが、この場所の寫真やあるいは留など勝手に持って行くことまで許した訳ではありませんので。寫真など出回ってここへの関心が高められてしまえばまた不法侵者が出ないとも限りませんから」
告げる男の視線が俺へと向けられる。カメラ手にしていましたね。これは斷る訳にはいかないよな。でもなー……。
「……」
「見せてください」
請われてちょっと困る。見せるのは別に構わないし最悪全消去となっても仕方ない。でも、これ見せるのって大丈夫か? 困って他の奴らに目配せする。
「どうしたんですか? 別に沒収はしませんよ。ただデータを確認して、外に流出しないよう約束してもらうだけですよ」
言葉を重ねる男だが、今一踏ん切りが。野郎共と目でどうする?どうする?とやり取りを続けるが誰もいい案など浮かばない。
若干男の雰囲気が冷たくなった所で、仕方なくと樹本が口を開いた。
「あの、お見せするのは問題ないんです。でも、その、寫真がちょっと、ですね……」
おずおずと話し出すも切れが悪く要領良く伝えられない。あの寫真を思い出してしまったようで、顔の悪い樹本に男も首を傾げた。
「寫真が? 何かありましたか? 見せられないものでも寫りましたか?」
ドンピシャな指摘に全員で黙る。そんな俺たちの様子を見て、果たして男はどう思ったことだろう。見てもその表は涼しげで心なんざさっぱり窺えない。
これはもうあれだ、とっとと見せてしまうしかないか。この生真面目そうな男がどんな反応をするのかと考えると恐ろしいが、こうなったら委ねるしかない。
そう決斷してカメラを差し出した。
「? まぁ、いいです。拝見しますね」
男はカメラを弄ってデータを呼び出す。軽やかな電子音が靜かな日暮れ時に響く。やがて見付けたか、男の作する手がピタリときを止めた。
「……………………」
沈黙が、長い沈黙が橫たわる。男はきっとじっと畫面を覗き込んでいるんだろうな。推量で語っているのはそっと視線を逸らしているからだ。樹本も嵩原も同じ。檜山はなんでだか期待した目をしてるな。想でもしいのかね。
「……なるほど」
長い沈黙を破って男はそれだけを口にする。それは何に対しての納得か。視線を戻せば男もカメラから顔を上げた。相変わらずの無表でこちらをじっと見る。
「……あなたたちは、ここで何度か水難事故が起きていることをご存知でしょうか?」
何を言われるのかと構えていればそんな質問が飛び出してきた。唐突な話題振りに首を傾げる。
「え? あ、はい。あったということくらいは耳にしています。詳しくは聞いていませんが……」
樹本の答えを聞きながら脳裏にとある映像を浮かばせる。赤い大きなバツにれた人型。あの死亡事故を伝える看板だ。ここは死亡者も出ているんだよな。
「そのことについて詳しく語りたいと思います。場所を移しますが、よろしいですね?」
有無を言わせない強い口調だ。なんだ、何やら話の流れが変わってきたような。
「え?」
「この場で語るのも憚られる話なんです。それにもう日が落ちます。夜の水辺は危ないですからね、道路側まで戻りましょう」
言われた通り、周囲にはもう夜の影が忍び寄っている。夏に向かい日はびているが、それでも日暮れともなればあっという間に辺りは暗くなる。ここには街燈の類もないんだ、鬱蒼と茂る林というのは想像以上に真っ暗で落ちる影も濃い。
確かにこのまま留まるのは危険か。促されるまま、俺たちは古戸池をあとにした。
【書籍化&コミカライズ】勇者パーティーを追放された俺だが、俺から巣立ってくれたようで嬉しい。……なので大聖女、お前に追って來られては困るのだが?
【コミック第2巻、ノベル第5巻が2022/9/7同日に発売されます! コミックはくりもとぴんこ先生にガンガンONLINEで連載頂いてます! 小説のイラストは柴乃櫂人先生にご擔當頂いております! 小説・コミックともども宜しくー(o*。_。)oペコッ】 【無料試し読みだけでもどうぞ~】/ アリアケ・ミハマは全スキルが使用できるが、逆にそのことで勇者パーティーから『ユニーク・スキル非所持の無能』と侮蔑され、ついに追放されてしまう。 仕方なく田舎暮らしでもしようとするアリアケだったが、実は彼の≪全スキルが使用できるということ自體がユニーク・スキル≫であり、神により選ばれた≪真の賢者≫である証であった。 そうとは知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで楽勝だった低階層ダンジョンすら攻略できなくなり、王國で徐々に居場所を失い破滅して行く。 一方のアリアケは街をモンスターから救ったり、死にかけのドラゴンを助けて惚れられてしまったりと、いつの間にか種族を問わず人々から≪英雄≫と言われる存在になっていく。 これは目立ちたくない、英雄になどなりたくない男が、殘念ながら追いかけて來た大聖女や、拾ったドラゴン娘たちとスローライフ・ハーレム・無雙をしながら、なんだかんだで英雄になってしまう物語。 ※勇者パーティーが沒落していくのはだいたい第12話あたりからです。 ※カクヨム様でも連載しております。
8 125家から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら
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