《高校生男子による怪異探訪》23.母の憂い
雑賀からの折り返しの連絡は直ぐに掛かってきた。本日の夕方、喫茶店にて話し合いの場を持とうとそう提案される。永野母も話し合いには來てくれるとのことで、電話口に向かい樹本は何度もお禮を述べた。
場所まで用意してもらい恐の限りではあったが、それはつまりは雑賀本人も參加するという明確な意思表示だろう。永野に近しい大人の參戦に樹本などはいろんな事込みであるが胃が痛くなってきた。
「なるようになる、だよ」
「怒られるならそりゃしょうがない。それでも永野と仲直りしたいんだって頑張ろうぜ」
同じ境遇である二人とめ合いながらも待つこと放課後。學校が終わるなり三人は連れ立って喫茶路シェーヌへと向かった。
時間帯的に人通りも多い商店街から橫道にり、打って変わってこちらは閑散とした乾いた空気に満たされている路地を進む。
日も大分短くなった。年末、の前の異國の生誕祭の盛り上げに湧く喧騒を背後に、暗くの落ちる道を行く。所々にを振り払うようにして明るい電飾が客引きのついでに來たるクリスマスを強調していた。
「あー、そうか、クリスマスって今週?」
「そうだね。丁度終業式がクリスマス當日だね」
「街は盛り上がっているみたいだけど、このままだと俺たちは安穏と聖夜を楽しむことは出來そうにないのが悲しいね」
それは永野のことか、それとも聞かされた噂に関して言ってるのか。訊ねる前に一行の足は目的の場所に辿り著いた。
ノスタルジックな格子のった扉を開ける。カランカランとこれまた懐古させるようなベルの音が頭上から鳴り、同時に暖かい空気が戸の隙間から抜け出しをでていった。冷えた頬を溫める空気にほっと一息を吐きながら明るい店にと歩を進める。
「こんばんは。お邪魔します」
「お邪魔しますー」
「こんばんは。雑賀さん」
それぞれ挨拶を口に出しり口より奧、いつぞやの時と同じようにカウンターに立つ雑賀にと目を向ける。らかな湯気を上げるケトルを片手に雑賀は朗らかな笑みで以て三人を出迎えた。
「やぁ。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「元気です!」
「はい。お久しぶりです」
「営業中に押し掛けてしまってすみません。本日はよろしくお願いします」
促されカウンターの席に腰を下ろす。直ぐに目の前に淹れ立ての紅茶が並べられた。お禮を言ってけ取る。カップ越しに伝わる熱がじんわりと冷えた指先を溫めた。
「飲みまで淹れて頂いてすみません。ただでさえ面倒事を引きけて頂いたのに……」
「気にしないで。飲食店なんてやってると味しいお茶や暖かいものでおもてなしするのは半ば反になっちゃうから。外寒かったでしょ? 鼻の頭赤くなっちゃってる」
「最近急に冷え込んできたみたいですね。まだ今年は雪を見ていないから、もしかしたら初雪がクリスマスと被るかも、なんて天気予報でも言ってましたし」
「はぁー。暖まるー」
芳しい香りの漂う店で和やかな會話がわされる。暖かみのじられるし黃のったライトが照らす店には樹本たちと雑賀以外人はいない。
話し合いのためにわざわざ人払いまでしたのかは定かではないが、本題はそちらであると會話の切れ目に雑賀が切り出した。
「それで、今日は真人君について話があるってことだけど」
「はい……」
ついに來た、と樹本たちは居住まいを正す。張漲る三人の様子に、雑賀は困をその顔に乗せた。
「真人君と、何かあった?」
「……というと?」
思わずはぐらかすように聞き返してしまうが、続けられた言葉に構えていた気持ちも一掃される。
「彼ね、ここのバイト急に辭めちゃったんだよね」
「え」
「は!?」
思ってもみなかった話を聞かされて驚きに目を見開いた。雑賀は困と心配がないぜになった顔で永野のことを教えてくれる。
事が起きたのは先週の日曜日、普段ならとっくに喫茶店にも姿を現しているはずの永野がどうしてか時間になってもやって來ない。
何か急用か、あるいは事故にでも遭っているのではと心配になった頃合いに電話が掛かって來たそうだ。永野から「もうそちらで働けません」と。
「いきなりですか?」
「うん。前の日も用事があるってお休みするとは言われていたんだけど、日曜日は本當にいきなりでね。何かあったのか、店で嫌な思いでもしたのかって聞いたんだけど、真人君「すみません」って謝るだけで詳しい事は何も明かしてくれなかったんだよ。電話も早々に切れてしまってね、掛け直したんだけど繫がらなくてそれ以來彼と話せてないんだ」
はぁと雑賀は重く息を吐く。嘆くのも仕方ないと思われた。話に聞くだけでも永野の行はあまりに不可解に過ぎた。
「な、なんでそんな急に」
「分からない。桃花さんにも確認してみたんだけどね、真人君なんにも話してくれないみたいで。結局どうしてバイトを辭めてしまったのか、その理由はまだはっきりしてないんだ」
ついと視線が三人を捉える。緩く下がる目は雑賀の腰と合わせて対面する相手に和な印象を與える。今はその目を憂慮に更に下げてしまい、縋るように樹本たちにと問い掛けた。
「真人君は決してこんな勝手な形でバイトを辭めたいなんて言って來ない。彼は禮儀正しいし誰かの迷になることを嫌う生真面目さもある。きっと、僕にもお母さんにも言えないやむにやまれない理由があるんだろうと僕は見てる。その理由に心當たりはないかな?」
訊ねられ、でも返せる答えなどない。樹本たちだって今この場で初めて永野がバイトを辭めてしまったことを聞かされたのだ。突然な態度の豹変など自分たちがその理由を知りたいくらいだ。
「……分からない、か。真人君がバイトを辭めたのも初耳みたいだったし、君たちも何も知らないようだね」
「……すみません。お役に立てなくて」
「謝らなくていいよ。僕ももしかしてと思って聞いただけだから。學校では真人君はどうなのかな? 元気にしてる?」
「……っ」
気を取り直すような問いだが、それこそ答えには窮する。またもや沈痛げに口を噤む三人に訝しんだ雑賀が聲を掛けようとしたそこで、カランカランとベルの音が靜かな店に木霊した。
「遅れちゃってすみません! ちょっと抜け出すのに手間取っちゃって!」
現れたのは年の頃四十過ぎの目にシワも見られるだ。コートを片手に慌てた様子でカウンターへと歩を進めるのは永野の母親その人だ。
「いえいえ。お仕事中にお呼び出しなどしてしまいこちらこそすみません」
「自分の息子のことに関してですもの。むしろこちらからどうかお話出來ませんか、て乞うべき所でしょう。皆もわざわざ來てくれてありがとうね。なんだか心配掛けちゃってるようで本當に申し訳ないわぁ」
「い、いえ……」
バタバタと慌ただしくも樹本、雑賀にと恙なく永野母である桃花は挨拶を済ませていく。その快活とした様は息子とは全く似ていない。
そんな益もない想など頭に思い浮かべている間に桃花は席に落ち著いてちゃっかりとお茶まで一服喫していた。
「ふー、やっぱりここのお茶は味しいわねー」
「よろこんで頂けて何よりですよ」
「あ、えっと、永野のお母さんはこちらにも通われていて……?」
「桃花と名前で呼んでくれてもいいわよ? 元々私はここの喫茶店の常連でね、その縁で真人にバイト先としてどうかって勧めたの。高校生になったらバイトするとか言ってたから」
「そうなんだ、ですか」
永野のバイトの裏話に気の抜けた相槌など返す。永野母はニコニコと想良く笑い、つい先程息子のことについて悩ましいなどと語っていた割りには困した雰囲気や悲壯といったものは薄い。雑賀の方が真剣に悩んでいるまである。
「えっと、その、真人君のことなんですが」
「ええ。なんでも私と相談したいことがあるとか? やっぱり學校でも暗い? 普段からそんな明朗な格でもないでしょうけど、ここ最近はそれがを掛けて暗ーくなっちゃっててねぇ。家でもほぼほぼ何も喋らなくなってて、隨分と凹んでるようなのよ。もしかして學校で何かあったのかしら?」
「……」
頬に手を當てこてりと首を傾げて聞いてくる。はきはきと息子の現狀を忌憚なく語る口は、けれどやはり心配はしているらしい。聲には労りや気遣いの思わしげな響きがじ取れた。
學校で、と聞いてくるのなら家庭において永野が塞ぎ込む理由には心當たりがないのだろう。元よりこちらから一連の出來事に対しては説明をする気ではあった。
樹本は傍らの二人に目配せをする。檜山は當然と強い眼差しで一つ頷き、嵩原も冷靜な目を返して同じく頷いた。
一度目蓋を閉じ、覚悟を決めて樹本はこちらの様子を窺う桃花に向き直る。
「……真人君のことで、お話ししなければならないことがあるんです」
神妙に語る樹本に真剣な様相で態度を改めた大人二人を見返し、それから學校で起きた噂話を元にする永野が味わった一連の騒を樹本たちはに語った。
校で無責任な噂が溢れたこと。それらは時に人の名譽を著しく傷付ける場合もあったこと。永野もその噂の被害に遭い、そして多數の人間が噂を信じたために一時校で孤立してしまったこと。
自分たちも永野を誤解した結果、手酷い言葉を投げて彼をたった一人にさせてしまったことを正直に明かした。
「――そういう事で、僕らは真人君を傷付けてしまったんです。彼は未だ誰にも心を開かず一人で過ごしているんです。軽率な真似をして、彼を深く傷付けてしまったことを心からお詫びします」
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
揃って桃花に頭を下げる。大切なご子息に無な真似を働いてしまったと、真に心からの謝罪を告げた。
謝った所で永野の傷付いた心が癒やされるはずもなく、また桃花にしたって納得などいかないかもしれないが頭を下げない選択はなかった。それだけ未だ樹本たちの中には永野へ行ったことが確かな罪として存在していたのだ。
「……」
「そんな、ことが」
黙って三人の話に耳を傾けていた二人は複雑な表を浮かべている。桃花は腕を組み何事か考え込んでいるようだが、雑賀は信じられないと三人に詰め寄った。
「どうしてそんなことに? 君たちは真人君とも仲良くやっていただろうに。噂を誤解したなんて、どうして見ず知らずの誰かの話を信じたりしたんだ」
「……」
尤もな非難だ。永野本人ではなくどこかの誰かが流した噂を信じた。それは紛れもなく樹本たちの落ち度である。
もちろんそこには訳がある。超常的な存在であった祟り神の関與。不信は確かに樹本たちにもありはしたが、言いたくもなかった言葉を吐いたその裏にかの神の存在は間違いなくあったはずだ。それを正直に口に出すことは出來ないが。
「……すみません」
頭を下げるしかない。やったことはやったこと。永野と向き合う上では己の非とも向き合っていかねばならない。樹本も檜山も嵩原も、その點についてはもう腹は決まっていた。
「真人君は君たちに心を許して……」
「まぁ、落ち著いてください、雑賀さん。この子たちも悪いことをしたと思っているのだからこうして素直に話してくれたんでしょう。自分の行いを後悔しているようだし、これ以上責めてもなんにもならないわ」
意外にも助けの手は桃花からばされた。非難に聲を上げようとする雑賀を苦笑を浮かべながらやんわりと止める。話を聞いていた際のどこか複雑な面持ちはもう見られない。
「しかし、永野さん……」
「お気遣い頂きありがとうございます。でもね、きっとこの子たちに文句を言えるのは真人本人だけなんだと思うんです。私たち大人がここでいくら怒っても真人の心には屆かない。そうじゃありません?」
穏やかに桃花は雑賀を諫めた。納得のいかない様子であった雑賀も、永野のためと言われてしまえばそれ以上は反論も出來ないか、渋々と引っ込む。
くるりと桃花が三人に向き直った。
「お話は理解したわ。皆、真人には悪いことをしたと思ってる?」
「はい……」
「こうやって私に會いに來てくれたのは真人と仲直りするつもりがあるから、ということでいいのね?」
「はい、そうです」
迷いなく肯定を返せば、暫しの沈黙のあとに桃花は仕方がないと言わんばかりの苦笑を浮かべた。
「じゃあ、やっぱりこれ以上何か言っても仕方ないわね。あの子が辛い思いをしたことは親として見過ごせるものではないけど、でもあなたたちと共にいたあの子は確かに楽しそうだったわ。仲は良かったのよね?」
「それは、もちろん」
「永野とは友だちです!」
力強く斷言する檜山にふふと桃花はらかく笑い聲をらす。
「ならあなたたちを信じるわ。高校生になってからはあの子も目に見えて明るくなったし、文化祭であんなにも楽しそうにしていたのはきっとあなたたちのおかげなんでしょ。あの子、中學時代なんて友だちの一人も作ろうとしなかったからね。それと比べればまだ環境的には良くなっていたはずだもの」
仕方ない子と言わんばかりに息を吐く。呆れと諦めの滲む聲音はしかし、揺るぎないしさを包した暖かなに溢れていた。
「雑賀さんも、四人で仲良くしている姿は見掛けてらしたんですよね?」
「……そうですね。皆で楽しそうに食事もしていきましたから。……ここに通い始めた頃と比べて、真人君がどんどんと元気になっていったのは僕も近くで見ていたので分かります。學校が楽しいんだろうなという印象はありましたし、それは彼らと共に過ごしていたからだとは理解はしているんですけどね」
こちらも苦笑を溢して息を吐く。雑賀の目から見ても永野にとって三人の存在は得難いものに映ってはいたらしい。
だからこそ、自分が非難の言葉を重ねることにも意味を見出せなくなったのかもしれない。
「自分が悪いことをしたとは理解してるのね? それならちゃんと真人には謝った?」
「はい……。でも、永野は……」
「まぁ、家でのあの子の態度を見るに拗れ続けてはいるんでしょうね。やっぱり一方的な仲間外れにされたことを恨んでいるのかしら? あの子、誰に似たのかちょっと執念深い所あるからねぇ」
うーんと自分の息子の格について思案する。考え込む桃花に樹本は思い切って切り出してみた。
「そのことで、もしかしたら永野は僕たちのこととは別に何か悩みを抱えているのではないかと考えているんです」
「悩み?」
「はい。彼は本當に誰も近寄らせようとしないんです。僕たちはまだ分かります。でも、唯一自分の味方であった人間までどうしてか遠ざけようとしているんです。その理由が僕らには分からない」
真摯に、言い訳を口にしていると誤解されないように樹本は真剣に問う。
今の永野の頑なさ。それはただ噂に翻弄されたことだけが原因なのではなく、それとは別に一人にならなければいけない理由があるのではと必死に訴えた。
「何か、永野が悩んでいる素振りや気にしていたものなど心當たりはありませんか? 今日は永野が何か背負ってしまっていないか、その確認を取りたくてお話を聞かせてもらいに來たんです」
「……あの子が気にしてる……?」
「なんでもいいんです。永野の態度に気になった所や、誰かが接してきたとか、何かありませんか?」
どうにか手掛かりを得たい。その逸る気持ちがを乗り出させ、記憶を探っている様子の桃花にも迫る。
當の桃花は視線を落として己の中の心當たりを必死に探っているようで、やがてはっと小さくその目が見開かれた。
見逃さず樹本は縋る。
「心當たりがあったんですね?」
「……ええ。でも、正直これは関係がないと」
「なんでもいいんです。どんな些細なことだって思い付くものがあるなら教えてください。僕らは今度こそ永野の力になりたいんです」
躊躇いがちに言葉を濁す桃花に樹本はなんとか食らい付く。ここでもなんの報も得られないとなれば最早お手上げだ。
必死な樹本を擁護するように、雑賀からも困の表を浮かべる桃花にと説得の言葉が掛けられた。
「永野さん、この子たちは真剣です。思い當たる節があるなら教えてあげた方が良いのでは」
「……そうかもしれません、けど。……あの子の父親の話なんです……」
「……それは……」
言い難そうに小さく呟かれた一言に雑賀は軽く目を瞠る。樹本たちの擁護に回っていた口も途端に閉ざされた。
なんとも妙な雰囲気を漂わせる二人に樹本たちも顔を見合わせる中、チラリとこちらの顔を窺った桃花が一つ息を吐いて仕方ないと重い口を開いた。
「あまり言いらす話でもないんだけどね。……あの子の今の塞ぎようは、あの子の父親が亡くなった時とし似ている気はするわ」
「……亡く……」
想定とは全く違った話の登場に思わずと言葉をなくす。手掛かりを得たいと掘り返したその先で、樹本たちはとんでもない事実と出會してしまったようだった。
「……答え難いことを訊ねますが、真人君のお父さんはもう……?」
「ええ。あの子が小學生の頃に。通事故だったわ。余所見運転の車にぶつけられてね」
嵩原が問うのに桃花は寂しげに答える。ぎゅうと布のれる音がし、樹本が目を向ければ檜山が自分のズボンを固く握り締めているのが見えた。
「本當に突然の事故であの人もほぼ即死で。いきなり父親がいなくなったんだもの、あの子も凄くショックをけていてね。その時と今の態度は、ちょっと似ている気がするの。元気がなくて暫くなんにもお話が出來なくなっちゃって、今の無口になっちゃった姿ともし重なるわね」
大事な家族との別離。語る桃花は哀惜に目も伏せてしまっているが、聲には昔を懐かしむ響きが含まれているようにも思える。
亡くなってから數年と経っているからもう踏ん切りもついているのか。本當に過去のことだと割り切っているのか、それとも樹本たちに気を遣っているのかまでは分からない。
「まぁ、あの子だってもう高校生なんだし、父親のことはとっくにけれられてはいると思うのよ。だから関係はないと思うわ。誰かが亡くなったなんて話も聞かないしね」
「……はい」
パッと明るく笑顔を浮かべて桃花はだから違うんじゃないかと話を結ぶ。悲痛な過去話のあとに笑顔を見せるその理由だけは分かるつもりだ。
これ以上に掘り下げることも出來ず、気まずげに樹本は視線を逸らした。
「あら。あんまり気にしないで頂戴ね。私はもう乗り越えたし母子二人で生きるとなるとそう過去なんて引き摺ってもいられないから。あの子のことこんなにも気に掛けてもらってむしろ嬉しいくらいよ」
「……でも」
「優しいのね。ありがとう。本當にこんな気遣いも出來る良い子たちとあの子もよくお友だちになれたわね。本當に中學の頃と比べたら考えられないわ」
朗らかに笑み笑う。そこに要らぬ過去を穿り出した樹本たちへの非難のは見えず、心から樹本たちの存在を喜んでいるようではあった。
その桃花の表がすっと苦慮を浮かべたものに変わる。
「でも、出來るならあの子の前ではこの話はしないで頂戴ね。本當ならあまり気を遣わせたくはないのだけど」
「え……」
「乗り越えた、とは思うのよ。でも変な所が意固地で悲観的な子だから、お父さんの話を持ち出すとちょっと昔のこと思い出すかもしれなくてね」
はぁと憂いをそのまま吐き出したようなため息を一つ溢し、桃花は言った。
「あの子、「自分の所為でお父さんは死んだ」って亡くなって直ぐくらいの頃には何度も私に謝ってきたのよ。そんなことあるはずないのに、ずっと泣きながら何度もごめんなさい、ごめんなさいって。……あんな悲しそうな顔、二度と見たくないから、だからどうかお願いね」
そう言って力なく桃花は笑みを口端に浮かべた。
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