《高校生男子による怪異探訪》24.路地裏にて
まぁ、これからもうちの子とは仲良くしてあげてね。
そんな言葉を背に喫茶店から辭去する。話し込んでいるにすっかりと空は宵闇に包まれて厚い雲が灰の蓋を黒の中に浮かべていた。ひゅうと頬をでる冷たい風に、はぁと白い息を溢しながら三人は路地を歩く。
「収穫は、あったのかなかったのか」
「永野が何に悩んでいるのかは分からなかったよな」
とぼとぼとした力ない足取りが果のなさを表しているようだ。
結局は桃花からも有意義な話は聞けなかった。ただ永野が本當に誰にものを明かしていないという事実が詳らかになっただけだ。
「永野、本當にどうしたんだろうね」
「バイトも辭めちまったって、それも俺らの所為なんかなぁ?」
途方に暮れた檜山の呟きに一緒に視線を落としてしまう。永野の校のどこにも居場所をなくしていくような頑なな背中が目蓋の裏をチラついた。
一人であろうとする強固な振る舞いは何も校だけではなかったという事実に、焦燥やら罪悪やらがまた胃の腑から湧き上がってはをぐるぐると圧迫する。
「ご家族にもなんの相談もしていないっていよいよちょっと拙いかもねぇ。誰でもいいから吐き出せる対象がいるなら人間まだ大丈夫って思えるけど」
肩を竦めて他人事のように語る嵩原についと厳しい目が向く。
「何を不吉なこと……」
「実際不安じゃない? まさかバイトまで辭めてるとは思わなかったもの。真人、雑賀さんにはちょっと甘えてる風な所もあったのに、その関係さえ切り捨てるって尋常ではないと俺は思うんだけどなぁ」
ちょっとした不満の聲は嵩原の直球の指摘により敢えなく撃沈する。
切り捨てる。自分も先程回顧した永野の行の評に確かにざわめきのような嫌な予がぬをじりじりと炙った。
「まぁ、悪いことばかり分かった訳でもないんだけど」
「ええ? そうか? 俺永野のこと余計に心配になったぞ」
「それは雑賀さんたちも含めて皆一緒でしょ。……やっぱり真人は何か事を抱えているんだと思うね。だってバイト辭めの申し出をしたの先週の日曜日でしょ? その前日には一何があった?」
問われ樹本は頭の中で日付の確認をする。先週の土曜日、期末試験も終わり通常授業に戻った折……。
「……あ」
あ、と思い出す。自分たちには特にこれといった変わりはなかった。でも永野にとってその日は。
「丁度ハヤツリ様と対峙した日だよ。その翌日の突然の斷りなんて、無関係な訳がないと思わない?」
同意を求められるも返す言葉がない。朝日への態度の豹変に雑賀という恐らく永野の理解者への急な斷絶、両者には深い繋がりがあるように樹本にもじられた。
「他人との繋がりを斷たなければいけないそんな事由が真人には急に生じた。……これが確定でいいんじゃないのかな」
ポツリ、落とされた呟きに誰ともなしに足が止まる。なんとも言えない神妙な空気が辺りには満ちた。
「興味深いお話をされてますね」
そんな凝り固まった空気を憐悧な聲が切り裂く。
「「わっ!?」」
「あれ、宮杜さん、こんばんは。こんな所でお會いするなんてとても偶然とは思えませんね」
を跳ねさせて驚く二人とは違い嵩原は出會い頭にも拘わらずチクリと一刺し刺していく。宮杜も特にじはしない。
「実際偶然ではありません。本日は永野君の関係者の方にお話を聞かれに行ったのですか? 確かあの喫茶店は彼のバイト先だったはず」
「え? ストーカー?」
「俺らの? 永野の? 取っ捕まえるべき?」
「ご用がお有りなら聲を掛けてくださったら良かったのに」
ぐっと握り拳を作る檜山の傍らでまるで何事もなかったように嵩原は困った様子でそう文句を口にする。警戒を滲ませる二人とは違って嵩原は宮杜が姿を現したその用件が気になっているようだ。
「君たちの行を阻害するのもなんでしたので。こう見えて私もそこそこには切羽詰まってはいるのですよ。早くこの街の異常事態を沈靜化させたいとね」
「それでこうして俺たちに接しに來た訳ですか。本來のご用事も調査の進捗伺いですか?」
「そんな所です。発破なども掛ける気ではありましたが、皆さんはどうやら自主的にいて下さる方々のようなのでそちらは私の杞憂で終わりましたね」
チクチクチクチクと互いに遠慮のない言い分のぶつけ合いをする二人。傍で聞くには々胃の痛くなる容と雰囲気に、樹本はさっさと用件を済ませて帰りたいとそっと鳩尾を押さえた。
「えっと、取り押さえなくてもいいのか?」
「まだその段階じゃないね」
「基本一般私人に逮捕、拘束の権利はありません。急時以外にはむしろそちらが罪に問われてしまいますのでどうか慎重に行は選んでくださいね」
「え、えっと、それで僕らの話を聞きたいってことでいいんですか!?」
尚も続きそうな胃の痛い空気に慌てて割ってる。ついと、日の沈んだ現在の外気溫にも負けなさそうな冷めた目が樹本の方にと向けられた。
「ええ。永野君の辺に変わったことがなかったか確認に行かれたのでしょう? どうですか? 果はありましたか?」
「えっと……」
チラリと二人の顔を窺う。檜山は自分の出番はなかったと沈靜しているし、嵩原は軽く肩を竦めた程度で反論などは特にないようだ。樹本としても隠し立てしなければならないことはないと思えたので素直に聞いた話を語った。
「……なるほど。親に寄り添ってくれていた人間とも距離を取ろうとしてしまう。確かに訳ありの気配がしますね」
一通りを聞き宮杜はそんな想をらした。樹本たちとも同意見であるらしい。
「永野のお母さんも今の永野の様子のおかしさには気付いてはいました。でも理由までは分からないようで……」
「なんにも話してくれないみたいなんだよな。前みたいに無口になっちゃって、てお袋さんも困ってる様子だった」
「うん? 前、ですか?」
ポロリと檜山が溢した言葉に宮杜は瞬時に反応を示す。その前が何を指し示しているのか、察した樹本が顔を変えるも嵩原が躊躇なく答えてしまった。
「どうやら以前にも真人は今のように誰とも話などしないで塞ぎ込んでしまっていた時期があったようなんですよ。あまり大きな聲では言えませんが父親を亡くした時がそうであったようで」
「それは……。お悔やみ、とあなたたちに申し上げても仕方がありませんね」
神妙な様子で聲を落とす宮杜に樹本は強張った肩から力を抜いた。
宮杜のこの街で起こっている騒解決への意気込みは強い。だからこそ実に繊細な話題であっても無遠慮に掘り葉掘りするのではと不安になっていたが、この様子では要らぬ心配であったらしい。
「しかし、おの方から見て同じだと思えるというのは多は気になりますね。他には何かおっしゃってはおられなかったのですか?」
だからこそ宮杜の問いにも気軽に答えてしまった。
「直近に誰か亡くなったというお話もないそうで、だから恐らくは関係はないだろうとお母さんも……。あ、ただ、お父さんが亡くなった時に永野はおかしなことを言っていたみたいです。「自分の所為で死んだ」って」
「……え」
樹本自、その話はい永野が悲しみのあまりに錯して告げた言葉だと思っていた。桃花と同じく、通事故でしかも相手側の過失により命を奪われた父親の死がどうして永野の所為になるのだと、その繋がりのなさに當然の解だとそう信じていた。
だからこそ告げる口にも迷いなんてないし本當に話のついでで明かしたのだ。まさか告げた相手が顕著な反応など返してくるとは思わずに。
「……宮杜さん?」
驚いたように目を見開いて固まる宮杜に嵩原が訝しげに聲を掛ける。そんな聲も屆いていないのか、宮杜は驚きから一転今度はぐっと眉間に力をれて視線を斜めに落とした。深く思考に潛っているようで、片手を口元に當てたまま一言も発そうとしない。
それまでのどこか泰然とした雰囲気をなくした宮杜になんだと三人で顔を見合わせる。やがて衝撃を飲み込んだらしい宮杜がふるふる小さく首を振って口を開いた。
「……いえ、すみません。ただ、自分の所為で死んだなどと穏やかな話ではありませんから」
「あ、事実は違いますよ? 永野のお父さんは通事故に遭われたんです。それも余所見運転に巻き込まれてしまってのことですから、永野が介在出來る余地なんて一ミリもありません。多分、急な話だったからそれでショックをけてしまったんじゃないでしょうか」
まさか本気にしたのかと思いつつ一応否定はしておく。小さかった頃の発言を真面目にけ止めてそれで永野本人に問い質しに行かれても適わない。
「ええ。恐らくそう思っていないと堪えられなかったんでしょうね」
宮杜もあっさりと肯定を返す。自のけた衝撃を誤魔化すつもりであったのか、先程の態度含めて些か胡な眼差しなど向けてしまうも、それらを回避するかのように宮杜が続けて話し出したので樹本たちも思考を切り換えた。
「ところで、皆さんに確認をしたいことがあります」
唐突な話題の切り換えに更には改まった態度で訊ねられるのに疑問が頭を占めていく。意識が自分に集中しているとじたか、宮杜は返答を待つ間もなく問いとやらを口にした。
「永野真人君はどんな人間ですか?」
「え?」
「どんな人間……? 普通の男子高校生」
「格ということですか?」
唐突な質問に嵩原が大意を纏める。宮杜は一つ頷いた。
「あなたたちから見てどのような格をされていますか?」
「ええ、なんでそんないきなり」
「気になったもので。そういえば永野君本人についてはあまり訊ねもしなかったことを思い出したので」
それにしては急に話題が変わり過ぎる。そう反論も元まで上ってはきていたが、真剣な瞳で見返す宮杜に自然聲は竦み肺の奧にとこまる。
致し方なく三人視線をわし合いながら答えていった。
「永野の格……。ぶっきらぼう?」
「あんまり話さない。話すより聞く方が多い?」
「基本的には優しいんじゃないかな? まぁヘタレと紙一重なじではあるけど」
「ヘタレですか」
「そこはあんまり拾い上げないでください」
どこに食い付いているんだと思いつつまだ満足していない様子の宮杜のために更に言葉を重ねた。
「押しはあんまり強くないね。他人に流されてることが多いと思うな」
「それは専ら君の所為だと思うけど。優しい、ていうならよく気遣ってくれるのにいざ自分が優しくされると構えるのはなんなんだろうね。俺のことは気にするなみたいな態度取るけど気にするに決まってるのに」
「あー、あんま頼ってくれないしいざ助けにると凄く申し訳なさそうな顔するよな。永野に助けられることも多いんだからそのお返しだってのに、なんだってあいつ自分のことは放っとくんだろ。そこは不思議だよなぁ」
「ね。多分永野はずっと影ながら僕たちのこと助けてくれてたんだろうに、それだって表立って言ったりもしないんだから」
なんだか途中から愚癡の様相となり出してしまっている。
軌道修正でもないだろうが宮杜が口を挾んだ。
「助けるというのは? 恐らくは日常生活の中での助けではないんでしょうが」
「あ、いや」
「俺たち噂の検証だとかでちょっとヒヤッとするような目にも遭うから。そういう時は大永野が助けてくれてるんだ。多分」
「あ、ちょっと!?」
拙いと思い濁そうとした話を檜山が明けけに語ったことで悲鳴のような聲が出る。三人の中では今更な事実だ。しかし、當然第三者にとってはそうではない。
「なるほど。つまりは以前からあなたたちは永野君にお世話になっていたということですか」
「う……」
「とは言えそちらの仰るような力云々というものを知らなかったのは事実です。々がこの世ならざりしものに対してし敏かなといった程度ですよ。真正面から対抗出來る、そのような力があるとは生憎と把握はしておりませんから」
牽制か言い訳か、探るようなじとりとした眼差しを送ってくる宮杜に嵩原は飄々と言い返す。宮杜としても新たに飛び出した事実を確認する程度のことであったのか、あっさり視線を逸らして再度なるほどと頷いた。
「永野真人君という人間はあまり弁舌が得意ではなく、優しい格で他者への気遣いもよくしてくれるものの、いざ自分が優しくされると戸うヘタレた格、ということですね」
「著地にヘタレを持ってくるのは止めてもらえませんか? 永野が可哀相なので」
「重要な特徴なんですがねぇ」
どこがだろうと首を捻る樹本を差し置きついでにと嵩原が補足を加える。
「ヘタレに付隨するかは分かりませんが、どうにも自信が欠けている節が見られますね。度々他者を持ち上げては自分には出來ないからとちょっと卑屈気味に語ることが多いです」
「あれそうか?」
「いや、うん。確かにそういう所はある、かな。消極と自分をなおざりにするのがごっちゃになってたりするけど」
自信がない、という指摘はなんとなく納得がいく。あまりはっきりと斷言することのない永野は、自信がないからこそ己の発言にも明確な拠を付けられないのではと不意にそんな解釈も降りてきた。
そしてそれはもしかしたら自分を脇に置いて他者を優先させる心持ちとも無関係ではないのかもしれない。
「ほう。卑屈、ですか。自分はどうせなどと斜に構えて前に出ることを避けようとするといった合で?」
「そこまで捻くれてはいませんけど、積極がないのはそうです」
「なるほど……」
宮杜は何かに納得した風だ。彼の態度を眺めやり、この問答は一なんの意味があるのだろうと樹本は疑問に思う。
永野の人となりを知りたいとのことだが、この寒い路地にて絶対にしなければならない話であったのか? 話始めも急であったし、もしかしたら他になんらかの意図があったのではと何やら不安になってきた。
「宮杜さん、何故急に永野のことを知りたいって……」
「……卑屈な態度は自信のなさの顕れ……。他者と自己の極端な評価の偏りは元より自己に対しての評価が低いから……。だとするなら……」
問い掛けは、しかし宮杜の呟きに阻まれて屆いていないようだ。真剣な表でブツブツと呟く姿を見させられては邪魔するのも躊躇われる。どうしたものかと若干途方に暮れていればやがて思考は結論にと達したらしい。
「……消極も過去に大きな失敗をしたが故であるなら……。なるほど、お話しして頂きありがとうございます」
顔を上げたかと思えば一人だけすっきりした様子で禮を述べてくる。述べるだけで後に言葉が続くでもない。意味深な呟きなど落としていたのにどうやら宮杜は己の考えを口に出すつもりはないようだ。
なんなら必要なことは聞けたと解散しそうな気配も漂わせてくる。そんな宮杜に嵩原が良い笑顔を浮かべて迫った。
「満足そうですね。それで、何が分かりましたか?」
「永野君はいろいろな意味で無害そうだなと。だから早く仲直りもしてくださいね。話だけ聞くと押しには弱そうじゃないですか」
骨な話題逸らしに樹本の顔も引き攣る。だが、不審な態度を表せばそれは反対に明確にそこに隠し事があるのだと浮き彫りにもさせる。
「こちらから報を抜き出すだけ抜き出して見返りは一切ないというのもあんまりじゃないですか? 協力者にはきちんと報酬を出さないと」
「いえいえ。そんな大した果でもありませんし」
「今はどんな手掛かりだってしい狀況なんです。何か分かったことがあるなら教えてください」
「いえ、本當に大したことでは」
「……か? 俺らはちゃんと話したのに、そっちはにするんか? 協力したのに」
「そうだね。助力への正當な報酬がないってのは、今後の協力制もちょっと考え直さないといけないかも」
檜山の言葉を拾い上げて嵩原が脅しに掛かった。永野との渡りを樹本たちに求めている宮杜からすれば実に的確に嫌な點を突いたことだろう。
証拠に、眉間にシワを寄せた宮杜は一つ息を吐いた後に両手を挙げた。
「……分かりました。降參です。とは言えまだ確信のある話でもないのですが。もしかすれば、永野君が抱えた悩みの正が判明したかもしれません」
そうして明かされたのは急な解決の目であった。
「……え!?」
「分かったのか!?」
「ええ。まだ確証は持てませんが」
「俺たちの話を聞いて、ということですか。その答えは教えて頂けるので?」
問われ一瞬の間のあとに宮杜は「いいえ」と首を橫に振る。
「え、なんで!?」
「まだ確証がありませんから。ぬか喜びさせるのも申し訳ありませんので、きちんと裏を取ってからお伝えしたいと思います」
「べ、別にぬか喜びになったって僕たちは気にしません……!」
「ええ。それに結局真人と話し合うには俺たちの協力が必要ですよ?」
梯子を外そうとする気配をじて宮杜に必死に食らい付く。
ここまできて無関係だと外に追いやられるのは堪らない。不満も文句も顔と態度にこれでもかとわにして迫る三人に宮杜はそれでも冷靜な仮面を崩さない。
「確信を持てないに広めてしまうのもどうかと思うだけですよ。いずれはあなた方にもきちんとお話を……」
そこまで語り、不意に宮杜の視線が樹本たちの後方にと向けられた。
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