《高校生男子による怪異探訪》33.一夜明けて
ラストです!
「改めてお願い申し上げます」
樹本たちの執念の説得にとうとう白旗を揚げ、一先ず一人でなんでも抱え込むのは止めろと宣誓も取らされてどこか弛んだ空気が漂う室で、居住まいを正した宮杜が間隙をうように頭を下げてきた。
何事だろうと思考が空転するが、元々宮杜は目的があって俺に接していたことを思い出す。
「……そういえば宮杜さんは勅使的な立場であったっけ」
深々と下げられた頭頂部を眺めながら嵩原は一言で宮杜の立場を表す。勅使というのは隨分と大袈裟な表現に思えるが、人を下にも置かない態度を取る宮杜を見ると否定もし難い。
「ご自分の力に思う所があるのは百も承知。それを押して頼みます。この街のために力をお貸しください。今この地を救えるのはあなた以外にはいらっしゃらないのです」
「永野」
「先輩……」
良識家である二名がそっと俺に視線を向ける。複雑な表をしているのは必死な宮杜を無礙にすることへの、そして俺に言霊を使わせることへの罪悪の板挾みに遭っているからか。
確かに、安易な言霊の行使は出來るだけ避けたいというのが本音ではある。
「あ、永野に街の噂どうにかしてもらおうってそれでストーカー染みたこともしてたんだっけ。でもどうやって解決させんの? 危ないことなら一人でやらせられないけど」
こきりと首を傾げて檜山が訊ねた。何やら聞き捨てならないワードがあった気もするが、他の皆はそこにはれずに檜山の問い掛けに乗る。
「的な容は聞いてなかったね。真人の力を借りればと前提として語ってたんだし方法は検討済みなんですよね?」
「……実際に噂も撃退はしていたけど……。あんなことをこれから永野にさせるんですか……?」
「危険な方法というなら話は別です」
俺の両脇を陣取る二人がずいと宮杜に迫った。俺の盾になろうとする行には戸いと若干の照れをじてしまう。まだ先の言葉を引き摺ってるんだろうな。
「いえ、決して永野君を危険な目になど遭わせません。彼にはここ笛吹神社の祭神のパワーアップを頼むつもりでいました」
「は? 祭神のパワーアップ?」
「はい。元々ここ笛吹神社の祭神は守護神に代わり古戸萩の地を守護する役目を擔っていました。それが昨年の長雨によりご神であった古桜が弱り、引き摺られて街の守護も弱まってしまったのです。多數の噂の顕現もハヤツリ様といった存在の臺頭も、纏めれば守護を擔うこちらの祭神の力が弱まったことが原因なのです」
とんだ事実の暴にざわめきが生まれる。初耳ばかりの容だが、気になるのは長雨とハヤツリか。雨雲の下の男はハヤツリに願掛けをし、それが歪んで葉えられたことは確認している。
奴を利用してハヤツリがこの街の守護を弱めた……、そう考えるのは々穿った見方であるだろうか。
ハヤツリも鎮まった今考えたって仕方ないことではある。嵩原辺りは察してもいそうだけど、興味はここの祭神と古戸萩の守護にと向かっているようだ。
「なるほど。理屈はなんとなく分かります。守護の力を取り戻す。それで実化した噂を鎮靜化させることが出來るのですか? それが出來るならわざわざ人が噂の統制などとく必要はなかったようにも思えますが」
「本來ならば祝福の範疇である言葉の顕在化は守護の対象外ではあります。ですが、永野君の力を借りて一時的にでも守護の力を強化することが出來れば、実際に厄をばら撒いている噂たちに関しては排除の対象と見なすことも可能ではないかと。底にある祝福というルールを一時的に上回ることが期待されます」
「分かるような、分からないような話ですね……」
困した樹本の答えがこちらの心を正確に表していた。元より大分地面からは浮き上がった話である。説明されても「そうなるのか」とけれることしか出來ない。
「永野君にして頂きたいことはただここの祭神の本來の由縁、守護神の代わりとなり守護者として降り立ったその縁を言霊の力を以て読み上げて頂きたい。一度深い眠りにより揺らいでしまった祭神の存在の定義を、今一度確かなものとして示してしいのです。そうすれば守護の力は復活し、街の中を闊歩する噂たちも一掃出來るはず」
なので、と再度頭を下げられた。俺に求められたものが本當に重要な役柄であり、また俺にしか出來ないことであるのも重々承知はした。俺が一つ一つの噂と対峙するよりも余程効率的で本からの解決法であることも理解する。
言霊を使用する、それも一柱の神に対してというのがなんとも荷を重くじさせるが、厄をばら撒くと言われて思い出した景がどうしても脳裏をチラつく。樹本が襲われていた異様に腕の長い。あれみたいなのがそこらを今も歩き回っているのだと思うとどうしたって放って置く気にもなれない。
言霊を使うのは怖い。だが、放置して誰かが、ここにいる誰かが害を被る方が何倍も怖いし嫌だ。
「……分かりました。それで事態は解決するんですね?」
「ええ。なくとも噂を原因とする被害は生じないと思われます。守護の力が強まれば他の災厄からも住民の皆さんを守って頂けるかもしれません。……それにです」
不意に思い出したように宮杜は付け足した。
「この地にある祝福を上回る。これはあなたにも無関係ではないかと。言霊の力の抑制にもなるかもしれませんよ」
「……!? それは、つまり」
「守護の力を祝福よりも上回らせるということはそういう意味ですから。確約は出來ませんが」
報酬とするには不足ではあるでしょうが。申し訳なさそうに頭を下げる宮杜だったが、とんでもない、俺にとっては何よりの褒だ。
俺にとっても他人事ではないために力を貸すことには吝かではなかったが、更に腰を據える理由が出來た。言霊の抑制なんてそれこそ今一番に葉えたい願いだ。
「真人がから手が出るほどにむ條件じゃないですかね。……それにしても隨分と裏の事にお詳しいですね。確か市役所に勤めていらっしゃるとお聞きしましたけど、それにしては些か通し過ぎているようにも思えますが」
やかに高揚していたその橫で、嵩原が胡な眼差しを宮杜に送る。言われてみれば確かに。守護者やら古戸萩に起こっている異常事態への理解などとても一公務員が知り得て當然の容とは思えない。
過去にも意味深な発言を繰り出されたこともあるし、宮杜はどういった立場の人間であるんだろうか? 答えは本人からあっさりと返された。
「ああ。仰る通りに役所に所屬をしておりますが、同時にここの神社の神主も兼業しているもので。そういえばお伝えしていませんでしたね」
數々の知らない事実を明かされてはきたが、これがひょっとしたら一番の意表を突いた事実だったかもしれない。
拝殿の中に一人正座して待つ。電気を消した室には俺一人だけだ。すっかりと日も落ち真っ暗な拝殿は水を打ったような靜けさと冷えた空気に満ちている。
拝殿正面り口の向かい、位置としてご神の真正面に當たる部分にも扉はあり、今そこは開け放たれていて闇夜に溶け込む古桜の姿が窺えた。とは言えライトアップなどもされていない源に乏しい境でのことだ。雲に遮られて月も星も見えない今夜では、黒い背景にぼんやりと木のシルエットが見えるかどうかくらいでほとんどが闇に沒してただ暗い。
「……『笛彥様』」
白く息を吐き出してその暗闇の木に向かい名を呼ぶ。宮杜に聞いた祭神の名前だ。笛を奏で悪いものを遠ざける子供の姿をした神であるらしい。
名前を呼んで瞬き一つ。気付けば目の前の桜の木の傍に一人子供が立っていた。燈りもない闇夜の中で何故だかその姿ははっきりと見える。
見覚えのある子供だった。いつかにまだ明るいここで桜の木の元で転た寢していた子供、または文化祭でブースの裏にまで侵してパンケーキを強請った子供。不思議と直ぐに記憶から掘り出せた。子供は、ここの祭神は真っ直ぐとこちらを見つめている。
スマホを取り出してメモした容を確認する。笛吹神社の祭神の由縁だ。息を吸い、宮杜から説明をけた本來のここのり立ちを聲に力を込めて読み上げた。
その昔、言祝ぎの神の信仰がこの地を満たしていた頃、土地のほぼ中心に位置して人の営みも見渡せたこの鳴子山は神にも一番近い場所であると崇められていた。
中でも山の麓に程近い場所にある大桜はそれは見事な花を咲かせ、そのしさのあまりに神様はこの桜を気にってこの地に祝福を授けてくれたのではないかと半ば真実であるかのように語られたそうだ。
やがてその逸話は祈りとなり、信仰の一つとして祭りという奉納の儀式も執り行われ囁かれ、歌われ。そして多數の祈りと尤もらしい逸話を基にして一柱の神が桜の木に宿るに至った。
それが笛吹神社の祭神。守護神への祈りとこの地の平穏を願う聲から付きを得て生まれた安穏たる日々を守るための存在。
神への奉納であった笛の音に守護の力を宿し、長らくこの地の平和を守護神に代わり見守ってきた神様であるとのこと。それが正確な、笛吹神社の共に祭り囃子を奏でる神の正であった。
以前に嵩原が語った逸話は比較的近年にて囁かれるようになった話であるらしい。笛の音と破邪の効果ばかりが人の目に留まった結果云々と嵩原は言い訳するように口にしていたが、ここの神社の立年數はハヤツリと比べても古いらしく正式な建立理由が知られていないのも仕方ないと管理者のはずの宮杜が肯定を返していた。
制札の類もないので、まぁそのり立ちだけでもきちんと明示しましょうかと呟いていたがそんな適當でいいのだろうか。この街の現守り神なんだろうに。
若干の雑念がじりながらも、しかし由縁は出來るだけ真摯な気持ちで口にした。目の前に佇む神様に向かってこれが真実なのだと思いながら語る。
宮杜は揺らいだ存在の定義を再度明確なものにしてくれと言っていた。やることはハヤツリの時と一緒か。歪められる前の願いとハヤツリの本來の由縁を口に出すことでどちらも元にと戻せた。
ここの祭神も要は一度弱ってから調子を取り戻せていないために、その揺らぎを言霊で整えてやるという解釈でいいのか。あるいは、由縁にもある祈りによる存在としての定著、それをなぞるのが狙いなのか。
俺の言葉が神にまで影響を與えるというのは冷靜になればゾッとしない事実である。言霊が強い影響力を持つのは理解しているが、しかし謂わば神様の再生もせるのは異常だろう。その異常さのために今は地元の騒の鎮靜化にも役立つという事はあったとしてもだ。
いや、あまり不審な考えは抱えない方がいいか。変に影響が出たら拙い。
今はただ、元通りの平和な街が戻ってくることだけを願って守護者である笛吹の神が力を取り戻すことを祈ろう。
この街の平和を願いながらり立ちを口にしていけば、変化ははっきりと目の前に示されていった。
宵闇の中に佇む見上げるほどの巨木である古桜。闇と同化して細部なんざさっぱりと判別も出來ないその枝の一つ一つがぼんやりとり出す。いや、枝がっているんじゃないな。枝の先にぽつぽつと小さなが燈り出していた。
まるで蛍のような仄かなだ。一つきりだと簡単に夜の闇にも呑み込まれそうだ。そんな微かにしか見えないが次から次にと枝という枝に燈り出す。
小さなでも數を伴えば巨木である古桜の、四方にびきった枝の末端までも明るく闇の中に浮かび上がらせる。黒い背景に溶け込んでいた大きなシルエットは、今では一回りも二回りも膨張したように立派に枝を張り巡らせる姿を曬していた。
枝の一つ一つに小さな蕾を著けた様はまるで季節外れの開花のようだ。そんな想が頭に浮かぶ。満開に白い花を咲かせて威風堂々と桜の木は佇んでいる。風に吹かれているように靜かに揺らめいている白に見っていれば、やがてその白が空に向かってぜた。
あっと思いあとを追う。黒い空に小さな白が散っていく。不思議なことに白は重力に引かれるのではなく空に空にと上っているようだった。
小さかったがどんどんと小されてもうほんの米粒ほどもない、星と勘違いしそうなまでに天に散らばったかと思うと、そこからゆっくりと落ちてきた。
ふわりふわりと白はらかく空気に乗りながら落ちてくる。花びらであるというイメージが俺には先行してあったが、でも暗い空から落ちる白は雪のようにも思えた。
花びらのような雪のような、しかし真実はそのどちらでもない白が古戸萩の街に舞い降りる。遠くの空からもふわふわと白が落ちていくのが見えた。もしかしたら市を覆うように白は降っているのかもしれない。
なんとなく、この白がここの祭神の守護の顕れなのかと思い至った。つまりそれはどうにか俺は役目を果たせたことを意味していて。
首の角度を戻して古桜に目をやる。燈したの名殘か、木は薄らとを放っていて郭が闇の中で浮かび上がっている。
その隣に子供はまだいた。自らを放っていてだけどやっぱり人相はよく分からない。時代掛かった和裝を著ているのを認識出來たくらいか。
子供、祭神は無言でこちらを見返して、やがて幹に吸い込まれるようにその姿を消した。子供が姿を消せば仄かにっていた木も徐々にを消していき元のように闇に埋沒していく。
見送り、また空を見上げた。空からは変わらず白が振り落ちている。しんと寒さに沈む街の、その靜かで凜とした空気に割り込むように、あるいはちょっとした彩りのように白は散っていく。季節外れとも幻想的とも思える景を目に焼き付けるように暫く眺めた。
明けて次の日。二日振りに顔を出した學校は一つの話題に持ち切りだった。
昨夜突然振り落ちた白についてだ。天気予報でも降雪は予想されておらず、なのに日暮れからし経って唐突に古戸萩市の空を舞った白に皆興味津々であるようだ。
クリスマスの前夜ということもありホワイトクリスマスだと喜ぶ人間もいればあれは雪ではなくてもっと別の何かだと考察を語る人間もいる。間近に空から降る白を見た人間の中には、あれは雪ではなく花びらのようなものだったと見解を示す者もいた。
証拠に、昨夜に降った白の名殘は夜が明けた現在古戸萩のどこにも見當たらない。シンシンと降る雪であったなら僅かでも路上や家屋の屋にその痕跡はあるはずだと聲高に主張する聲もあった。
それなら花びらだって殘っているんじゃないのかと鋭く突く聲を背後に流しながら、どちらにせよすっかりと話題がれ替わった現狀を客観的に眺める。
皆夢中で昨夜の白ばかりを噂し合っていた。數日前まで口にしていた雑多な噂話などもう誰の意識にも殘っていないんじゃないかと思う。
古戸萩市全域に舞った白を恐らく住人のほぼ全てが目にしたはずだ。ローカル局の朝のニュースでも“聖夜の奇跡!?”なんてトピックで以て紹介がなされていたし、多分學校だけではなく今この時ばかりはこの街に住む人々の関心は白に席巻されているのではとそんな推測も立てられる。つい昨日までには誰かの口には上っていただろう不穏な噂の數々も、現在はただ一人の意識や頭の中からも排除されているんじゃないか。
守護の力が戻れば噂は排除される。これがその結果か。噂されることで実化を伴った異常の數々は果たして今もその存在を維持出來ているのだろうか。
昨日までの曇り空が噓のように青を見せる空を、キラキラとした目で見上げる生徒を橫目で眺めながらそんな詮ないことを考えた。
本日は二學期最後の一日、つまりは終業式だ。暖房を焚いても焼け石に水でしかなかった育館での行事も無事終わり、土曜日ということもありあとはホームルームを終えれば今日は放課となる。
「あー、寒かった。育館ってなんであんなに寒いんだろうね」
「天井が高いからかな? 暖房を効かせていても暖かい空気は上に昇っちゃうからねぇ」
ぞろぞろと教室に向かう生徒たちの群れの中で樹本と嵩原が世間話に花を咲かせる。冷えた空気が余程に染みたのか、移している今も樹本は両手をり合わせて寒さにを震わせていた。
「そんな寒かったか? 結構暖かかったぞ?」
「檜山は基礎溫高い人だから冷えの苦しみは分からないだろうね」
「筋が多いと発する熱量が上がるとか言うし。運ばっちりやってる亨との差かな」
「そうだな! 寒かったらけばいいんだ! けば!」
「脳筋理論を押し付けようとするのは止めて」
いつもの調子で特に意味もない雑談がわされる。三人の様子を眺めていれば、不意に樹本が俺を見た。
「永野はどう? 寒くなかった?」
ぽんと當たり前に投げられた問いにしの間を置いてから答える。
「……寒いとは思うけど、毎年あんなもんだろ」
「それはそうだけどさ。やっぱり寒さには慣れない」
「樹本、冬は本當苦手だよな。いっつもプルプル震えてんだもん」
「だからって夏も得意な訳でもないよね。環境適応能力低くない? 大丈夫?」
「君に心配される日が來るとは思わなかった。いやこれ侮辱なの?」
話は途切れずに続く。三人共以前と同じような態度で以て俺と接してくれていた。ここ數週間余りのギスギスだった関係が噓のように、だ。
仲直り、と俺が口にするのは々気まずいが、昨日の一件で俺たちの仲はある程度改善された。拗れた理由は俺にあって、俺が降參と頑なだった態度を改めればそれで大の問題は片付く。元より俺も樹本たちを嫌って関わりを斷っていた訳じゃない。観念しろと詰め寄られ、俺も白旗を揚げてしまった今まだ沒流を続けることも難しかった。
というかもう冷戦狀態は止めろと言われた。ギスギスしてるのしんどいと言ってたのは檜山だったか。今更取り繕うもないだろと以前と同じような関係に戻ることを強要され、大きな貸しを作ってしまった俺にこいつらの言い分を撥ね除ける権利も気力もないために當たり前みたいにこうして四人で連むに至った。
いいのかと戸いこそあれど拒む気持ちはかなり減ったために俺も唯々諾々と現狀をけれてはいる。
不満がある訳ではない。多の申し訳なさがあるだけだ。三人が以前と同じ振る舞いをするのは多なり俺のことを考えてのことであると察していた。俺が校でどんな目を向けられていたのかは理解している。自分でも煽った自覚はあり、特に樹本たちとの関係については厳しい目を向ける人間もいることと思う。
俺の風評についても昨日の白のおかげで取って代わられてしまい、ああだこうだと噂する人間は現在はいないはずだ。しかし、だからと放置するのも良い訳ではなく、今のに方々に事実を知らしめるつもりなんだろう。俺たちはちゃんと仲直りをしましたと。だから何も問題はないんだとアピールしている訳だ。
事実俺たちにチラチラと視線を送る生徒はいる。どんなで以て見てきているのかは分からないが、パッと見た限りでは悪の類は見當たらない、気はした。腫れにるような様子はあれども明確に敵視したじもない。
こいつらの狙い通りにいっているんだろう。過保護だなと思わないでもない。罠まで張って俺と話をしようとされた今、多の気遣いだって今更は強い。
まだ俺には自分が優しくけれられることに対しての疑念がある。どうしても己を認めることが出來ない。安易に力に流された自分を許せる気にもなれない。
だけど、そんな俺を樹本たちは信じると言ってくれた。近くで見て、俺の人となりにもれて、その上で俺を信じると言ってのけた。俺は優しい人間だと憚ることなく斷言もした。
俺は自分を優しいなどとは思えない。多分本心ではあったんだろうけど、皆の俺に対する信頼も認めるのは難しい。でも友だちと言って俺を心配して、何度も拒絶だってしたのに會いに來て話を聞いてくれたそれは間違いなくこいつらの優しさなんだろう。自分のは認められなくても俺を助けようとしてくれた皆の優しさは疑いようなく信じられた。
その優しさに応えたい、と今は思う。皆からの信頼をけれることは難しく、まして自分自を信じるなんて出來る気がしない。
代わりと言ったらなんだが、俺を信じて引き留めてくれた皆のその信頼に応えられる人間になれたらなと、今はそう思えた。
ホームルームも無事に終えて、何か言いたげだった擔任からの目線からも逃れて教室をあとにする。
三人とは教室で別れた。樹本と檜山は部活での話し合い、嵩原はこのあと久しぶりにデートにと赴くらしい。
蘆屋先輩にも心配を掛けたと又聞きはしているので挨拶に出向こうかと思ったが、今日は冬休み時の校外活についての話し合いをするために巻き込むのは申し訳ないからとげんなりした樹本に止められた。
全く無関係な話でもあるまいにと過去の記憶を掘り返して言ってもみたが、多數の資料を用意して待ってるようだと返されては正直腰が引けた。ちょっとだけ悩んで、素直に樹本の申し出をけれて挨拶は後日と今日は辭退させてもらった。
早上がり、そして明日からは冬休みだと騒がしい校を一人行く。時折視線をじたりもするが直ぐに逸らされて會話に戻る。針の筵とまで思った多數の注目はもう俺から逸らされてしまっているらしかった。
これは笛吹の守護のおかげか、それとも単純に新たな話題が出たからか。一人でいると取り留めのない考えが脳裏をぐるぐると回った。決して皆、噂話をしていない訳ではない。取って代わっただけなんだ。今もそこらでひそひそと顔を寄せ合っては他ない容で盛り上がっている。
噂。言葉。この土地では確かな力を持って現実にまで影響を及ぼす。守護神である古戸萩の神の祝福からの派生であるらしいが、俺の言霊もつまりはその祝福が形を変えて現れたものである。宮杜は言っていた。ある意味俺は神の祝福を一にけたようなものだろうと。
確かに言霊を特別な力だと有り難がった時もあった。でもそれは間違いだった。特別ではなく、ただ常識の埒外にあるだけのものだった。よく考えもせずに振るえば周囲に大きな爪痕を殘す。それを理解していなかったから力に振り回される人間の末路としてはよくある結末を俺もなぞってしまった。
なんでこんな力が俺にはあるのか。昔から何度も自問自答した。言霊なんかなくたって生きていくことは出來るのに。不要な強力な力を持つ意味を、これまでに何度も何度も考えてはきた。
答えは未だ出ない。そりゃそうだ。この力を使って何を為せばいいかも分からないんだ。力を向ける先だって分からないなら何故手にれたのかも分からないのは當然なんじゃないか。俺はただ言霊を持て余しているだけだった。
一生付き合い続けなければいけないのか。それともある日唐突にひょいと消えたりするだろうか。先のことは分からない。昔はそれがどうしようもなく怖かった。また軽くれた一言で大切なものが失われたりしたら。そんな明日が來るのが怖くて怖くて息をするのも辛かった日を未だ覚えている。
言霊が俺からなくならない限りは抱えていくしかないんだろう。それに絶したこともあるが、今は々心境にも変化があった。一人じゃない。俺を信じると言ってくれた皆の言葉が確かにのにあった。だからか、なんだか前向きに生きていける気もした。
校舎を出ると背後から呼び止められた。振り返れば満面の笑みを浮かべた朝日が駆け寄ってくる所だった。
小走りで隣にまで來た朝日は白くなった息を吐き吐き俺の顔を見上げると、曇りのない微笑みを真っ直ぐに向けてきた。釣られてこちらの頬も緩むのを俺は自覚した。
息が白く濁るほどに辺りには冷たい空気が満ちている。でも、やがては宙に溶けて消える息を、眩しく照らすほどに頭上には晴れ渡った空が広がっていた。
後日宮杜からの連絡で、「笛吹の祭神のおかげで言霊の力の抑制は葉ったものの、代わりに心霊系や噂を基とする存在には特攻染みて効くようになった」と判明したのはまた別の話。
これにて『高校生男子による怪異探訪』終幕です!
最後までお付き合い頂きありがとうございました!
【WEB版】王都の外れの錬金術師 ~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~【書籍化、コミカライズ】
【カドカワBOOKS様から4巻まで発売中。コミックスは2巻まで発売中です】 私はデイジー・フォン・プレスラリア。優秀な魔導師を輩出する子爵家生まれなのに、家族の中で唯一、不遇職とされる「錬金術師」の職業を與えられてしまった。 こうなったら、コツコツ勉強して立派に錬金術師として獨り立ちしてみせましょう! そう決心した五歳の少女が、試行錯誤して作りはじめたポーションは、密かに持っていた【鑑定】スキルのおかげで、不遇どころか、他にはない高品質なものに仕上がるのだった……! 薬草栽培したり、研究に耽ったり、採取をしに行ったり、お店を開いたり。 色んな人(人以外も)に助けられながら、ひとりの錬金術師がのんびりたまに激しく生きていく物語です。 【追記】タイトル通り、アトリエも開店しました!広い世界にも飛び出します!新たな仲間も加わって、ますます盛り上がっていきます!応援よろしくお願いします! ✳︎本編完結済み✳︎ © 2020 yocco ※無斷転載・無斷翻訳を禁止します。 The author, yocco, reserves all rights, both national and international. The translation, publication or distribution of any work or partial work is expressly prohibited without the written consent of the author.
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