私は武を裝備できない。

その代わりに人狼と吸鬼の力があり、そして鋭い爪と牙がある。

今のところ何の役にも立っていないけれどドライアドの蔦や翼もある。

ただ問題があるとすれば、悪魔の力が異様に強いという事だ。

さすがに200ポイントもとられるだけある。

ついでに人魚の回復力なんかも厄介。

だとすると派手な出の方がいいだろう。

ジャーナリストという仕事柄、オカルトにも多の覚えがある。

八尾比丘尼の伝承なんかが有名だけれど、人魚を食べた尼。

不老不死の力を得たというそれになぞらえて捕食されるとデメリットが跳ね上がる。

さらに人魚伝説だけに尾ひれが生えて驚異的な回復力がある可能もあるのだから最初の一発は景気よく行くべきだろう。

というわけで、首を掻き切る。

「お、おい……」

PKさんの一人が最後まで言葉を発することなく死に戻りする。

それと同時に外に噴出したはずのが逆再生のように戻ってきた。

そういえば吸鬼もべらぼうな回復力持ってたわね。

「見ての通り、ちょっとやそっとの傷じゃ意味ないからね。どんどん行くよ」

そう告げてから首を切ってはを浴びせる、それを何度か繰り返した。

おおよそ10回くらいだろうか、PKさんが毎度を浴びることに嫌気がさしたような表を示したところで空気が変わった。

「っ！」

ざわりと、VRとは思えないほどの威圧。

あるいは恐怖心。

それが私を支配する。

同時に周囲にいたPKさんとそのお仲間も足がすくんでいるようだ。

冷や汗まで流していることから相當不味い狀況らしい。

これがお仕置きNPC、これが墮ちた英雄……ふふっ、ゲーマーとはいいがたい私だけどこれはし。

いや、とても楽しくなってきた。

「汝、悪なり」

黒ずくめの服裝、銀髪とのコントラストが妙に似合っている。

そう、聲からはと察することができるけれどそれ以上の報が一切得られない。

ただわかるのはやばいという一點。

背筋がぞわぞわして、逃げろと本能に訴えかけてくるのにはピクリともかない。

「悪は滅殺する」

「上等、初人食……もとい英雄食。死んでもただでは転ばな」

私は最後まで言い切ることができなかった。

気が付いた瞬間にはみぞおち、心臓に木製の杭を打ちつけられていた。

どこからだした、いつのまにやられた、そんなことを考える暇もなく私はキルされたのだ。

だが私のは、いつものようにすぐに消えることはない。

教會マラソンをした時も、聖水の水たまりを踏んだ時も、銀にれた時も、とにかく死んだときは一瞬の猶予もなくリスポン地點に降り立っていた。

だというのに心臓を貫かれて、明らかな致命傷をけてHPは間違いなく０になっているはずなのにだ。

「罪には罰を與える」

墮ちた英雄、それが口を開く。

宣言のためか、それとも……そう思うと同時に首筋に噛みつかれた。

人魚のデメリット、捕食されると効果上昇。

それが頭をよぎるが考えている暇はない。

まだ、まだ間に合う！

ただ嚙まれただけで、食われたわけではない。

「ふぐっ！」

渾の力、しかし弱弱しい抵抗にすぎない私の行。

それは墮ちた英雄の首に牙を立てる事だった。

プツリ、という音がどこかで響く。

私の牙がわずかに墮ちた英雄の首に傷をつけた音だ。

ジワリとあふれ出るは、昔彫刻刀で傷つけた指から流れ落ちたそれと同じ。

鉄臭く、生臭く、そしてに絡まる覚を持ち合わせたもの。

間違っても飲料には適していないがなぜか私は高級ビンテージワインを彷彿とさせていた。

あぁ、確かにこれはだ。

だけど、だけど味い！

にへばりつく覚は緩やかなのど越しにじ、鉄臭さはまるで広大で沃な大地に芽吹く葡萄を濃したかのような味わい、生臭さはワインの甘味と酸味、そしてごくわずかな苦みにも似た極上の味わい。

たまらない、もっと飲みたい。その一心で歯を突き立てる。

あらん限りの力をもってその笛からを吸いつくさんとし、ブチリという音が響いた。

遅れてやってくるのは虛。

力が吸い取られるような倦怠とセットになったそれは私から力を奪っていくようだった。

だが口を離すことなく、を飲み続ける。

一心不に、たとえ何リットルあろうとも飲み足りないであろうそれをひたすら吸い出しては嚥下する。

どれくらいの時間が流れただろうか。

おそらく數秒にも満たないわずかな時間、だが私はそれで十分だった。

飢と満足、決して相いれない二つの覚を全で味わい満足していた。

「ふふっ、ごちそう、さ、ま……」

もはやに力は殘っておらず、最新のシステムによる重力演算にひかれて地面にずり落ちていく。

けれどただでは転ばない。

インベントリからマンドラゴラの鉢植えを引っ張り出し、足元から消えていく自分のをしり目に一息に引き抜いた。

「キィェァアァァァァアアアァアァアアアアア！」

マンドラゴラの絶が響き渡る。

それを忌々し気ににらみつけ、墮ちた英雄はび続けるマンドラゴラを踏み潰す。

PKさんたちはとっくに死に戻りしているが、今更くこともできずにただ立っているだけだった。

かまわない、それはかまわない、邪魔にならなければどうでもいい。

だが、私は怒りに満ち溢れていた。

マンドラゴラ、薬の材料であり有毒な植。

それをこの墮ちた英雄は、あろうことか私の目の前で食材足りうるものを臺無しにしたのだ。

許せるか、そんなわけがない。

ステータス畫面を見るまでもなく私のレベルは下がっているし、強制的に付與されたデスペナが原因でステータスは比べにならないほど落ちている。

あいにくそれを確認する手段はないが、地面に立っているのがやっとのを無理やりかして墮ちた英雄に近づく。

「顔、覚えたぞ……」

「汝の罪は清算された」

「なら、罪を増やしてやる」

再び英雄の首に噛みつく。

それに対抗するように私の心臓にも再び杭が突き立てられ、首筋をかまれる。

ここから死ぬまでおよそ4秒。

その間に、先ほどのようなを吸うためではないこと。

ただ傷口を広げ、殺してやるという思いだけを込めた攻撃を続ける。

二度目のブチリという音と共に私のが崩れそうになるが、再びマンドラゴラを引き抜きリスポン地點に立つ。

「まだ、まだぁ！」

三度目の正直というがそれでは足りない。

恨みを晴らすまで延々と続く4秒間の攻防、いや攻防と呼ぶにはあまりにお末なそれをなんと稱するべきだろうか。

強いて言うのであれば、の喰らい合い。

先ほどまであれほど味にじていた英雄のすら唾棄すべきものにじるほどの嫌悪。

それが私を支配する。

「ふぅ、ふぅ……」

3目のマンドラゴラを引き抜いてリスポン。

デスペナは既に何倍されているかわからない。

けれどあと一回はなくとも攻撃できる。

ならばやることはただ一つ。

「次は……だ」

ここにきて狙うは首、と見せかけて耳だ。

人の中では比較的損傷しやすい部位という事もあり、杭を打ちつけられる頃にはその耳をかみちぎっていた。

「ふふ、骨みたいね」

こりこりと音を立てて口の中で転がるそれを咀嚼しながら英雄を見つめる。

私も両手の爪と牙を構えて勝負の姿勢をとる。

勝てるはずがない、だが何もできないままという道理もない。

ならばやれる限りの抵抗はしてやろう。

先ほど同様飛びついて、に杭を打ちつけられて、それでもまだ死なないから噛みつきながらスキルを聲高にんで発させる。

「ドレイン！」

破れかぶれといわれればそれまでだが、持ちうる魔法やスキルの中で最高火力のそれを叩きこんだ。

……いやね、悪魔とか吸鬼とかネクロマンサーとか明らかに強そうな種族じゃないかって言われると思うけどそうじゃないの。

デメリットレベルの話じゃなくて、固有スキルとか今後覚えていく魔法とかそういうのはレベル１、しかもデスペナけた今の狀態だとすごく弱いのよ。

でもドレインはレベル変に応じての固定ダメージで、デスペナくらっていても関係なく一定のダメージを與えられる。

しかも私の場合複數が持っているドレインが複合されている。

まずネクロマンサーと悪魔のソウルドレイン、これは文字通り相手の魂を奪う技……と大仰に言ってみたけれどそれはフレーバーテキストであって実際はMPを吸収するスキル。

次に吸鬼とドライアドのエナジードレインこっちはHPを吸収するスキル。

ちなみにフレーバーテキストは相手の生命力を奪うってなってる。

なおこのスキルは相手にれている必要があるから、こうしてこちらをけ止めてくれる相手じゃないとまず立しない。

的に言うと高速で移する相手とか、超長距離撃で魔法やスキル連打してくる相手とか、そもそも組合になる前に近づかせない相手とか。

弱點としては致命的だし、ドレインスキルは有名だから対策も簡単、その代わりにれているなら必中というハイリスクハイリターンなものだったりする。

「ぐっ……」

だからまぁ、一矢報いてやろう程度のつもりで……ついでにドレイン使ったらなんか味とかあるのかなという思いも込めて使ってみたんだけどさ……。

もうやけくそもいいところ、そういわれても仕方ないこの攻撃をけた英雄さんは想像以上にダメージをけた様子だった。

いや、というよりも英雄さんが纏っていた黒い闇が大仰にうごめいている。

あれって……なんだろ、なんかあるのかな。

もしかしたら攻略の鍵ってあの闇とドレインにある？

だとしたらし面白いけれど、今の私じゃ絶対に勝てない。

再びのリスポン。

そして再びの特攻からの。

「ドレイン！」

スキル発。

けどこれが無意味で、鼬ごっこに終わるのは目に見えている。

だってさっき蠢いていた、まるでドレインを嫌がるようにしていた闇が元に戻っていたから。

けれどドレインをけたらまた蠢いて嫌がるように闇がじろぎする。

うーむ、これは正攻法じゃないのかな。

あるとすればドレイン系の上位スキルをレベル上げた狀態でぶっ放すのが正解……ってところかな。

なくとも一発攻撃けただけで即死するような狀態じゃ無意味、ヒットアンドアウェイで力回復しながらドレインを繰り返すのが正しい気もするんだけど……。

正直私はここで英雄さんを逃がすつもりはない。

食べの恨みは怖いんだぞ？　私のマンドラゴラ踏み潰しておいて勝てないから降參しまーすじゃ収まらない。

……マンドラゴラ？

そういえばあれのフレーバーテキストは鼓からの報ではなく範囲の相手、その心臓に直接効力を発揮するってあったっけ。

それに未加工で食べると毒が心臓を止める……なおかつこちらのデスペナを重くしようとしている彼は私のを食らう……一矢報いる方法くらいは見つかったかもしれないわね。

「汝、罪の清算は終了した」

「お前の罪がまだ殘ってる」

淡白な會話をはさみながら三度の特攻。

けど今度は飛びつくためのじゃない、重心を前に倒して転ぶ寸前にでんぐりがえし。

無殘に踏みつぶされたマンドラゴラの殘骸を摑んで背後から飛びかかる。

「無駄也」

しかし當たり前のようにに杭が撃ち込まれる。

そのままこちらを捕食しようと口を開いた英雄さん、ここにマンドラゴラを突っ込んでもいいけれど嚥下までは持っていけないだろう。

ならどうするか、私がマンドラゴラを食べる！

有毒生で有名な存在といえばフグだが、実はあれ主食のプランクトンが持っている毒を貯蓄しているだけで適切な環境で育てた養のものは無毒だったりする。

それと同じことを私はした。

心臓を撃ち抜かれている私に強心作用が強すぎるマンドラゴラは無意味、既に破壊されているものをどうにかしたところで意味はない。

だけどさ、その毒は即効らしい。

つまり循環が素早いわけで、私のは一時的にマンドラゴラの毒を保有しているともいえる。

そのを食べた英雄さんは、果たしてどうなるかな？

「ぐがっ！」

ビンゴ！　意趣返しなのか耳をかじり取られたけれどそれを飲み込んだ英雄さんはを押さえて苦しそうにしている。

「ドレイン！」

ダメ押しのドレイン、明らかに先ほどよりも闇の蠢き方が激しくなっている。

「く、ふふ！　私の心が折れるか、貴が死ぬのが先か……我慢比べと行きましょうか」

ブラフ、はったりもいいところだ。

マンドラゴラの殘りは多くないし、こうなっては相手もこちらを食べなければいいだけのこと。

でもなからずダメージは與えられた、それにマンドラゴラも踏み潰されたとはいえ食べることはできたから満足はしている。

うん、カブみたいな食で味しかった。

けど今はそれどころじゃない、こちらは攻撃したいし、デスペナの時間がびるだけだ。

今は30時間のデスペナが付與されていると表示されている。

察するにお仕置きNPCの特別仕様で回數を重ねる毎に時間がびていくのだろう。

そして普通のデスペナは6時間、ゲームの1日に相當する。

といっても6時間のデスペナはログアウトしていても問題なくカウント進むし、町の中で散策やらなんやらしてたらあっという間だったりする。

だから割と軽いのよね。

「……優勢、されど難敵。罪は清算された、撤退する」

「あ、ちょっと！」

思わずぶけど時すでに遅し、英雄さんは纏っていた闇に飲み込まれるようにして姿を消した。

くっそ、逃がしたか……見逃されたというのが正解だけどさ。

まぁ一矢報いて、マンドラゴラの仇もうてて、ついでにデメリットほぼ無視で味しくいただけたから良しとしようかしら。

……やはりカブなら煮がいいかしらね。

あ、漬もいいかも。

調理系のスキルがあるなら取得してみよう、絶対に味しく食べてやるんだから！

ふふふ。