《スキルリッチ・ワールド・オンライン~レアというよりマイナーなスキルに振り回される僕~》挿 話 SRO開発前夜(その1)
読者の方からの想を拝見すると、皆さんVRゲームについて確固たるイメージをお持ちのようで、そのイメージにそぐわない本作について疑問を戴きました。なので、本作がどういうゲームなのかを説明するために、こういう話を書いてみました。し長めです。
ともあれ本作では、こういう世界設定のもとで話が進んでいきます。
「諸君らは異世界をテーマにしたゲームとライトノベルにおけるプレイヤーの位置づけについて考えてみた事はあるかね?」
CANTEC社企畫部の會議室、重役の一人による些(いささ)か突飛な発言から、後にこの會社の將來を決定したとまでいわれる會議は始まった。
居並ぶ重役たちの反応は、またぞろ妙な事を言い出したと訝(いぶか)しげな視線を向ける者、わくわくしながら事の推移を見守っている者、苦蟲を噛み潰したような表を隠そうともしない者など様々である。し下の役職の者は、またかという表を浮かべつつも、口は災いの元とばかりにだんまりを決め込んでいる。そういった反応の一同を見回しつつ、件(くだん)の重役は話を続ける。
「異世界ゲームの定番となっているのは、プレイヤーによるモンスター討伐だ。そして、討伐を行なうプレイヤーを勇者たらしめるために、敵(かたき)役のモンスターはゲーム世界の住民には太刀打ちできない強さを持つ事になっている。しかし考えてもみたまえ。プレイヤーがゲーム世界屈指の強者であるならば、プレイヤーをゲーム世界の秩序に従わせるべき強制力――現実世界では警察力や軍事力がそれに當たっているが――そういった強制力はどこに存在するのかね? ゲーム世界はプレイヤーという強者に対しては無力であるのかね? いくらリアルなVRゲームを謳(うた)い文句にしていても、肝心の設定に問題がありはしないかね。數年前のPK事件の事を忘れたわけではあるまい」
勇者云々のくだりで、一いつのゲームの話だよ、VRでないRPGの話だろうと心で突っ込みかけた者も、それ以降の発言容には同意できる部分もある――全面的に同意している者はほとんどいないが――ので、とりあえず黙っている。
ちなみに重役がれたPK事件とは、とあるゲームでPKが公認されているのをいい事に、PKプレイヤーの一部がゲームで町を丸ごと焼き討ちしてプレイヤーとNPCを殲滅(せんめつ)した事件である。死に戻り可能なプレイヤーはまだしも、死に戻り設定のなかったNPCが大量に消えたため町としての機能が維持できなくなり、ゲームの拠點が一つ完全に消失した。そのために不利益を被ったプレイヤーたちが挙(こぞ)ってPKK――PK狩り――に邁進(まいしん)したため、さながらゲームは中世の魔狩りのような事態となり、最終的には運営側がサービスの中止を宣言するに至った。
これだけならまだPKプレーヤーが顰(ひん)蹙(しゅく)を買っただけで済んだのであるが、実際に傷害事件を引き起こした人が、口述の中でPKプレイができなくなった憂さ晴らし云々(うんぬん)と言っていた事がマスコミに素(す)っ破(ぱ)抜(ぬ)かれたから面倒な事になった。ゲームでのPKプレイと暴力事件の関係を言い出す者が現れたあたりから、話がややこしくなってくる。ゲームでのPKプレイが暴力的な向を助長すると言う者、いや、そうではなくてゲームでのPKプレイが現実の暴力行為の安全弁になっているのだと言う者、暴力行為を容認するようなゲーム自が問題だと言い出す者など、錯綜した意見が立する。ゲーマーと非ゲーマーの対立までがこれに絡んだ事で混に一層拍車がかかる。ちなみに、加害者が言及したPKプレイが件(くだん)のゲームの事を指すのかどうかは公表されていない。間の悪い偶然ではないかと考える者もなくなかったが、事実はどうあれ騒ぎが大きくなり過ぎた。
混自は――飽きっぽい國民が幸いしてか――やがて下火になったものの、それまでPKを単なるプレイの一形態と見なしていた運営側も、迷な事態を引き起こしたPKプレイヤーに対して態度を化させる。たとえVRであっても迷行為は容認しないという姿勢を、業界として示す必要があったのである。以後、ほとんどのVRゲームでPKは止、そうでなくとも非推奨扱いとされるようになり、PK職を選んだプレイヤーには公然非公然のデメリットが與えられる――例えばデスペナルティの苛酷化――のが通例となっている。
話を戻すと、プレイヤーの戦闘力がゲーム世界の標準を超える事、そしてそのためにプレイヤーに対する強制力が相対的に低下する問題については、強力な騎士団の存在や神の意志などを持ちだして対処しているゲームもあるが、半ばやむを得ない事だと認定されていた。ログインしてまでお上のお達しに従わねばならないようなゲームのどこにカタルシスがあるというのか。
「それもこれも、モンスターを強力にし過ぎた事による弊害だ。ならば解決策は一つ。モンスターを弱くすればよいではないか」
この考え自は別段目新しいものではない。討伐対象のモンスターを弱化し、ゲーム世界の住民でも討伐可能なレベルにまでもっていけば、プレイヤーを過度に強力な存在にする必要はなくなる。必然的に、プレイヤーに対する強制力も自然な形で設定する事ができる。しかし、そういうゲームがゲーマーにとって魅力的かというと、これはまた別問題な訳(わけ)で……
「左右(あてら)君の言うようなゲームは既に出ていた筈だ。コマーシャルベースでもゲームとしても、失敗したと聞いているがね?」
批判的な聲を上げたのは、言い出しっぺの重役――左右(あてら)というらしい――とは何かと対立する立場にいる重役の一人であるが、左右(あてら)氏は一向にずる気配がない。
「當然だろう。自分が強者であるという幻想を、プレイヤーから奪うわけだからな。それ相応の代償も無しにそんな事をやっても、け容れられる訳(わけ)が無かろう」
「君の所では『それ相応の代償』というのを用意できると言うのかね?」
「そうでなくてはこんな話を持ち出したりはせんよ」
「聞かせてもらおうか」
売り言葉に買い言葉。ほとんど喧嘩まがいの雰囲気ではあるが、言葉遣いだけは紳士的である。かつて紳士の間で行われた決闘というのは差(さし)詰(づ)めこうであったろうかと思わせる程度に。
「我々が提案するのは、これまでのVRゲームなどとは一線を畫すレベルのリアリティだ。プレイヤーが自分ののきを、従來無かったレベルで実できるヴァーチャルリアリティを目指している」
左右(あてら)氏の発言に対してせせら笑う様子を隠そうともしない重役氏。ちなみに落合という名前である。
「言い古された謳(うた)い文句だな。VRゲームの新作が出るたびに言われてきた臺詞(せりふ)を、ここでも聞かねばならんのかね?」
「ふむ。私の説明では納得してもらえないようだな。では、専門家に説明を委(ゆだ)ねるとしようか」
左右(あてら)氏の合図で會議室にって來たのは、眼鏡をかけた一件貧相な初老の男であるが、注意してみると態度の奧にふてぶてしさのようなものが垣(かい)間(ま)見(み)える。その男を、左右(あてら)氏は十字(つじ)氏だと紹介した。
「十字(つじ)さんは三(み)車(ぐるま)生工學研究所で大脳生理學分野の研究をなさっておいででね。目下VRシステムと人間のインタラクションについて研究していらっしゃる」
「簡単に申し上げると、いわゆるVRゲームにおけるアバターのきをプレイヤーがどのようにじ取るか、またその逆に、如何(いか)にしてプレイヤーの思う通りのきをアバターにさせ得るか、そういった事を研究しています」
三(み)車(ぐるま)生工學研究所という名前を聞いて、會議の參加者――落合氏も例外ではない――の間にかな揺が走る。三(み)車(ぐるま)といえば政府との結びつきも強い企業グループで、國防関係の事業にも參畫している大所帯だ。生工研もその一翼を擔っていた筈だと、油斷のない目を向けている。十字(つじ)氏はそんな視線を気にも留めない様子で説明を始める。
「ここにいる皆さんには釈迦に説法でしょうが、問題點を提示するのに必要ですからしばらく我慢してお聞き下さい。現在のVRゲームは、プレイヤーが何らかの行、例えば……そうですな、片手剣で敵を叩き斬ろうとすると、マシンがその脳波を読み取ってアバターにプレイヤーの意図する行をとらせる。この場合、アバターの行自は予め登録されたモーションであって、実際にプレイヤーがとろうとしたきそのものではない。この一連のき、予め準備されたモーションはスキルと呼ばれており、これあるがゆえに私のような運音癡にもモンスター討伐が可能になる。要は非VRゲーム時代のコントローラーの代わりに脳波で力しているだけで、本質的にはVRゲーム以前のものと代わらない……あぁ、待って下さい。もうし話を聞いて下さい」
何か言いかけたスタッフを制し、一息れて卓上に準備された水でを潤すと、十字(つじ)氏は話を続ける。
「さて、VRすなわちヴァーチャルリアリティと銘打っている以上、それなりの現実(リアリティ)をプレイヤーに與える必要がある。例えば道を歩いていて日蔭にったらし暗く、また涼しくじる。これはアバターがある座標を通過した時に照度と溫度を下げてやればいい。ところが、先ほどのような戦闘におけるリアリズムはし違います。例えば誰か――何かでもよろしいが――を毆る場合を考えてみましょう。この場合は、プレイヤーの視界の中で自分の――厳にはアバターのですが――手がびる様子が捉えられ、タイミングを合わせて拳に衝撃が伝えられる。それでプレイヤーは自分が相手を毆ったのだという実を得る訳(わけ)です。まぁ一概には言えませんが、現在のVRゲームは大視覚と皮覚を使ってプレイヤーを錯覚……納得させているケースが多いようですね」
十字(つじ)氏は一旦言葉を切って、聴衆の反応を見ているようだった。會議に參加しているのはVRゲームの関係者ばかり。氏の言った容に異存はないようで、今のところ批判めいた言葉を口にする者はいない。落合氏も黙って聞いている。
「我々が最終的に目指しているのは、VR空間におけるアバターではなく、現実の――あるいは義肢――を最適化された形でかすに當たって、VRゲームでの知見が參考になるのではないかと考えて、この場にお邪魔した訳(わけ)です」
「しかし、現実の義手や義足をかすのはまた違うでしょう。我々の経験がご參考になるとも、失禮ながらあなた方の経験が我々の役に立つとも思えんが。VRゲームではプレイヤー一人當たりに割り振れる報リソースにも限りがありますのでね」
挑戦的な落合氏の言葉に、十字(つじ)氏はにこやかに言葉を返す。
「現実の筋をかしている神経伝達を一々再現する事はできないと仰(おっしゃ)りたい訳(わけ)ですな? しかし、試しにご自分の腕を曲げばししてみて下さい。どの部位の筋がどういたかなど、実できましたか?」
十字(つじ)氏の発言に戸ったように落合氏は腕を屈させる。他の參加者も多くがそれに倣(なら)っていた。
「せいぜい二、三ヵ所の筋が張したという覚しかなかった筈です。逆に言えば、それだけの報を追加するだけで現実ののきに近い覚を得る事ができる。無論、その分に関わるリソースは相応に必要になりましょうが、これには三車(ウチ)の報工研の連中が何か腹案を持っているようですな」
十字(つじ)氏は暗に三(み)車(ぐるま)の全面的な協力を臭わせる。しかしそれは、三(み)車(ぐるま)による乗っ取りを意味するのではないか。そう思って相を変える者もいたが……
「三(み)車(ぐるま)はこの件について紳士的な協力を約束してくれた。だが、これについては皆も口外を慎んでくれ。これは我々だけの問題ではなく、更に上の方の意向でもあるのだ」
それまで口を挾まなかった社長が靜かに発言する。その一言で、出席者はこの會議が討議の場ではなく、社の方針を周知させる場でしかなかった事に気付く。その事を知らなかった落合専務がどう扱われているのかにも。敏な者は、社長の言葉にあった「更に上の方」という言葉を反芻(はんすう)していた。自社よりも、そして恐らく三(み)車(ぐるま)よりも「上の方」というと……。先ほどからり口の傍に座っている、いかにも軍人っぽい二人は……。そう言えば三(み)車(ぐるま)は政府との結びつきが深く、確か防衛産業にも參畫していた筈だ……。
「それでは、改めて左右(あてら)君に、彼が企畫しているゲームについて説明してもらおうか」
更新ペースが変則的になりますが、本話の続きは明日投稿します。
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