《スキルリッチ・ワールド・オンライン~レアというよりマイナーなスキルに振り回される僕~》第八章 ナンの町 3.隠しクエスト?(その1)

レイドボスのフィールドからこそこそと撤退している最中に、僕の【蟲の知らせ】が発した。理由は判らないけど、こっちに進むと何か良い事がありそうだ。

「ケインさん、待って下さい。【蟲の知らせ】が発しました」

「うん? どういう事だ? シュウイ年」

「こっちへ行くと何かありそうです」

「こっちって、何も無……いや、獣道のようなものがあるな」

「そう言われてみれば道に見えなくも……どうする?」

「シュウ坊の【蟲の知らせ】なら行くべきだろ。何たって実績があるんだしよ」

という訳(わけ)で、僕らは細い獣道を辿(たど)って來たんだけど……

「何なの? あれ」

「関所……かな?」

「あの扉を開けるのには、ゴブリン……いや、ホブゴブリン共が守っている鍵を取ってくる必要があるって訳(わけ)かな」

テーブルの上に鍵みたいなのが置いてあって、その周(まわ)りにホブゴブリン(?)が四頭いる。その鍵を取って、関所の扉の鍵を開ければ突破できるという事らしい。あと、テーブルの周りにいるのは確かに四頭だけど、関所とテーブルの間には他にも多數のホブゴブリン(?)がいる。

「蹴散らすのは簡単だが……」

「そうすると、あのゴブリンだかホブゴブリンだがは、鍵を持ってっちゃうんじゃないですか?」

「多分そうだな……」

「結構面倒ね……」

「よし、シュウ、お前に任せた」

「ちょっと、ダニエル、いい加減にしなさい」

「やってみます」

そう言うと皆――ダニエルさんまで――驚いたようにこっちを向いた。いや、ダニエルさん、言い出しっぺはあなたでしょう?

「ちょっとシュウ君、無理しなくても……」

「行ってくるので、萬一の場合は掩(えん)護(ご)をお願いします。あと……驚かないで下さいね?」

僕は【地味】スキルを発してテーブルに近づき、右手を倍の(・・・・・)長さにばして(・・・・・・・)、テーブル上の鍵を摘(つま)み上げた。

あ、あれだけ言ったのに、ベルさんたち固まってる。まぁ、左手が急に短くんで、その分右手が倍の長さにびたら驚くか。ナンの町へった時に拾った【通(つう)臂(ひ)】というスキルの効果だ。案山子(かかし)みたいに左右の腕が繋がっているじかな。あとはこのままそ~っと戻ればいいか。

鍵を持ってケインさんたちのところへ戻ると、皆が何か得の知れないものを見るような視線を向けてくる。あ~無理もないよね……。

「あの……鍵……持ってきました」

「あ、ああ……済まない、シュウイ年……」

「シュウ君、腕、大丈夫なの!?」

「え? あ、はい。そういうスキルなんで。解除すれば元通りです」

「『西遊記』に出てくる通(つう)臂(ひ)猴(こう)か……」

「シュウ坊、他のやつらの前で使うなよ。モンスターと間違えられっぞ」

「ちょっと! ダニエル! もうし言い方を考えなさいよ」

「あぁ? 事実だろうが? 間違ってシュウが攻撃されたりしたら、そっちの方が問題だろうがよ」

「そりゃそうだけど……」

「シュウイ君なら返り討ちにしそうだけどね……」

「……まぁ、手長スキルは衝撃的だったが……その前にゴブリンたちが年に気付いていなかったようだが、あれもスキルなのか? いや、詮索する訳(わけ)じゃないんだが……」

「あはは、【地味】っていうスキルです。気付かれにくくなるみたいですね」

「【地味】……」

「名前の割に有能そうなスキルだな……」

「【隠蔽】や【認識阻害】とはまた違うプロセスなのかな」

「実際使えますよ」

「おいシュウ、妙なスキル持ってるからって、悪墮ちすんじゃねぇぞ?」

「ダニエル! ……シュウ君、道を踏み外しちゃだめよ?」

「あはは。犯罪向けのスキルなら、そのまま【掏(すり)】っていうスキルがありますよ。この前盜賊から奪いました。まだ使った事はありませんけど」

「……聞いただけで頭が痛くなるラインナップだな……」

「運営も、何考えてこんなスキル作ったんだか……」

「青年に與える影響ってものを、もうし考えるべきよね……」

殘念ながら、基本的に廃人が揃っている運営に、そんな常識的な判斷をする人材はいない。あるいはもっと悪い事に、常識的な判斷との葛藤の結果、面白い方が優先されてしまう。尤(もっと)も、犯罪的でない――というか、箸にも棒にもかからない――スキルを山ほど作っているので、その中に埋もれてしまって目立たないというのも実であるが。

「まぁ、とにかく先へ進もう。シュウイ年の今後については、後でじっくりと考えよう」

ケインの決定に従ってそのまま先へ進む一行の前に、二つめの関が見えてくる。ちなみにホブゴブリンたちは、鍵を持っている事を示すと何もせずに通してくれた。

「今度はコボルトかぁ~」

「【地味】スキルが臭いにも通じるのか、不安があるな」

「おいシュウ、また何か便利なスキルあんのか?」

「えっと……コボルトって鼻が利くんですか?」

「あぁ、能力的には犬みてぇなところがあるからな」

「だったら、一つ試してみたいスキルがあります。皆さんにも影響するので、近づかないで下さいね」

ぎょっとする「黙示録(アポカリプス)」の面々を放っておいて、【地味】を発してコボルトたちに近づくシュウイ。しかし、鍵の乗っているテーブルに近づく前に、コボルトたちが違和に気付く。

「あ~……やっぱり嗅覚までは誤魔化せないか~……仕方ない。【腋臭(わきが)】!」

予め【嗅覚強化】を切ったシュウイが【腋臭(わきが)】スキルを発した途端、コボルトたちは表を歪(ゆが)めて一斉に飛び退(すさ)る。中には鼻先を押さえて涙を流している者もいる。そのまますすーっとテーブルに近寄ると、コボルトたちは慌てたように後ずさりして……やがて後ろを向いて一斉に逃げ出した。シュウイが後を追う。コボルトたちが逃げる。やがて無人となったテーブルに近寄ると、シュウイは鍵を取って皆の許(もと)へ戻る。途中でスキルを解除するのは忘れない。

「今の……何?」

「どうやってコボルトたちを追い散らしたんだ?」

「涙目で逃げてましたよね……」

「あ、【腋臭(わきが)】っていうスキルです」

「「「「「腋臭(わきが)!?」」」」」

あまりにあまりなスキルの正に、全員の聲が揃った。

「それは……また……何というか……」

「コボルトが逃げ出す腋臭(わきが)って、一どんだけ……」

「試してみます?」

「「「「「拒否する!」」」」」

再び全員の聲と思いが揃った。

・・・・・・・・

二つの試練(?)を突破した先には、直徑四十センチくらいの石の球――ご丁寧に標縄(しめなわ)まで巻き付いている――が巖の臺座に鎮座していた。その橫には、文字を刻んだ石碑のようなものが立っている。

「え~と……クエスト『解放の呪歌』へようこそ。呪文あるいはそれっぽい歌を合唱(・・)して、卵――あれ、卵なのか――のゲージを減らして下さい。ゲージをゼロにするとクエストクリアーです。最も貢獻した一人に、クエスト報酬が渡されます。本日中であれば、一人何度でも挑戦できます。失敗してもペナルティはありません……」

「何か、お茶の間クエストってじだな……」

「だとすると、途中のホブゴブリンやコボルトも、必ずしも闘わなくてもよかったんでしょうか?」

正解である。勿論闘って追い散らしてもいいのだが、彼らが出題するミニクエストをクリアーする事でも通行できるようになっていた。

「ま、とにかくデュエットってんならケインとベルだろ」

「よっ、待ってました」

他のメンバーがやんやと喝采する中で、戸ったようにしていた二人が、意を決したように歩み出る。

(「お二人は付き合っているんですか?」)

(「あぁ、リアルでもな」)

(「る程~」)

甘いムードのラブソングを歌い始めた二人であったが、途中でカーンという鉦(かね)の音が鳴って、《失格!》の文字が空中に浮かぶ。呆気にとられた一同であったが、やがてベルが憤慨し始める。

「何よ何よ何よ! 何であたしたちが失格なのよ!」

「お、落ち著け、ベル」

石の卵に毆りかかりそうなベルを、ケインが羽い締めにするようにして何とか押しとどめている。

「あ、あの……『呪文あるいはそれっぽい歌』っていうのがネックだったんじゃ?」

恐る恐るのシュウイの言葉に、虛を衝(つ)かれたように暴れるのを止(や)めるベル。どうやら納得したらしいが、しかし、シュウイの指摘は彼らにとって深刻な問題であった。

「あたしは呪文なんか知らないわよ。ケイン、あんた魔師だから何か知ってるでしょ?」

「いや……魔法の詠唱ぐらいはできるが……それだとベルができんだろう?」

「その前に、魔法を発させずに詠唱ってできるんですか?」

エレミヤの指摘に、う~むと唸(うな)って考え込むケイン。

「あの……『それっぽい』とありますから、正確な詠唱でなければ大丈夫なんじゃ……」

「いや、だとすると、魔師が二人以上いるパーティならクリアできる筈だ。ここの運営がそんな易しいクエストを設定するとは思えん」

「のど自慢風の舞臺みたいだったし、合唱(・・)の上手下手がポイントになるんじゃないか?」

ヨハネの指摘に更に困する一同。結局駄目元で殘った三人が「空海(クーカイ)尼(マニマニ)」と唄ってみるが、これまたカーンという鉦(かね)の音が鳴って、再び《失格!》の文字が現れた。

「こうなると頼りはシュウイ年だけだな」

「何か変なスキル持ってんじゃねぇか?」

「あの……【デュエット】っていうスキルがあるにはあるんですが……」

「クィカイマニマニ」は作詞作曲不詳ですが、歌詞については昔の英語だという説と南米のケチュア語だという説があるようです。

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