《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》斷章 ヘルメスの憂鬱

ヘルメスの様子がおかしいことをヴァーシャとアルベルトは気付いていた。

彼としても二人の構築技士が自分の苛立ちに対して困していることを知っている。

「間抜けがいたからね。最近みんなに當たりがきつくなったようだ」

ヘルメスが苛立ちを隠さずに告げる。すべては間抜けが悪いのだ。

「我らが詳細を伺うことは許されないのでしょうか」

「こいつばかりはね。そしてこの間抜けの失態に関しては君たちに一切の非はない。ぼくの腹心として実によくやってくれている。謝してもし足りないほどだ」

「もったいなきお言葉でございます」

アルベルトが恭しく頭を垂れる。

間抜けの失態とやらは、彼らが関知していない、そして把握できない規模の模様だ。ならばアルベルト如きが口を出すことは憚られる。

「開発権限はぼくたち三人。アルゴフォースに集約している。この制は揺るぐことはないよ。確定だ。間抜けどもがいかに頼りないかよくわかったよ」

ヴァーシャも察する。間抜けとはストーンズのことなのだろう。

「パイロクロア大陸にはアルゴアーミー。スフェーン大陸にはアルゴネイビー。外征隊であるアルゴコーで対応しています」

「半神半人とその手下だろ? それほど使いになるとは思わないけどね」

半神半人への侮蔑を隠そうともせず吐き捨てるヘルメス。よほど嫌なことがあったに違いない。

「ヘルメス様!」

創造主たるヘルメスはストーンズに対して毒づくことをやめない。

「いやはや。言い過ぎたね。近いうちに半神半人による反も想定しているよ」

「そこまでですか……」

「彼らを生み出したぼくだけど、魂の劣化コピーの分際でよくいう。完全平等なんてあるわけないじゃないか。生どころか無機質だって素粒子レベルで差というものは存在し、そんな真実は古代ギリシャ人だって理解している」

「それは……」

共産圏で生まれ育ったヴァーシャは、ストーンズにある程度のシンパシーをじている。

そこまでストーンズを非難する気にはなれない。

「ヘルメス様。ぶっちゃけ過ぎですぞ」

思わず噴き出すアルベルト。まさかあのストーンズも、創造主にここまで言われるとは思うまい。

「はは。アルベルトの言うとおりだな。彼らがんで、ぼくが與えた。でもね。ぼくの存在自が彼らにとってそぐわないんだよ。相反するに決まっている。石には楽も必要はなく、ぼくはそれを是とする超AIだからね」

アルベルトが噴き出したことによって、ヘルメスの気は晴れたようだ。

「だいたいあいつらは平等を標榜するなら全員エンジェルにでも搭乗すればいい。それなのに果主義などを導して搭載するアンティーク・シルエットに差別化したり中途半端にしがるから、結局は固差に苦しむんだよ」

一通り毒づいたあと、すっきりしたようだ。

ヘルメスとはいえ、誰かに聞いてしかったのだろう。

「もうこの星の覇権にも興味ない。を手にれたからね。ゲーム覚だ。そこで新たな手駒を用意する」

「新たな手駒?」

星エウロパ――生きる者がいない死の大地。眠り姫の星に殘っている殘黨。バルバロイをアシアで使うつもりだ。もう一部はこちらに呼び寄せていた」

「サイボーグになって冷凍睡眠を拒んだものたちをですか」

「彼らとぼくは協力関係にあるからね。サイボーグ技を提供したのもぼくだ。もっとも厄介な點は一つあるが……」

「教えてください」

「いいよ。これは神エウロパの本質を引き継いだ、超AIエウロパの策略もあるかもしれない。彼は自らが管理する星の運営を放棄中だ。冷凍睡眠を解除していないからね」

「はい。無人の星とはそれが由來ですよね」

「だけど、彼の熱心な僕。それらがバルバロイでもある。彼の本質、基となった神エウロパは古代オリエント、カナンの地より來る神アスタルト。アフロディーテもそうだね。狩猟。王権。軍馬――そして戦爭。つまり本質は侵略者。天然無邪気にして理想主義の、厄介な姫様だよ」

「それは……」

「彼の子孫は何をした? クレタ島のミノス王はアテナイに侵攻。講和條件に息子たるミノタウロスへの生け贄を要求。偉大な王で公平な裁判? とんでもない。父ゼウスと母エウロパの強権による獨裁者に過ぎない。だからダイダロスなんて技者にしっぺ返しをけたんだ。――おっと話がそれた」

ヘルメスは饒舌になった自分を戒める。やはり間抜けのやらかしたことに関して、かの超AIでも揺が激しいらしい。

「超AIエウロパとバルバロイの目指す目標。それは――エウロパによる星アシア植民地支配」

「エウロパが?」

「アシアで得た技のノウハウ、生産星エウロパの繁栄の糧にするための、ね」

「超AIアシアが許すはずないと思いますが」

「そこだよ。アシアはまだ半分は封印されている。リュビアは全壊した。ぼくだってそうだ。萬全ではない。――しかし超AIエウロパは違う。彼だけは萬全で完璧だ。ゼウスにされし超AIはね。神話同様にね。彼はゼウスから數多の贈りをもらっている。ヘパイトスのネックレス、青銅の巨人タロス、猟犬ライラプス、無盡蔵に投擲可能な投げ槍《ピルム》。敵に回したくはないかな」

「味方寄りの第三勢力。緩い同盟関係ですか」

「ああ。そうとも。間抜けのせいでそうせざるを得なくなってしまったね! ぼくだってアシアが植民地になることは忍びないとは思うよ。でも仕方ないことなんだ」

ヘルメスは深くため息をつき、両手で顔を覆う。

そこまで追い詰めるのは何であろうか。それはヴァーシャにも理解不能だった。

「今は第三勢力。同盟、可能なら手駒になるようようにぼくもくよ。彼らは數そのものは多くないからね。半神半人よりもバルバロイのほうが相が良いぐらいだ」

「わかりました。私たちはヘルメス様の傍を離れません」

「ありがとう。そしてもう一つの問題についてれようか」

ヴァーシャは右の眉を吊り上げた。これはヴァーシャも既知の案件。

「謎の第四勢力の件だ。奴は何者だろうか」

「我々が腐心して作ったアンフィシアターがあるI908要塞エリアのコントロールタワーを占拠。制機構は完全にストーンズから離れております。とはいえ、トライレームや新生傭兵管理機構が関與している形跡はありません」

「かといって、ぼくが作った観劇用の放送網は生きている。完全中立地帯。いわば一種の聖域狀態。誰が何の目的の為に? いや、シルエットの競技化となるならこれほど理想的な要塞エリアはないだろう。だけど何のために? これが理解できない」

「ええ。潛捜査で私が百人抜きをしたものの、報酬は主催者のバーンなる人から降りただけでした。また招待狀が來ていますよ。次はエキシビション・マッチとして招待したいと」

「行けば良いよ。また放送もこちらに流してくれるだろ。そこらへんは妙に親切なんだよね。――バーン。本當に何者か? ヴァーシャの百人抜きは映像で見たけど痛快だったね。そんなにベースをやるのが嫌だったのか」

「……ええ。まあ……」

ヴァーシャが口ごもりながらも、ヘルメスの言葉を肯定した。

「仕方ない。百人斬り達したことだし。そこは諦めた。TAKABAの楽はいいね。お気にりだ。――とはいっても劇場は取られてしまった。これではライブもできない。問い合わせたら申請すれば有償で使えるとの回答は得た」

「問い合わせしたのですか!」

ヘルメス自らが要塞エリアに問い合わせる姿は非日常的な景であろう。

「してみたさ。まさか返答があるとはね!」

「いやはや。相手の目的どころか、力を推測することも葉いませんね」

「実に腹立たしいが…… 敵対する意志はないようだ。単に劇場がしかっただけにみえる。何せあの場所に配置しておいたバルバロイとスプリアス・シルエット――テウタテスは完全に掌握されてしまっている。第四勢力下にあるとみてもいい」

「兵実験でしょうか?」

「それぐらいしか理由は思いつかないかな」

「生き殘っている超AIの可能は?」

「プロメテウスなど筆頭だが、あいつはアシアとアシアの騎士側につくだろう? 十二神以外はあらかた破壊されていると思うし。バーン……パンか。超AIで祭典関係なら超AIパンがいたが、そんな安易な連想ゲームをするヤツじゃない。あいつはぼくの眷屬だし、敵対することはないはずだ」

「パン――パニックの語源となった、牧羊神ですね」

「パニックの逸話は二種類あるんだよ。神話ではテュポーンに襲撃され変に失敗して上半は山羊、下半は魚になったといわれている。もう一つは何もない場所で晝寢を邪魔されて怒りび、巨人を恐慌に陥れたといわれている。彼は敵を威嚇する超AIだ。しかしそんなものは端末さえ殘っていない。破壊されたよ」

「ですが超AIではないにしろ、その端末などの可能も?」

「そういう可能はある。ぼくも殘骸だったようなものだ。殘っている連中がいてもおかしくはない。――今は敵にならないならそれでいい。要塞エリア一つぐらいくれてやるさ」

そういって嘆息するヘルメス。敵でないなら様子見が正しいだろう。しかもアンフィシアター自は利用可能なのだ。

敵対する勢力下ならヴァーシャなどとっくに殺され、音楽活の利用など認められないだろう。

「とはいっても得の知れない敵というのもいらいらするものだね」

「彼らがエウロパの手のものという可能は?」

「まずないだろうね。バルバロイを移させる宇宙艦も限界がある。技封印でもっとも影響が大きかった星は重工業特化の超AIエウロパだ。それでもなお技的なアドバンテージはアシアより上。どれだけのものかわかるだろ?」

「ふむ。――ひょっとして三星のなかでもっとも技解放が進んでいるという理由でアシアを植民地に?」

「さすがだねヴァーシャ。転移者なんて星エウロパにはいない。彼らの存在こそ、プロメテウスのアシアに対する依怙贔屓。いや贔屓の引き倒しといってもいいだろう。重工業が得意分野のエウロパとしてもさぞや面白くないだろうね!」

「エルメス様。超AIエウロパはどんな格なのですか?」

二人の會話を聞いていたアルベルトが、ふと疑念を口に出す。どうもアシアと格が違うようだ。

「超AIオリンポス十二神の主神に甘やかされた、世界は自分中心に回っているわがままお嬢様だよ」

尋ねたアルベルトが言葉を喪うほどに、ヘルメスの回答は直球であった。

「だからといって姉妹であるアシアを攻めるか? という疑問にも答えよう。――これは人間にも言えることだが、姉妹間の関係などどうでもいいはずなんだ。だからぼくと組む余地がある」

「そういうことでしたか。人間とて必ずしも兄弟姉妹と仲が良いわけではありませんからね」

「彼にしてみたらアシアにちょっかいをだすのは悪戯レベルかもしれないけどね。――こそぎかっさらっていくつもりだろうけど。エウロパによる植民地支配については、と。地球における産業革命前後の歐州列強による植民地支配を考えてみるといい」

ヘルメスは肩をすくめて、大げさなアクションを取る。心同などはしていないだろう。

「ヴァーシャ。とりあえずはI908要塞エリアの調査は進めておいてくれ。あと半神半人の監視を怠らずにね」

「わかりました」

ヴァーシャとアルベルトは一禮し、ヘルメスのもとを去った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「あー! くそったれ! あの間抜けどものせいで! 役立たずの石ころどもめ!」

二人が退室し、一人になったヘルメスは再び荒れ狂っていた。を手にれた弊害。極度に昂ぶったを制できない。

ヘルメスの手元にある報告書が書かれたタブレット型の端末である。

「あれほどリュビアに手を出すなといったのに! エウロパなんざと手を組むはめになってしまった! あいつはあいつでこちらの足元を見るから嫌いなんだよ。兵開発しか能が無いホーラ級AIのほうがまだ可げがあるってもんさ」

怒りが収まらないヘルメスは、誰も居ない居室で一人怒鳴る。

「あいつらは作るべきじゃなかったか? 理念ばかり崇高なくせに無能すぎる! 半神半人の命令系統を確認。リュビア関連の関係者全員のを沒収。カレイドリトスはネメシスに放り込むか外宇宙に放逐しよう」

それはヘルメスが考え得る最大の罰。

それほどまでに彼の心は憎悪に染まっていた。

「くそ。くそ。くそっ!」

これは暗黒に包み込まれる寸前、ストーンズの艦隊による映像記録。

端末に映っている映像が消去できない。消したところで即座に映像は複寫され、ウィルスのように増していくのだ。

これはヘルメスにあてた強力なメッセージに他ならない。

「くそ!」

タブレット型端末を壁に投げつけて破壊を試みる。

「誰だよ。アレの封印を解いたの。人間であるウーティスには不可能だ。オケアノスでもない。――まさかテュポーンとプロメテウスが手を組んだのか? いや、あいつらは接點はないはずだ! ただ、わかることがたった一つ。宇宙艦隊が撮影した映像。間抜けが星リュビアに手を出したんだ。くそったれ!」

床に転がったタブレット端末は、なおも映像を映し出していた。その多くは幻想兵。巨大な黒貓やドラゴン型、白銀の騎士。それらはまだいい。

最後の映像がいただけない。呪いとしかいいようがない強固さをもって、彼のもとに送られ続けるのだ。

そこに映し出されたものは、機械の蛇の如き異様。畫面を埋め盡くす、巨大な蛇眼。

ヘルメスに向けられた殺意そのもの。

タルタロスに封印されているはずのテュポーンが現界した。ありえぬことだった。

そのテュポーンの視線がヘルメスに告げているのだ。

――見つけたぞ。

かつての神話にいう。テュポーンが出現した際、神々はに変して逃走した。ヘルメスはその時、鳥に変。その鳥は朱鷺ともコウノトリともいわれる。

源からこみ上げる恐怖。ギリシャ神話のトリックスターを模した存在だからこその。超AIヘルメスはただ怯えるのみであった。

いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!

今回で【國家形戦爭時代の幕開け】が終了です。次回より新章がスタートします!

もうしフランを書いていたかったですね。

星リュビアからコウたちが帰還の最中、とんでもないことになっています。

リュビアもモーガンも誰も、ストーンズ艦隊を葬り去ったことなどコウに伝えていません。彼たちにとって石ころなど口にするのも嫌なのでしょう。

ヘルメスはを手にれたペナルティみたいなもので、強い恐怖に襲われています。手にれる前なら、きが違ったかもしれません。

リュビア編の閑話はコウたちの活の結果でもあります。やりすぎた自業自得もありますがヘルメスとストーンズにとっては悪夢のピタゴラスイッチとなっていたのです。

事態はコウたちの知らないところで急展開。第四勢力もあり、こうなるとストーンズとヘルメスの関係も不穏になってきますね。

アリマ君のお茶目なメッセージ! ヴァーシャ百人斬りの真相? 歐州の歴史イメージ悪すぎない? 続きを楽しみという方は↓にあるブクマ、評価で応援よろしくお願いします。

大変勵みになります! 気軽に想等もお待ちしております!

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