《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》家庭不和の神様

パライストラの見學を終え解散することにした三人。バルドはこのまま自分の宿舎に戻るとのことだ。

兵衛はすでにラニウスを、コウと同じ宿舎に駐機させているという。オイコスがすぐに迎えにきて、彼らはアルティスの宿舎に戻った。

ヴォイと兵衛のファミリアのたー君が二人の機整備を行っている。

「たー君がきてくれて助かったぜ!」

「いえいえ。どう整備しようか悩んでいたところですから。こちらも助かります」

ヴォイと違い、たー君は丁寧な言葉遣いのハイタカ型ファミリアである。兵衛とは10年以上の付き合いになるだろう。

兵衛は先に休むといい、宿舎にる。コウは五番機の方針を決めるためにヴォイとたー君の三人で話し合うことにした。

「どうだった。コウ。その闇試合とやらは」

「想像以上だったよ」

コウは興を若干隠しきれず、二人に語る。

シルエットを整備する二人にも興味深い報があり、確認のため質問が飛んでくる。

「確かに想像以上ですね。これは私もヒョウエと話し合う必要があるでしょう。ちょっと行ってきます」

「おう! 俺達もあとで作戦會議だな」

「そうですね。ヴォイさん」

たー君が兵衛のもとに向かったことを確認し、ふと疑問に思ったことを口にする。

「なあヴォイ。ちょいとギリシャ神話の確認なんだが」

「おう! 知っている範囲なら答えるぜ!」

ヴォイが休憩代わりに蜂を飲み始めた。

「ヘスティアって神様は興行か商売の神様でもあるのか」

ヴォイが橫を向いて蜂を吹きだした。

「ヘスティア本人にあったばかりでそれはないだろうがよー!」

「いや、商売がやけに上手だなーと」

「それはそう思うけどな! いや、またこんな話を本人に聞かれてみろ。お前、それこそヘスティアにあることないことアシアとアストライアに告(チ)られるぜ」

「家庭不和の火種を引き起こすようなことはしないと信じたい。火の神様だけに」

「誰が家庭不和の神じゃーい!」

コウがぽかっと軽く頭を毆られる。

背後にヘスティアが目を吊り上げ、両手を腰につけて仁王立ちしていた。

「商売の神は褒め言葉としましょう! 家庭不和の神様はさすがに聞き捨てなりませんからね!」

「言ってない! 第一なんでここにいるんだよ! 超AIが変な空耳をするな!」

「たまたまですよ、たまたま」

目を反らしながらヘスティアが答える。その表で全てが筒抜けだと悟るコウである。

「ごめん。用事だった。アンフィシアターの試合、まずは明日です。五番機の初陣ですね!」

「思い出したようにいうなよ。メールでいいだろ」

「誰かさんが超AIの幹に関わるようなことを言うからです!」

あえて空耳だと言い張っているヘスティアに、本當に完全の超AIなのかと疑念を抱き始める二人。

疑いの眼差しに気付き、威厳を取り戻すため話題を変えることにしたヘスティアだった。

「リングネームは表紙に騙されたナナシさんでいいでしょうか?」

「嫌だ。――せめてネームレスとかアンノウンにしてくれ」

「中二っぽくないですか。わかりました。樸念仁かエンプティにします」

「なんでそんな二択なんだ。ではエンプティで」

「決定です。異論は認めません」

「そのままじゃねーか!」

ヴォイがあまりの安直さに、ツッコミを抑えきれなかった。

「空っぽだろ」

地球でも自車やバイク関係者なら、ガス欠でお馴染みの単語である。

「無人、誰もいないってことでもあるぜ」

「そうか。そのままだな…… 異論は認めない?」

もっと真剣に考えるべきだったと若干後悔するが、もう遅いだろう。

「認めません。ニックネームの類いは悩み始めると時間もかかりますしね」

その言葉に反論はしないコウ。そういう悩みはゲームでも多々ある。

「さて本題にりましょう。ヘスティア自らがヘスティアを語るのです。謝しなさい」

「いや、別にいいよ」

「……」

無言の圧が怖かった。心なしか外気溫まで下がった気さえする。

「聞いとけ、コウ」

「その熊は、最低限の処世はあるようですね」

「聞きます」

コウは大人しく聞くことにした。

「ふふん。――まず誤解を訂正すると興行や演劇の神様はいます。まず代表はヘルメスですね。とはいっても古代ギリシャではヘパイトス、アテナ、アポロン、アフロディーテ、そしてヘスティアなど様々なものが守護していました。蕓という文化を昇華させたギリシャ文明ならではです」

「ヘルメス。伝令の神であり、旅人や商人の守護者。諜報や盜賊なども守護すると聞いている」

「さすがのあなたも主敵になるモチーフは調べていますね。ローマ神話ではメルクリウス。ローマ人たちは北歐神話のオーディンと同種と見做しました。エジプトの偉人などとも習合され、魔世界ではヘルメス・トリスメギストスとして伝っています」

「魔?」

「ヘルメス・トリスメギストスは三人のヘルメス、三倍偉大なヘルメス、三重知恵のヘルメスという意。魔の三種錬金、占星、神働を司るのです。その質は錬金に重要な水銀の名前としても採用されました」

「そんなものが主敵か……」

「超AIヘルメス君はその伝承さえも取り込んでいますよ。ゆえにテュポーンから生き延びたのかもしれませんね。オーディン要素はちょっぴりしかないです」

「北歐神話の主神まで取り込むのは贅沢だろう」

「ヘスティアろくに知らないくせにオーディンには詳しいんですね!」

他の神話に詳しいとネメシス星系のAIたちは不機嫌になる傾向がある。ヘスティアはとくに強いようだ。

日本神話は許されるのに、と思うコウ。

「う……」

知らないことをかなりに持たれているようだ。コウがいた時代ではオーディンは様々なところで目にする機會があった存在だ。

「そしてヘルメスがローマ神話ではメルクリウスであると同様、ヘスティアもローマ神話に倣いウェスタと呼稱され崇拝の対象となります。そもそもローマ建國神話のロムルスはトロイア戦爭のアイネイアスに連なる者。主な神々はプロメテウスを除いてはローマ神話と対応していますからね」

「プロメテウスはなんでいないんだろう」

「諸説がありますが、その在り方がローマ人と相容れなかった、ということでしょう」

ゼウスへの反逆、様々な欺瞞を用いてまで人類に頑なに味方するプロメテウスをローマ人がれなかった。

不思議と思う反面、やはりあの在り方は特殊なのだと改めて思うコウ。

「肝心のウェスタは特に語るべき逸話はまったくありませんけどね!」

に持ってるな!」

「ヘスティアより重要な位置にいるのに、ギリシャ神話より逸話がないですからね!」

よほどとくに逸話がないという言葉が堪えたらしいヘスティア。

「そしてギリシャのオリンピック、ローマのコロッセウム。両方に通じる話としてヘスティアは登場します。――かのギリシャ、古代オリンピアにおいては聖火が掲げられ、ヘスティアとエイレネの神像が並んでいるとされています」

「そこでエイレネか。平和を希していたのか」

「古代でさえ、オリンピック休戦と呼ばれるものが立したのです。その影響力は計り知れない。ゆえに権力闘爭の場にもなりましたけどね。オリンピックは各地で祭壇が置かれ聖火が置かれました。ヘスティアとともに祀られた神こそがプロメテウスです」

「プロメテウスが……」

「ヘスティアはくことがない、家の中心である大切な爐床。それゆえにディオニソスに十二神の座を快く譲り渡しました。聖火とは不の爐床、家族と過ごす日々。平和の象徴たるヘスティアから、未來に進む力であるプロメテウスの火をけ取り掲げて人間が走る。いわば人間賛歌。これが本來の聖火ランナーの意ともいえるでしょう」

「聖火ランナーは二十一世紀にもいた。そんな意味があったとは」

「プロメテウスの火は決して忌の火ではないのです。それこそ後世の後付け解釈です。地球の音楽家や蕓家は彼の炎を高く評価していましたよ」

「そうだったのか」

コウのいた時代、プロメテウスの火を原子力弾や原発事故に擬える學者は多かった。人類が手を出してはいけない忌の力、その表現として用いるものもなくなかった。

言葉の本質、大切さを思い知るコウ。

「そして古代ローマ。共和制ローマの時代にはヘスティアはウェスタとなり本質も変わりませんが、実はローマ神話でもウェスタはほとんど出番はありません。ですがローマにとってもウェスタはもっとも重要な信仰の対象であり、その炎を絶やしてはなりませんでした」

「実がないのに?」

「そうです。ローマ建國神話ロムロスの母親がウェスタの乙というだったからです。ウェスタの乙は政治の中心に配置されました。厳格な貞淑を求められましたが、貴族階級に匹敵する分でした。ローマを支えるものこそ炎であるという信仰とともに」

「扱いは別格だったんだな」

「様々な宗教祭事などは重要な行事でした。コロッセオ近くにはウェスタの神殿があります。ウェスタもまたパクスと並び立つことが多かったのです」

「そこでも平和、か」

「戦爭など無いに超したことはありませんが、娯楽は必要です。聞いたことはあるでしょ? 〔パンもサーカスも〕です。ローマのコロッセオでは剣闘士の戦いが有名ですが、第一回の死亡率は10%程度、後期になるほど増えて40%前後といわれています」

「あれ? 戦えば必ずどちらかが死ぬのでは?」

「違うのです。興行、人寄せ、客を満足させるためですから。死ぬまで戦わせることはそうありません。処刑される罪人は素手でライオンやトラに食わせたそうですが、ウサギやキリンがでてきたこともあるそうですよ?」

「ウサギ……」

それはシュールであり、笑いも起きたであろう。コロッセウムでは興行主はユーモアさも要求されたのだ。

「もっとも私はローマではなくギリシャ流でいきたいですけどね? パライストラの意味。ヘルメス君の構想とは異なりますが、表舞臺が円形劇場アンフィシアターならば、あえて裏を古代ギリシャにおける総合育學校、格闘場(パライストラ)と名付けました。しかし裏試合の流儀こそ私はウェスタでありローマ流。貧しき人にはチャンスを。人々には娯楽を。それを徹底いたします。いずれ裏試合も含めてアンフィシアターがI908要塞エリアの代名詞になるでしょうからね」

「そこまで考えてか!」

この施設はネメシス星系にとっては劇薬ともいうべきもの。競爭を促し、闘爭を推奨する。あえてラテン語が語源であるアンフィシアターをそのまま適用し、拡散することがヘスティアの狙い。

いずれ闇試合の闘技場であるパライストラは、表のアンフィシアターの呼稱が広がるにつれ、その意味も意義も統合されていくだろう。

「マーケティングにはネーミングやキャッチコピーも大事ですよ? あなたの友人ならそういうでしょうね」

「そうだな」

のいっていることはフユキのことだ。たびたび同じ容のことは聞いている。時には宣伝戦も必要だ。

「ヘスティアを貴方にはより理解してもらう必要がありました。――では明日、五番機とエンプティのデビュー戦です。レギュレーションはメールで説明しますので!」

ヘスティアはそう言い殘して消えた。

「より理解ねえ? コウ。思ったより大事だぞ。今回の案件」

「大事であることはわかるけどな…… 調子が狂うんだよ、ヘスティア相手だと」

「それはわかるけどなー」

こればかりはファミリアであるヴォイには何もできない。彼がコウに何を期待し、何を教えたいのか。彼自が解決しないといけないことだったからだ。

いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!

ヴェスタのほうが語呂がいいかなーと思ったのですが英語読みで斷念!

ヘスティアが登場すると、つい一話の文字數が長くなりますね。

コウ 「オーディンってあれだろ。斬鉄k……」

ヴォイ「やめろ! 殺されるぞ!」(紐よりはセーフだな)

一応捕捉するとヘスティアの逸話はあるにはあるのですが、就寢中に生と男のアレの擬神化プリアーポスが襲おうとしてノクターン展開未遂という逸話があります。

ロバが嘶いて未遂に終わったのでヘスティアの聖獣はロバです。この話は別のニンフだったバージョンももありますがこのとき怒り狂ったプリアーボスはアレでロバを撲殺します。品がない逸話ですね……

原子力の脅威等で例えられた「プロメテウスの火」ですが、本來の意味をようやく書けた気がします。

日本の書籍に多いんですよね。

核融合爐の話も活発になってきました。燃料を作る必用のあるD-T反応の核融合爐はもうすぐ。D-D反応の次世代核融合爐はまだまだだと思いますが、これが実用化されれば理論上海水が燃料にできます。

これが可能になると火力発電所よりは安全、中子も原料によりますが隔壁で遮斷されるレベル。原子変換も容易になり核分裂爐の核のゴミ、核リサイクルも容易になるはずです。

自分が生存中に実現は無理でしょうが、それこそ希の火、新たなエネルギー時代が到來することになるのでしょう。

ガジェットマンなので電気代と、田舎なのでガソリン代キツイです……

空耳アワーってご存じですか? 冬期五も終わりましたね! 続きを楽しみという方は↓にあるブクマ、評価で応援よろしくお願いします。

大変勵みになります! 気軽に想等もお待ちしております!

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