《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》カウンターエコノミクス
「アゴラ。その思想は私が用いる手法にも適用されます。――古代ギリシャのアゴラにちなんだ、経済的自由社會の実現。アゴリズムと呼ばれてそのための反経済學《カウンターエコノミクス》といわれています。非暴力革命の側面を持ち、アゴリズムの象徴。國家による個人への稅を竊盜と見做す概念です。ブリタニオンことアゴラの集団を率いていた超AIの私自が、その手法を取りれるため躍起になっているのですから皮なものですね」
ヘスティアは自嘲する。
「反経済學《カウンターエコノミクス》。――強盜など犯罪行為は否定しながらも、闇市場、稅、輸、買収などの地下経済さえも自主的に行うことを良しとするもの。 政府の介を最小限にして市場経済を優先する新自由主義をさらに踏み込んだものともいわれている、一種の経済革命、反政府行でしょう」
フユキも聞いたことがある経済自由社會という概念。ただアンダーグラウンドな面を肯定しているので、好き好んでこの政策を採用する社會は存在しないだろう。國家による福祉さえ否定するものだ。
あらゆる賭博、売春、法行為を推奨し、自由経済を推進、國――國家制の崩壊を目指し、政府関係者利権に抗う経済闘爭手法。
「恐ろしいことを考えましたね。いわゆる政府機関の人間。役人や公務員と呼ばれる行政実施者を中抜きする悪と見做し、福祉さえ善意頼りの自助社會。真の自由主義(リベラル)、を追求した概念です」
「しかしそれは究極の自己責任社會となる可能だよ」
フユキの言葉にアシアは否定的な意見を述べる。究極の自己責任社會とは、あまりにも人間には酷であると星管理者たる超AIは思うのだ。
「ええ。そんなの無理ですよ。――だから公助は私がやります。給料も必要ないですからね。それでも自助できないなら人間側に問題があるということです」
ヘスティアは斷言した。
「先ほどの失言は謝罪します。ヘスティア。反経済學の実行など超AI――それも強い実行力を持つものにしか許されないでしょう」
一つの要塞エリアとはいえ、経済システム、ひいては社會構造への反旗である。フユキは思わずヘスティアに畏敬の念を抱いた。
「褒めすぎですよー」
否定しつつまんざらでもないヘスティア。その自慢げな様子に呆れた視線を送るアシアとアストライア。
「かつての我々がいた國にも似た概念はありましたよ。戦國時代の公界(くがい)と呼ばれるそれは、無縁のもの。犯罪者など社會や階級から除外された人間たちに自由な商売を認め、稅の取り立てを止。戦國大名たちも介を許されなかったものです。それこそ古代ギリシャにおける聖域(アジール)と等しいものです」
「日本の縁切り寺はアジールの概念そのものですね。やはり神話における同様の逸話などといい、古代ギリシャと日本は共通點があるのだと思います」
ヘスティアもまた彼の意図を正確に見抜いたフユキを高く評価し始めていた。
「本來カウンターエコノミクスは國家によって止されているすべての非攻撃的な人間の行を肯定するもの。幸いにもネメシス星系に打倒するべき國家はなく、超AI主導による生産能力と調整で立しています。――私が計畫しているものは、國家ではなく超AIが立させた政治機構やストーンズに寄ってまでかつての管理社會、その殘滓にしがみついている者たちへの場の提供です。この都市から人間の自立を促すのです。獨自通貨は々換をスムーズにするため必要です」
「孤獨な戦いになりますよ。ヘスティア。自由と自立は本來人間が目指すべき姿。しかし超AIの統治機構下で育ったアシア人には厳しい。今まで無料だったものに対価が必要な自助社會などけれがたいはずです」
フユキがその先を案じて告げる。彼の祖國ですら【水と平和はただ】とまでいわれていた時代があり、舊アシア社會はその覚に似ているとさえ言える。
ヘスティアが個人報酬を必要としないからこそ可能な経済圏であり、トライレームやオケアノス経済圏ですら相容れない。それは無論アルゴナウタイも同様であろう。
「その導のための娯楽です。そこから徐々に浸させていきますよ。反経済學は政府が認めたホワイトマーケットやブラックマーケットを包括したもの。犯罪行為によるブラックマーケット、非道徳的な人売買、臓売買たるレッドマーケットを否定し、それ以外の非合法取り引きを可とする概念。劇薬ですが、このI908要塞エリアなら可能でしょう」
「反経済學の目的は人々を自主社會へ長させること。あらゆる政黨、國家制を否定します。何故ならまずそれが、それらが持つ権力構造が腐敗の源だからです。ですから國家の支援さえも否定します。先ほどの説明によるとこの街は闇闘技大會以外にも貧民街もありますね。多くのが傭兵相手に売春もしていると見ましたが?」
「そうですよ。アシア人に自立しろとを蹴り上げています。孤児は私がなんとかします。レーションぐらいなら大量に作れますので與えましょう。でも、贅沢をしたいなら、大人は自力でなんとかしてください。売春だろうが闇市場だろうが、暴力に依存しない商取引においては場を提供します。それが私の考えです。ブラックマーケットはストーンズ側に近い連中が勝手に構築していますからね。その対処でもあります」
「反経済學の目指すところは公共の支援機関を、必要に迫られた人間が自主的に行うことで政府行政が行う場合よりも良質で低コストで提供するものでしたね」
フユキがカウンターエコノミクスの概念を思い出そうとする。
「自由すぎる経済で福祉が長などは夢語。そこは超AIたる私がなんとかします。しかしそれでは外部との経済活と斷絶される。I908要塞エリアに住む住人からは稅金は取りません。ですから娯楽施設やリゾート地のような外貨を獲得する仕掛けが必要だったのです。自立させる施設といっても、運営側にもお金が必要ですからね」
「あなたが自立させたいものは、アシア人よりも、ストーンズ勢力圏の人間ですね。そのためのアジールでしょう? 彼らを側から揺さぶる目的があるのですか?」
「この人間コウより鋭い。何なの! アシア!」
フユキにあっさりとその先の道筋を見抜かれ、アシアに問いただすヘスティア。フユキはの端を歪めるだけだ。
「フユキはコウの師匠ともいうべき存在。地球では敏腕営業でトライレームの知恵袋。こういう話には最適だわ」
「ええ。私は自分が兵開発に専念するAIに過ぎないと思い知りました」
正面からの戦闘。戦のためである兵開発を擔當するアストライアには到底不可能な発想であった。
「いえいえ。ただの元會社員ですよ。――トライレームや新生傭兵機構は経済的に強固、都市國家ならぬ企業國家の側面を持ついわゆるホワイトマーケット。そしてストーンズは今急速に國家組織へ移行しつつあります。しかしその末端はストーンズを頂點とした階級社會。そしてトライレームや新生傭兵機構からあぶれた傭兵社會。あなたはこの傭兵社會も救済を目指すのですか?」
「星アシアは犯罪者に厳しすぎる側面を持ち、社會の模範から落するとストーンズにしか行き場がありませんから。そのけ皿です。本當に鋭いね。――ねえ。アシアこの人ちょうだいよ」
「ダメです。コウに怒られます」
アシアのエメがにべもなく卻下する。フユキはメタルアイリスの重鎮。彼の一存で移籍など出來るはずもない。
「ちぇ。鷹羽兵衛も優れた推測を行っていましたね。表と闇試合で中古市場がI908要塞エリアに集中する。そうすれば過剰に生産され普及したシルエットの回収が進み、傭兵の拡散を防いでしは平和になるのではないかと。A級構築技士侮るながれ、です。この方向での私の意図を見抜いていました」
アシアの表をみて渉の余地はないと確信したヘスティアが、殘念そうにフユキに視線を送る。
「何故ストーンズ勢力への経済闘爭を?」
「闘技會に參加するシルエット、陣営の八割近くがアルゴナウタイかその傭兵組織に屬する人間なのです。彼らこそ組織からの自由を求めています。失敗したら死か、アベレーション・アームズの材料。最悪の結果、思考能力を奪われて奴隷(ヘロット)ですから。彼らがもし経済的に自立し、新生傭兵管理機構かトライレーム側の傭兵になるだけでもしはましになっていくでしょう」
「ヘスティア。――あなた、本來の役割。人々の生活を守る超AIとして活を開始したのね」
「褒められたものではありません。今更ながら、です。それでも私の名はヘスティア。爐床の神。人々の家庭、生活を見守る超AIなのです。エイレネちゃんはさすがですよ。三十年以上前から活を開始していたのですから」
ヘスティアの顔にりがよぎる。今までのヘスティアは超AIとしての役割を放棄していたに等しい。
同じ平和でも暗躍し、的な手段を取り模索していたエイレネに、ヘスティアは一目を置いていた。
「星アシア、リュビア同時制圧から三十年以上経過していますよね。生まれながらに、またはいながらにストーンズ勢力として生まれ育った者たちは無數にいます。ファミリアに疎まれて逃げ出した犯罪者は知りませんが、ストーンズの在り方に疑問を持った者ぐらいは助けたいと思うのですよ」
フユキは口には出さなかったが、ヘスティアこそ星アシアにきて初めて人を想う神らしい存在という印象を抱いた。
星アシアの多くの人々は外の環境を知らない。それは彼がいた日本でも、そして世界各地でも大小の差はあれ存在している。
爐床の神。晝行燈とはよくいったもの。日中ではぼんやりした明るさに過ぎない。しかしその炎は誰より烈(はげ)しい。
「ストーンズ側の人間が素や分関係なしにやり直せる聖域か……」
アシアもまたストーンズ側の人類に思う所はある。自らの意志でストーンズについたものは一部に過ぎないはずだ。
ストーンズに居住區コロニーを制圧され、有無をいわさず組み込まれたものも多いだろう。忠誠を誓わないと命はない。好んでストーンズについたものなど、社會復帰を許されないほどの重罪を犯した犯罪者くらいだ。
「絶対平等を標榜し、能力無き者は自由意志さえ許されないストーンズ勢力。彼らを目覚めさせるためには娯楽が一番です」
「ストーンズ勢力下で娯楽はあまりにもなさ過ぎるはずですからね」
ヘスティアの闘爭は娯楽から。彼もまたストーンズと戦う者だったのだ。
「そうはいっても最近彼らのトップに娯楽至上主義に陥ったものが登場し、ストーンズ運営にも軋轢が生じているとは聞いております。ただ組織運営は石ころですから、大きく変わることはないでしょう」
「ヘルメスだね」
アシアのエメが苦笑する。ヘルメスは大昔からそういうところがある。
「メタルアイリス側の人間で好んでシルエット闘技などする者はないはずです。何人か問題児はいますけどね。これはいったん置いておきましょう。アシアとアストライアからたっぷり絞られると思いますから」
問題児の扱いに我関せず焉(えん)のフユキだった。
「その問題児には新たな課題が生まれますよ。狀況は當初の計畫と現在では違います。そのためにエイレネと構築技士をお呼びしたのです」
「現在は違う? どういうこと?」
「まだそれは話せませんアシア。――現在のパイロクロア大陸とスフェーン大陸の向からお話ししますね」
本気を出した超AIヘスティアによる戦略會議が始まる。
一同はヘスティアの報に耳を傾けるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
ヘスティアの目的、その一端が明らかになりました。
人々の日常の護り手はようやくき出したのです。たった一人、戦爭という手段を用いず経済闘爭を駆使して。人々を守るために行を開始した唯一の超AI。その手段こそがヘスティアがギリシャの聖地を守護したというアゴラにちなんだ反経済學。
経済學の一種でもあり、反政府活でもある概念です。
最初間違ってカウンターアb……と手癖で書きそうになったのは緒です!
ヘスティアに同士はいません。孤児たちを巻き込むつもりもありません。たった一つの要塞エリアで始める、ささやかな孤獨な彼の戦い、その始まりがこの章の主題の一つでもあります。
ヘスティアは書いてて楽しいですね。ここまで外への影響力に乏しく、なおかつ目的と意志をもった超AIは獨自が強いです。
コウにはきっちりと向き合ってもらわねばなりません。
晝行燈も回収! 真の自由を求めた結果が反経済學! 管理社會への反抗? 続きを楽しみという方は↓にあるブクマ、評価で応援よろしくお願いします。
大変勵みになります! 気軽に想等もお待ちしております!
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