《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》墓標
「ヘスティアが奪われた?」
「話すと長くなる。幸いこの場所はヘスティアの結界。誰もこないさ」
アイデースは和な笑みを浮かべ、星空を見上げた。
「シェルターがない星空はいいね。今から話す容には似つかわしくないけれど」
「星開拓時代にまで遡るのかな」
「そうだよ。ああ、私の真実の名は言わないほうがいいよ。君たち風にいうと縁起が悪いからね」
縁起という日本特有の言葉を使い、微笑むアイデース。
浜辺に座り、コウに座るよう促す。コウも大人しく従い、同様に海岸に座り込んだ。
「そうするよ。アイデース」
「それでいい。――何から話そうかな。やはりオリンポス十二神の戦爭だろう。君はもう知っているね。ことの発端はそこなんだ」
「ヘスティアは早々に眠りについたと」
「そう。彼は人々の守護者。人を守護するという存在意義では唯一の超AIかもしれない」
「ここでは孤児たちを守護していた」
「うん。彼はおそらくもっと大きなものを救おうとしているよ。そのための聖域だ。開拓時代に喪ったものを取り返すために」
「何を喪ったんだ。護ることに関してはヘスティアの権能はとても高いものだと思う」
トラクタービームやアシアと五番機の連攜遮斷。
このI908要塞エリア部に関しては無敵とさえ思える。
「そうだよ。だから私がきたことも緒だ。何故ならきっと彼はこういう。『アイデースに気付かないなんて、やっぱり私は無力な超AIですね』ってね」
ヘスティアの聲真似までするアイデース。蕓が細かい。
「言いそうだ……」
この人はヘスティアのことをよくしっている。
十二神ではない超AI。それもおそらくプロメテウス級の。
そんなもの、コウにだって心當たりは思い浮かぶ。人格者らしい神ならさらに限定されるだろう。
「ゼウスたちは戦力をした。最初は十二神同士の戦爭から。次はテュポーンと戦うため。テュポーンはいわばソピアーの怒りそのもの。ゼウスといえど敗北は必至だった」
「テュポーンは今も変わらずオリンポス十二神相手にはヘイトが高いよ」
「そうだろうね。彼の存在意義そのものだ。超AI殺しのための超AIシステムを利用した破壊兵だから」
「……まさかゼウスがその時ヘスティアに何かしたのか?」
「戦爭は數がいる。でも兵力はいない。自分の持ち駒も減らしたくない。――その時目を付けたものこそ、ヘスティアの宇宙居留地船【ブリタニオン】。そこで彼が保護していた避難民たち。ヘスティアがいずれ戦爭が終わるまで量子データ化で保管していた人々を、こそぎ奪い去った」
「そんなことが……」
「できるんだよ。いや、できてしまった。――諜報の神をモチーフにした超AI。ヘルメスなら」
「ヘルメス!」
そこでその名が出てくるとは思わなかった。
「量子データ化から復帰した人々はゼウスの尖兵となり、みんな死んでしまった。君たちが闘技場として使っているあの場所こそ宇宙居留地船【ブリタニオン】。彼らの墓標だよ」
「墓標……」
そんな経緯があるとはにも思わず、コウは絶句する。
「試合ごとに地形データが切り替わるだろう。あれは星開拓時代の開墾された場所やヘスティアが保存しようとした場所。いつか眠っていた人々に解放するためのもの。いわばネメシス星系の記憶ともいうべき場所の數々。――ネメシス星系各地の、実際に存在した場所だよ」
「そんな大切な場所を闘技場なんかに!」
「それだけの決意をもって、今彼はここに降臨した。彼は武力を使わない。いや使えないんだ。そんな伝承は彼のモチーフたる生活を護る爐床の神ヘスティアにはない逸話だからね」
「そんな……」
あの笑顔の裏に隠された悲劇にコウは言葉を喪う。
「超AIとはいえはある。いや、超AIがゆえに當時の出來事は記憶ではなく、ただの事実として彼に刻まれている」
「しかし何故ヘルメスは避難民の橫取りを?」
「人的資源は無限ではないということさ。MCSには人間のパイロットが必要だし、自軍の勢力拡大。ヘスティアが保護している避難民を眠らせているだけでなく有効活用するべきと考えたんだね。ゼウスとヘルメスは」
「そこまで人手不足とは思えないが……」
「なかった。ソピアーがネメシス星系を創り出し移住環境を整え人類移住を始めた開拓時代、人口は三十億程度。それを三星に振り分けた。十億人程度の人口は地球における十九世紀初頭と同等程度。その人類がそれぞれの星で、互いの勢力に別れている。実際のパイロットは限られていた」
「それほどの人間を巻き込んでいたのか!」
開拓時代。星開拓時代ともいう。この時代の話はほとんど伝えられていないのだ。
「ゆえにあの時代は一種の忌。ソピアーの汚點。後世に伝えられなかった。元來ゼウスは人間に優しい神ではないからね。それを倣った超AIが人間をどう扱うかなんて予想がつくだろう。しかしゼウスたち十二神はネメシス星系を形するために必要だった存在、超AIだ」
「プロメテウスから聞いた。この星系はギリシャ神話を再現したのではなく、地球のギリシャ神話があったからこそ立した星系だということを」
「そうだ。その後、多くの者が私の管轄下にった。――今はその話を語る時ではないね。ヘスティアに戻そう。彼は護るべき者を喪い、永い眠りについた。もう己の役割はないと思い込んで」
「本當に俺が起こしたのか?」
「それだけではないが、主に君が原因だ。多くの要因が重なった。アシアの封印とて彼にとってはどうでもいいことだった。ストーンズの背後に何者がいるか興味もなかった。しかし地殻津波によって傭兵管理機構の腐敗を知り、ブラックホールで覚醒した。それは事実だ」
「興味が無かったのに……」
「そうとも。しかしヘルメスの被害者なら話は違ってくる。ブラックホール生で覚醒したヘスティアは経緯を調査した。テュポーンのいるリュビアでは詳細は把握できなかったが、アシアの慘狀に目を覆った。そして彼はストーンズ圏の人間でさえ、何らかの救うべき存在と認知した。――生まれながらにストーンズ勢力に生まれた存在を知ってね。戦災孤児は確かに可哀想だ。保護が必要だろう。しかしストーンズの尖兵はどうだ? 救うべきか否か」
「それは……」
アイデースは厳かに告げる。
「彼は救うべきと判斷したのだよ。ストーンズの、ヘルメスの被害者。生まれついての悪など存在しない。もう教育が施され、手遅れだろうとも。――気付いた者はいる。逃げ出したい者もいる。しかしそんな人間は逃げ先などない、作ってやればストーンズが間違っていると気付く者も増えるかもしれない。だからこそ彼はヘルメスからこのI908要塞エリアを奪い、聖域を創り出した。多くのものを助けることは彼にはできない。しかし助かりたいと願う者を助けるという手段を取るために。この要塞エリアは彼にとっての武なんだ」
「真実、この場所は苦界だったのか」
コウの言葉にアイデースは重々しく首を縦に振る。
苦界――公界。犯罪者や生まれながらについて迫害された者、中世で夫から逃げるために駆け込んだ駆け込み寺も含まれる。
コウの知っているヘスティアは人間以上に人間らしい、かといって油斷ならない謀を畫策している存在。
人々を護るために立ち上がった超AIだとは思わなかった。
「彼自はヘルメスをどうこうするつもりはないよ。ただ、孤児を含めその被害者たちの救済する一助になればと願っている」
「そうなのか。ヘルメスやオリンポス十二神には敵意が強いわけではないんだ……」
「敵意を示したところでヘルメスは歯牙にもかけないさ。戦闘面では無力だ。そんなムダなことはしないだけだ」
「合理的だな……」
自分の存在意義を全うできなかった無念ぐらいはあるだろう。しかし彼は人々の救済のためいているのだ。
「俺は何をすればいい?」
人工の月はさきほどよりややいたように見えた。十分前後は會話していたという事実を示している。
コウが埋められていたには海水が迫っている。月夜にパンジャンドラムはシュールだった。
「見屆けてくれ。ヘスティアの戦いを。そして星アシアを護るためにも、彼を守ってやってくれ」
「星アシアを?」
「彼が君に伝えることだろう。彼は力無き者の味方。超AIのなかでもっとも無力がゆえに。――そんな彼さえ立ち上がった。私も會話程度には參加しておこうと思ってね」
コウの目の前でアイデースの郭が薄くなる。
「アイデース! 待ってくれ!」
「また會うこともあるだろうさ。私の居場所はいささか僻地でね。タルタロスより遠い場所なんだ。ヘスティアを頼んだよ」
最初から何もなかったかのように、アイデースの姿はかき消えた。
コウは一人取り殘され、呆然と佇むのみであった。
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