《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》埋伏の毒

コウたちが聖域アルティスのコントロールタワーに到著した頃、兵衛はバルドの宿舎に到著した。

「邪魔するよ」

「よく來たなヒョウエ。今日は無理をいってすまねえな」

バルドと、隣にいる白の青年に目を向ける。白髪に、大理石のような白さは人間離れしている。

「今日はバルド師匠に無理をいってきていただきました。ありがとうございます」

深々と禮をする青年。バルドはばんと背中を叩いて、青年の方に重をかける。

「こいつはドリオスといってな。剣を學んだ傭兵でもとくに才能があるやつなんだ。ヴァーシャの護衛でついてきたらしくてな。おめえに出稽古を頼んだって次第よ」

心恐怖でが竦みそうなバルドだったが、このフランクなコミュニケーションもヘルメスの命令だった。

しでも不自然な仕草があれば容赦しないとヴァーシャに通達されている。

「へえ。ドリオス君だね。よろしく頼む」

「稽古はカストル時代の竹刀と模造刀を持ってきた。俺もこいつも殺されそうな勢いで猛特訓をけたのさ」

「カストルの腕前は直接みている。あいつにシゴかれたならさぞや見込みがあるってことだろうさ」

兵衛は悠然と笑う。

それだけでバルドは寒気がした。カストル以上の不気味さをじたのだ。

「手ぇ見せてみな」

二人の手を取り、満足そうに頷く兵衛。

「なんでえ。手でわかるのかよ。タコなんざできてねえぞ」

「足の裏もだが、皮さでどの程度熱心に稽古しているかはわかるよ。二人とも合格だ」

「怖ぇな」

「真剣ばっかりの剣だとな。手がもう籠手のように固定されちまう達人ももいる。寢ても覚めても稽古だからな」

「うへぇ」

どこまで練習すれば、人間の手が籠手の形に固定されるというのだろうか。

「お前らは片足を突っ込んでいるよ」

「褒め言葉とけ止めます」

和な笑みを浮かべるドリオス。よく笑い、人當たりは良さそうだ。コウとは真逆のタイプである。

「初日だからな。お前らのやる気次第で続きを行う」

「へえ。テストするっていうのかい。本気で食らいつくぜ?」

「ボクもですよ」

ドリオスは心底からこみ上げる歓喜を隠しきれない。

何せの限界値を試せるのだ。

「よし。――まずは素振りかな」

そうして鷹羽兵衛による指導が始まった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

累々ともいうべき慘狀だった。

のように倒れ込むバルド。ぴくりともかない。

壁に背を預け、肩で息をするドリオス。

ヒョウエはにこにこと笑っている。鍛えがいがある二人だった。

「やるじぇねえか。二人とも」

「ば、化けめ。カストル……様の練習でも死んだヤツがいたが、違うベクトルで鬼だぞお前」

倒れたまま、顔もあげずに抗議するバルド。

シルエット戦ではない、剣士としての鷹羽兵衛。

シルエットの作技に剣士としてのスキルは役立つが、すべてではない。まさか我がと老人である鷹羽兵衛がここまで差があるとは思わなかったバルドである。

カストルは容赦なく木刀でも打ち込み、対応できない者は死んだ。

ヒョウエのソレは生かさず殺さずの生殺しにするようなしごきである。腕と腳、そして腹筋がパンパンだった。腹筋がつると呼吸もできなくなる。

「こ、栄です。これが剣……」

ドリオスはしているようだ。

「おう。おめえさん素質あるよ。筋がな。俺の孫にそっくりなんだ。ネメシス戦域で死んだがね」

微笑みを浮かべてドリオスに告げるヒョウエ。バルドは素知らぬふりで地面に突っ伏し、呼吸に専念することにした。

ヒョウエの目は笑っていない。

「お孫さんが……」

心痛を隠しきれない、悲痛な表を浮かべるドリオス。

「そんなお孫さんとそっくりとは栄です」

「なあに。剣としての、だ。お前さんのほうが形だし、モてるだろうよ」

「いやいや。そんな……」

必死に首を橫に振り否定するドリオスであった。

「大変ためになります。ボクたちは合格したでしょうか?」

ドリオスも呼吸が定まらない。それほどに激しい稽古だった。

「文句なしの合格だとも。決勝は一週間後だったな。それまで稽古をつけてやらあ」

「ありがとうございます!」

ドリオスが深々と頭を下げる。

「おう。ゆっくり休めよ」

ヒョウエはそう告げて、バルドの宿舎を出た。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

稽古を終えた兵衛はオイコスの送迎車に乗り込み、目を瞑り屋を仰ぎ見て上の空だった。

「良かったのですか?」

いつの間にかヘスティアがいた。

「ん? ああ。知っていたのか。ヘルメスのが修司ってこと」

「それは私のセリフです。気付いていたんですね? 見た目はあれほど違うというのに」

「そりゃな。あの飲み込みの早さ、何より剣を見ればな。ヘルメスはカストルより修司のを使いこなしているぜ」

そういって兵衛はの端を歪ませる。

「わかりません。貴方の方針では、ヘルメスは恐るべき遣い手になるかと。ウーティスに仇を為す行為です」

「そうみえるよな。うまく言葉にできねえが、剣ってのはガラス細工のように繊細なんだ。不確定要素を廃して、互いの技量を見極めなきゃいけねえ。そんな剣士になるだろう。なるようにする」

「そうなったらウーティスも勝てませんね」

兵衛はしばらく無言だった。

ようやく口を開いた時、ヘスティアもぞっとする昏い顔を浮かべていた。

「逆だよ。戦場では……コウ君には勝てねえのさ」

アシアで名を馳せた剣士とは思えない、策士じみた老人の顔。

「どういう意味ですか?」

「古代ギリシャ人ってのは蕓大好きだろ? スポーツもだ。超AIのあんたらはそんな古代ギリシャ文化に影響をけている」

「よくご存じで。それと関係が?」

「おおありさ。蕓ってのはな。神髄が見れば見るほど取り付かれる。奧が深い。そして剣ってのは蕓なんだ。俺の國では人を楽しめる連中を蕓者といったが、元は武蕓者という意味が先でな。多くの戦國武將たちには蕓者は侮られていた。本格的に評価された次期は江戸時代にってぐらいだな。それ以降だ。蕓者と武蕓者が別の分類になったのは」

「剣を極めると、戦場では弱くなると?」

「そういう傾向は強くなるな。ヘルメスってのは蕓の神、格闘技の神でもあるだろ? そして奴は恐らく戦場には出ない。剣という蕓への、求道者になるだろうよ。將棋やチェス、囲碁と一緒だ。彼我の技を競い合い、何手先までどう読むか。理想のきに自分を近づけるか、だ。あいつならはまるだろ?」

「競技は競い合って極めていくもの。それは自分との戦いとなる陸上競技ですら傾向を持ちます」

「おう。命のやりとりを模した剣ならなおさらだ。下手なヤツとはやりたくねえし、弱い仲間はごめんだろ? 極めれば極めるほどその傾向は強くなる」

ヘスティアは珍しく青ざめる。

「コウ君とは真逆だ。コウ君はな。生では弱いぜ。剣もさっぱり、居合いもしょせんは型稽古。しかしシルエット戦での場數が違うのさ。強さは強さでも、雑草の強さだ。俺の孫で蝶よ花よと、有段者たちに英才教育された修司とは強さのベクトルがまったく違う」

「どうしてそうなるのです? 理解できません。あなたはあえてヘルメスに蕓面としての剣を修めさせる? そのヘルメスを覆す強さとをウーティスが持つという確信があるのですね」

「剣では人を一人殺しちゃ一段上がるって説もある。今のコウ君は何段なんだろうな?」

騒なことをいう兵衛に、ヘスティアもまた魅られる。こんな思考は、ギリシャ神話ではあり得ない。ネメシス星系にはいなかった人種だ。

「孫馬鹿と思ってくれ。植に例えると修司は無菌培養で栽培された、人工的な蒼薔薇だ。俺や俺の剣における知人たちが磨いた寶石だよ。否が応にもそういう環境だったんだ。そう滅多に拝めるもんじゃねえ。ヘルメスはそれを継いだ」

「ウーティスは?」

「コウ君か…… 竹やドクダミだな」

酷い言われようだなと思うヘスティア。兵衛が挙げたものは駆除しにくい植の代表格でもある。

しなり、折れないという意味も込められているのだろう。

「無菌培養の薔薇は、野生では雑草に勝てないということですか。それならわかります」

「いくさではな。どういう理由でそうなるかはわからねえ。戦場特有の不確定要素っていうやつではないな。場數を踏んでこそ培ったものがあるんだろう。瞬間の判斷、応用、何より膽力が違うんだろうな。バルド君でさえ俺に一度勝っているんだ。ヘルメスは技が向上すればするほど、コウ君を侮るだろうよ」

「あなたの取っている計畫はウーティスを信じていないと不可能な蕓當です」

「あいつはやるよ? 俺の目の前でカストルを倒したんだからな。しかも、修司のを傷付かずなんて、神業もいいところだ。あの戦い以降も場數を踏んでいる」

兵衛がにやりと笑う。そんなコウがいまだに自信がないそぶりを見せる。それは兵衛にとって耐え難きことでもある。

ヤスユキとパルムに託した願いは、この心から生まれたのだ。

「もう一つ狙いがあるんだよ。これは自信がねえから、緒な」

「たとえヘルメスといえどここで諜報活はできません。教えてください」

「さっきの孫馬鹿の続きさ。笑って聞いてくれ。修司ってのはB級構築技士で剣士としても一級品。いや最上級だ。俺の目からみてもな。――ヘルメスはするんだろ? 修司のに宿り、修めた剣を引き出したヘルメスがよ。他のに耐えられるかな? 神様ってのは貪だろうが」

「ヒョウエ!」

ヒョウエの意図するもの。それはある意味テュポーンの呪いよりもはるかに恐ろしいもの。

「アシアの嬢ちゃんは20萬年生きた。ヘルメスは開拓時代からか。そして長い年月を経てようやくを手にれた。しかも極上。寶くじにたとえても文句もねえ一等賞だと思うぞ。蕓やスポーツの神が、最強格の剣士に生まれ変わるってのはな。しかし、一度それを味わったら、満足できるのかね。超AIってヤツは」

「無理でしょうね」

「だろ? 高額寶くじを當たったヤツや金はを持ち崩すヤツが多いのさ。超AIは金は要らないだろうさ。だがな。生命に憧れを持っている。そりゃあいつが牛耳っているストーンズをみてもわかるさ。十年以上やりあってんだからな」

「そこまで見通して厳しい指導を行ったのですか……」

「おうとも。ま、孫のと対話したいってのもあったがな。ヘルメス自にはなんとも思わねえよ。元兇はカストルだからな。――だがな。超AIヘルメスには申し訳ないが、修司のを最初で最後にしてもらいたいってところか。人間、人生にはやり直しが利かないということを、そので味わってもらうだけの話さ」

「――恐ろしい人ですね。鷹羽兵衛。超AIの悲願、目指すべき目的をそんな形で奪うとは。超AIが邁進する目的を奪う。――ある種の超AI殺しですよ」

兵衛の遠大な計畫にぞっとするヘスティア。そしてその方向にヘルメスは向かうだろう。彼の指摘通り、ヘルメスは剣を蕓のように極めんとするだろう。その深奧に辿り著くために。

そして絶するのだ。ネメシス星系にはもはや、そんな都合の良いがないという事実に。

「かのヘスティアにそういってもらえるたぁ、栄だね。俺のやってることは孫への未練でしかねえはずだ。これも老い先短い老人の趣味さ。――俺は本気で教えている。ヘルメスも死ぬ気で修めるだろう。ああみえて神様ってのは妥協できない格だな? 剣ってのはそれほどまでに奧が深い」

「あなたの飲ませた埋伏の毒、その正なのですね。奧が深い蕓が如き剣――あのヘルメスは逃れることはできない。今後數百年ヘルメスが生き殘っても、彼を蝕み続ける呪いとなるでしょう」

「ちと過大評価ってもんじゃないかな。ただそうなりゃいいやって話だ。ヘルメスにはすまないが、あいつにとって最初で最後のは修司ってことで我慢してもらいてえな。――あのもきっとコウ君が後始末してくれるだろうさ」

兵衛は苦笑したが、否定はしなかった。

「ウーティスは勝てるかもしれません。しかしあなたでさえ殺す可能はでますよ。ヘルメスのみならずバルドもです」

「そいつぁ理想の死に方だよ。ベッドの上で死ぬなんてまっぴらだ。あいつらが強くなって俺を討ち果たすなら、それも一興だねぇ」

昏い顔の笑みは最後まで崩れることはなく、ヘスティアは人間の恐ろしさを思い知ることになった。

いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!

一見不穏なタイトル。読者の多くも予想してように「兵衛はすぐに修司だと気付くのではないか」ということですが、當然気付きました。

に染みついた癖というのはなかなか抜けきるものではなく、剣士ならなおさらでしょう。剣道の高段者の姿勢が、ご高齢でもいつまでも綺麗なように。なかなか抜けないものです。

というわけで狐と貍の化かし合いにも似た、二人の関係。剣という技系をを學びたいヘルメス。一計を謀った兵衛。

バルドは隣で筋痛で死んでいます。すぐに筋痛になるということは若い証拠ですね!(違)

ヘルメスは外観だけはまったくの別人! 腹筋つると辛い! 続きを楽しみという方は↓にあるブクマ、評価で応援よろしくお願いします。

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