おだやかな優男(やさおとこ)に見えて……。

そこは、エルフらを束ねる長である。

「――エンテ、行くぞ！」

「――お、おう！」

傍らに置いていた弓をすぐさま手に取り駆け出した父に続き、エンテも弓を取って布張りの住居を出た。

出て、上空を見上げると同時……。

「あ、あれはなんだ!?」

自、思いもよらぬほどの大聲を上げてしまったが、これは異変に気づき外へ出て來ていたエルフらの総意であったことだろう。

唯一、落ち著き払っている者はといえば、

「ほう……」

何やら目を細めながら上空を見上げる父フォルシャのみであったが、それに気づける心の余裕は今のエンテに存在しない。

後方に控えていた者たちはおろか、魔力の壁を構築している者たちまでもが上を見上げ……。

無數の視線を注がれながら上空に浮かんでいたのは、恐るべき――巨大建造だったのだ。

全のシルエットは、象形化(しょうけいか)した鳥のようにも思える……。

それにしても、この巨大さはどうしたことか……。

森に生きる者として素早くその大きさを目算するが、これは全長にして250メートル以上はあるだろう。

先端から尾部(びぶ)に至るまでの全てが見たこともない沢の金屬で覆われており、底部からは不可思議なが発生していて……どうやらこのが、これほどの巨を上空に浮かび上がらせているのだと思えた。

未知の魔――ではない。

最大最強の魔たる竜種ですらここまでの巨には長せぬし、何より、全を金屬で覆われたこれは――非常にバカバカしい考えだが――人工の存在としか思えぬのだ。

ならばこれは、一……？

あまりのことにエンテがあ然としていると、上空を見上げていたエルフの一人が指さしながら聲を上げる。

「見ろ！　何かが出てくるぞ!?」

果たして……その言葉通り、巨大建造からは何かが出てきた。

ただし、尋常な方法を用いてではない……。

建造の周囲に、円狀のが七つばかり生み出されていく……。

それは、一つ一つが騎馬兵を包み込めるほどの大きさがあり……。

何事かと見ていると、そこからにじみ出すように――奇妙な兵士たちが姿を現したのである。

奇妙な……本當に奇妙な裝いをした兵士たちだ。

全を包んでいるのは、人間の騎士が戦(いくさ)で著込む全鎧のようにも思えた。

だが、その沢は金屬と呼ぶのがはばかられるものであり、かといって、皮革(ひかく)やましてや木材とも異なる。

しかも、それはどうやら見た目に反してごく軽量であるらしく……宙に浮かぶ兵士たちは皆、軽快なきを見せていた。

そう……彼らは、宙に浮かんでいる。

魔を用い、一つでそうしているわけではない。

まるで、貝殻を上下逆にしたかのような……。

謎の踏み臺と呼ぶしかないものに乗り、宙空へ浮いているのだ。

踏み臺の下部……貝殻じみた形のそこからは渦を巻くように巨大建造と同じが発せられており、やはりそれが浮遊力を與えているようである。

頼るもののない宙でそんなものに乗るなど、いかにも不安定そうであるが……彼らは地上に立つ時と変わらぬように、がっしりと土臺の上で構えていた。

そんな彼らの種族もまた、問題だ。

「あいつらは……」

「あれは獣人だ」

「わ、分かってるよ！　それくらい！」

子供へ教えるように――実際その通りなのだが――告げるフォルシャに反発しながら、エンテはさらに目をこらす。

そう、謎の兵士たちは、その全てが――獣人だった。

頭頂から生えた獣のごとき耳と、部(でんぶ)から突き出た、やはり獣の特徴を備えた尾を見れば間違いないだろう。

「分からないのは、どうして國を滅ぼされた獣人たちが、こんな所に……しかも、あんなわけの分からないやり方で現れたのかだ！」

そう……。

獣人たちが屬するラトラ獣人國は『死の大地』を挾んだ遠方な上に、滅ぼされたと伝え聞いている……。

それがなぜ、この場に？

「それに、腰に下げてるのはカタナってやつだと思うが……。

あいつらの持った妙な筒は、なんだ？」

獣人たちが奇妙なのは、防だけでも乗りだけでもない……。

武もまた、同様であった。

腰に差している大小二つの刀剣は、獣人國固有の武として伝え聞くカタナであろう。

だが、彼らが手にしている、両手持ちの筒は一……？

筒、とは言ったが、それは言葉ほど単純な形狀をしていない。

全長は、獣人と比して考えればおよそ80センチほどだろう。

構えられた先端部は細長くなっているが、最後部は扇狀に広がり、これを肩へ當てられるようになっている。

上部には、小さな――遠鏡を思わせる部品が取り付けられており、下部には筒全を保持するための取っ手が備わっていた。

「まさか――あれは武なのか!?」

不意に脳裏をよぎった直が、そのまま口をついて出る。

偉大なエルフのをけ継いだ天才児の勘が……。

筒の先端部に存在するからじる、不吉さを敏に察知したのだ。

果たして、その勘働きは正解であったのだろう……。

獣人たちは次々と、包囲する魔たちに筒を向け始める。

のみならず――一どうやってそうしているのか――彼らを乗せた土臺は、ハチでもそうはいかぬだろうという直線的かつ立的な軌道で空中をき、十分な線を確保したのだ。

ならば、筒の正は……。

「弓、なのか……？」

ありえぬだろうと、理は否定しながら……。

しかし、直が導き出した結論を口に出す。

エンテはまだ、齢(よわい)十三の小娘に過ぎず、これはエルフの基準で考えれば子(おさなご)と言ってよい年齢である。

しかし、それがゆえに導き出せたな発想は……どうやら、またしても正解であったのだ。

よく見れば、筒の下部へ取り付けられた取っ手には、人差し指をかけられる用途不明の部品が存在している。

それは稼働可能であるらしく、獣人たちが一斉に……そう……これを、引いた時だ。

筒の先端から、見たこともない不可思議な線が打ち放たれた。

一瞬のことゆえ、目で捉え切れぬものではないが……。

おそらくは、數センチあるかないかというの線であったと思う。

矢ではない……。

魔で生み出した火や氷の弾でもない……。

本當に、単なるの線……。

だが、その殺傷力たるや――抜群なり。

防壁(へき)を囲む最前線に布陣していた魔たち……。

全を頑強な鉱石に覆われた大トカゲらがこれをけたのだが……。

斷末魔は、ない。

しぶきすら、ない。

ただ、地へ踏ん張っていたこやつらの背には小さな小さなが開き……。

それは焼け焦げているのか、ぷすぷすと煙を噴き出しており、急所を貫かれたトカゲはただちに白目を剝き倒れ伏したのである。

金屬製の鎧すらしのぐ強度の鉱石など、ものともしない……。

恐るべき威力の――飛び道であった。

「すごい……！」

無言のまま駆け出した父に従い、防壁(へき)の上へ登ったエンテは、ぼう然としながらそうつぶやいたのである。