「殘念だったな？

――そこまでだ」

エンテを囲む魔らに向け……。

線を撃った主が、そう言い放つ。

その聲は聞き覚えのあるものだが、木々の間から現れたのは、まったく見覚えのない鎧姿だった。

全的な意匠は、獣人たちがまとう奇妙な鎧とよく似ている。

だが、とにかく――派手だ。

死ぬほど派手だ。

各部に配置された裝甲は青に輝く水晶狀の部品へ置き換えられており、防護する面積も明らかに減している。

その代わり、全をくまなく覆う漆黒の被は厚みを増しており、筋を外側から覆ったかのように隆起(りゅうき)していた。

最大の差異として、獣人たちは頭頂の獣耳が邪魔になるのか兜を被っていなかったのに対し、こちらは首元まで覆い隠す――いかにも趣味的な格好良さを追求された兜を裝著している。

「ここからは、俺が相手をしてやる。

この――ライジングスーツでな！」

恥ずかしくないのかと問いかけたくなるほどド派手な裝いをした救い主――アスルが、これは共通品のブラスターライフルを構えながら啖呵(たんか)を切った。

「お前……」

「話は後だ。

……下がってな」

エンテをかばうように前へ出たアスルが、突然の者へ驚く魔らに向き合う。

そこから展開されたのは――瞬殺劇だ。

おそらく、この鎧の名稱がライジングスーツとやらなのだろう……。

各部へ配置された水晶狀の部品が輝きを増し……その殘滓(ざんし)のみを殘し、アスルが縦橫無盡にき回る。

ただ、飛び跳ねているだけではない……。

一つくたび、安定など皆無の構え方をされたライフルから線が発され、魔たちの命を奪っていく……。

わずか十を數えるほどの間に、エンテを追跡してきた魔らは全て(しかばね)へ変じたのだ。

いや、正確には全てではない……。

追っ手の魔らを押し出すようにしていた一匹が、姿を現した。

「あれは……」

「なんだ？　見たことない魔だな」

果たしてライフルでそれをする意味はあるのか……殘心していたアスルが、その魔を見て首をかしげる。

「そいつは、魔の長だ！

気をつけろ！　ブラスターは通じなかったぞ！」

「へえ……」

姿を現したのは、他でもない……。

半明な布片(ぬのへん)のごときを全から生やした、あの頭目魔だったのだ。

「心しないな……。

軍勢をほったらかして大將自ら出張るなんて、下策もいいとこだぜ？

ま、俺も人のことはとやかく言えんがな」

ライフルを肩にかつぎながら……。

まるで知人へ話しかけるように、アスルが気さくな口調で頭目魔に話しかける。

だが、それと裏腹に両者の間へ漂う空気は張を増しており……。

しばらく睨み合った末、ついにそれが弾けた！

「くらえ！」

まずは、エンテの言葉を確かめようというのだろう……。

アスルが、腰だめに構えたライフルを連する！

だが、そこから展開されたのは先と同じ景だ。

無防備に線をけ続けた頭目魔の全から、湯気がただよう。

やはり、あの布片(ぬのへん)じみたが問題だ。

あれが線にめられた威力を、空中へ逃がしてしまっているのだ！

いや、それだけではない……。

頭目魔がアスルに向け、ゆっくりと右手をばす。

「――む!?」

構えるアスルだが、もう遅い。

開かれた魔の右手から、赤黒い雷(いかづち)がほとばしり、アスルを襲ったのだ！

「ぬううおおおっ!?」

これにはたまらず、アスルが吹き飛ばされる！

離れたエンテにすらじられる膨大な熱量の雷(いかづち)は、ライジングスーツを余すところなく焼き焦がし、全からぶすぶすと黒煙(こくえん)を立ち昇らせていた。

「ぐ……くそっ！」

吹き飛ばされ樹木に叩きつけられたアスルが、しかし、すぐさま立ち上がってみせる。

あれだけの攻撃をけ、すぐに立ち上がれるとは……。

これが、ライジングスーツなる鎧の防能力なのだろうか。

『敵が放ったのはサイキックパワーではありません。

おそらく、ビームのエネルギーを吸収し攻撃に転用したと思われます』

「マジか!?

試しに撃ったのは失敗だったな」

ライジングスーツから、なぜかイヴの聲が響き……。

それを聞いたアスルが、己の迂闊(うかつ)さを毒づく。

だが、悪い知らせはそれだけではなかった。

『今の攻撃でライジングスーツがシステムダウンしました。

ここからは、マスターご自の力で戦うしかありません』

「え？　噓っ!?」

システムダウンなる現象がなんなのかは分からないが、それはおそらく、鎧にめられた力が失われたことを示しているに違いない。

その証拠に……各部へ配された水晶狀の部品から、が失われていくではないか!?

「…………………………」

鳴き聲も、何もなく……。

しかし、己の優位を悟ったのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)な態度で、頭目魔がゆっくりと歩み寄る。

「アスル！　オレを置いて逃げろ！

もう、その鎧使いにならないんだろ!?」

「いまさら見捨てるなんてできるか！

――まだ、俺には魔がある！」

言うが早いか、焼け焦げたライフルを投げ捨てたアスルが両手をかざし、魔を発現させた。

――炎。

――水。

――風。

――雷。

四つもの異なる屬で生み出されたのは、一つ一つが直徑一メートルはあろうという円盤だ！

これなるは切斷系の魔にちがいないが、しかしこれは……。

「すごい……」

思わず、つぶやく。

壽命が短く、エルフのような長い耳を持たぬ人間が、これほどの魔を扱うとは……。

エンテが同系統の魔を使ったとしても、生み出せる円盤は二つが限界なのである。

「けてみろ！」

両手を繰り出し、アスルが次々と円盤を打ち放つ！

それらは、いずれも狙いあやまたず頭目魔へ直撃したが……。

「――効かんのか!?」

アスルが、驚きのびを上げる。

放った円盤のことごとくは、頭目魔の表面へ當たると同時に割れ(は)ぜ……。

一切の効果を、もたらさなかったのだ。

「――くっ！」

もはや、やぶれかぶれということか……。

武も魔も通用しなかったアスルが、今度は徒手空拳での戦いを挑む。

「おお……おおおおおっ！」

跳び蹴りから始まった一連の攻撃は、鎧の恩恵(おんけい)がないとは信じられぬほどの見事さであったが……。

いずれも、頭目魔を小ゆるぎもさせぬ。

どころか、正中線を抜くように放った五連撃のスキを見抜かれ、アスルの右腕が摑まれたのだ！

「――うっ!?」

揺するも、相手の握力はすさまじいらしく、抜け出すことはかなわない。

そして、そうしてるに、頭目魔が殘る右手でアスルの頭部を毆りつけたのだ！

「――ぐっ!?　くおっ!?」

趣味的な意匠の兜が半壊し、部の顔がわとなる。

衝撃へもだえるスキに、魔はアスルの左腕をも摑み上げた！

「――――――――――ッ！」

奇怪な鳴き聲を上げながら、魔が橫開きの口を大きく開く。

そこに並んだ兇悪な牙で、剝き出しとなったアスルの頭部を噛み砕こうというのか!?

だが……。

この事態に対し、アスルはニヤリと笑ってみせたのである。

そして、こう言ったのだ。

「馬鹿め」

……と。