《【最終章開始!】 ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、醫見習いの君と、空飛ぶ戦艦の醫務室。僕ら中學生16人が「救國の英雄 栄のラポルト16」と呼ばれるまで~》第3話 心音Ⅰ
「ど、どうしたの? 逢初(あいぞめ)さん。今、何て?」
困した僕が、逢初さんを凝視してしまっていたので、それに気がついた彼は、赤く染まった頬を橫髪で隠した。だけど、そのかした分の髪に覆われていた、耳やうなじがあらわになって‥‥‥‥。髪のあいまから見える彼のうなじや耳朶までも、赤くなっているのが見えてしまった。
「いてててて」
僕の両腕に、徐々に痛みが襲ってきた。筋痛のような、というかそれの痛みだ。さっき、ぶり手ぶりをしようとして力んだからMK後癥が出たかも。
「だ‥‥大丈夫?」
逢初さんは再び近づいて來てくれた。ん? あれ? 痛がるとケアしてはくれるんだな。でもよかった。僕が何かやらかしたのかと。
彼は、痛がる僕にを寄せて、痛む両腕を一心にさすってくれた。赤らめた頬は僕から逸らしたままだけど。
う~ん、これは‥‥‥‥もしかして。
「あの、逢初さん、ミルクは‥‥」
「‥‥‥‥はい」
「さっきまで、『肺炎が――』とか『筋が――』とか熱心に説明してくれたけど、もう飲んだ方がいいよね?」
「‥‥‥‥うん。」
「‥‥違ったらごめん。僕にミルクやるのが、その、気まずくなった――とか?」
逢初さんは、首をコクリ、と垂らした。そして申し訳なさそうに、話してくれた。
「いつもバイト先でやってるみたいに、患者様に接するじで‥‥普通にできてたのに。ミルクをあげる時になって、咲見くんと目が合ったら、なんだか‥‥急に‥‥。バイト先は小児科だし、わたし、男子と話すことあまりないなあって、急に意識しちゃって‥‥‥‥ご、ごめんなさい」
髪で表を隠したまま、頭を下げた。
「そう。バイトしてるんだ。すごいね」
「うん‥‥‥‥れんげ市民病院だよ。ここひと月はこのための研修したんだけど‥‥」
申し訳なさそうに、彼はそう言った。そんな逢初さんを見つめていたら――しわかってきた。この娘は、「醫療従事者」と「中2子」の2つのを持っているんだ。
さっきまで、必死に「醫療従事者」として僕に接してきた。けど、ミルクをあげる場面になって、素に戻っちゃった。 我に返ったというか。――そりゃ、僕だってむちゃくちゃ恥ずかしかったんだから、彼だって恥ずかしいはずだよなあ。いや、もしかしなくても僕以上に。
――「中學2年生」のの子が、クラスメイトの男子に、母親みたいにミルクをあげるミッションなんて――ねぇ。
そういう僕だって、先ほどまでのBotを排除する掃空任務は必死だった。今現在、この艦に「パイロット役」は僕1人しかいない。今日倒したBotは、能的に言えば、中型DMTでは勝って當然くらいだ。でも、もし、僕がしくじれば、艦の殘りの15人に、ものすごく負擔をかけることになってしまう。そんなカッコ悪いことはできないと、目一杯気を張っていたんだけど。
この娘も、僕と同じ気持ちなのでは?
そう気がついた。この戦艦で、「醫者役」、つまり「醫療」を擔えるのは、彼1人だけ。この娘も、しくじったら後がない。他の誰も醫療を扱えないのだから。たぶんそうなんだよ。
なんて思ったら、なんだか急に親近が湧いてきた。彼を困らせちゃあダメだ。
そうだよ、協力しなきゃ。
僕たちは、お互い後がない、似た者同士なんだから。
「『醫療従事者モード』の逢初さんと『中2子』の逢初さん、かあ」
そう言いながら、うつむく彼を見た。
「なんでこんな事になってんだろうね。ホント。お互いに。なんの罰ゲームだよ!ってツッコミたくなるよ」
僕は、なるべく大げさに、明るく話しかけてみた。
「さっき言ってた『マジカルカレント後癥候群』‥‥だっけ。これ、他の14人は知ってるのかな?」
「それは、今頃説明會(レク)ってると思う。DMT整備の3人は耳で聴いて、殘りのみんなは隣の食堂で。最初から知ってたのは、付屬中(ふぞく)の3人と、わたしと麻妃ちゃん。といっても、麻妃ちゃんは、もしそうだったらこのファイルを開け。みたいな説明しかけて無かったみたいね」
「ふ~ん」
「一応、というか、軍事機みたい。だって、DMT(デアメーテル)縦した人が毎回寢込むのが敵にバレたら、そこ狙われるよね? だから軍の運営の人たちは、できる限りにはしときたかったと思うけど、こうなったら艦のメンバー全員で知っておかなきゃ、だよね。」
あ~~。當の本人にも、教えておいてしかったなあ。
「何が原因でこんな事になっちゃうんだろ?」
「重力子エンジンの特に関係あるらしいよ? わたしは醫學方面の事しか判らないけれど、軍では前から知られていた癥狀なんだって。特定の脳波を持つ人だけに現れる現象で、エンジンの出力がちょっとだけ上がるとか。1000人にひとりの能力とか」
何!! 1000年にひとりのユニークスキル キタ。思わずガッツポーズをしようとするが、當然腕は上がらない。
「‥‥そうか。僕にそんな能力が。チートじゃん。1000年にひとり‥‥!」
「‥‥‥‥1000人だよ。咲見くん」
顔を隠すハンカチの向こうから、中二男子(ぼく)のアガった気分を打ち砕く訂正がった。
「1000人に1人? それじゃあえ~と、ウチの中學に1人いるくらいの計算じゃん。何それ。あ~もっと主人公的な、チート能力がいいなあ」
「それは、そういうマンガとか見すぎだよ。でもすごいんじゃない? 1000人に1人の才能なら」
「その結果、ベッドでけなくって、ミルクの刑でしょ~」
「うふふ。わたしは、ちょっとこの癥狀に興味あるかな? 脳波が原因なのに、に影響が出るなんて理屈に合わないもの。この後癥狀も重力子エンジンも、まだ未知の部分が多くて研究途中なんだって」
「‥‥今、笑ってくれたね。逢初さん」
「え? あ、はい。――そうかな」
そろそろかな。と僕は考えはじめてる。僕と逢初さんは同じクラスだけど、ほとんど話した事が無かった。こうやってしでも打ち解ければ、「ほ瓶とミルク」問題もハードルが下がる事を期待して。
「ね、逢初さん」
「何‥‥?」
「あらためてお願いするよ。ミルクを飲ませてもらうことを」
あいにくはかないけれど、居ずまいを正したつもりで言った。たぶん、ちょっと真剣な表になってたと思う。彼は、さっきよりかは、和んでいてくれるはずだ。
僕の言葉に対して、彼はゆっくりとうなづいた。自分に言いきかせるように。
「‥‥‥‥ごめんなさい。わたし、いざ、ミルクをあげようとして、咲見くんと目が合ったら、急に顔がぼわって赤くなって。耳とかゴ~って充の音がして。ああそうか、わたし、男の人とほとんど話したことないのに、いきなりこんなことしちゃって‥‥‥って考えたら」
一語一語、噛むように話してくれた。
「思考が迷走神経に行っちゃったのね。あと、顔が赤くなったのを見られるのも、ものすごく恥ずかしいし」
「そうなんだ。わかるよ。さっきまで恥ずかしがって、ジタバタしてたのは僕の方だしね。でも、逢初さんが一生懸命に説得してくれたから、しょうがない、飲むか、と決心しました」
し聲を張る。
「ミルク飲ませてよ。僕からお願いするよ。ほら、この通り」
「‥‥‥‥」
逢初さんは、微笑した。
「ふふ‥‥。『この通り』って。咲見くん、けないのに、どこをどうかしたの?」
「はは。そっか。どっこもかせてないや。そう、目、目で、お願いしたんだよ。‥‥あと、逢初さん」
「何?」
「赤いの気にしてるんだったら、ぜんぜん大丈夫だよ。男子的には、ちょっと赤らんでるくらいの方がポイント高いと思うよ。一般的に」
「そんなことないけど」彼は、し頷くと、の前のハンカチを下ろした。
「ちょっと、じゃないから気にしてたんだけどな~。でもありがとう。咲見くん」
そう言って肩をすくめた。
「もう、しょうがないなあ。こんなにちゃんとお願いされて斷ったらオニだよね、わたし。じゃ、大サービス」
彼は、僕に向かって両手をばしてきた。が。
「あ、ちょっと待って。」
立ち上がると、僕のベッドの向きをクルリ、と180度回転させた。
小児科でバイトしてるって言ってたっけ。なんだか手際がいい。
「どうしてベッドを?」
「うん、まずわたしが右利きだから。それとね、赤ちゃんはね。お母さんの心臓の音を聴くと、お腹の中にいた頃を思い出して安らぐんだって。だから、咲見くんの頭がわたしの左、心臓側に來るようにして――」
「心音‥‥‥‥」
思わず逢初さんの元の、白から覗く制服のリボンに視線を送ってしまった。慌てて目を逸らしたけど。
「あ~~!!」
彼はとっさに構えた。
「あの! わたしの心音をあなたに聴かせたりとか、そういう事じゃないんだからね!? そこまでのサービスじゃないんだから。違うからね!?」
はい。ごめんなさい。
僕がしおらしくしてると、「もう」と軽いため息をついて逢初さんはバックヤードに行ってしまった。今日2回目のやらかしか、と1人反省會を始める前に、彼は戻って來た。
「あれ。白はどうしたの?」
彼は、白いドクターズコートから、ピンクのエプロンへと著替えてきていた。夏服のセーラーと紺のプリーツスカートはそのままだったけれども。
「醫モードから介助モードへの変。子は著ている服でスイッチが切り替わるから」
「ふ~ん。なるほど。‥‥‥‥って意味わからん」
彼は再び両手を後ろへ回して、プリーツスカートしわに気をとめつつドクターズスツールに丸いおしりを乗せた。手には溫められたほ瓶が。
「失禮します」
そう言って彼は、僕の背中に左手をまわして、左肩あたりに手をそえると、肘で頸をし持ち上げた。そして、そのまま、僕の口もとにそっとミルクのったほ瓶を近づけてきた。
「わたし、ちゃんとお禮を言ってなかったよね。ありがとう、咲見くん。わたしたちのために、戦ってくれて。がんばってくれて」
そう言われながら中2の僕は、中2のの子に抱(いだ)かれながら、ミルクのったほ瓶をあてがわれた。
いざ飲もうかと思ったけれど、々思いが巡ってしまう。
彼の肘が、丁度良く僕の首を持ち上げてくれているから、が開いて通りが良さそうだ。さっきはこれが無かったからあんなにむせたんだ。
なんだか不思議な気分だった。オレンジの夜燈に浮かぶ逢初さんは、し俯いて靜かに目をつむっている。前髪が綺麗に切り揃えられていて、その整った顔立ちはまるで人形のようだった。醫務室には、僕のバイタルを知らせる電子音が、ピ、ピ、ピ‥‥と響いていた。
靜かだ。
「恥ずかしいから、あんまり見ないでね」
彼が、目を閉じながら小聲で言った。僕が見てるの気づいてたのか。
何だか、星空を見上げてる気分だった。この星空の下で、こうやって人類の長い歴史を、子供に授させながら命を育んできた母親達がいたんだな、って思った。それってすごい事だよね!
ん? 星空? そうだ!! ――僕は閃いた。
「ね。逢初さん。いい事思いついた。電気消そうよ! お互いが見えない暗闇なら、顔赤くなってもわからないし、僕もミルク飲むとこ見られなくて済むから」
「ああっ。そうね。盲點だったわ。かなりの問題がこれでスッキリ解決ね。さすが咲見くん」
我ながらナイスアイデアだ。彼も賛同して、すぐに手元のリモコンで照明を消した。
夜燈のオレンジが一瞬で漆黒に変わる。
「‥‥‥‥えっと。目が慣れないと途端にわからなくなるね」
「僕はいてないよ~。てかけないし」
「あ、そこね。じゃあ、さっきみたいに腕を」
「うん、そうそう。大そのへ――――」
‥‥‥‥‥‥‥‥ぽむん。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
僕の右のこめかみに、何かが當たった。何か――が何かは分からないけど、一瞬、逢初さんの心音が聴こえた気が――――した。
「‥‥‥‥っ」
明転する。そこには、さっきとはくらべにならないくらい赤面した逢初さんが。心なしかの前で両腕を抱きかかえて、こわばった様子だ。
「ごめん。やっぱ無理‥‥‥‥」
「うん。‥‥だよね」
僕はし食い気味に返事をした。
※ 暗闇で一何が起こったんだ。俺には全然わからん! というそこのアナタ!!
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