「さあ。暖斗(はると)もこっちへ」

僕は、父親に背を押されて、一歩前へ。僕に打たれた傷を手で押さえて、涙顔でいるの子の姿が目にった。

だけど、僕の父さんの意図が判らなくて、その子とお母さんはこわばった表だったなあ。

僕がモジモジしてる間に、その子のお母さんが、早口でかぶせる様に話しかけてきた。

「ごめんなさいね。暖斗くん。本當にごめんなさい。ウチのばか娘が。痛かったでしょう？ああ、こんなにが出て。おばちゃん、真由保をちゃんと　叱っておいたからね。う～～～んときつくお仕置きしておいたから！　安心してね？」

腰を下げて僕にこう言ったお母さんは、さらに父さんに向き直って。

「ご主人様。後生ですから、どうか一つここは穏便に――」

僕は父さんと目が合った。父さんは、一回大きく頷いた。

僕は、勇気を生むために、大きく息を吸い込んだ。

昨日の男子達の顔が目に浮かんだ。――――だけど。

それより大事な、正しいがここにあるって、最初から知っていたから。

「ご‥‥ごっ‥‥ごめんなさい。ぜんぶぼくがわるいよ。ごめんなさい。おばちゃん。もう、まゆほちゃんをしからないで。さいしょにバンってやったのは‥‥ぼくなんだから」

「ご‥‥ごめんなさい。‥‥まゆほちゃん」

そういいながら、僕もポロポロ泣いてしまった。

頭を下げた時に目にった玄関タイルが、みるみるぼやけたからね。

で、そう言った僕の肩に、父さんの大きな手が乗っかってきた。

「‥‥‥‥そうだ。『自分が悪いとちゃんと認めること』は、何よりも勇気がいるんだよ。本當は、これは、男関係なく、人として當たり前の事なんだ。暖斗、よく言えたね。それでこそ男だ」

父さんは、ビックリして口をポカンと開けてた、その子のお母さんに言ったよ。

「うちの愚息の申す通りです。どうやら先に手を出したのはこちらのよう。お嬢さんに怪我をさせてしまった。――どうかお許しください」

の子のお母さんに深々と頭を下げた。そして。

「奧さん。國の存続の為には、もちろん男子は必要、重要です。でも、大切にするのと全て許してしまうのとは違うと、私は考えるのです。全て許されると思って育ってしまった人間の將來は、決して上手くはいきません。殘酷です。大切だからこそ、キチンと育むべきなのです。この國のは、今もどこかで何かに謝罪しているでしょう‥‥。ですが、むしろ――変わらなければならないのは、我々男のハズなのです」

＊＊＊＊＊

僕らが暮らしている國、絋國。よく周辺國からは羨ましがられる、まあまあいい國だとは思うんだけど。

アフターサジタ――サジタウイルス蔓延後から、男子が生まれにくくなった。新生児は子ばっかり。男はたまに生まれるくらい。男子出生率の激減。

それで、この國は、男子の頭數をキープするために、々な施策をしている。重婚制度もそう。わチャ験――若人チャレンジ試験――もそう。他にも々と。

そしていつしか、の価値がディスカウントしてしまった。男子の頭數がしいからって、出生數を増やしたら、當然子の數のほうが増えすぎてしまって、「貴重な」男子との価値が、相対的に落ちちゃったんだ。

だから、社會的に子の立場は弱いし、それはこんな風に、子供の世界からもう始まってる。

この戦艦の子達が、僕をさん付けして、敬語、丁寧語でしゃべろうとするのも、イヤな思いをしたくなくて距離を置こうとするのも、この絋國という國に付いてしまった病だ。

僕の話は終わった。

僕は食堂を見渡した。

カラフルなとりどりの飾りが、普段の殺風景な食堂を今日は別世界にしてる。ホント子って、こういう事をやるとなるとスゴイよね。ここにいる15人の子は、足もとを見ながら靜かに僕の話を聞いてくれている。みんな、それぞれ、に思うところがあるのかな？

「なんか、つまんない話でごめんね。今夜はパーティのハズなのに」

みんな、まだ無言だった。

「‥‥‥‥それから、父さんが大人同士で何か々話してて。はは。この話、人にするのは初めてだけど、僕の、『やっちまった案件』だから、バツが悪いね。はは。まあ、何が言いたいかというと、あまり僕は、子とめないし、めたくないし、めても問題にしない家の人だと。だから、あんまり僕を知らない人も、怖がらないでしいし、気を使わなくっていいよって話で、‥‥‥‥ええと――」

傍にいた麻妃が、パシッっと僕からマイクを取り上げて。

「暖斗くんの話がグダり始めたんで、ＭＣが引き取りま～す」

と言った。

數人が、うつむいたままクスクス笑った。

「『男子とめたら、子の方が全力で謝る。どっちが本當に悪いかは置いといて』って、ウチらからしたら結構あるあるネタじゃんね？　でも、１つ注意。この話が通るのはウチの中學でも暖斗くんと暖斗パパだけだからね。要注意！」

麻妃の口ぶりが面白くて、さっきよりも大きな笑いが起こった。逢初さんと目が合ったけど、彼は笑っていなくて、こっちをチラチラ見ながら何か考え事をしてるみたいだった。

僕は、笑いに包まれた心地いい空間の中で、目を閉じた。

そう、この話にはもうちょっと続きがある。いつかまた、誰かに話そう。機會があれば。

その話とは。

あの後、僕は父さんに連れられて、母娘を家まで送った。真由保ちゃんの家では大げさにお茶を勧められたけど、苦笑した父さんはやんわりと斷ったよ。菓子折りはけ取ったものの、事の経緯からしたらこっちが悪い訳だし、「父親が寄り付かない家」だと、たぶん暮らしに余裕があるわけじゃない。

親が、後日商品券とかで倍返ししたと聞いた。詫び料だといってなんとかけ取ってもらったと。

で、その帰り道。

真由保ちゃんの家を出た時には、空いっぱいに燃えるような夕焼けだった。

並んで歩く父さんに、僕は聞いた。

「おとうさん、まゆほちゃんはまた、ぼくとあそんでくれるかなあ」

「さて、どうかなあ」

父さんは答えた。

僕は、「大丈夫」という答えを期待してたので、「え！？」ってなった。

「暖斗が謝っても、許してくれるかは、あの子次第だろう？　それは、あの子にしか　わからない。でも、手段はある」

「しゅだん？」

「暖斗がどうすればいいか、ということ。それはこういう事さ。今日、あの子に許してもらえなければ、あした、また謝れはいいんだ。あした、許してもらえなければ、あさって、また謝る。まごころを込めて、ちゃんと、しっかり、気持ちを込めて謝るんだ。――ごめんなさいの気持ちが伝われば、許してくれると思うよ。いつか、必ずね」

「おとうさん」

「ん？」

「まごころって、なに？　ふつうのこころ、と、どうちがうの？」

僕の問いかけに、父さんは頭を叩いた。

「いや、いかん。暖斗に一本取られた。う～ん。子供に伝えるのは難しいな」

しばらく考え込んでから、父さんはこういった。

逃げるようで悪いが、と前置きして。

「‥‥そうだね。『まごころ、とは何か』。私も上手く言えない。答えがまだ、ここには無いのかも知れない。‥‥‥‥考え続けようか。問い続けようか。暖斗、父さんも一緒に考えるから、お前も自分で考えてごらん？」

遠く山の端に夕闇が迫る中、空いっぱいの夕焼けが綺麗だった。

今、しわかること。あの時、僕があの子にちゃんと謝る事をしなければ、できなければ、あんなに綺麗な夕焼けは見れなかっただろう、と、いうこと。

僕はかった。

父の介(たす)けもあった。

そして、僕は自分とあの子に対して、ちゃんと向きあうことができたと思う。この世界をあの夕焼けのように綺麗にするには、何かを変えていかなければならない、ということなんだ。

そのために僕は――。

「暖斗くん」

き通った逢初さんの聲で、僕の思考は寸斷された。セーラー服の腕を後ろに組んで立っている。

「もしかして、だけど、その、暖斗くんの近所のの子、って、6組の鳴沢さん、かな？」

と、彼が言ってきた。

え？　知ってるの？　知り合い？

「そだよ。よくわかったね」

そう言いながらまわりを見回すと、みんな席を立ち始めていた。片付けにる子、皿に殘ったスナックを平らげながらおしゃべりする子。

靜かだった食堂が、急にガヤガヤとしだす。

逢初さんは、僕の傍らで、人差し指を立てて、ちょっとドヤ顔をしてる。

「まゆほさん、って子はわたしの記憶には無かったのね。でも、暖斗くんの近所で、同級生でしょ？　じゃあ、みなと第一中學(いっちゅう)ですね、と。麻妃ちゃんとかと同じ小屋敷小學區で、２年生で、その報を必要十分條件として消去法をしていくと――」

網代さんが呟く。

「必要十分條件？」

泉さんが答えた。

「中2じゃまだ習ってないわね」

彼は、僕の顔を見て　にっこり笑った。

「當たった？　みたいね。まゆほさん、かわいいお名前。どんな字書くのかしら」

そう言う彼に、我に返った僕が、

「知ってたんじゃなくて、導き出したと‥‥！！」

と、やっとで答える。

「あんまり、その子と暖斗くんが話してるの見たことないけど」

「うん。‥‥小っちゃい頃はよく遊んだけど、クラスが離れてたから、小學校からとか、ほとんど話さなくなったなあ」

「そうなんだね」

逢初さんは、上機嫌でちょっといつもより早口だった。

「この際だから、中學校の生徒のフルネームとかいろいろと、全部丸暗記しようかしら」

「な？　何故に？　いや、そんな事できるの？」

驚く僕に、逢初さんは。

「わたし、書きは３回音読するとだいたい全部頭にるの。暖斗くんにはＭＫ(マジカルカレント)能力あるんだから、わたしにも何か得意分野があってもいいでしょ？」

そして。

「暖斗くんらしい、すごくいいお話だったよ」

僕の耳もとに口を寄せ、聞き取れないくらいの小さな聲で言った。

その聲に戸いながら、ひとつ気がついた。

そうか、彼が異様に資格習得ができるのは、そういう訳か、と。

で、あれ、‥‥そういえば、僕は、彼に遮られるまで何か大切な考え事をしてた‥‥ような。

あ～。何だっけ。

忘れた。

逢初さんは記憶が得意、僕は苦手、というのが判明した「宴」だった。

※　このエピソードがすべての結論に帰結するのかもしれません。

そして依さんの安定の天然ぶり。

ここまで、この作品を読んでいただき、本當にありがとうございます！！

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