《【最終章開始!】 ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、醫見習いの君と、空飛ぶ戦艦の醫務室。僕ら中學生16人が「救國の英雄 栄のラポルト16」と呼ばれるまで~》第24話 なんちゃって醫療②
「ちょ? ‥‥ダメだよ。それは」
彼――逢初(あいぞめ)さんは、悪戯っ子みたい顔をしてたけど、目は真剣な、思いつめたじだった。
僕は、取りあえず斷る。
意味がわからないから。
で、話題の転換を試みた。
「なんで、その恰好? 著替えたの?」
「だって、白やエプロンはわたしにとって仕事著だし、染管理(インフェクションコントロール)の観點から、本來は清潔域でしか著てはいけないものなのよ? 白って。あとセーラー服のまま寢たら、しわになっちゃううのが気になって、寢れないもん」
「そっか。‥‥これって逢初さんが寢る時の恰好なんだ」
僕の質問に、彼は小首をかしげた。
「う~~ん。ちょっと違うかな。わたし、お風呂上がりは必ずキャミソールなんだよね。真冬でも。でも今日はお風呂まだだし、暖斗くんとって事で、Tシャツが適正かな、と」
何が適正なのか解からなかったけど、時計を見たらまだ18時半頃だ。
「いいの? 夕食とかは?」
「い、いいのいいの。仲谷さんに取り置きでってオーダーしたから。ね、いいでしょ? 一緒に寢ましょう。ま、また、暖斗くんの右手を借りたいの」
上目使いで言われたけど、こういう事をやり慣れてないのか、ちょっとぎこちない。
でもそれが逆に初々しくて好がもてた。
そんなに気にってくれたんだ。僕の『右手』マクラ。
――ああ、こういう風に誰かに必要とされると、し気持ちが楽になるかな。
「いいよ。どうせかないし。右手はその辺に置いておくから、勝手にマクラにすれば?」
言ってから「しまった!」と後悔する。
妙にキツイ言い方してしまった。
心がささくれ立ってるのが、いちいち態度に出てしまう。
彼は、僕の言葉には構わずにニコニコしながら、をかがめている。彼のショートパンツは、いかにも子がはくようなモコモコした生地だった。
そこからスラリとびた足が眩しい。
「もっと、僕のを奧に寄せなよ。それじゃあ逢初さんベッドから落ちちゃうよ」
さっきの発言を取り繕うつもりで言った。
でも実際本當に僕の右手のあたりには僅かなスペースしか無い。
「ホント? じゃあ、お言葉に甘えて。‥‥‥‥んん」
彼が全を使って僕を壁側に押して。
そしてまた貓のように僕の右足あたりに素早くり込んで、ちょこんと手の上に頬を乗せた。
「‥‥‥‥逢初さん?」
もう寢息が聞こえてきた。早いな。悩みとかないキャラかな?
あ、そんな事なかったっけ。
彼の頭の重みと溫をじると、不思議とまぶたが重くなる。僕もだんだんとまどろんだ。
*****
やはり、彼の手のぬくもりは安定の溫かさだった。
人間眠する時には溫を下げるために手足から溫を放出するから、うとうと暖斗くんの手があったかいのは道理なんだけれど。――それにしてもこれは。
まるで、わたし、という容に、暖斗くんの熱が注がれていくように。
心までふやかされそうだった。
‥‥‥‥おっと、このままでは「本當に」わたしまで寢ちゃう。
あ、でも暖斗くんは寢ちゃっていいんだよ。
嫌なことがあった時は寢るのが一番。
わたしはいつもそうしてるよ。
一番お手軽で一番シンプルな解決法、なんだから。
「暖斗くん。寢た?」
「‥‥‥‥」
照明を落とした醫務室に、ムクリ、と起き上がる影が1つ。
當然わたし。
暖斗くんは‥‥‥‥寢たみたい。
「一緒に寢よ。で、暖斗くんを寢かしつける」作戦は功だった。
ミルクを飲んだら速攻寢落ちする暖斗くんが、今日寢付けないのも想定通り。
次の仕掛けに移行する。
次は、MK後癥候群の回復マッサージだ。一度試している。
暖斗くんが寢ている間にこっそり施して、早く元気に(だけでも)なってくれたらいい。
いつまでもけないでベッドの上、というのは神衛生上も良くない。早めにけるようになったら、汗をかくとか他の選択肢も増えるのです。
――――あの日、暖斗くんに誓ったように、わたしの存在すべてを使って、暖斗くんに報いるよ。
あの日、暖斗くんは、わたしに居場所をくれました。
彼の右手の上を。
ここに居てもいいんだ、と言ってくれた。
自分の家にすらわたしの居場所は無かったのに。
わたしは、それに報いる。
わたしの魂が、こうしたい、と「決めて」しまっていることだから。
わたしは、暖斗くんに近づいた。しまった。をベッドの奧側に移したのは計算外だった。これではわたしのとの間に距離が出來てしまう。施がしにくい。大きくかすと、さすがに彼を起こしてしまうだろう。
なので、わたしがベッドの上に乗りかかった。
――MK後癥候群には、元々まともなエビデンスが無い。そういう意味では風邪の対処法に似ている。取るべき栄養を摂取して、あとは休養。元々醫療はまだこの病変に打ち勝っていない。追加でできる事といえば、流を改善するマッサージくらいだ。
わたしは、眠る暖斗くんに寄り添ってマッサージを施す準備をする――。
はずだった。
わたしは本當に間抜けだった。
自分でも嫌になるくらい。
以前からその兆候があったのに。
なぜ忘れたのか、なぜ怠ったのか。
ベッドの上にを乗せると、わたしの膝先に違和があった。
目を落とすと、暖斗くんの右手がわたしの膝にれていた。
そして、その「右手」は、小さく震えていた。
「え?」
びっくりした。だけど事実として、その震える右手は彼の心のあり様そのものだ。
わたしは思い至る。
ああ、暖斗くんは、「辛い」とか、「辭めたい」とか一言も言っていない。
言ってはいないけれども、當然平気な訳がない!
麻妃ちゃんが「ぬっくん!」ってぶ戦場の聲は、今でも耳に殘っている。
そうだよね。平気なはずないよね。‥‥‥‥わかるよ。
怖い相手を前にして抵抗すらできず、がかなくなる。わたしもちょっと前に、まったく同じ目にあったから。
――――気がついたら彼の頬を両手で包んでいた。
そしてわたしは、ある決意をする。
彼のから手を離すと、暖斗くんの右手を手に取り、ゆっくりと持ち上げ、そのまま、自分の心臓の真上、左のふくらみに、それを押し當てた。
初陣の日、初めての醫務室(ここ)でのやりとりが脳裏をよぎる。
(赤ちゃんはね。お母さんの心臓の音を聴くと、お腹の中にいた頃を思い出して、安らぐんだって)
(あの! わたしの心音をあなたに聴かせたりとか、そういう事じゃないんだからね!?そこまでのサービスじゃないんだから。違うからね!?)
わたしの脳が、あと付けで理由(いいわけ)を作り始めたよ。
「こうして彼にわたしの心音を聞かせれば、彼も安眠できるだろう」ってさ。
わたしは小賢しいだから。
「こんなの、『なんちゃって醫療』ですらない。ただの‥‥‥‥大、大、大サービスなんだからね」
幸いにして彼は目を覚まさない。
こうしていると、だんだんと、大地にを下ろした大木になったような、不思議な安らぎが芽生えてくる。
わたしの両手の中にあるのは、彼の右手、それは、ひとつのいのち。
子を抱く母親のような気分って、こんなじ?
わたしのお母さんも、こんな気持ちでわたしを抱っこしたのかな‥‥。
わたしはゆっくりと、でも深く深く、息を吸って、吐く。
吐息が暖斗くんにふきかかっちゃうけど、知らないもん。
ごめんね、折越さんみたいなサイズではないんだけれど、一応はあるからね、と言い訳しながら、彼の右手を、のふくらみに押しこんで、ぎゅっ!!ってした。
わたしの心臓の音がせめて、彼に屆いてほしい、そう願ったから。
「わかる? 暖斗くん。これが、わたしの心臓の音。わたしのいのち。あなたも、わたしも、生きてるんだよ? 暖斗くんは、生きて戻ってこれたんだから、それだけでいいの。無事に帰ってきてくれたんだから、それだけでいいの。戦果なんて関係ない。醫務室(ここ)に戻って來たら、わたしがまたミルクをあげるから。ね、忘れちゃだめよ?」
暖斗くんは寢っている。相変わらず純真無垢な、赤ちゃんの様な寢顔で。
わたしは、彼の耳元に口を寄せ、そっとささやいた。
「おやすみなさい。せめて良い夢を。‥‥‥‥暖斗くん(べびたん)」
※「結局いい思いしてんじゃんか? ご都合か?」という そこのアナタ!!
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