剣教室のこと

「力任せで振るんじゃねえ！振りは小さく、細かくだ！」

「「「ハイ!」」」

「剣道の知識は一旦忘れろ！急所に當てるだけで人間は倒せる！！」

「「「ハイ！！」」」

「1対1なんてのはそうそうねえぞ！一撃必倒より立ち回りと手數で攪しろ！！」

「「「ハイ！！！」」」

「なにこれ・・・？」

週2のノルマがあるので避難所にやってきたが、運場がなにやらにぎやかなので覗きに行った。

そこには多くの男としのたちが整列していた。

多分ここの警たちだろう。

彼等の視線の先には金屬製の臺がある。

運會とかで校長先生が乗って挨拶したりするアレだな。

そしてその上には何故か木刀を持ったモンドのおっちゃんが。

「あ！いちろーおじさんだー！」

ぼんやりと眺めていると、俺を見つけた玖ちゃんが走ってきてそのまま太に抱き著いてくる。

「えへー、こんにちはー！」

「おー、こんにちは玖ちゃん。」

頭をでると、玖ちゃんは満面の笑みである。

この前おっちゃんたちを連れてきてから、なんかさらに懐かれているような気がする。

無條件の好意を向けられるのは嬉しいが、若干こそばゆいものがあるなあ。

「玖ちゃん、おじいちゃんたちは何してんの？」

丁度いいので聞いてみる。

「んー？なんかね、けんじゅつのおけいこだって！」

「剣の稽古ぉ？」

「うん！みやたおじさんがおじーちゃんに頼んだんだって！」

なるほどねえ。

警隊の戦力を増強する目的かな？

見れば、警じゃなさそうな若い奴らもチラホラ見える。

自由參加ってことか。

「おや田中野さん、こんにちは。」

噂をすればなんとやら。

Tシャツにジャージというラフな格好の宮田さんが歩いてくる。

・・・いつもの制服と違って薄著なので、とんでもない筋量がよりわかるな。

なにこれ脂肪率10％以下じゃないの・・・？

「剣の稽古ですって？」

「ええ、中村さんもここに定期的に來ていただけるとのことなので。訓練も兼ねてお願いしたのです。」

孫がいる避難所の戦力が向上するのは悪いことじゃないしな。

銃が一般的じゃない日本では、どうしても近接戦闘が主流になるわけだし。

技を知っているのと知らないのでは雲泥の差がある。

覚えておいて損はないだろう。

おっちゃんは意外と世話好きだしなあ。

「宮田さんは參加しないのですか？」

「私はどうも剣道が苦手で・・・ずっと道ばかりやっていたものですから。」

「おじーちゃんがいってたの！みやたおじさんは、じゅーどーでオリンピックに出そうになったんだって！」

「えぇ！？・・・そいつはすごい。」

「いえいえ、ただ強化選手に選ばれたことがあるだけですよ。」

それでも十分すごいだろ・・・

このとその技があるなんて、俺なら絶対に戦いたくない。

初撃と位置取りを間違えれば摑まれて即あの世行きだわ。

道場と違ってコンクリの地面に投げられたら即死だぞ・・・

それに、このなら適當な長い棒とかサスマタをぶん回すだけで脅威である。

「おっ！田中野のボウズじゃねえか！ちょっとこっちに來い！！」

素振りしている集団を見していると、壇上のおっちゃんが聲をかけてくる。

ええ・・・なんだろうなあ。

ヘルメットや荷を置いて寄っていく。

「こいつは剣道の段位は大したことねえが、おそらくここの誰より実戦経験がある。ということで・・・」

あ、なんか嫌な予がする。

「習うより慣れろ、だ！誰でもいいからこいつと戦ってみな！」

「ヴぇッ！？」

ああやっぱり！！

やめてくれよ！皆様の視線が痛い！！

「ちょっとちょっといきなりなんだよおっちゃん！？おっちゃんがやればいいでしょ！？」

「嫌だよ面倒臭ぇ。若者はいてナンボ！論より証拠だろうが？」

わちゃわちゃやっていると聲がかけられた。

「あ！おにいさんだ！がんばってーっ！」

「田中野さあん！がんばってくださあい！！」

いつの間にか玖ちゃんを抱っこしている由紀子ちゃんと、その橫にいる雄鹿原さんだ。

やめテ！！男陣の視線がコワァイ！！！

「俺がやる！！」

ほーら出てきたよアホの原田が！！

あと、お前のその拠のない自信は何だよ！？

毎日頭部を強打して定期的に記憶が飛んでるのかぁ！？

「あー・・・やめときな小僧。さすがにお前じゃ相手にもならねえから。」

さすがおっちゃん。

こいつのクソザコ戦闘力を一瞬で見抜いたな。

「・・・っ！うるせえよ爺さん！！俺がやるって言ったらやるんだよ！！引っ込んでろ！！！」

怒鳴られたおっちゃんが俺の肩に手を置く。

痛い痛いめり込んでるから！

「ボウズ、目突き金的骨折り以外ならなんでもやっていいぞ・・・俺がやってもいいんだけどよ、ああいうクソガキには手加減できねえんだわ。」

最悪の許可が出たぞオイ。

普通の木刀を渡され、原田の前に出る。

周囲には、興味津々で見つめてくる皆様。

「こないだみたいにはいかねえぞおっさん・・・！」

「ああうん、まあ頑張れよ。」

軽く言い返しただけで原田は真っ赤になる。

こいつの煽り耐はいつもいつも低すぎるな。

「行くぞオラぁ！！」

原田が踏み込んで木刀を振るってくる。

わざわざ宣誓してくれるとはサービスがいいなあ。

力任せに振り下ろされた攻撃に木刀を添え、手首を使ってくるりと巻き上げる。

遠心力で加速された原田の木刀はあっけなく宙を舞い、地面に落ちた。

「拾っていいぞ。」

呆気にとられた顔の原田に言うと、慌てて木刀を拾いに行く。

「しっかり持っとかないと落とすぞ？」

「うるっせえ！！」

今度の攻撃は橫薙ぎだ。

俺の言葉を真にけてガッチガチに握っているからびがなく、きがい。

後ろにを反らせて躱し、振りぬいてがら空きになった手首を軽く打つ。

「いっ！？」

木刀はまたもや飛んでいった。

「拾っていいぞー。」

「クソッ！」

木刀を再び握った原田は、こちらを睨んでくる。

戦意を通り越して殺意をじるな。

遊び過ぎたか。

「正々堂々とやれよ！おっさん！！」

「えー・・・？」

以前もそうだったが、こいつは絡め手を使って倒しても全く懲りていないじがある。

楽だからそうしたが、どうも原田は「卑怯な手」で負けたので俺は弱くねえ！と思っている節があるんだよなあ。

綺麗だろうが汚かろうが負けは負けで勝ちは勝ちだと思うのだが、どうもこいつはそうではないらしい。

また適當にあしらってもいいが、そうするとまた絡んでくる可能も無視できない。

面倒だが仕方あるまい。

真正面からボッコボコにしてくれるわ。

「・・・南雲流、田中野一朗太・・・參る！」

テンションを上げるため、大仰に名乗る。

恥ずかしいけど、なんか癖になるんだよなこれ。

「うるせえよ！！！！」

斬り込んでくる原田の斬撃を柄でけ止める。

「ぬんっ！」

そのまま全の力を使って、原田の木刀を上方向へ跳ね上げる。

「はぁっ！！」

がら空きになった原田のにそのまま柄を打ち込み、當たりで後方へ吹き飛ばす。

「・・・フッ！！」

木刀を旋回させ、一呼吸でに三連撃を叩き込んだ。

原田は仰向けに倒れ、気絶することもできずにもがいている。

・・・一撃でよかったかもしれん。

「それまで！・・・お前ら覚えときな、アレが最悪の対応だ。」

おっちゃんが木刀で原田を差しながら言う。

「力量差もわからねえ相手にいきなり全力で突っ込んで、後のことも考えねえでぶん回す。挑発にもアッサリ引っかかるから攻撃の度もカスだ。」

死蹴りがひどくない？

原田に聞く余裕がないのがせめてもの救いだ。

「実戦はよーいドンの勝負じゃねえんだ。相手は何人いるかもわからねえし、力を溫存しながら戦うのが定石だ。わかったか？」

「「「ハイッ！！」」」

最高の反面教師を見て、全員が引き締まったようだ。

原田は犠牲になったのだ・・・授業のための犠牲にな・・・

原田は案の定保健室送りになった。

ナムアミダブツ！！！

その後、何人かの警察と組み手をした。

さすがに剣道の経験がある人達だけあって、クソザコナメクジ原田とは比べにならない。

何発かいいのをもらってしまったが、インナーが化してくれるので問題ない。

それに、なんというか警察の方々は打ち込みやきが『きれいすぎる』ので捌いたりするのが楽だ。

いわゆる道場剣ってやつだな。

まあうちの道場は使えるものはなんでも使うので恐ろしい道場稽古になるのだが、普通は素直な剣になるんだなあ。

「ふいー・・・疲れたあ。」

「いちろーおじさん！はいお水！タオルも！！」

稽古も一段落ついたので座って休憩していると、玖ちゃんがペットボトルとタオルを差し出してくる。

なんちゅう気の利くええ子や、これは將來いいお嫁さんになるぞ。

「うわー、ありがとう玖ちゃん。これはそんないい子へのプレゼントでござる。」

「え？わーい！きれい！！」

リュックサックから、この前釣りに行ったときに漁港で拾った綺麗な貝殻を渡す。

なんとなく夜暇だったので、ちょこちょこ細工してネックレスっぽくしたものだ。

作ったはいいが使い道がないので、どうしようか悩んでいると玖ちゃんを思い出した。

今日來たのは、元々これをあげるためだったんだよな。

すっかり忘れていた。

「ずうっとだいじにするね！ありがとう！おじさんだーいすき！！」

さっそくネックレスを首から下げた玖ちゃんは、ニコニコしながら抱き著いてくる。

あああ、俺今すっごい汗臭いからやめといた方が・・・

「・・・隨分と孫に懐かれたもんだなあ、ボウズ。」

不意に後ろからおっちゃんが話しかけてくる。

ニコニコしているが目だけは笑っていない。

「玖、田中野のおじちゃん、好きかい？」

「うん！やさしいしかっこいいから、いちろーおじさんだいすき！」

「そうかいそうかい・・・」

玖ちゃんの俺への評価が思った以上に高過ぎる！？

しかし、こんな宇宙海賊みたいな傷男をかっこいいと言ってくれるのはうれしいなあ。

「俺もをかさねえとボケちまうなあ・・・付き合え、ボウズ。」

どす黒い何かのオーラが出ていそうなおっちゃんが俺に言う。

ロリコン認定でもされたの俺！？

「えっでももう疲れたし・・・」

「悪漢は疲れてても待っちゃくれねえぞ！ホラ早く來いすぐ來い殺すぞ！」

半ば強引に引き立てられ、校庭の中心で向かい合う。

「あのねおっちゃん、玖ちゃんの大好きってのは親戚のおっさんとかへの親的な大好きであって、的なものとは違う・・・」

「んなことは百も承知だがなんか腹が立つからあきらめて相手になりな。」

理不盡！！

理不盡でござる！！！

「おじーちゃーん！おじさーん！！どっちもがんばれーっ！」

玖ちゃんが応援してくる。

その橫にはいつの間にかいた神崎さんの姿。

目がキラキラしている。

武マニアの彼がこれを見逃すはずないしな・・・

「技の使用は無制限。急所は無しってことでいいな？」

「了解・・・」

諦めて木刀を構える。

格上の相手だし、いっちょを借りるつもりでいくか・・・

いざ參る！！

・・・普通にボコボコにされたわ。

何発か打ち込めはしたが、どれも決定打にならなかった。

いてて・・・これが還暦越えの老人の力かよ。

僅かな隙を見つけてとんでもない度で木刀をねじ込んできやがる。

「おじーちゃん、すごいね！」

「はははそうだろうそうだろうははははは！！！」

おっちゃんは玖ちゃんに褒められてご満悅である。

なんだそのだらしない顔は！！

「あの達人に打ち込むとは・・・田中野さん、今度是非ご教授を。」

「はい・・・」

キラキラ顔の神崎さんが渡してくれたタオルで汗を拭きつつ、何とも言えない気持ちで煙草に火を點けた。