僕、冒険者エピク。

それももはや昔のこと。

今では冒険者ギルドを追放されたただの無職のエピクだった。

一杯の虛飾をするなら、元冒険者のエピクといえよう。

「へいへいへいーい、景気悪そうな顔してどうしたのクズ冒険者のエピクちゃーん？」

ギルドを出ようとする間際に聲を掛けられた。

あからさまに侮蔑の聲音を送ってくるのは、ギルドの出り口辺りで屯している一団。

それでも冒険者ギルドで屯しているなら冒険者であろうが……。

「知らないんすかガツィーブさーん？　コイツとうとうギルドをクビになったらしいですよー？」

「はー、ついにかよ？　まあオレからしたら遅すぎるぐらいだけどな。こんなクズのＦ級野郎がよぉ？」

くっちゃべっているのは、冒険者ギルドでもトップクラスに屬する強豪パーティの面々だった。

パーティ名はたしか『最強の強者』だったっけ……？

「冒険者ってのは冒険してこそなんぼだぜえ？　せこせこ薬草なんか摘んでるヤツが冒険者気取りなんておかしいってオレは常々思ってたんだよ！　やっとクズが冒険者ギルドから消えてくれたって清々するぜ！」

「やっぱ世の中正しい方が勝つってことだよなあガツィーブくぅん!?」

「そうそう、オレらみてえな最強冒険者が最後には殘るってことよ!!」

パーティの中心になっているガツィーブという男冒険者は、たしか今年Ｄ級に昇格したばかりだったはずだ。

「元冒険者のエピクちゃんよぉ！　冒険者ギルド卒業おめでとうございまーす！　ああ、卒業じゃなくて中退って言った方がいいのかな？　ギャハハハハハハ!!」

「どうも……」

「そんなエピクちゃんにオレからお願いがあるんだけどさー？　たとえ『元』でも冒険者でしたなんて言わないでくれるー？　テメエみてえな無能と同類と思われたんじゃ、全冒険者が迷なんだわ！」

取り巻きの冒険者が一斉に笑い出す。

『まったくその通りだ』と言わんばかりに。

「薬草取りしかできねえ無能にはわからねえだろうがな。冒険者ってのは強いモンスターを討伐したり、ダンジョンを制覇してこそなんだぜ。テメエみてえなクズはそんなこと考えたこともないんだろうがよ。その時點でテメエには冒険者の才能なんかなかったってことだ」

そうかもしれない。

日々の生活を追うだけで夢も見なかった僕は、そもそも最初から冒険者適などなかったのか。

「これからは夢も希もねえ一般人の立ち位置から、この最強冒険者ガツィーブ様の活躍を見守っててくれよ！　オレはいつか魔の山の魔獣を討伐して、最高のＳ級冒険者になってやるんだからよ！」

「……魔の山には絶対登るなってギルド規定に記されていましたっけ？」

「バカが、規則なんぞに縛られないからこそ冒険者なんだろ！　最強Ｄ級冒険者のガツィーブ様にはルールの方が従うんだよ!!」

どうやら何を言っても通じない手合いのようだ。

僕は、かまわずギルドを出ていく。

「おやぉ、もう尾を巻いて逃げるのか負け犬のエピクくぅん？　もうしオレの話を聞いた方がいいんじゃねえの？　最強Ｄ級冒険者ガツィーブ様と會話したことがあるなんて、きっとテメエの人生最高の誇りになるんだからよぉ？」

「ガツィーブさんと関わったことだけが自慢の人生かよ！　ウケるぅ!?」

「無能には自慢できることがあるだけ幸せだろ!?」

ゲラゲラと嘲り笑いの大合唱に背を向けて、僕は冒険者ギルドを出た。

そう、僕にあんな人たちと関わっている暇はない。

明日からの生活をどうするかが急課題なのだから。

◆

他に何の能もない僕にとって、唯一冒険者ギルドでの薬草採取だけが生きるだった。

元から寄りもなく孤児院で育った僕には頼るべき親類もなく天涯孤獨。

それでいて僕は『消滅』以外のスキルも持たず、『計算』や『目利き』などの生活スキルでもって商家へ丁稚奉公することもできず、生業は本當に限られていた。

同じように孤児院から巣立っていった多くの子たちは最低でも三、四の生活スキルをにつけ、商家や職人の見習いとして頑張っているというのに。

僕は何のスキルもにつけられない。

恐らくは『消滅』スキルのせいで才能のリソース的なものを食いつぶされたんだと思われる。

使えないくせに威力だけは最高にぶっ飛んだスキルであるから。

どんなところだって、職に適したスキルの持ち主しか雇いたくない。いずれ育て上げて重要なポストを任せたいならなおさら。

そういう考えから、無能の僕を數年も置いていてくれた冒険者ギルドこそ有というべきなんだろうか。

しかしそんな縁もとうとう切れてしまった。

僕はこれからどうやって生計を立てていくべきなのだろうか？

生きている限りは腹も減る。

家賃だって払わなければならない。

生きていくにはお金が必要で、お金を稼ぐためには仕事が必要だった。

その仕事を見つけることができないのは本當に辛い。

◆

翌日。

一晩中悩んでも何の解決策も出なかった僕は、再び森の中にいた。

そしてまた薬草を摘んでいる。

「ギルドをクビになったのになんで……!?」

自分でもバカなことをしているとわかっている。

冒険者ギルドのクエストは、登録した冒険者だけがけることのできるもの。

ギルドを追放された僕が薬草を持っていったところで納品できないどころか門前払いだ。

それがわかっていてなお、こうして森にっているのは日頃の習慣が働いているのか。

それとも未來の不安から逃避しようという本能的行か。

「……よし、だいぶ溜まってきた」

考え事をしながら作業していても、すぐさま採取袋に薬草が詰まっていくからに染み込んだきとは恐ろしいものだ。

しかし、いつまでも現実逃避しているわけにはいくまい。

早いとこ街に戻って職を探さなきゃ。

食料だって殘りないし……この薬草、食べられるのかな？　とか逡巡していると……。

「キャアアアアアアアッッ!?」

なんだ!?

び聲。明らかに人のものだ、それも若いの子。

獣や鳥の聲とは斷じて違う。

しかしこんな森の中で何故人の聲が？　こんな朝早くでは他の冒険者だっていないだろうし……。

……いや、考えている場合じゃない。

あのび聲は間違いなく悲鳴だ。悲鳴を上げるということは何か危機的なことが起こったってことだ。

だとしたら一も二もなく駆け付けるべきじゃないか、それが冒険者のあるべき行。

もう僕、冒険者じゃないけれど。

しかしそれでも人の取るべき道に変わりはないと駆け出す僕だった。

◆

聲のした方向を頼りに向かってみると、すぐさま現場にぶつかった。

やはりながらが一人、モンスターに取り囲まれている。

「誰かッ!?　誰か助けてッ!?」

彼ににじり寄るモンスターは複數。

しかし種族は共通で低級種のディスイグァナどもであった。

大きなトカゲ型モンスターだが兇暴で悪食。小さな子どもなら丸飲みにしてしまうとも言われるけっして侮れない畜生どもだ。

そんな危険モンスターが五、六匹。の子が取り囲まれたなら充分危ない。

僕は逡巡なく渦中に飛び込んだ。

「『消滅』ッ!!」

そして躊躇いなく唯一の取り柄をぶっ放す。

スキル対象となった大トカゲの一匹は斷末魔を上げる暇すらなく一片殘らず消失した。

殘りの大トカゲどもも突然の波に驚き、均衡が崩壊して襲い掛かってくる。

一匹ずつ確実にスキル対象に定めて、著実に消していく。

二、三匹消したところで殘りのトカゲどもも危機を察知したのか、野生の本能に従ってスタコラ逃げていった。

「全滅させる必要はないか……」

アイツらだって冒険者たちの標的。

悪食なだけには不味いが、皮はなめして様々な製品に加工される。

だから片っ端から『消滅』させたら冒険者全員が困るし革職人さんも困る。

ということであくまで危機をすることだけを念頭に置き、それを果たしたと判斷して、肝心の要救助者に語りかけた。

「大丈夫ですか？　けがは？」

見たところ、ピンチに陥っていたのはやはりの子で、しかも若く僕と同年齢かちょっと上といったところだろう。

しかしながら服裝やつきからして、明らかに冒険者ではない。

「あああああ、ありがとうございます……!?　死ぬかと思った……!?」

の子は余程怖い思いをしたのだろう。

砕けた腰にいまだ力がらず、ひな鳥のように弱々しく震えていた。

落ち著くまで時間をかけた方がいいだろうと思い、話を続ける。

「どうして森にったんですか？　ここは街の規則で指定されている危険地帯です。モンスターが跋扈して、冒険者でもないと踏みれば命の保証はありません」

要するに、冒険者でもないならこの森にって死んでも勝手にったヤツが悪い、ってことだ。

まあ、冒険者をクビになったのに森にっている僕も同じなんだが……。

すると彼は、何か心の繊細なところにれられたように。

「それは……！　冒険者が悪いんです！　冒険者ギルドが！　何もかもアイツらが!!」

「えッ!?」

溜まりに溜まった鬱憤が噴出するかのように彼は……!?

「アイツらが突然、薬草クエストをやめるって言うから……！　仕方なくアタシが自分で……!?」

ええ、どういうこと？

冒険者ギルドが、薬草採取のクエストを全面的に取りやめたってこと？

どうしてそういうことに？

それが本當だというなら暴挙だが、その暴挙に憤っている彼が益々何者？

あてどもなく踏みった森の中で、思いもしなかった事態に巻き込まれる僕！