《【書籍化決定!】最強スキル持ちは、薬草採取しかできない》85 夢幻の樹海
「ここが妖の領域……?」
線を踏み越えてたどり著いた先は、森だった。
さっきまで見渡す限り平坦な野原だったのに。深く鬱蒼とした森。しかもうっすらと靄がかっていて、ただでさえ見通しの悪い森林が一寸先すら見えない狀況だ。
「『木霊の森』ってことか……?」
報を組み合わせるとそういうことになる。
かつてこの土地にあったという妖たちの棲み処。
ある妖のと、人の勇者がし合い、そのが終わるとともに消え去った幻の地。
しかしこの場所自は完全消滅したわけでもなく、別の次元に移しただけだった。
妖の仕業なんてそんなものだろう。
彼らに実質的な大それたことをやらかす力はない。何かを々に破壊したり、大きなものをかしたりということはできない。
その代わりに意識あるモノたちの覚を誑かし、大きなことをしているように『見せかける』ことが大得意な種族。
それが妖なんだという。
そんな妖にしたブランセイウス様。
古くから妖と人間がし合うことは、そこそこ起こることだったらしい。
楽的な妖は、人の心をたぶらかすことが多く、それでいて妖の方も本気になることが多いんだとか。
大抵は現実を思い出した人間が妖を裏切り、悲に終わる。
それでいくとブランセイウス様と妖のもそのテンプレに當てはまるのかもしれない。
隔たれた種族のはけっして実ることはないのだとか何とか。
そもそも僕は何のために妖を訪ねに行くのか?
『ブランセイウス様と結婚してあげてください』とでも言うのか?
それでももう二十年近く昔のことだし、ひょっとしたら妖といえど新しい相手を見つけて自分なりの幸せを築いているかもしれない。
しかしこれから一國を預かるブランセイウス様が引きずると決著をつけ、新たなる道に進むためにも何かしら形をとった區切りが必要なんかなと思った。
――『男は終わったもずっと引きずるものだよ』って言ってた。
誰が?
薬師協會長さんが。
あの人もアレでずっとメドゥーサ様のことを想い続けていたんだろうか?
大人も大変だな。
そんなじで靄がかった森の中を進み続けるがまったくもって進めている実がない。
だってまあ森&靄の二重封鎖なんだから。
どこを歩いているかの現在位置も把握できないし、諦めて引き返すにしても無事出口まで戻れる自信は欠片ほどもない。
詰んだか?
若かりし日のブランセイウス様もこんな風に迷った挙句、妖の水浴びする泉へたどり著けたんだろうか?
だったら僕もこのまま歩いてれば妖の水浴びシーンに出くわせるかな?
別によこしまなことは考えてないが?
僕にはスェルという婚約者もいるんだし。
「……」
そんな風に考えながら歩いていたら、ついに遭遇した。
妖と。
しかし期待……ではなく予想していたじとは隨分違う。
僕の目の前に現れた妖は、何とも巨大な巖山のような妖だった。
あるいは巨木?
樹齢三千年かと思わせる老木のように大きく、乾いて節くれだった表面に、よく見れば目鼻とわかる凹凸を、頭部と思しき部分に張り付かせている。
目をつぶっていたら本當に木のうろとしか思えない目蓋が開くと、釜土の火を思わせる眼が赤く輝く。
ここまで相手の形態を観察して思ったこと。
ガッチ怖い。
そんじょそこらのモンスターより遙かに怖い。
こんな強くて怖そうなヤツが妖なのか? とビビる。
『この場所に人間が迷い込むとはのう。久しくなかったことじゃ。それとも迷ったのではなく、確たる目的をもって突き進んできたか?』
「ええ……!? あの、アナタは……妖?」
『ワシを妖と知っているならば、ここがどこかもわかっていて踏み込んだということだな。ならば目的次第では叩き出すことになろう侵者よ、ここに來た用件をとくと語れ』
立ちはだかる巨大妖から、威圧的な気配が上がる。
殺気? 敵意に近い。
僕がこの森に危害を加えるものだとするなら全力で叩き潰すということだろう。
僕は慌てて申し開きする。
「僕は……あの、何と言うか……!?」
『うぬ?』
「そう、の運び屋」
他に思い浮かばなかった。
この今にも戦いの火ぶたが切って落とされそうな狀況で、複雑な狀況を一から語って理解してもらえるとは到底思えない。
だから報の概略を一言でまとめようとしたら『の運び屋』になった。
「もう二十年近く焦がれる男の想いを、本人に代わって屆けに來ました。この森に棲むという妖さんに」
『ほう……?』
「一応確認しますがアナタじゃないですよね?」
『違うな。ワシはそもそもに舞い飛ぶタイプの妖ではないからのう』
やっぱり?
いやまあこの外見からしてそうだろうと思ったが、妖って自分の姿ぐらいいくらで変えられそうだし一応の確認として聞いておいた。
『何を考えておる? どうせワシのような厳めし顔ではももできぬと思っておるのじゃろう?』
「いえいえいえいえいえいえいえッ!? とんでもないッ!!」
『そう思っていたところで文句は出らんがのう。このワシ、スプリガンこそ「醜い妖」の呼び名高いモノであるからして。本來の妖どもとは役どころが違うのじゃ』
す、スプリガン?
それがこの妖の名前?
『かような悪鬼のごとき顔つきゆえ、子どもが見たらまず泣き出す。他の妖のように楽しく夢見心地に騙くらかすこともできぬゆえ、こうして門番役を務めておる。……さて、最新の侵者よ』
僕のことですな。
『の運び屋か……。クックククク……! なかなか小灑落た表現を使いおる。妖の趣向を狙っているなら、なかなか上手いところを突いておるぞ』
「そ、そうですか?」
『妖はそういったふざけた言い回しが大好きゆえな。まあ気を引く役割ぐらいは果たせよう』
ただ勢いのままに口から出た世迷言なれど、上手く働いたのならよかった。
「二十年ぐらい前に、この森でをした男がいました。そのお相手の妖に會いたいのですが」
『會ってどうする?』
「とりあえず尋ねます。その人のことをまだしているかどうか」
その上で、これからどうするかを的に決める。
一方的な決めつけは男間の問題ではことさらだろうから。
『ふむ、だがしかし男の方はどうかな?』
「え?」
『森の外にいる人間の男は、もう相手のことを思っておらんのではないか? 人間という獣は、ことさらに移ろいが早いゆえにの。燃えるような熱も、明日にはスッと冷め、気持ちは離れていく。數ある妖の語も、裏切りは大抵人間の方からじゃ』
「それは……!?」
『何より、ぬしという代理人をしたてる時點で想いの丈など計り知れようもの。本當に思っているなら何故自分で來ぬ?』
炎の正論ドストレート。
そこを言われると反論のしようがないんだけども。
しかしここで押し黙っては目的が果たせない。
S級冒険者の誇りにかけて、ここは全力でゴリ押す。
「あの人は自分でここに來る資格がないと思っているからです。相手の想いを裏切り、罪を犯した自分は二度と顔を合わせられないと思っている。その気持ちを慮って僕がかってにあの人の代理人を買って出た」
それにブランセイウス様自、この地に何度も足を運んだと言っているぞ。
でもることはできなかった。
別の移相に引篭った『木霊の森』にる手段をブランセイウス様はもたなかった。
だから絶して引き返すことしかできなかったんじゃないか?
「僕にはたまたま、アナタたちの仕掛けたまやかしを『消滅』させる手段を持っていたからいいが……。自分たちで閉め出しておいて『會いに來ないのは不義理』というのは筋違いじゃないんですかね?」
『それを言われると苦しいわ。まあ言うなれば大きな障害を乗り越えてこその大きさを示せるということだろうが……。そのそもおぬしはどうやって扉をくぐってこれた?』
「だから僕は妖の隠匿を『消滅』させられるスキルがあるので……」
「我らのまやかしを解決できても、次元の移相を見つけて踏み越えるなどただの人間には葉わぬ所業のはずだが……はあ……!?」
スプリガン、言葉を途中で飲み込むと、僕のことをジッと見詰めて。
……なんだ?
『なるほどな、お前なら代理人の資格はあるものか。ついてくるがいい』
スプリガンと呼ばれた厳つい妖はを翻し、森の奧へと進んでいく。
ついて來いと?
そうなった途端、森にかかっていた靄も薄くなっていく。
やはりこの場所は妖が支配しているのだとわかる。
「ああ、あのッ?」
『わかっておる。人を求めて訪ねてきた人間が、どの妖に用があるかなど。何しろこの森はあの方のが破れて閉ざされたのだから、ここ數十年でをした妖といえばあの方以外におらぬ』
それは……!?
『妖王ティターニア。この森の支配者であるあの方であるからこそ、心を閉ざせばこの森も閉ざされるのだ』
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