『妖というのは、気楽だの考えなしだのと言われておるがな。これはこれで難儀な生なのだ』

森の中をうずうずと進む醜い妖スプリガン。

そのあとについていくように僕もまた進む。

『基本的にはな、妖は死なぬ。刃で斬られようが鎚で叩き潰されようが、バラバラになったと思ったのは一瞬で、いつの間にやら復活しておる。己の死も、そして己自すらまやかし、それが妖』

スプリガンの外見はたしかにおぞましく醜いが、接していくほどにその側からにじみ出てくる雰囲気に気づいた。

この気配は、別のところで覚えがある。

エフィリトの街の議長さんや、冒険者ギルドのアンパョーネン理事のような。

おじいちゃんの気配だ。

老いて若者とは別のような存在になりながらも、可い孫を見守るおじいちゃんの気配。

『わー、スプリガンのジジイだー！』

『遊ぼ遊ぼクソジジイー！』

木々の隙間から、小鳥のような蝶のような細かい生きが飛んでくる。

それは小人、手のひらにすっぽり収まりそうな小さな、しかも七、八歳程度の子どもだった。

さらに背中から蟲の翅が生えている。

これぞ妖のもっともスタンダードなじ。

そんな妖が十匹ぐらい、スプリガンの巨の周囲を飛び回って……。

『なー、クソジジイ遊ぼうぜー』

『ボール遊びしよー、アタシがボールなー』

『今日こそ、じそくひゃくごじゅっきろの壁に挑戦するぜー』

そんなしてまとわりつく妖たちにスプリガンはじることなく……。

『フェアリーどもよ、今は大人しくしておれ。じいは久方ぶりの客の持てしをせねばならん』

『えー？　きゃくー？』『ホントだ人間がいるー？　何百年ぶりー？』

ヤツらの興味がこっちに向いた!?

ああっと言う間に取り囲まれる。

『人間だー！　にんげんのおきゃくさまー！』

『でも男だー』

『ホントだー、ピチピチのの子がよかったー』

『まいくろびきにのの子がよかったー』

なんかすみません。

『散らんかチビども。こやつは大事な客なのだ』

『ぶー、ケチジジイー』『死んじゃえジジイー』

フェアリーたちは不満げな表をしながらも飛び去っていった。

使う言葉がシンプルに強いよな。

『フェアリーどもは深く考えずに喋るのでな。いちいち真にけるでないぞ。妖の言うことなど大抵が冗談かデタラメじゃ』

「さっき言ったことと似てますね」

『そう、妖の言うこと為すこと。そして存在そのものもまやかし。しかし妖にもただ一つの真実がある。何だと思う？』

「わかりません」

『じゃ』

存在すらも幻に近い妖。

そんなあやふやに真実が生まれるとしたら他者との繋がりができた時。

たしかに存在する人間との繋がりは、彼らの存在そのものも確定させる作用も持つ。

の繋がりを除けばもっとも人間同士の深いつながりが。

そので人と繋がった時、デタラメであやふやだった妖は本の存在になる。

『だから妖を殺すのにもっとも簡単な方法はさせることじゃ。そして裏切ればいい』

「確定したはずのものをウソにする。それだけで妖は無へと還る。一旦存在を確定された妖は、再びあやふやになることはできぬ。一度真実を知った妖は、自分の存在そのものがウソであることに耐えきれぬのだ。そして無へと消え去ってしまう……」

聞けば聞くほど、虛しく悲しい存在であると思い知る妖。

あれだけ幻想的に、しく舞い飛びながら、その本質は恐ろしく儚いのだあとわかる。

「……でも、ちょと待ってください。その話が本當なら……？」

ブランセイウス様がした妖は、心からし合い、そして裏切られたはずだ。

それは死ぬはずのない妖を殺す條件を満たしている。

だったらあの方の想い人はもうとっくに……？

『普通ならそうであろう。しかしながら二十年前のあの二人はいささか特殊な條件がいくつかあった。だから最悪の終末までは至らなかった』

「いくつかの條件ですか？」

『その一つは、人ずれなどにした愚かな妖が、普通の妖ではなかったことじゃ。妖にも様々な種類があるのは、ワシやさっきのフェアリーどもを見ればわかっているじゃろう？』

「それは、まあ……」

『數ある妖の中でも最高位、妖王と名高いティターニアこそ二十年前に愚かな心を抱いた妖。この『木霊の森』の支配者にして、我ら妖全員の代表でもある。それゆえに存在力は他の妖より高く、なおも在り続けることができる』

「じゃあ、その人は今も……!?」

『條件付きではあるがな』

その時、森の奧へと進んでいくスプリガンの歩みが止まった。

『ちょうど著いたな。ここが終點じゃ』

「え？　じゃあここに……!?」

ブランセイウス様とし合った相手……妖王ティターニアがおられるの？

「でもどこに……!?」

僕は周囲を見回す。

相変わらずの森の中で、あるのは木々ばかり。人らしきものどころか飛びう小さなフェアリーの姿すら見當たらない。

変わったところと言えば々、スプリガンにわれたこの森の一角は意外にも開けていて、木々も生えぬ広場のような風になっている。

地面には落ち葉が敷き詰められて、ただ一株、広場の中央と言っていい位置に見事な樹木が生えていた。

まるでここ一帯が、あの一本の樹のための空間であるかのような？

ある種の神々しさまであの樹木からじる。

それはいいとして……！

「あの、妖王のティターニア様って方はどこに……？」

『目の前におる』

ええー？

でも目の前にあるのは、実に不可思議な神々しさを持った樹木一本しか……？

「まさか……!?」

『そう、あの朽ち木こそ我らがしき王ティターニア様の慣れの果てじゃ』

複雑にり組んだ表面の樹木の幹。

その凹凸の形は、よく目を凝らしてみたらののようであった。

「木に……変化している？」

『こうしてこの方は自分の時を止めているのだ。一度を知ったこの方は、再びあやふやな妖に戻ることはできない。かといってより所のを失えば消滅してしまう』

だから、そのを樹木に変えてしまったと。

人から見れば永遠に近いほど長い時を生き続ける樹木。

それにり果てることで消滅からを守ろうと……？

『王の樹木化には、ワシをはじめ多くの上位妖が盡力した。王はこの森の支配者にして森そのもの。この方がいなくなれば森も消え去るかわからん。それゆえの苦の策であった』

樹木となることで、時を止められることで消滅を免れている。

つまりこの人は、ブランセイウス様と別離してからずっとこの姿で……。

「彼を元に戻す方法はないんですか？」

『ない。なくともワシらにはわからん』

あまりにもあっさり答えるスプリガン。

『それに萬が一元に戻せる方法があるとしても、戻ったとてどうなる？　時が進み始めたらこの方に待っているのは消滅のみ。を知り、を失ったこの方は人にも妖にもなれんハンパ者として消え去っていくしかないのじゃ』

それを教えるために、僕をここまで連れてきたということか。

これでは、ブランセイウス様の想いを伝えるどころではない。

二人は引き裂かれたまま永遠に巡り合うことはないというのか。

「醜き妖スプリガンよ……、アナタはさっき言いましたよね、する者に裏切られて王が存在を保てている理由はいくつかあると」

『うむ……』

その一つは、王ゆえに他の妖よりも遙かに強い存在の強さを持っていたということ。

それゆえにすぐには消滅することもなく、他の妖たちの助力も間に合ってを樹に変えることができた。

「しかし他にも理由はあるんじゃないですか？　いくつかあるというんなら」

他にも彼を、こんな形ででも生き延びさせた理由はある。

二人のがウソだったなんて絶対にウソだ。

すれ違いはあった。迷いもあった。

それでも二人の間に互いを想い合う気持ちはあった。

本當に二人の間からが失われ、心に何もなくなっていたらとっくに彼も消えていた。

今なおブランセイウス様は想いを引きずり、彼を心の中から消せないでいる。

その気持ちが彼を現世に繋ぎとめているんじゃないか。

「でも……こんな形でいつまでもいるのは悲しすぎる」

思い合う二人には、もっと溫かい日々と気持ちがあっていいはずだ。

「だから僕は、二人をもう一度引き合わせます」

そのためならば僕は何だってやろう。

我がスキルよ、今こそ進化する時だ。

彼の時を止める戒めを消滅させる。

そして妖の王よ。みずからに注がれる真実のを信じろ。

真実のって言うのも恥ずかしいけどさ!!