《【書籍化決定!】最強スキル持ちは、薬草採取しかできない》116 悪の履歴【大聖side】
大聖イリエリヒルトは、過去歴代のどの聖よりも秀でている。
なくともそのにめた野の大きさだけは。
そもそも大聖教會において聖の役割は、駒のようなものだった。
見た目のしさ、人をわす魅力をもって衆生を先導し、還俗して権力者に嫁ぎ教會との繋がりを作る。
すべては教會の、より高位に屬する者たちの役に立つことが務めだった。
であるからには男よりも下。
余計なことは考えずに男の役に立つことだけが重要。
なくとも大聖教會ではそういう考えが浸していて、それはすべての聖を束ねる大聖であっても同じだった。
どれだけの華を誇り、數多くの信徒から憧れの視線を集めようと結局は彼も、より上の位にいる男たち……司教や大司教、樞機卿や教皇といった役職の命令には逆らえず、思い通りにくしかない。
ただイリエリヒルトが過去歴代の大聖たちと違ったのは、彼自が大層な野心家で、自分がヒトに使われることを快しとしなかったこと。
この世でもっとも優れているのが自分……と信じて疑わない彼は、バカな男どもにアゴで使われ、考えることをしない低能だと思われていることに我慢ならない。
いずれはみずからのやり方で頂點に立ち、誰からも見下されることなく、逆に自分こそがこの世のすべての人類を見下してやろうと高い意識を持ち生きてきた。
彼の當初の計畫は、聖から王妃へとクラスチェンジすること。
大聖教會兼ねてからの因習として、聖の中でも特に気の利いたものは抜擢されて勇者のパートナーに就く。
そしてこれまた因習によって、ここ最近の勇者と言えば王太子が兼ねるのがお決まりだった。
勇者のお目付け役とされた聖は高確率で仲となり、いずれ王位につく勇者兼王子に嫁して、王妃となる。
それはにおいては最高の位と言っていい。
國母となって、かつて自分を見下していた大聖教會の無能男どもを見下し返す。
そんな日を夢見てきたというのに、あるとき完璧な目論見は音を立てて崩れ去った。
イリエリヒルトを高みへ導く役割にあった王子ブランセイウスが、別のと想い合うようになった。
自分というものがありながらなんと不條理な殿方なのだろうとイリエリヒルトは苛立った。
もっとも勇者のパートナーとなった聖が後々王妃となるのはそういう習慣になっているというだけで、ブランセイウスが彼に対して好意を持ったことなど実は一瞬たりともない。
過去にもそうした事態は何度かあったが、そのたび大聖教會が総出で敵を排除し、確実に聖を引退した勇者……即ち新王の嫁としてきた。
すべては王の権力を大聖教會と結びつけるがためであった。
ただブランセイウスのケースに際してはいささか特殊で、イリエリヒルトとの間に割ってろうとする邪魔者(あくまで彼の主観ではあるが)が人間ではなく、妖だということ。
権力とは、同じ社會に住む人間同士にしか通じない。
人間社會の外に住まう半神半人というべき存在には、さすがの大聖教會の権力も手出しはできない。
いや、できることはあった。
そもそも大聖神の恩寵から外れた異神どもは存在してはいけない悪魔なのだから、まどろっこしく権力など使わず力づくで排除してしまえばいいのだ。
……挙句。
それらの蠢は最悪の結果を招き、イリエリヒルトの王妃就任の夢は儚く消え去った。
まさか人を失ったショックで、ブランセイウスがみずから王座を拒否するとは。
それでも彼が王族である事実に変わりはない。
王そのものとまではいかずとも強力な権力を持ちうるのだからブランセイウスに嫁ぐべきだ……という意見は教會上層部にあった。
しかしイリエリヒルトは全力で拒否した。
彼は誰にも傅くことのない最高権威へと上りたいのだ。
王弟の上には當然國王本人がいて、王妃に対してペコペコ頭を下げなくてはならぬ。そんなことは誇り高いイリエリヒルトには我慢ならなかった。
妥協などしてなるものか。
そういうわけで教會に殘り、大聖として権力を蓄えつつ、さらに上へ昇る機會を虎視眈々と待ち続けてきた。
その間目指していたのは、大聖教會において初めての教皇となることだ。
教皇こそ大聖教會の最高権力者。
頂點に座す者。
『教皇に慣れるのは男信徒のみ』という言葉がキッチリ教義には記されているもののイリエリヒルトには関係なかった。
ルールは自分の都合のいいように捻じ曲げるものなのだから。
そのためにも、何かにつけて大聖教會と対立したがる現國王は邪魔者で、その息子であり、イリエリヒルト子飼いの聖を付き添わせている王子勇者に一刻も早く代してほしいころだった。
だからみずから行に出た。
こういう時のために、お尋ね者であった毒師をひそかに匿っていた。
彼に作らせた毒で見事國王を殺害。
つつがなく王子への王権継承がれば、新王はその妻=子飼いを通じてイリエリヒルトの傀儡である。
その権力を使って現教皇を追い落とし、有力な後継者候補もすべて排除して彼自が教皇となる。
……そう思っていた矢先、計畫にほころびが生じた。
傀儡となって彼の代わりに権力を振るってくれるはずの王子が失腳したのだ。
その原因を作ったのはS級冒険者。
つい最近昇格したばかりという田舎者で、ヤツの生まれ故郷には邪悪なる神が住み著いているということで『王殺しの濡れを著せるにはもってこい』と利用した。
しかし利用しようと選んだ相手は、こちらの思を飛び越えメチャクチャにしてしまう行力の持ち主だった。
傀儡にするはずだった王子が消え、一旦は計畫頓挫に思われたが、それで引っ込むほど諦めのいい質ではなかった、彼は。
一見窮地と思われる狀況に、悪魔的な逆転発想が煌めく。
現王が死に、第一後継者である王子が失腳すれば、次にお鉢が回ってくるのは誰か?
現王には太子だけしか子どもがおらず、直系が途絶えるとなれば次の王者は遡って分かれた枝葉より選び直される。
一番最初に來るのは王弟であるブランセイウスであった。
かつて自分が結婚するはずの。
これこそ神が與えたもうたチャンスであるとしか思えなかった。
かつて自分が摑むはずだった王妃の座を、再び握れる。
イリエリヒルトにとってその栄は輝かしく、それに比べれば初の教皇の座などみすぼらしいハリボテに過ぎなかった。
子分を傀儡にして王権を振り回すよりも、自分自が王妃となって、真なる王権の所有者となった方が絶対にいい。
いかにブランセイウスがけないフニャチン野郎であると、王位を擔えるのが彼以外にないとなれば拒否し通すこともできないはずだ。
そんな彼の配偶者となり、共同統治者としてこの國の権力、財、國土、國民すべてを我がものとする。
――『わたくしのようなこそ、そうなるに相応しいのよ!!』
イリエリヒルトの野がこれまでで一番燃え上がった瞬間であった。
……もっとも、そんな彼の野もまたあっけなく消え去るのであったが。
またしてもあのS級冒険者の仕業であった。
かつて彼の邪魔をした、許しがたい妖。
二十年近く前に姿を消し、二度と見ることはなかろうと思っていたのに、よりにもよってこのタイミングで再登場するとは。
妖とブランセイウスの、一度は斷ち切られたが結び直された。
それによってイリエリヒルトの『王妃になって権力掌握』作戦は再び々に打ち砕かれたのである。
――『しかし、まだ手はあるわ』
諦めの悪さこそがイリエリヒルト最大の長所であり短所でもあった。
彼は権力を諦めない。
この國を統べるほど巨大な権力を、自分が手にするべきだと最初から決まっていたかのように。
――『あのバカ妖め。首尾よくブランセイウスのお子まで生み落としていたなんて……、でもそれは卻って好都合だわ』
ブランセイウスに子がいるということは、新たなる王位の転がる先がもう決まっているということだから。
ことごとく自分の言うことに逆らうブランセイウスなどもう用はない。
邪魔者には退場してもらう。すでに一度やったことなのだから二度三度繰り返そうと何の問題もない。
何しろ彼には、薬師協會から忌み嫌われた稀代の毒師ロドリンゲデスがついているのだから。
國王の急死を、邪悪なる神よりの罰と信じて誰も疑わなかった。
彼の完璧な毒は、これからもイリエリヒルトの大いなる武となる。その毒によってブランセイウスも早々に退場してもらい、彼の息子を可い傀儡として……。
――『私のために権力を振るってもらいましょう』
大聖イリエリヒルト。
どこまでも諦めが悪い。
どんなに謀を打ち砕かれても新たな謀を企み続ける。
新しい謀を立て直すごとに、自分が破滅に向かっていることも気づかずに。
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