《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》出る
適當なおにぎりやパンを買い、九條さんにはいくつかの種類のポッキーを買った後、(あとパンツと歯ブラシも)私は病棟へ戻って行った。
この仕事が終わるのはいつなんだろう、とぼんやり考えながら右手にコンビニ袋をぶら下げエレベーターを降りた時、ふと空気が違うことに気がついた。
あ、と思いすぐに早足で病棟へ向かう。何がと聞かれれば分からないが、とにかくさっきとは何かが違った。私は確信する。
病棟へ足を踏みれて理解する。ナースステーションで人が集まってみな呆れたように首を傾げていた。その先頭に、九條さんがいる。金庫の前で彼が何かをっていた。
……鍵が、開かないんだ。
私はナースステーションにろうとして足を止める。どうせ金庫前には九條さんがいるんだし、私はあえて遠目から見てようかな。
もしかしたらこの怪奇を起こしてる犯人を視れるかもしれないし……
そう考えてチラチラと周りを見渡す。が、特に怪しいものは見られない。むしろ人影一つもない。
ただどこか不穏な空気はじるのだが…
離れたところで九條さんが考え込むように腕を組んでいた。周りは彼に注目する。
九條さんが金庫から目を離し、ゆっくりと當たりを見渡し始めた。
その時、バチッと私と目が合う。その瞬間、彼のガラスのような瞳が丸く開かれた。
「え……?」
私を見て驚いている。
な、なに??
私を、見て、
……
私……?
はっとして背後を振り返る。そこには無表でただナースステーションを睨みつける名取さんが立っていた。
マスカラで綺麗にばされた睫が1ミリも揺れることなく、その人はただ一點を見つめている。
他の人のように困ったなとか、またか、とか、そんなは一切じられなかった。
無。
名取さんはまるで汚いゴミを見つめているかのように、なんのもなく騒ぎを観察していた。先ほど私が倒れた時心配していた顔など噓のよう。
マネキンがここに立っているかと錯覚しそうだった。
そしてそんな彼の左肩に、
1.2.3
3。
正気をじられない真っ白な3本の指が、
乗っている。
「……名取さん……」
私が聲を出した瞬間、指は消えた。彼もはっとしたように表を緩めて私を見た。
「あ、なんかまた開かないみたいですねー」
「……そう、ですね」
「私もう勤務終わりの時間だし帰りたいんだけどなぁ。ほんと困っちゃいますね」
あは、と笑いながら話す名取さんは普段のままだ。その肩には何も乗ってないし、辺りを見渡しても何もいない。
不穏な空気も消えてしまったようにじた。
名取さんはニコニコしながらびをする。
「まだお仕事ですか?お疲れ様ですー。でもあんなイケメンと一緒じゃ楽しそう! 羨ましい」
「い、いやぁ……」
「私明日も日勤なのでまたお會いしますかね。また明日!」
さっきの無表は噓のように人懐こい彼は、ふりふりと私に手を振るとナースステーションにって行ってしまった。それを目で追っていると、じっとこちらを見つめていた九條さんと目が合う。
……九條さんからも何か見えてたんだろうな。
私はいつのまにかびっしょり汗を掻いていた掌を一度服で拭き取ると、コンビニの袋を持ち直して彼の元へ駆け寄った。
私がナースステーションにった瞬間、「開いた!」という聲が響いた。突如鍵が開いたらしい。
みなそれぞれ安心したようにまた仕事へと散っていく。田中さんと九條さんが金庫前に殘っていた。
「九條さん」
「おかえりなさい」
「あ。ただいま……鍵開かなかったんですね」
田中さんがいる手前、名取さんの事はまず伏せた。九條さんは腕を組んだまま考える。
「確認しましたが何かの細工のようなものは見當たりません。開かないと騒ぎになったあと私が鍵を拝借してかしたのですが、あれは……」
「あれは?」
「鍵や扉の不合というじではないですね。こう……押さえつけられていた」
どきんとが鳴る。九條さんはじっと金庫を眺めていた。
「鍵を回そうとすると、まるで反対の力が加わるように回らないんです。上手く説明しにくいですがね」
「いえ、想像つきます……」
「開けさせまいとする意志をじました。確信しました、これは人為的なものでもなく怪奇現象です。」
キッパリと斷言した九條さんに、田中さんは複雑そうな表を浮かべた。普通の人にとって幽霊の仕業だ、なんていう結論はけれにくいのだろうと思う。
田中さんはそれでもすぐ顔をキリッとさせて言った。
「そうそう、頼まれていた、1ヶ月前周辺で病棟で亡くなった患者さんのリストです」
差し出された紙を九條さんはけ取ると、それをじっと読む。私もそそっと近寄り、背びして覗き込んだ。書かれていた名前は4名だった。
柊木薫(42) 死因 胃癌。元々終末期でセカンドオピニオンにて當院へ。大きなトラブルなく告知済み、家族に看取られて死亡
夏木茂(88)死因 誤嚥肺炎。3日前院するもその時から呼吸狀態がよくなく、治療の甲斐なく死亡
神谷すず(70)死因 食道癌。認知癥もあったため未告知のまま亡くなる。治療というより最後は疼痛コントロールであった。
安藤稔(68)死因 胃癌。外科にてオペ施行するが転移も見つかり抗がん剤治療へ。告知済みだったが本人はトラブルメーカー。オペの仕方が悪かったと拠のない言いがかりはよくあった。しかし亡くなる直前は穏やかになり家族に看取られて死亡。
一つ一つを噛みしめるように読む。
九條さんをちらりと見上げてみれば、やはり考え込むようにしてじっとその文面を眺めいてる。
形のいいから質問がれた。
「この中で救急カートを使用した人は」
「どなたも使ってません、終末期だったり高齢な方だったりですので、家族の意向もあり延命治療はせず」
「では麻薬使用は」
「夏木さん以外の3人はみんな使ってました。痛みのコントロールのために」
「そうですか……」
「原因わかりそうですか?」
「もうしお時間をください。その4名のカルテを閲覧したいのですが」
「え? ああ……分かりました、うちは電子カルテなので。一臺開いてお貸しします」
「ありがとうございます。會議室で見させてもらいます」
そう言うと、九條さんはもらった紙を丁寧に折りたたんでポケットにれた。
パソコンを持って會議室へった九條さんと私は、すぐに椅子に腰掛けて座り込んだ。
なんだか得の知れない悪意とれれば疲労が出る。九條さんも同じなのだなと思った。
名取さんの背後にいた者は不穏なものだった。この病院で初めて出會った不穏な空気。
「で……九條さんからはどう見ましたか!?」
私が鼻息荒くして聞いたものの、彼はまず許可もなしにわたしが買ってきたコンビニの袋を漁った。そしてはっと眉を潛ませる。
「……黒島さん」
「はい?」
「プリッツはプリッツです。ポッキーではありません……」
絶を覚えたように手で顔を覆った。どうやら私が購してきたプリッツに項垂れているようだ。こんなに奴が表を歪めるのを初めて見た。
私は冷めた目でそれを見る。
「ソーデスカ」
「ポッキーは……甘くないと……」
「苺と抹茶もってますよ」
私が言った途端がばっと顔を持ち上げて彼は袋を更に漁った。サンドイッチに埋もれていた苺と抹茶のポッキーを見つけ、どこかキラキラしたような目で私を見た。
「さすがですね。仕事が出來ます」
「私の仕事ってポッキーのおつかいでしたっけ?」
「これがなくては。苺のチョイスはお見事です」
なんだなんだこの男は。こりゃ本當ににモテないだろうね、彼よりポッキーのが大事そうだもんね!
封を開けて早速一本咥える姿を見て、「もはやちょっと可く見えるな」と一瞬思ってしまった自分を毆りたい。
彼は満足げにポッキーを食べると、先ほどポケットに仕舞い込んだ紙を取り出した。
「ゆるゆるですね」
「へ?」
「カルテの閲覧すらこんなスムーズだとは。個人報保護とは一」
「それもそうですね……」
「普通こんな得の知れないやつらにカルテ表示までしないと思いますがね。せめて上司と相談してからとかだと思いますけど」
「九條さん得の知れない自覚あるんですか」
「視えない人たちにとっては、怪奇現象の原因を探る集団など詐欺師にしかみえないのは仕方のないことです」
言い切った彼を見て、羨ましく思った。私もこんな風に達観した見方が出來れば。
視えない人に信じてもらう事は無理なんだと割り切っていられれば。
もうし……楽に生きれたのかな。
「今日1日ナースステーションで観察していたから分かりますけど、中の仕事のやり方はずさんですね」
「え、私全然そんな事思ってませんでした……」
「ステーションの壁に『點滴のダブルチェック』というポスターがありましたね。ダブルチェックとは、患者に投與する點滴の容が正しいものであるか二人の看護師で確認しろということなんです」
「はあ……」
「全然してませんでしたねこの病棟。ダブルチェックしたと見せかけるサインだけしてましたけど確認はしてませんでした」
「く、九條さんよく見てましたね……」
素直に心して褒めた。私は全然そんなところ見てなかったんだけど。
「前も言いましたが病院にいる霊は死をけれていることも多いので攻撃的なものは霊の多さの割にない方です。ですがもし……死の原因が病によるものではなかったとすれば、恨みを持って亡くなるのは當然」
「え……醫療ミスとかってことですか?!」
「可能のひとつです。作業のずさんさや管理の適當さを見て思っただけなので」
そこまで聞いて思い出してしまうのは、やはりさっき見た名取さんの事だ。
私は恐る恐る尋ねた。
「……見ましたよね?名取さん」
「名取さん?」
「え、鍵が開かなかった時、私の後ろにいた名取さんを見て九條さんも目を丸くしてたでしょう??」
「ああ、彼名取さんという名前でしたか」
何度か話したんだから覚えておけ、というツッコミはもうやめにして話を続ける。
「何みました?」
「憎悪の塊が」
サラリと述べられた言葉に背筋が凍る。本人は苺のポッキーをくわえていて締まりのない格好なのだが、憎悪の塊だなんて。
「……え、憎悪?」
「あなたもじたのでは」
「まあ、不穏な空気はじ取りました。でも見えたのは指が肩に乗ってたのだけで……」
「私もシルエットなので何者かは分かりませんけど、完全に名取さんにピッタリ寄り添って彼を見てましたね。タイミング的にも空気的にも、鍵の原因はあれですね」
「……あれが」
「あと聲も聞こえました」
「え! なんて!?」
私は勢いよく九條さんの言葉に食いつく。彼は取り出したピンクの棒をじっと眺めて、一言だけ言った。
「痛い」
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