《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》やるときはやる人
勝手に抱いた理想を押し付ける私がいけないのだろうか。でもどうしても、納得がいかない。
私は小聲で彼の背に話しかけた。
「なんとかならないんですか……!」
「今できる事は全てしました」
「あのままハゲの思う壺でいいんですか!」
「あなたほんと見かけによらず気が強いですよね」
「普通ですよ! こんなの許せませんもん!」
「あのまま放っておいたら彼に摑みかかってたでしょうね」
「當たり前です!」
私の怒りをまるで気にしないように彼は駐車場に足を進め、來る時にも使ったBMWへと近づいて行く。
ああほんとに帰る気なんだ。
どこか寂しく思った。この仕事、出來る事なら続けてみたいとし思えた。でも、上司とこれだけ意見が分かれてしまっては長く続かないと思う。
外は寒さで凍えそうだった。九條さんの黒いコートが風でなびく。吐き出した息は白くを変えて空へと昇っていった。
青い。上はあんなにも。
「黒島さん、行きますよ」
車の鍵を開けた九條さんが私に呼びかける。とりあえず、事務所に荷も置きっぱなしの私は一度戻る必要がある。重い足を運んで車に近寄る。
先に乗り込んだ九條さんをチラリとみて、私は助手席に乗り込んだ。冷え切った車のシートがの熱を奪う気がした。
九條さんはすぐにエンジンをかける。私は黙って俯いたまま無言でいた。
「病棟の責任者も院長もあれでは、もう彼らにどうこうしてもらおうと思っても無理です」
隣で九條さんが言う。私はチラリとそちらをみた。
「……まあ確かに……みんなして隠蔽しようとしてたから……部外者の私たちがどう足掻いても無理だとは思いますけど」
自分の無力さに打ちひしがれる。優しく微笑んでくれたすずさんに申し訳ないと思った。結局これじゃあ、彼の未練は晴らせてないではないか。
ああ、せっかく……いい終わりを見れたと思っていたのに。
悔しさでを噛む私の隣で、九條さんはハンドルに腕を乗せたままこちらを見た。
「ええ、ですので。
マスコミに撒き散らします」
「は」
彼はいつもの表でとんでもないことを言ってのけた。
ついポカンと口を開けてしまう。
九條さんは黒い澄んだ瞳で私を見ていた。
「……え。え?」
「本來投與すべきだった麻薬を投與せず看護師が懐にれていた事も大きなニュースですけど。責任者たちが揃って隠蔽しようとした事の方がマスコミは食いつくでしょうね」
「ま、マスコミ……!?」
「そちらの方に知り合いもいますので」
さっきまで幻滅していた男が突然輝いて見える。男前だからじゃない、誤っている事を正そうとするその姿勢に私は激している。
わっと喜びそうになり、しかしすぐに心配にもなる。
「でも九條さん、証拠何もないですよ……今日見つかった名取さんの手荷の中の麻薬はきっと破棄されるだろうし。マスコミ信じてくれますかね……?」
私が肩を落として言うと、九條さんは何やらポケットをゴソゴソと漁った。そして無言で、何かを取り出す。
「……?」
それは、小さなボイスレコーダーだった。
彼が綺麗な指でそれを作すると、そこから聲が聞こえてくる。
『確かに名取のポケットから注が出てきて……本人も認めました、麻薬の點滴を生理食塩水がったとすり替えて盜んでいたようで』
『名取にはこちらから厳しく言っておきますので、に出來ませんか……!』
『まあまあ。スムーズに解決してくれましたし、依頼料は弾みますよ。ね? だからもう今回の事はこれにて終了。もうお帰りください』
私はもうこれ以上開かない、というぐらいに口を開けて九條さんを見た。
この男、こんなもの忍ばせていたの……!?確かによくポケットに手をれていたけど……!
九條さんはレコーダーをしまうと飄々と言った。
「依頼中はトラブルもよくありますからね。必要な道です」
「……」
「これがあればそれなりにマスコミも食いつきますよ。とりあえず注目させればいいんです、あとは世間が騒ぎ立てて真相は勝手に暴かれますよ。
警察ではこの録音だけでは恐らく証拠不十分で何もならないと思うので、今回の場合はマスコミの方が得策かと」
「……」
寢ると中々起きなかったりポッキーばかり食べてる癖に、大事なところでちゃんとしてるじゃないか。
悔しい。悔しいほどに、さすがにカッコいい。
「……というわけで、帰りますか」
「九條さんって、やるときはやるんですね……! 正直さっきまで失してました」
「あなたの表を見てそれは分かってました」
「あは、すみません!」
口かられた笑いを堪える。車はだいぶ暖まってきた。それは暖房のせいなのか、私の心がそうじさせているかは分からない。
九條さんはシートベルトを締めながら、思い出したように言う。
「あ、でも。マスコミに流すのは、依頼料の振り込みを確認してからにします」
「え?」
「バタバタして依頼料が支払われなくなったら困ります。貰うものはちゃんと貰わないと」
そうキッパリ言った彼の橫顔がなんだかおかしくて。
私はまた聲を出して笑ってしまった。
後日、週刊誌に載った麻薬すり替え事件について記者會見を行うハゲ親父をテレビで見たのは、また別の話。
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