《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》貸し出されない部屋
「改めまして。井戸田香織と申します」
は丁寧に頭を下げてくれる。九條さんの隣に腰掛けた私は慌てて自分も會釈する。
凜とした表の井戸田さんは、九條さんの男前な顔に見惚れる事もなくすぐに本題を切り出した。
「私、あるアパートを持っておりまして」
「えっ、経営されているということですか?」
私がつい反応する。井戸田さんはこくんと頷いた。
まだお若いのに、そんなことをしてるなんて。
私の心の聲に気づいたのか、彼はすぐに説明する。
「元々は祖母のものでした。それが昨年、突然病気で亡くなりまして。私は両親もおらず祖母に育てられ、言もあったので私が引き継ぐ形となったのです」
「なるほど……大変でしたね」
「慣れないですが祖母が仲良くしていた人が不産屋だったりで、手を借りながらやっていけています」
井戸田さんはそう言うと、持っていた黒い鞄から寫真を取り出した。
「祖母が経営していたもので、築25年のものなんですが……」
出された寫真を見る。九條さんと共に覗き込むと、そこにはそんなに古いとは思えない室の寫真があった。広さは2DKと言ったところか。キッチンも綺麗で、お風呂などもピカピカだ。
「リフォームしたんです」
「なるほど」
井戸田さんは更に紙を取り出す。隨分準備のいい人だ、見た目通りしっかり者らしい。
簡単な構造図だった。2階建て、部屋は5部屋ずつ。つまり全てで10部屋存在していることになる。
これもよくある形だ。
「ご覧の通り部屋は10あります。ですが、……その、一部屋だけ、使用していない部屋がありまして」
井戸田さんは指をさす。2階一番奧の角部屋だった。
「実はこの部屋のみ、祖母が生きている間もずっと空室にしていたんです」
「それはまたなぜ?」
九條さんが口を開いた。井戸田さんはふうと一度小さく息を吐く。
「祖母曰く、……『出る』って」
「……出る……」
「詳しくは教えてくれなかったんです、いつか話すって言われたまま、突然亡くなってしまって。ただこの部屋は、昔が病死していたことがあるらしくて……それ以降出るとのことで、誰にも貸し出ししなかったんです」
「病死ですか……」
「正直なところ私は信じてなかったのです。それに今回、リフォームして裝は大分綺麗にしました。それで」
「貸し出したんですね?」
九條さんが聞くと、井戸田さんは頷いた。
霊という存在を信じていない人たちがそう言った行をしてしまうことを、私は責めれないと思う。
彼たちは視ることはないのだし、人は自分の目で確認しないと信じられない生きなのだ。
井戸田さんは眉をひそめて続けた。
「居者は幸いにもすぐ見つかって満室狀態です。……でもこの部屋だけ、201だけ……どんどんみんな出て行ってしまうのです」
九條さんは寫真の一枚を手に取る。私はそれを隣から覗き込みつつ、こっそり彼のめくり上がった白い服を直しておいた。
「出る時何か言っていましたか」
「教えてくれませんでした。でも、普通の様子じゃなくて。この半年で4組も引っ越ししたんです。みんな1ヶ月も住んでいません。最短では10日間で」
10日で引っ越しとは。確かにそれは異常と言える。
「除霊とかもしてもらったんです」
「え!」
私はつい聲を上げる。
「除霊までしてもらったのに、また引っ越しちゃったんですか?」
「……除霊してもらった後に居された方が、10日間で出ていかれた方です……それが3日前の事です」
「……」
除霊、という単語は私は最強かと思っていた。除霊やお祓いなどは、きっと彷徨う霊達をどうにかしてくれるのだろうと。
それが意味もないとなれば、果たして……
心配になって隣の九條さんを見るが、彼は平然として言った。
「分かりました。調査させていただきます」
「よろしくお願いします。部屋の鍵はお渡ししておきます」
「この半年間の居者の連絡先を伺っても? 何があったかお話を伺いたい」
「あ、はい……調べておきます」
「また準備が出來次第伺います」
井戸田さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「どうぞよろしくお願いします。引っ越しが多すぎると、あの部屋は何か出るという噂も出回るので、居者の方の不安に繋がってしまいます。一刻も早い解決を祈っています」
以前私たちを怪しいものを見る目で見てきたハゲとは違い、偏見もなく丁寧な人だ。私と年も変わらないだろうにしっかりしてる。
姿勢に好を持った私は、微笑んで彼にお辭儀し返した。
井戸田さんはそのまま颯爽と事務所をでていく。
振り返ると、九條さんは考え込むようにじっと井戸田さんが置いて行った寫真を見つめている。
「除霊してもダメって……どういうことですかね?」
「依頼した相手が悪かったのかもしれませんね。特に霊も見えないのにそう言った仕事を謳ってる輩は結構います」
「そうなんですか!?」
「それかどこかの寺の僧でも呼んだのか……」
「お坊さんなら信頼できそうですけど……」
「除霊は100%ではありませんよ。無論それなりに力はありますが。僧たちみなが霊を視る事が出來る訳ではありません、これは先天的なが多いので。霊の力や想いが強すぎるのに、それを何もじない者の除霊は意味がないことがあります」
「そ、そうなんだ……」
「それか。一旦霊は祓われたもののししてまた戻ってきたのか。よほど執著心が強ければありえます」
奧が深いというか、自分が知らなかったことを多く學べるな。いや、自分が無知すぎたんだ。
視えるからこそ、そういったものとは離れたかった。でもきっと九條さんは、それを活かしてこんな仕事をしてるんだよなぁ。
私は素直に心して彼の橫顔を見る。
九條さんは見ていた寫真を機の上に放ると、離れたところでパソコンを見ていた伊藤さんに言った。
「というわけでお願いします伊藤さん」
「はいはーい」
何をお願いしたのかまるで主語のない會話だが、伊藤さんは分かっているらしい。思っていたけれどいいコンビだな。
伊藤さんはパソコンに食いついて何やら作業をしているが、果たして私はまたどうすればいいのか。
隣の九條さんをチラリと見ると、彼は欠をして言った。
「そして、私は……一旦家に帰って風呂にって著替えてきます。あと寢ます」
「!」
私はつい目を丸くする。その様子に気づいた九條さんがこちらを見た。
「何を驚いてるんですか」
「九條さんがお風呂とか著替えとかのをちゃんと持ってたことに激しています……!」
「あなたの中の私のイメージがどうも最悪ですね」
「九條さんはポッキーしか興味ないかと思ってました」
「別に仕事が忙しく無ければ私もそれなりにちゃんと生活してますよ」
そうなんだ、し安心した。なんせこの2日間、一緒にいながらも驚かされる事ばかりだった。でもそうか、普段はそこそこちゃんとしてるのか。
九條さんは大きくびをする。
「伊藤さんの調べの結果にもよりますし、実際くのはもうし後ですね。黒島さんも休んでゆっくりしてください。」
「は、はい……」
曖昧な返事をする。なぜなら私の休む場はこの小さな事務所の奧にある仮眠室なのだ。別に寢る場所はどこでもいいが、近くで伊藤さんが働いているのに一人休むのも気が引ける。
そんな私に気づいたのか、伊藤さんがパソコンから顔を上げて言った。
「でも九條さん、あんな固いベッドですし僕が側で働いてたら黒島さん休めないんじゃなんですか?」
伊藤さんの相変わらずの気遣いに嘆しつつ、恐した。
「いえ、寢泊りさせてもらう場所を貸して頂いてるだけでありがたいので……」
聞いていないのか私の隣で、九條さんは考えるように言う。
「そうなんですか? 私伊藤さんが働いてる橫で全然寢れますけど」
「九條さんと黒島さんを一緒にしないでくださいよ」
「はあ、すみません。
では黒島さん、一緒にうちで休みますか?」
とんでもない言葉が出てきて、私は勢いよく隣を見てしまった。何、なんていったの今?
九條さんはいつもの表で私を見ている。
「……は?」
「私の家の方が休めるなら來てもらっていいですよ」
な、に、を! 言ってるんだこの人は!
聲も出せずパクパクと口を開けている私を、彼は「どうしました?」と言わんばかりに見つめている。
赤面しそうになった瞬間、奧で頭を抱えている伊藤さんに気づく。その様子を見て、なんだか急に冷靜になった。
そうそう、そうだよ。この人ど天然なんだから。下心も何もなしで適當に発言してるに違いない。
あれっ、でもとして下心を持たれないのもいけないのか?
変な思考に飛びそうになった自分をはっと戒め、私は冷靜に九條さんに言った。
「お心遣いありがとうございます。でも大丈夫です」
「そうですか。ではここで休んでください。キッチンにあるは何でも食べてもらっていいですし」
「ポッキーばかり詰まってませんでしたか」
「下の戸棚には伊藤さん用の食事があります」
「伊藤さんの食事を食べていいって何で九條さんが言うんですか」
「それもそうですね」
彼は気だるそうに立ち上がると、側にツカツカと出口に向かう。そしてドアノブに手を掛けて、こちらを振り返った。
「では、また」
「はい、行ってらっしゃい」
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