《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》探しもの

「黒島さん、眉間に凄いシワ寄ってますよ」

「あ!」

慌てて眉間をさすった。チラリと彼の方を見れば、何も考えてないように水を飲んでいる。

何となく1人気まずくなった私は膝を抱えた。

會話が途切れた部屋に、伊藤さんの寢息が聞こえた。もう寢てしまったんだろうか、本當にどこでも寢れるタイプみたいだ。

靜寂の中、寒さをじて足先をさする。

意味もなく再び窓の外を眺めてみた。

相変わらず皮なほどに空は青い。

自分でも理解出來ないこの不快を、なぜか悟られてはいけないとじた。平然を裝い、食べ終えたゴミを手に取り小さくまとめる。

外からは微かに子供が遊ぶ聲が聞こえた。無邪気な聲が、心を落ち著かせてくれるように思う。

だが次の瞬間、辺りが真っ暗になった。

あれっと頭を起こす。停電だろうか?

そう考えて自分で否定する。停電したって外は明るいんだから。こんなに暗くなる事は……

はっとして窓の外を見た。すぐに異変に気づきが大きく鳴る。

先ほどまで青かった空は真っ暗になっていた。

まさか、夜? 私、寢ていたの?

だがそれはあまりに納得のいかない事だった。いくら疲れていたとしても、居眠りしてしまった事に気が付かないほど鈍ではない、寢った覚も目が覚めた覚も何もない。

ただ一瞬で……晝から夜に変わってしまった。そんな印象なのだ。

穏やかな伊藤さんの寢息だけが聞こえた。この異常な部屋にその音がひどくアンバランスに思える。

私が慌てて電気を付けるため立ち上がろうとした瞬間、腕を摑まれた。

び出しそうなのを抑えてそちらを見れば、暗がりの中で見えたのは九條さんだったので安心する。

ぼんやり浮かび上がる彼の顔は、いつになく真剣で鋭い視線だった。

私は何も言わずくのをやめた。右腕に伝わる九條さんの手の溫もりが私に安心を與える。

九條さんはゆっくり視線をかした。リビングの出り口の方だった。

私もつられてそちらを見る。暗がりにやや慣れてきた目が、ドアがゆっくり開くのを認識した。

キイイ……という微かな音が部屋全に響き渡る。

自分の呼吸の音さえしてはならない気がして、私は手で口を抑えた。相変わらず九條さんはしっかり私の腕を握っている。

2人で無言で出り口を見つめた。

どれほど時が経っただろうか。もはや時間の覚すらとうに忘れている私には分からなかった。

ついに、そのドアから影が見えた。

「っ……!」

れそうな聲をなんとか飲み込む。中にってきたのはだった。

酷く貓背で俯いた形で、髪が顔にかかり表はよく見えない。ただやはりというか、一糸纏わぬ姿だった。

は小さな歩幅でゆっくりゆっくり室ってきた。両腕はだらんと垂らし、歩くたびまるでのように手が揺れる。

は真っ直ぐに寢ている伊藤さん目掛けて歩き続けた。伊藤さんと言えば、気持ちよさそうに寢たままこの異常に気付く様子はない。彼の鈍さがし羨ましくなった。

は伊藤さんが寢ているすぐ隣に立った。俯いた様子でじっと伊藤さんを見下している。正気のない青白い腕が僅かに揺れていた。

しばらくそうしたあと、彼は腰を曲げて伊藤さんの顔を覗き込んだ。私は伊藤さんの事が心配になり、つい九條さんの方を見て目で訴える。彼はじっと無言で伊藤さんたちを見続けた。

は長い時間、至近距離で伊藤さんを見つめ続ける。伊藤さんは相変わらず気持ちよさそうに寢ている。その異様な景に、この寒さの中額に汗をかく自分がいた。

長い長い靜寂の後、いた。

ほんのし、首を橫に振ったのだ。

(……違う、ってこと?)

居していた人も、に『違う』と言われていた。

やっぱり誰かを探している?

「どなたをお探しですか」

突如、九條さんが聲を掛けた。の肩がピクンとく。

私はごくりと唾を飲み込みを見つめ続けた。何か答えるだろうか。

九條さんはなお続ける。

「何かを探してここに殘っているのですか」

は未だ顔を垂らしたままで、髪ので表は見えない。顔を見たいような、でも見たくないような複雑なを抱く。

の肩がほんのし震え出した。それと同時に、すすり泣く聲が聞こえたのだ。

(……泣いてる……)

悲痛な泣き聲は、私から恐怖心を払った。酷く可哀想に思えたのだ。何年何十年も探し続けているこの人は、一何を待っているのだろう?

「教えてください、何を探しているんですか」

再び九條さんが尋ねる。彼はそう聞いた直後、しだけ眉をひそめた。私には泣き聲しか聞こえないが、九條さんには言葉が聞こえているのだろうか。

「なんです? あなたの……」

九條さんがそう言った瞬間、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。場違いな明るい音がこだまする。

同時にはその場から消えてしまった。引き止めるタイミングもない。

インターホンの音に反応し、伊藤さんがパチリと目を開けた。まだとろんとした寢起きの眼で何度か瞬きした後、欠をしながら上半を起こす。

「ん〜よく寢たー……って、え? もう夜ですか!? 結構寢ましたねー僕」

外が真っ暗なのを見て伊藤さんが驚く。どうやら夜が訪れているのは幻覚ではなく本當らしい。九條さんは攜帯を取り出して時刻を確認する。私は立ち上がって部屋の電気をつけた。暗闇に慣れてしまった目に明かりが眩しい。

「午後18時……ですね」

「う、うそ……そんなに経ちました……?」

「みたいですね」

九條さんの様子を見るに、恐らく彼も私と同じ覚のようだ。晝から一気に時間が過ぎて夜になってしまった、この不思議な験。自分1人ではないことにしだけ安堵した。

伊藤さんは何が起きてるのかまるで分かっていないので、気持ちよさそうにびをする。

「んで、出ました〜? !」

「あ、それが……」

私が言いかけた時、再びインターホンが鳴り響いた。すっかり忘れていた、さっきも鳴ったのに。

「誰でしょう? こんな時に……」

私は一番出口に近かったため、そのまま廊下へと出た。玄関に向かいドアスコープで外を覗いてみれば、井戸田さんが1人立っていた。

「あ……井戸田さんです!」

私はリビングにいる2人にそう聲を張り上げると、玄関の鍵を開けた。そこには、以前と同様、背筋をばして髪を一つ結びにした彼が凜と立っていた。

「こんばんは! 井戸田さん、どうされました?」

「あ……こんばんは」

丁寧にお辭儀を返してくれる。ふと彼の手元を見れば、大きなビニール袋を持っていた。更には足元には電気ストーブ。

「調査中にすみません。差しれをと思って持ってきたんです」

「え……わざわざですか!」

「それに、この部屋にエアコンが無いことをさっき思い出して。元々付いてたんですけど、最後に退去された方がよほど慌てて出て行かれたのか間違って持って行かれてしまったんです、調査が終わったらまた返卻してもらう約束で……」

(10日で出て行った男の人ほんとに慌ててたんだなぁ……)

「ストーブも持ってきました、よろしければ」

丁寧な対応をしてくれる井戸田さんに、好を持たずにはいられない。笑顔で頭を下げた。

「ありがとうございます……!」

それと同時に、私の背後から九條さんが顔を出した。

「こんばんは井戸田さん」

「あ、こんばんは。し差しれをお持ちしました」

「そうですか、ありがとうございます。進捗狀況のお話もしたいので、上がって頂けますか」

「分かりました」

井戸田さんは素直に頷き、荷を持って家に上がる。私も手を出し、彼が持ってきてくれたけ取った。チラリと食べや飲みってるのが見える。

リビングへ行くと、伊藤さんが起きて私や九條さんのコートを畳んでくれていた。

「あ、井戸田さんこんばんは〜!」

「伊藤さんこんばんは。丁度よかったです、昔うちのアパートに住んでいた人の連絡先、また數名分かったのでお待ちしました」

「お、ありがとうございます助かります!」

ポケットから紙を取り出して伊藤さんに手渡す。そして、井戸田さんは九條さんに向き直った。

「それで調査は如何でしょうか」

九條さんは立ったままズボンのポケットに手をれる。

の霊がいることは間違いありません、わたしも黒島さんも確認済みです」

、ですか……」

「どうやら彼は何か大切なを探してこの世に彷徨っているらしいという事までは分かりました」

「探している……?」

井戸田さんが首を傾げる。私は九條さんに尋ねた。

「さっき、何か聞こえましたか? 私は泣き聲だけ微かに聞こえましたけど……」

不思議そうにこちらを見てくる井戸田さんに、簡易的に説明する。私は視るのが得意で、九條さんは聞くのが得意であるということ。普通の人なら怪しむような説明だが、彼心したように頷いた。

九條さんは私の問いに対し、珍しく困ったように頭をかいた。

し聞こえました。が、なんせ泣いているため嗚咽が凄くてしっかり聞き取れなかったんです」

「ああ……泣いてたから……聞こえる部分はなんて言ってたんですか?」

「 "どこ" 」

「どこ、……やっぱり探してますね」

「多分ですがそう言っていました。あと"私の"……」

九條さんは考えるように腕を組んでどこか遠くを見るように視線をあげる。

「 "顔" 」

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