《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》からの出會い

九條さんが僅かに眉をひそめた。なんとなく気まずくなって私は更に俯く。

誰かに聞いてほしいと思った事もあるけれど、実際話してみるとなんだか恥ずかしい。

自分をさらけ出すって、勇気がいるものなんだな。

「それで家を引き払って?」

「あ、いいえ。諦めて再就職先を探していました。しょうがないなって。彼を責めようとも思わなかったし、何とか踏ん張って一人で暮らしていました」

「……まだ何か?」

驚いたように九條さんが問いかけた。私は人差し指で頬を掻く。

決定打は、この後だった。

「……ある日、聡からメールが來て……」

それは求人雑誌をめくっている時だった。そばに置いてあった攜帯電話が鳴る。

が私に連絡をしてくるなんて珍しい事だった。

私はなんだろうと不思議に思いながらそれを開き文面を読む。

『やっほー!

お姉ちゃん別れちゃったんだね?

やっぱり幽霊が視えるとか言うのは無理だったんだね〜この機會にそう言う事言って注目集めようとするの辭めた方がいいと思うよ!

それと後で恨まれても嫌だから先に知らせとくね。言っとくけどとってないよ、向こうからなんだからね!』

添付されていたのは、聡と彼のツーショット寫真だった。

九條さんが珍しく目を丸くした。

私は一つ、ため息をつく。

「聡は……凄く明るくて、華やかで人で、私とは正反対なんです。だから冷靜に考えれば、そうなっても仕方ない事なのかと思えるんですけど。

もうあの頃の私の心を砕くのには十分な出來事でした」

そばに誰もいなくなってしまった悲しみ。

死んでも母が喜ばない事ぐらいわかっていた。それでももう耐えられなかった。

私だって視たくて視てるわけじゃないのに。どうしてそんなことを言われなくてはならないの!

……そうんでも誰も答えてはくれなかった。

あの日を思い出して、つい涙が滲み出る。

「ただ……お母さんに、會いたかった」

私の味方で、私の理解者。

やっぱり最後まであの人しかいないんだと思った。

そこから一人で就職先を探して新たなスタートを切る力は、私にはもう殘っていなかったのだ。

心を決めて攜帯は解約。何枚か母との思い出の寫真は小さなアルバムにれて鞄にしまい、家を引き払って家も家電も全て捨てた。

何もかも、全て……捨てた。

そして人のいないところで死のうと調べ上げたあの山中の廃屋ビルに忍び込み、屋上から飛び降りようと計畫していたのだ。

そこで聲を掛けられたのがこの人、九條さんだった。

私以外に視えるという事実に驚きついてきてしまったのが全ての始まり。

私は今不思議なことに、ここにいる。

「なんか、話してみるとけないですね。男に振られて自殺か、って 」

泣き出しそうなのを誤魔化して私はそう笑った。本心でもあった。いざ話を簡潔にまとめてみれば、自分でも安易な考えだったなと思えるのだ。

九條さんは私からし目を逸らす。

「そう言えるようになったのなら、しは過去を乗り越えられているのでは」

「……そうですね、そうかもしれません。もう數ヶ月も前の話ですし……ここ最近々あったから」

私はずっと握りしめていたコードを床に置いた。そして九條さんに向き直り、頭を下げた。

「九條さん、私を雇ってください」

もう迷いはなかった。私の聲が部屋に響く。

「私、今まで考えてませんでした。視える事が嫌で嫌で仕方なくて、その相手達が存在する理由なんて。何一つ……考えてなかった。

私のこの力がわずかにでも、何かの役に立てるなら。全力を盡くしたいんです」

働くなんて考えられなかった。

この人だって変な人で初めは苦手だった。

でも今、ようやく頭が冷えた気がする。

命を捨てるだなんて稽でなんて愚か。辛くてたまらなかったけれど、私は前を向かなくてはならない。

それは母のためにも。

それに九條さんは変な人だけど信頼は出來る。なくとも今まで出會ってきた人たちよりずっと。

頭を上げると、九條さんは無言で考えるようにどこかを見つめていた。その顔はやはり彫刻のように整っている。

てっきり「では明日からよろしくお願いします」という簡潔な言葉が出てくるかも思っていたのだが……。

「あの、九條さん?」

「不思議に思った事はありませんか」

「え?」

「あんな真夜中に、私があなたを見つけ出せた事」

言われて思い出す。その疑問はずっと心の中にあった。何度か聞こうと思っていたのにタイミングを逃し、いつの間にか忘れてしまっていたのだ。

「あ、ずっと聞こうと思ってたんです……! 私の名前とかも知っていたし。どういうことですか?」

食いついて聞いた。

彼はあんな人気のない場所で私を見つけ出し、私の事も知っていた。それは不思議すぎる現象だ。ずっと聞こうと思っていた疑問が今ようやく聞ける。

九條さんはどこかをぼんやり見ながら口を開く。

その視線の先に、一何があるのだろうか。

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