《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ありがとう

「あの日私は、家に帰るのが面倒でこの事務所で寢ていました。まあ、よくあることです。

一人橫になって眠っていた時、夜中に一人訪問者が訪れました。完全に時間外の依頼です。

ですが斷る隙もなく、『自分のせいで死んでしまいそうな人がいる、助けてほしい』と切羽詰まったように言われてました。」

どきりとが鳴る。

言葉が出なかった。自分が唾を嚥下した音が響いて聞こえた。

「外に出ればタクシーまで用意してあった。諦めてそれに従ってみました、こんなに面白い狀況も初めてだったので。

であなたの事を聞きました。名前も、私のようにみえざるものが視える事で悩んでいる事も。相手は私にあなたの話をし続けた。

『どうか助けてほしい』そう懇願されてあの場所へ向かったのです」

「………まさか」

「行った先には本當に今にも死にそうなあなたがいました。そこまできたなら私も依頼通りあなたの死を止めたくなった。そして今に至る、というわけです」

自分の手が震えるのがわかった。

九條さんがなぜ私を見つけたのか。私のことを知っていたのか。

その謎が今、明かされた。

そう、彼はあんな人気のない場所にタクシーで來て、私が視える事も名前すらも知っていた。

彼を導した人が、いるというの?もしかしてその人は。

彼はふ、と小さく笑い囁いた。

「私、霊から依頼をけたのは生まれて初めてです」

両手で口を覆う。

お母さん?

お母さんが九條さんを連れてきたの?

眠らずにまだこの世にいたの?

私を助けるために?

私は小さく首を振る。

「う、うそ……だって私は……」

「あなたのお母さんお喋りですね。霊は個別差が大きくあるのは承知してますが、あんなに普通の人間のように語ってくる霊は中々いませんよ」

「だって私は……見たことも、じたことさえ……!」

「言ったでしょう、相の問題ですよ。自分の死のせいで娘を死に追いやったと責めているならば特に、なかなか二人の波長はあいにくいのでは」

そんな!

震える手が止まらない。まさか、もうこの世にはいないはずの人が私のために九條さんに頼っていたなんて。

だから九條さんはあの時あそこへ來たの?私の事を知っていたの?

お母さんはずっと私を見ていたの?

し戸う私を見ながら、九條さんはポツリと言った。

「今も、あなたの後ろにいらっしゃいますけど」

それを聞いて勢いよく振り返る。がしかし、やはりというかそこには何も見えなかった。

なく閑散とした部屋があるだけで、音も聞こえなければ気配もじない。

ただ寂しいほどに冷えた部屋だけがそこにある。

「……どうして……」

目から雨のように溢れる涙を拭くこともせず、私は問いかけた。しんとした部屋に自分の聲が虛しく響く。

「みたくないものばかり見て……本當にみたいものはちっとも見えないの?」

一目でいいから會いたい。

聲を聞きたい。

私のせいで家庭を壊し、母子家庭で苦労かけた母と本當はこれからゆっくり暮らして行きたかった。

親孝行なんて何一つしてない。迷しか掛けていない。

もう葉わぬその願いが私を苦しめていた。

「もういかれるようです」

九條さんが呟いたのを聞いて彼を見る。九條さんは私の背後をじっと見つめて言った。

「黒島さんが前を向いていくと決意してくれたので。お母様も安心したのではないですか」

私は慌てて何もない空虛を見つめた。そこにいるはずだけどみえない大切な人は今どんな顔をしてるんだろう。

泣いてるのかな、笑ってるのかな。ああ、想像することしか出來ないなんて。

「お母さん……ごめんね……!」

聲を絞り出す。それは酷く掠れていた。

「心配掛けてごめん……!育ててもらった命捨てようとしてごめん……!

でも私もう大丈夫だから、頑張るから。もう死のうなんてしないよ」

今は亡き優しい顔が浮かんだ。

熱を出した日はほとんど寢ずに看病してくれたこと。

會のお弁當には私が好きなタコのウインナーを沢山詰めてくれたこと。

反抗期で母を鬱陶しく思い喧嘩したこと。

誕生日に毎年ホールケーキを買っては「お誕生日おめでとうちゃん」なんて書いたチョコレートを乗せて、もういい大人なんだからやめてと言って笑われたこと。

怖いものをみて落ち込んでいると必ずそばにいてくれた。私を疑うことは決してしなかった。

私を噓つき呼ばわりしない、唯一の人だった。

死んでからも私を思ってくれていたそのと溫かさに気づかなかった自分を張り倒したい。

ごめんねお母さん、ごめん。

「ありがとうお母さん。私、頑張ってみる」

涙で濡れた顔を上げて、私は笑顔を作った。最後くらい、笑った顔で別れたかった。

何もないその空間に、微かに懐かしい匂いをじた気がした。

ふわりとその香りに包まれた瞬間、心が安堵に満ちる。

い頃抱きしめてもらったシーンが脳裏に浮かんだ。母の匂いとぬくもりが大好きだった。

その時、聞こえるはずのない小さな聲が、私の脳に響いた。

『幸せになってね』

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