《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》再出発

その日は全國的に寒波が押し寄せると天気予報で報道があった日だ。外に出れば、コートとマフラーで丸くなった人々が道を歩いている。

そんな中、室と言えども額に汗をかきながらき回る自分をよくやったと褒め稱えたい。買ったばかりのエアコンから出る溫風は20度設定。いっそ切ってやろうかと思った。

山になった段ボールを一纏めにし、滲んだ汗を拭くと、一人で聲を上げた。

「完了!」

誰もいない部屋にその聲は響き渡る。ぐるりと見渡せば、新品だらけの家家電が並んでいるワンルーム。

広さは12畳、トイレ風呂は別。大きなクローゼット付き、キッチンのコンロは2口。一人暮らしならば、荷ないし12畳で十分に思う。

築年數は、新築とは言い難いものの十分狀態がよいアパートだった。アパートり口にはオートロックも付いており、私としては文句なしの件だった。

知り合いの紹介でたどり著いたこのアパートの引っ越し作業を今しがた、終えたところである。

さて、と息を吐き、近くに置いてあった鞄を手に取る。中には小さなアルバムがっていた。

パラパラとめくり、一枚選ぶ。母と二人で溫泉旅行に行った時の寫真だった。

買ったばかりの寫真たてを箱から出し、その一枚をれてテレビの橫に置いた。寫真の中で笑う二人を、目を細めてみる。

「お母さん、新生活だよ!」

決意を込めた聲が、自分をい立たせた。

黒島。それが私の名前だ。

ぱっと見どこにでもいる普通のだが、一つだけ変わった特技がある。それが、『みえざるものが視える』という事だった。

それは今まで家族以外には隠してきた能力なのだが、その唯一の家族……母を半年ほど前に亡くした。い頃私のせいで離婚し、二人だけの生活だったのだ。

自分としては人生の絶を味わった。母は私の唯一の理解者であり味方だったからだ。

更にはその後すぐ、婚約者には振られることになる。理由もこれまた、『この力』のせいだった。どうも視えない人にはこういう能力は胡散臭いらしい。それはそれで仕方のない事だとは思う。

しかし婚約者と別れた事で職場でいじめに遭い仕事を失い、更にはその元婚約者は実の妹と付き合い出した事で頭はパンク。もう死んでしまいたいと、家も引き払い全てを捨てて死のうとしていた。

そこで出會ったのが、私と同じ『視る能力』を持つ人だった。

その人にわれるまま連れられたのが『心霊調査事務所』という怪しげなビル。初めは眉を顰めてそれを眺めたが、見學してみると中は健全なものだった。

怪奇現象に悩む依頼をけた後、その霊の正となぜこの世に留まるかの理由を見つけ出し、その思いを葉えるように努める。いわゆる『浄霊』の手伝いだった。

それまで霊といえば恐ろしく邪魔な存在だった私は考え方を変えさせられた。彼らの無念さや後悔をに持って経験したからだ。

同時に自ら命を斷とうとした自分を叱咤した。生きたくても生きられない人たちが大勢いる中、愚かな行為だと。

そして私は前を向くことを決心し、例の事務所で働く事を決めたのだ。

「必要なはとりあえずこれで全部かなぁ……」

死ぬ時に全てを捨ててしまっていた自分は洋服一枚すら持っておらず、一から新生活をスタートさせねばならなかった。暮らす部屋を決め、家電に家、洋服に下著、雑貨など、ありとあらゆるを買い揃えた。

事務所で働くと決めて早々、3日間のお休みを頂いていた。『新しい生活が整うまで休んでいいですよ』とのお言葉を頂いたのである。

明日の4日目は職場に行けそうだった。必要最低限だが、なんとか生活するだけのものは買い揃えられたのだ。

私は鞄から財布を取り出し、中にあった明細書を見つめた。キャッシュカードに眠っていた貯金は、母が殘してくれたものを合わせても大分減ってしまっていた。元々裕福な家庭ではなかったのだ。

「でもまあ、仕方ないね!」

そう笑って財布を閉じた。死のうと思ってたくらいなんだもの、金がないくらいどうとでもなる。もやし食べて過ごせばいい。

必要最低限の家電に著替え、雑貨。本當はしいものもっとあったけど、もうし余裕がでてから揃えていこう。

頑張れる。きっと。大変だろうけど、頑張れる。

これからの生活を考えると不安も々よぎったが、それよりもワクワクとした期待が上回っているのは事実だった。

4日ぶりとなる事務所へ足を運んでいた。

人通りもそこそこ多い通りに立つ、よく見かけるようなビル。そこの5階に、私が働く事務所はあった。

のエレベーターを呼び出し、しゃんと背をばす。本格的に今日から仕事が始まるのだと思うとやや張してきた。

やってきた箱に乗り込み5のボタンを押し、自分の嗜みを最終チェックする。洋服に、髪のれ、メイクも今日はきちんとした。

メイクなんてしたのどれくらいぶりだろうか。々落ち込んでいた時はそんな余裕はなかった。ここ數日事務所の人たちと過ごした時はずっとスッピンだった、今思えば恥ずかしすぎる。

ふと脳裏にある人がよぎる。事務所の責任者だ。

しだけ鳴り響いたを落ち著かせ、ようやく著いたエレベーターから降りた。廊下をし歩き、看板も表札も何もない扉にたどり著く。

ふうと一度深呼吸をして、それを開けた。

「おはようございます」

もしかしてまだ誰もいないかもしれないと思ったが、中にはすでに人が來ていた。

「あ!おはよ〜!もう引っ越し大丈夫なの?」

子犬みたいな可らしい笑顔でこちらを振り返る人につられて笑みがれる。私は頭を下げる。

「伊藤さんおはようございます!早々お休みを貰ってすみませんでした。引っ越しは一段落ついたので、今日からよろしくお願いします!」

「そっかそっか、よかった!今日からよろしくね〜」

そう太みたいな顔で笑う人は、ここに働く伊藤太さん、26歳。

ぱっと見20歳前後に見える顔だが私より年上で、その名の通り明るく優しい人だ。その気遣いと人懐こさは驚異のもので、彼と話していて目が下がらない人間なんているのだろうかと思うほど。

ちなみに彼は全く『視えない』人だ。けれども霊を寄せ付けやすい質という不運な人でもある。

「伊藤さんが探してくれたおかげで家もすぐに見つかって即れましたし、とても住み心地よさそうです!」

私が言うと、彼は嬉しそうに頷いた。

「力になれてよかった!」

「もうほんと頭上がりません」

「大袈裟〜」

私が居した部屋も、伊藤さんが知り合いだという不産屋や大家さんなどに聞いてくれてすぐに見つかったものだ。

しかも、「の子なんだからセキュリティはしっかりと!」「お風呂とトイレ一緒なんてやだよね!」……と、こちらの希を口に出さずとも察してくれて流れはスムーズ。

その上毎月のお家賃は特別ちょっと値引きしてもらっている。伊藤さん、何者なんだろう。

「ちょっと駅から遠いけど、まあまずまずだったよね」

「綺麗だしオートロック付きだしでまずまずどころか最高ですよ!」

「ならよかった。家電とか買えた?」

「とりあえず必要な分は。新生活、頑張ります」

私がガッツポーズを取ったのを見て、彼は優しく微笑んだ。その笑みが、安心から來てるものだと私は気づいていた。

ここで働くと決めた日、「歓迎會だあ!」と伊藤さんに連れられ3人で夜居酒屋に行った時、お酒の力も借りて私は過去の話を伊藤さんにも話していた。

彼は泣き上戸なのか、目を真っ赤にして私の話を聞いてくれて、まるで親のようによかったねと言ってくれたのだ。

本當、伊藤さんって出來すぎた人。

私がニコニコしていると、ふと彼はこちらを覗き込んだ。

そしてうんうん、と一人で頷いて言う。

ちゃん素顔も可いけど、化粧するとまた大人っぽくなって印象変わるね!どっちもいいね〜」

私ははあ、と嘆のため息をらす。拝むように手を合わせて伊藤さんに言う。

「どうやったら伊藤さんみたいに育ちますか」

「ええ?」

「いつでも100點の答えです」

「やったね100點!」

もうほんと、完璧。気遣いの神様と呼ぼう。伊藤さんと付き合うの子は幸せだろうな。

私は心の中でそう呟くと、事務所をようやく見渡した。そこには、私と伊藤さん以外はいない。

    人が読んでいる<視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください