《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》きっと何かの間違いだ

「九條さんはまだなんですか?」

「ああ、今日は起きるの早くて3回目の電話で起きたからね。そろそろ來ると思うよ」

「3回目で早いんだ……」

呆れて呟く。そもそも、いい大人がモーニングコールしなきゃ起きないってありえない、人間として。

伊藤さんが困ったように頭をかく。

「放っておくと夕方まで寢てたりするし、その間依頼人の人が來たら待たせる羽目になるからさー。いつのまにかモーニングコールが習慣になっちゃったよね」

「寢起き悪すぎですからね九條さん……仕事中は寢なくてもシャキッとしてるくせに」

「仕事に関しては真面目だからね。しかし電話だとほんと中々起きなくて、ほかにいい方法はないか探してるんだけどねぇ〜……」

腕を組んで考える伊藤さんを不憫に思う。面倒見がいいからなぁ、伊藤さん。相手があれでは彼の気苦労は絶えないだろうに……

そう話していた時、背後の扉がガチャリと開いた。私と伊藤さんは同時に振り返る。

扉から出てきた人は、すらりとしたスタイルに白い、高い鼻。整った顔はそこいらの俳優よりよっぽどしく、初見ならば二度見は必須なほどだった。

白い服に黒いパンツ、黒いコート。見慣れたモノトーンなコーディネイト。彼はニコリともせず、私たち2人を見て挨拶をした。

「おはようございます」

その人が現れた瞬間、自分の心臓が一瞬どきりとなった。顔を見るのは3日ぶりだった。

伊藤さんが挨拶を返す。

「あ、九條さんおはようございます〜!今日は早かったですね!」

「ええ、なんだか今日はスッと目が覚めたので」

「いつもこうであってくださいよ〜」

九條さんはゆっくりと私に視線をうつした。目が合った瞬間、またしても私の心は飛び跳ねる。

「黒島さん、もういいんですか」

「あ、はい、おやすみありがとうございました!」

「はい。またよろしくお願いします」

抑揚のない言い方でそう簡潔に述べると、九條さんはスタスタと事務所り、コートも著たままソファに腰掛けた。私はその景を、目で追って見ていた。

まあ、そうだよね。この人が伊藤さんみたいに、私のメイクした顔にコメントするなんてありえない。

だって気遣いや配慮という言葉と一番遠いところにいる人なんだから。

九條尚久27歳。この人が、この事務所の責任者であり私の上司、そして命の恩人でもある。

彼も私と同じように『視える』人で、その能力を使い怪奇な現象に悩む依頼をこなしている人だ。

ただし彼の場合、視えると言っても黒いシルエットだそう。その代わり、霊の聲が聞こえて場合によっては會話もできると言う特技の持ち主だ。

誰しもが見惚れるビジュアルをお持ちの人だが、當の本人はとんでもなくマイペースで天然、生活力なし。悪い人ではないのだがあまりに変な人すぎる。

……その変な人をし意識してしまっている自分は趣味が悪いのだろうか。

仕事の最中の真剣な眼差しや頭の回転の速さ、時折見せる優しさと笑顔にときめいてしまった私は、これをと斷定していいのかまだ迷っている。正直に言えば、したくない。こんな変人を好きになっては苦労するのが目に見えてるからだ。多分葉うことはないだろう。

一人で九條さんの橫顔を見ながらこっそりため息をつく。好き、なのかなぁ。

そう悩んでいるとき、ふと彼の黒髪が気になった。私は無言でそうっと九條さんに近寄る。

普段寢癖が付いてる事が多い彼の髪は今日は跳ねてはいなかった。その代わり。

「……九條さん、髪濡れてません?」

信じられないを見た。彼の髪は半乾き狀態であったのだ。

九條さんは何か問題でも?とばかりにこちらを向いた。

「朝シャワーを浴びてまだ乾いてないんです」

「ちゃ、ちゃんと乾かしてくださいよ!今真冬ですよ!?」

「今乾かしてます」

「自然乾燥じゃなくてドライヤーで!」

「ドライヤーなんて持ってません」

「!?」

目を丸くして九條さんを見た。噓だ、噓だよ。多分半分くらい禿げてるオヤジでもドライヤーくらい持ってるでしょう?!

衝撃で固まる私の肩に、伊藤さんが手を置く。彼の表はもはや諦めの表だった。

「いつものことだから」

「…………」

當の本人は飄々として、私に言った。

「ここは暖かいからすぐ乾きますよ。それより黒島さん、ポッキー取ってきてもらえませんか」

出ました、彼が何より大好きなお菓子。私が本格的に事務所にって最初の仕事はポッキーを運ぶ事だった。

私は力したまま事務所奧でカーテン一枚に仕切られた仮眠室へる。

小さな冷蔵庫にコンロ。その隣にある戸棚を開けると、ぎっしり例のお菓子が詰め込まれていた。

ああ、私やっぱり違うよ。

あの人を好きだなんて勘違いだ。一時の気の迷いだ。

そう心の中で斷言して、私はポッキーを摑み戻って行った。

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