《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》人との距離おかしい奴
ここ數日依頼が來ていない事務所はとても穏やかだった。
基本、九條さんは本を読んでるか晝寢をしてるかテレビを眺めているかで、それでいいのか責任者と突っ込みたかったがやめた。
現場での彼の働きぶりは見てきた。ろくに寢ることもせず調査を進めることもあるし、依頼が來ない時くらいゆっくりしてていいのかなと思った。(それにしてはリラックスしすぎだが)
そういう私も、そこまで大した仕事をこなしてはいない。
伊藤さんに聞いて任される簡単なデータ力や書類の管理ぐらいで、時間を持て余していた。
伊藤さん自は依頼のない日も結構忙しそうだった。まず初めて知った事だが、調査が終了した後、九條さんから口頭で依頼主には結果報告をしていたが、その後も伊藤さんが報告書を作して送っているらしい。
またこなした調査は容を事務所でもファイリングしていた。いずれ役立つこともあるかもしれない……との事で、狹い事務所の一角にはこれまでこなした依頼たちのファイルが並んでいる。
それらを見てため息がれた。九條さん、これだけの數の霊たちと向き合って一人で解決してきたんだなぁ、と改めて心する。今度時間がある時に、ゆっくり中を読んでみたいと思った。
変人だけど、やるべき事はちゃんとやってるんだよね、九條さん。
そしてもう一つ、伊藤さんは調査終了した後の依頼人へのフォローも行っていた。電話をしてその後は怪奇な現象がないか再確認し、更には「もし知り合いに同様の事で悩んでる人がいたら是非うちの事務所を!」なんて宣伝もサラリとしていて、伊藤さんのコミュニケーション能力というか、営業能力に帽した。
ああ、気遣いの神様、裏でこんなフォローをたくさんしてくれているんだ……。
自分はとりあえず出來る事から始めるしかないので、伊藤さんに教わりながらコツコツ仕事をこなしていった。新しく始まった仕事、今回は骨を埋める覚悟で臨んでいるのだ。
「あ〜手伝って貰うとめちゃくちゃ助かる……本當にありがとう!」
「い、いえ……私なんか簡単な事しかしてないですし」
「いやいや、本當ありがたいよ。ありがとうね」
新しい職場の先輩は今まで出會った中で最高に優しい人である事は確定だ。今日何度目か分からない嘆のため息をらす。
伊藤さんは一度大きくびをすると、時計を眺めて言った。
「あ、そろそろお晝だ!僕今日外に行ってこようっと。ちゃん行く?」
「あ、私は弁當で……引っ越しして金欠でして」
「偉いね!さすが!えーと九條さんは……」
二人でチラリと九條さんを振り返る。本人は黒い皮のソファに寢そべり、晝寢の真っ最中だった。お腹の上には読みかけの本が置いてある。
伊藤さんと無言で視線を合わせ、放っておこうね、と心を通じ合った。寢起きの悪い人をわざわざ起こさなくてもいい。
伊藤さんは財布をポケットにれてコートを羽織った。
「じゃ僕行ってこよーっと。ゆっくり休んでて!事務所裏にあるお菓子食べていいよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ひらひらと手を振りながら、伊藤さんは事務所から出て行った。パタンと扉が閉まり、彼の姿が見えなくなる。
私は持ってきた鞄から弁當を取り出した。昨日百均で購した弁當箱だ。余裕ができたらもうし可いお弁當箱もしい。
節約生活を心がけている弁當のおかずは簡素なだ。卵焼きは絶対。卵って安いし栄養あるし弁當の隙間埋めるしで最高の食材だと思う。
箸を取り出して手を合わせ、食事を始める。事務所は、九條さんが付けっぱなしにしていたテレビの音聲が流れていた。
ソファからは、九條さんの長い足がし飛び出している。仰向けに眠る彼の寢顔は悔しいほど綺麗だ。
ぼんやりとそれを眺めながら卵焼きを食べる。
自分はとことん恵まれていると思う。死のうとしたのを止めてもらい、更には仕事を紹介され、いいアパートまで見つけられた。
それも全てことの始まりは、九條さんが聲を掛けてくれたからなんだよなぁ。
人生とは不思議なだ。本來とっくに死んでたはずの自分が、こんなに明るい場所にいるなんて。
どうしてもまだ半年前の々を思い出しては心が苦しくなる事もあるけど、それはだいぶ過去の事として扱えるようにはなっている。ここ數日々あったせいかな。
ふっと一人笑った。
「ほんと、頑張りたいなぁ。お仕事」
「やる気十分なのはいいことですね」
突如そんな聲が聞こえてぎょっとする。見れば、先程まで閉じていた九條さんの目はぼんやりと開いていた。いつのまにか目を覚ましていたらしい。
「あ!く、九條さん!起きてたんですか!」
「今起きました、おはようございます」
彼はのっそりと起き上がる。後頭部は寢癖が派手についていた。なるほど、半乾きのまま寢るからいつも寢癖酷いんだな。私は納得する。
九條さんは時計を見上げて眉をひそめる。
「もう晝でしたか……」
「伊藤さんは外に食べに行きましたよ」
「そうですか」
「九條さんはお晝は?」
「どうしましょうね。ポッ」
「キーはおやつですよ、晝食にはなりません」
私が先回りしていうと、彼は不服そうにこちらを見た。そんな景が面白くて、私はつい笑う。
子供ですか、ほんとに。
「もう、ポッキーばかり食べないでくださいよ。食べに行くかコンビニでも行ってきては」
「めんどくさいですね」
「言うと思った」
「あまりお腹も空いてないですしね……
黒島さんはなにを食べてるんですか」
「へ?弁當です。質素な」
食べかけの弁當を見下げる。決して豪華でも鮮やかでもないよくある弁當。SNS映えなんてまるでしない代だ。
九條さんは一つ頷くと、私に言った。
「ポッキーあげるから分けてください」
「…………
……へ!??」
大きな聲で聞き返してしまう。なんて言ったの今? 分ける、って!?
九條さんは平然と繰り返した。
「事務所裏のポッキーあげるから弁當分けてください。伊藤さんのお菓子も食べていいですよ」
「伊藤さんの勝手に人にあげないでください」
そう突っ込んだ後冷靜になって慌てる。待って、まさか、この食べかけの弁當を九條さんに? てゆうか、普通人に弁當分けて下さいって言う? やっぱりこの人、マイペースにも程がある!
あわあわと慌てる私をよそに、九條さんはソファから立ち上がってこちらに歩み寄る。そして私の百均の弁當箱を覗いた。
はっとした時にはすでに遅い。適當に作った弁當見られてしまった。
「私卵焼きとブロッコリーと唐揚げください」
九條さんはそう言い放った。
彼はやはりと言うか何も考えずに発言してるだけのようだった。私といえば、恥ずかしさと張でを小さくさせる。
……九條さんが食べるって分かってたら、もうしちゃんと作ったのに。
自分が食べるだけだと思って味見すらしてない適當な。唐揚げなんて昨日の殘りだし。
それでも晝食がない九條さんの願いを斷れるわけもなく、私は持っていた箸を置いておずおずと弁當箱を差し出した。
「あ、味の保証はしませんけど……」
聲が小さくなっている自覚はある。だって、こんな形で手料理を食べられるなんて思ってもみなかった。
そこまできて私は箸がないことを思い出す。事務所裏に割り箸でもないだろうか。
「あ、そうだ、箸を探して」
「どうも頂きます」
九條さんはそう言って、置いてある私の箸を手に取った。そして私がぽかんとしてる間に、ひょいっと唐揚げを頬張ったのだ。
「…………」
「味しいですね」
「…………」
「卵焼きも貰いますね」
信じられない。
この人。
人の弁當分けてくれと言ったり箸を勝手に使ったり、人との距離をまるではかれない。まだ知り合ってそんなに時間も経ってない相手なのに?
自分の顔が熱くなるのを自覚する。照れるな、自分。九條さんは100%何も思ってないんだから。中學生でもあるまいし!
固まってる私の橫で彼は瞬時に食べ終える。そして機の上にあるラップに包まれたおにぎりを一つ手に取った。
「一つください」
「…………もう、お好きに……」
「ありがとうございます」
そう言って九條さんは再びソファに戻り腰掛けると、テレビを見ながらぼんやりと私の作ったおにぎりを食べ始めた。
悔しい、こういうシーンが無駄にドキドキさせられるんだから。慣れなきゃダメだ、九條さんにとっては通常運転なんだから。
九條さんが置いていった箸を手に取り一瞬止まるが、なるべく平然を裝ってそれで卵焼きを食べてやった。
とりあえず、念のため明日はもうちょっとちゃんと作ろう。そう心に決めながら。
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