《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》依頼元へ

「ただいま戻りましたぁ〜」

伊藤さんの聲が響いて私は顔を上げる。九條さんのポッキーをしこたま食べてやってる時だ。マイペース男へのちょっとした嫌がらせのつもりだったけど、戸棚のポッキーはし食べたくらいでは何も変わらなかった。

外はだいぶ寒かったのか、伊藤さんの鼻はほんのり赤くなっていた。ソファでテレビを眺めていた九條さんを見て、伊藤さんは安心したように言う。

「九條さん起きてたんですね!丁度よかった。さっき依頼の電話が來たんですよ」

伊藤さんはそう言うと素早くコートをいで適當に置くと、パソコン前に座り込んで何かを力し始めた。

九條さんはテレビを切ってスッと立ち上がる。ようやくやる気が出てきたらしい。私も持っていたポッキーを置いて伊藤さんの側に近寄る。

九條さんが伊藤さんに尋ねた。

「電話での依頼ですか」

「ええそうなんです。なんだかどうやらね、小さなお子さんがいるらしくてあまり外に出られないらしくて。直接來てくれないかと言われました。……あ、ここここ!」

伊藤さんがパソコンの畫面を指さす。どうやら、依頼人から聞いた住所を検索していたようだ。

3人で顔を寄せ合って畫面を眺めた。そこには、至って普通のマンションが映っていた。

「ここから結構近いところですよ、普通のマンションですね」

「依頼の容は」

「それも來てから細かく話しますと言われたんですけどねぇ。

6歳の娘さんについてらしいです。どうも様子がおかしいってのと、あとは夜にうなされるとか。寢ていると誰かの視線をじて息苦しく、金縛りもあうようです」

「娘、ですか……」

九條さんが腕を組んで考えるように唸る。

「どうやらシングルマザーなんですって。それで、娘さんの様子もおかしいから一人にさせておけなくてこちらに來れないとか。親とか頼れる人もいないって」

「なるほど」

シングルマザー、という単語にし心が揺れた。頼れる人もいない。それはまさしく、私と母の関係にソックリだったからだ。

私もずっと母と二人の生活で、ほかに頼れる人なんていなかったから。

伊藤さんはポケットからメモ用紙を取り出す。名前や住所、電話番號が書いてある。

『巖田 友子』

カチャカチャとキーボードを叩く音が響く。

「とりあえずこのマンションはそこそこ新しいですし誰かが死亡したとか、出るとか変な噂は見當たりませんけどね〜……」

「まだあまりにも報がないですね、まずは詳しく聞くところから始めないと」

九條さんはそう言うと、私の方を見た。

「黒島さん、行けますか」

「あ、はいっ!」

勢いよく返事をする。本採用されてからのはじめての依頼だ、気合をれるなと言う方が無理だ。

がワクワクした。正直今まで霊絡みで恐ろしい験を多々してきたのに、結構自分は図太いと思う。それとも慣れたのだろうか。

役に立ちたい。そう強く思っている。

「あーじゃあ僕、すぐに伺っていいか一度電話してみますから、その後に」

「分かりました。相手の許可が降りたら私と黒島さんで行くことにしましょう。黒島さんは準備をしてください」

「はい、著替えやポッキーの準備ですね」

「さすがです、ポッキーは忘れてはなりません」

霊を観察しに行くのにポッキーが必需品だなんて笑えるが仕方ない。九條さんにとっては本當に重要な存在なのだ。

伊藤さんが攜帯を取り出して電話を掛けようとしているところに、私はふと思いついて話しかける。

「伊藤さん、裏にある味しそうな焼き菓子とか貰ってもいいですか?」

「え?うん全然いいよ。お歳暮で貰ったやつだしいくらでも。調査中つまんでね」

「ありがとうございます。私じゃなくて、依頼人のお子さんに……で釣るわけじゃないですけど、手土産あるとなしじゃ違うかなぁって」

どんな事があるかはまだ分からないが、6歳のの子に話を聞くならばしでも仲良くなれた方がいいと思った。見知らぬ男が家にってきてはびっくりするだろう、一人は能面のような男だし。

伊藤さんが心したように腕を組んだ。

「あーやっぱりの子ってそういう気の回り方が違うね〜」

「気遣いの神様にそう言われるなんて」

「え?神様?」

味しそうなのちょっと持っていきますね」

「うんどうぞ〜」

私は事務所裏にり、戸棚を開けた。ポッキーを取り出す時、他にも沢山お菓子があるのに気付いていたのだ。

有名な焼き菓子が多くっていた。まあ、本當なら頂きをあげるなんて失禮だろうけど、買いに行く時間も無さそうだし仕方ない。

味しそうなをいくらか近くにあったら可らしい紙袋に詰めた。それから、調査に必要な品も用意する。

調査は泊まり込みが殆どだ。解決までにどれくらいの時間を要するかはその事例次第。次に自分の家に戻れるのはいつか分からない。

そのため、お泊まりセットを持っていく必要があるのだ。下著や服の著替え、歯ブラシに洗顔、タオル。簡単に化粧品も用意する。

無論、だしなみに無頓著な九條さんは手ぶらだ。著替えなんてしなくても死なない、というのが彼の主張だ。イケメンの無駄遣いめ。

大きな鞄に様々なを詰めて出ると、丁度伊藤さんが電話を終えたところだった。

「すぐに來てくれって!僕はいつものごとく留守番してますから、何かあれば連絡くださーい」

伊藤さんはそう言って、先程のメモを私に差し出す。住所をじっと見つめた。

九條さんは行きましょう、と小さく言ってすぐに事務所を出ようとした。すると伊藤さんが慌てて付け加える。

「あ!一つだけ!

どうも今回の依頼主さん、守について過敏です!何度も確認されました、今回の依頼について外にらさないようにって。何か事があるのかもしれません」

伊藤さんの言葉に、九條さんはし考えるような素振りを見せたが、すぐに頷いて事務所の扉を開けた。私はその背中を慌てて追った。

九條さんが運転するBMWに乗って目的地へ向かった。彼が運転する姿って何か違和があって未だに慣れない。

いつもぼーっとしてるから、ハンドルを捌く様子は普段と雰囲気が違って見えるのだ。

助手席に座った私はチラリと隣を見る。

「えっと、九條さんは子供って好きですか?」

「好きに見えますか?」

「見えません」

「正直ですね」

つい反的に即答をしてしまったが、間違いではないと思う。九條さんが子供相手にデレデレ遊んでいる姿は想像つかないからだ。

「そういう黒島さんは好きなんですか」

「普通です」

「正直ですね」

「子供大好き〜ってキャラではないですが、人並みに可いと思いますよ」

「あなたらしい返事です」

なぜか九條さんはし口角を上げた。ハンドルを切って左折したあと、赤信號で車が停車する。

九條さんは前を見たまま言う。

「どちらかと言えば好きですよ、子供」

「へえ!」

意外! 私は心の中で呟いた。

九條さんは自分のペースをす事がないし、でも子供はこちらのペースなどお構いなしに絡んでくる。だからてっきり苦手かと思っていた。

そうなんだ、九條さんと子供の絡みか。ちょっと楽しみになってきたかも。

しワクワクしてきた私をよそに、彼は無表で続ける。

「彼らは無垢で打算などをしないので、そういう存在は重要だと思っています」

「それはそうですね、子供たちは素直ですよね!」

「ですが、決して嫌いではないのですが、私自は子供に近寄られません」

「…………」

九條さんの橫顔を見る。

「大概遠くから見られてるか、話しかけても怯えられます」

「…………」

「なので殆ど子供と関わった事はありません。黒島さん、そこのところよろしくお願いします」

ああ、そうか。きっと九條さん子供相手にも態度変わらずこのままなんだ。

殆ど笑う事もせず敬語で淡々と話すような大人、そりゃ子供は怯える。怖い人かと思っちゃうよね……。

「今まで依頼で子供が絡む事なかったんですか?」

「思い返せば一度もありませんでしたね。初の事です」

「そうなんですか……」

「よろしくお願いします」

頼りにされるのはありがたい事だが、どうしよう。私もそこまで子供と接した事はないし、好かれるタイプでもないんだよなぁ……。

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