《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》の異変

リナちゃんはこれまた無表でテレビを眺めた。手にはしっかり犬のぬいぐるみを握っていた。

私と九條さんは黙ってその景を見つめる。巖田さんが笑顔でどうぞ、と言われたのをきっかけに、ダイニングテーブルの席についた。

は素早く私たちに溫かなお茶を淹れてくれ、目の前に置かれる。背後からは大きなボリュームでアニメの音聲が流れていた。

巖田さんは私たちの目の前に座り、頭を下げる。

「わざわざ來てくださってありがとうございます」

「まずはお話を伺えますか。娘さんが関係していると聞いてますが」

九條さんはすぐに本題に踏み切った。巖田さんは頷く。

「リナとここに引っ越してきたのは半年前なんです……ええと、主人のDVに逃げてきまして、二人で暮らすようになって」

「DV?」

私は思わず聲をあげる。

「……ええ。恥ずかしながら。夫は今も私達の居場所を探しているはずなので、私たちの報をどこにもらさないようお願いしたいのです。あと、なるべく普通っぽい方たちで探してて……その、お坊さんだとか、いかにもみたいな霊能者の方では、近所の人に見られたら噂になるし……」

「なるほど」

九條さんは呟く。目の前のお茶には目もくれず、質問を続けた。

「それで、どのような現象が?」

「夜、ものすごく息苦しくて誰かに見られているようで目が覚めるんです。気のせいなんかじゃない、ここ半年で急にそうなったんです。毎日です、毎日。寢ている自分の上に誰かが座っている験もしたことはあります」

「夜ですね」

「ええ。あと、それと……」

巖田さんがチラリとリナちゃんを見た。つられて私も視線をかす。彼はやはり無表で無言で、テレビを眺めていた。

巖田さんは悲しそうに俯き言う。

「……リナが、話せなくなったんです」

「え!!?」

驚きで聲を上げたのは私だ。まさか、話せない?確かにまだあの子の聲は聞いてはいない。初対面の私たちに故意に無言を貫いているのかと思っていた。

話せない、だって?

巖田さんは聲のボリュームを下げて続ける。

「半年前まではね、明るくてよく笑う子だったんです……なのに、ピタッと話せなくなって、笑わなくなって。様子がおかしいんです……その、聲を上げることは出來るんですけど話す事が…。私相談できる人もいなくて……」

辛そうに話す巖田さんは今にも泣き出しそうだ。私はチラリと再びリナちゃんを振り返る。話せなくなるほどの恐ろしい験をしたのか、それとも何かに乗り移られているのか。

ただ、彼は子供らしさがない點で不気味ではあるが、何か『やばい』を背負っているようには見えないのだが……。

考えを巡らせる私の隣で冷靜に発言したのは九條さんだった。

「失禮ですが、ご主人のDVから逃れられてきたとの事で、失聲癥になるならそれによるストレスやショックからによる可能が1番高いのでは?」

「しっせいしょう?」

あまり聞き慣れない言葉に、私が繰り返す。九條さんは表一つ変えずに続けた。

「聲を失うと書いて失聲癥です。ストレスなどが原因で話す事が出來なくなる事です。似た言葉で失語癥がありますが、これは脳などの機能障害から話す事が出來なくなる事を呼びますから、リナさんの場合失聲癥と呼ぶのが正しいかと」

「なるほど……」

相変わらず仕事中はシャキッとして知識も多い人だと心する。

巖田さんが答える。

「夫は隠れて私に暴力を振るう人で、リナには一切手をあげませんでした。確かに突然父親を無くしたショックはあるかもしれませんが、失聲癥になるほどではないと思うんです」

「病院へは」

「行きました。やはり何かのストレスだろうと言われましたが、その、この子ものすごい病院嫌いなんです。病院は暴れてぶから中々カウンセリング連れていけなくて。病院はとにかく時間をかけて見ていきましょうと言われました」

九條さんは腕を組んで考え込む。巖田さんは思い出したように言った。

「他にもリナは怖いものがあって。一つはです」

?」

「太りが苦手なんです。だからあんな事になってて……」

3人で閉ざされた窓を見つめる。なるほど、それであの段ボールなのか。それにしても徹底ぶりが凄いが。

「あと外出も……。本人は行きたがることもありますが、外に出ると奇聲を上げて暴れるので、決して外には出せません。ここ最近は買いもすべてネットの宅配で、私も家から出れていません」

「え……じゃあずっと二人きりで篭ってるんですか?」

目を丸くして聞く。巖田さんはこくんと頷いた。

唖然としてその項垂れた頭を見つめる。九條さんは続ける。

「お仕事は?」

「ええと、し前母が亡くなりまして、その産が結構ありまして。ですから依頼料は大丈夫です、リナをよろしくお願いします!きっと何かよくないものがいるせいであの子はこうなってるんです……元のリナに戻してください!」

巖田さんはテーブルに額がつきそうなほどに深く頭を下げる。背後のアニメの音聲がアンバランスだった。

隣の九條さんを見上げれば、未だ何かを考えているように腕を組んでじっと巖田さんを見ていた。

そしてし経った後、頷いて彼は言う。

「とりあえず調査させて頂きます。娘さんの原因が怪奇によるものかどうかまだ確定ではありませんが、夜うなされる験も気になりますし」

「あ、ありがとうございます……!」

「とりあえず夜間の様子をカメラ撮影させて頂きたいのですが。可能であれば一室お借りし、私達は夜通しその部屋からあなた方を見守りたいです。ですが無理ならば夜は一旦退きます」

「いいえいいえ、大丈夫です。部屋もありますから使ってやってください!ああ、ありがとうございます……!」

まるで神でも見るかのように、巖田さんは私たちのに拝んだ。その様子を見て不憫に思う。

きっとこの人いっぱいいっぱいなんだろうな。が理解できない狀況になって、夫から逃げて、きっと悩んだんだろうなぁ……。

決まりだとばかりに巖田さんは立ち上がった。

「リナの部屋を使ってください。いまは置狀態なんです。他もお好きに使って下さっていいですから」

その言葉を合図に私たちは立ち上がる。リナちゃんは未だにテレビを無言で見ていた。

リビングをでてすぐ右手に見えた扉が開かれる。子供部屋として用意してある部屋だと一目で分かった。そこには子供用のおもちゃなどが多くあったからだ。

広さは8畳ほどだろうか。ブロックやままごとのセット、人形やその家たち。の子ならではのおもちゃに懐かしさをじるが、どうもそれらはあまり遊ばれていないようだった。ほとんどが新品同様であったからだ。

その部屋も勿論窓には段ボールがはめ込まれ、ガムテープが張り巡らされていた。

他にはシングルのベッドが一つ、置いてある。

「向かいにある部屋が寢室で、私とリナはそこで寢ています。勝手にって貰って構いません」

「分かりました。一度車から機材を運び込んできます」

「はい、私はリビングにいますので……」

巖田さんは再び頭を下げると、すぐにまたリビングへと戻った。一人にさせているリナちゃんが心配なんだろうなと思った。

ふうと息をついて辺りを見回す。とりあえず、雑に置いてあるおもちゃたちを端に寄せた。

「どう思いますか、今の話」

九條さんが突然言った。振り返ると、彼はポケットに手をれて段ボールがはめ込まれた窓を眺めていた。

「ええと、この部屋とかリナちゃんに変なものは全然じませんね」

「同です」

「リナちゃんの失聲癥の原因はよく分かりませんね……霊が関係しているのか、ほかのストレスが何かあったのか」

「どうもしっくりこない話ですね。話が違和だらけなので當然と言えば當然ですが……。

を嫌がったり醫者や外を嫌がったり。彼はとにかく外に対して拒否が強い」

「そうですね、何ででしょう……」

「それに……」

九條さんは言いかけて止まる。ボンヤリと考え事をしばらくした後、し眉を下げて頭を掻いた。

「まあ、とりあえず泊まり込みの許可も得たので撮影しましょう。毎晩だと言っていましたから、今日も起こるといいですね」

「あ、じゃあ機材を……」

「機材は私が運びれる事にします。黒島さんには違う仕事を」

「え?違う仕事?」

首を傾げて尋ねると、九條さんは私が持ってきた紙袋を指さした。

「娘である巖田リナに、一応話を聞いてみてください」

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