《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》変化する映像

「リナ?」

その隙間から何かがれてきそうになったとき、リナちゃんの背後から聲が響いた。巖田さんだった。

心配そうに部屋を覗き込んでいる。

「あ、ここにいたのね。大丈夫?」

リナちゃんのが再び固く結ばれた。す、っと視線を外しくるりと振り返る。そして巖田さんの問いかけには何も反応せず、ぺたぺたと歩いて部屋から出て行ってしまった。

困ったなとばかりに巖田さんはため息をつき、私たちに頭を下げた。

「すみません、お邪魔してませんでしたか」

「い、いいえとんでもない!」

「ならいいのですが……」

申し訳なさそうにもう一度頭を下げた巖田さんは、リナちゃんの背中を追うようにパタパタと駆け出して行ってしまった。

……あとしで、ちょっと反応が出そうだったのに。

はあとため息をつく。話せないはずのが何か音を出そうとしていた。言葉じゃなかったとしても、それはとても貴重なものだったはずだ。

「あれは何か知っている反応ですね」

九條さんはポケットに手をれて呟く。

「ええ、絶対そうですよね、そう思いました」

「やはり話せなくなった理由はあの霊の影響なのか……しかし有害そうなじはしない、と……ふむ、今までにないパターンです」

九條さんが困ったように天井を仰いだ。事務所に並べられたファイルを思い浮かべる。あれだけの數をこなしてきた九條さんが初めてのパターンかあ。

「とりあえず我々も休息は必要です。一旦部屋に戻りましょう」

夜間一睡もしていない九條さんは、眠そうに欠をしながらそう言った。

巖田さんに一言聲をかけてシャワーを借り、控え室へ戻った。れ替わりに九條さんもシャワーを浴びに行ったため、私は部屋に一人殘されていた。

朝方は眠気が強かったが、今はシャワーを浴びたせいで頭がスッキリしている。なんとなく糖分がしくなって、以前リナちゃんに返された焼き菓子を食べていた。

林檎と紅茶のケーキだった。確かに小さな子に紅茶味はお気に召さないのも仕方ないかもしれない。

バター香る上品な味だった。ボーッとしているのもなんなので、昨晩見ていたあの映像を再生して今一度見直していみる。

慣れない手つきで何とか機械を起させ時間を戻し、問題のシーンに差し掛かる。

巖田さんがうなされていて、それをリナちゃんがベッドサイドで覗き込んでいる様子だ。1度目にした景だというのに、未だ私は慣れずゾッとした。

「……何を思って観察しているんだろう……」

亡くなった母を思い浮かべる。私だったら、お母さんが隣で苦しそうにしてたら起こしたり名前を呼んだりするだろうけど、この子は……。

20分間、きっと大人ですらそんな時間同じ制で居続けるのは辛いのにこの子はじっとかず見ているだけだ。巖田さんはずっと唸り続けている。

りんごのケーキが急に胃もたれするようにじた。食事をしながら見るべきじゃなかったかもしれない。

後悔しながらそれでも小さくケーキを齧り、畫面を見続ける。ようやく巖田さんの聲が止み、リナちゃんがベッドに戻るところだ。

小さなが布団の中に足をれ、上半を倒していく。ここ、ここだ。

が倒れた瞬間に映る。白い著を著た、若い……

「……あれ」

聲がれた。ピタリと手を止める。

一瞬見えたの人は相変わらずリナちゃんの背後に見えるのだが、昨晩はその顔までは見えなかったはず。

それが今は見えた。暗視カメラの中ハッキリとが見えないはずの畫面にその姿が。

真っ赤な紅を塗った薄い

「……もう一度」

どこか震える手で作する。ほんのし時間を戻す。

リナちゃんが布団に足をれる。

上半を倒す。

白い著、結った黒髪、赤い紅、小さめの鼻?

「……もう、一回」

りんごのケーキを床に適當に置き、私は同じことを繰り返す。

リナちゃんが布団に足をれる。

上半を倒す。

白い著、結った黒髪、赤い紅、小さめの鼻、切長の一重の目。

「……待って……」

手の震えは加速する。またしても私は映像を戻す。

リナちゃんが布団に足をれる。

上半を倒す。

白い著、結った黒髪、赤い紅、小さめの鼻、切長の一重の目はリナちゃんを見さげているかと思うと、次の瞬間こちらを見た。

「 ! 」

ドキドキとが鳴る。

間違いない。映像の中で、このは変化している。

たった一瞬映るだけだけど、その中で再生するたび確実に変化していっている。昨晩は顔はハッキリ見えなかったのに今は目の前にこの人がいるのかと錯覚するほどに明確にわかる。

再び戻そうとして一瞬たじろぐ。お風呂に行っている九條さんを待った方がいいだろうか。でも、時間が経つ事でこの現象が止まってしまったら? 霊とは気まぐれなのだ。

それに何より、

「……手が止まらない……」

機械を作する自分の手はもう無意識にいていた。もはや私のものではないように。

額に汗が滲んだ。目の前のモニターはまたリナちゃんを映し出している。

リナちゃんが寢る。生きている人間と同じくらい鮮明に映るは鋭い視線をカメラに寄越す。蛇に睨まれた蛙のように私は全が強張る。

ああ、昨日も思ったけど、このの人って恐怖というよりどこか神々しい。威圧があってオーラも違う。ただの霊に対する恐ろしさではないのだ。

と目が合った狀態が続く。

……続く?

「……ちょ」

一気に震えが全に広がった。

この人が映るのは一瞬だけだったはず。そのあと隣の巖田さんがすぐ飛び起きるんだから。

でも起きるはずの巖田さんは何もかない。リナちゃんも巖田さんも呼吸すらじないほどに。

は消えない。リナちゃんの頭部近くで正座している様子がわかる。

消えない、なぜ? 巖田さんが、起きない?

映像を止めようと手をばしたくても自分のはまるでいうことを聞かなかった。金縛りにあったようだった。

の強い視線は私をとらえて離さず魔法のようだった。鋭い視線から目を離すことが出來ない。

だめだ、だめ。このまま見ててはいけない。

必死にそう自分に言い聞かせるもそれはなんの力も発さなかった。そしてとうとう、畫面の中のがすっと立ち上がったのが分かった。

下半は殆ど消えていてよく見えなかった。

「あ……」

こちらを見たまま、がゆっくり私の方に近寄ってくる。

それは歩みを進めるきとは異なり、すーっと流れるようにの上半は移した。

どんどんカメラに近づいてくる。彼の顔がよりハッキリ認識出來るようになる。どこか厳かな、不思議なオーラを醸し出していた。暗視カメラの映像の中で、この人だけが別次元のように存在している。

「ちょ、ちょっと待っ」

の顔が大きくなってくる

徐々に、徐々に

巖田さんは起きない

私のかない

の目は私だけを見ている

だめ

それ以上、來られては

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