《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》調査報告

ちゃん、もうし燈りのあるところに……」

「私……」

「え?」

「私、九條さんと一緒に行ってきます!」

「え、ちょ、ちょっと待って!!」

伊藤さんが慌てて私を呼んだが、それを無視して駆け出した。リナちゃんを抱っこして両手が塞がっている彼に、私を止めるなどない。

マンションの中へ再びり、すでにき出してしまったエレベーターを見て焦りをじる。私は隣にある階段を駆け上がった。

騒ぎがする。

もし、もし九條さんに何かあったら。

そんな想像をするだけで息が止まりそうだった。必死に足を回転させて階段を駆け上がっていく。

れた息もそのままにようやく八階まで登ると、私はあののない部屋に再び飛び込んでいった。玄関の戸を開けた瞬間、リビングから巖田さんの聲が響いてきた。

「リナが! リナがいないんです!」

はあはあと息を靜める。びた廊下の先にあるリビングは、僅かにだが扉が開いていた。ほんの數センチ。私は足音を立てないようにそっとそこへ忍び寄った。

「リナはどうしたんですか? リナ!」

「リナさんは外に出ています」

二人の聲が聞こえる。私はリビングの前までたどり著くと、壁に背中をつけて隙間から中を覗いた。九條さんの姿は見えないが、巖田さんの橫顔は捉えることが出來た。

は髪を振りし、真っ白な顔をしていた。目をまん丸にして九條さんの方を見つめている。

「な……? 何をして……! あの子は外が怖いんですよ!」

「怖がっていませんでしたよ」

「今だけです、すぐにんで暴れ出すんです、連れ戻してください!」

「それより巖田さん。今回の調査、全て終了しました」

いつもの抑揚のない九條さんの聲。私は固唾を飲んで二人の會話に耳を傾けた。

「え? ……調査?」

「あなたがうなされる原因であるの霊に、リナさんが話せなくなった理由」

「そ、それはあとで聞きますからっ、リナを……!」

「あのの霊は、リナさんの守護霊です」

九條さんは結論からズバッと述べた。巖田さんも、容が気になったらしい。戸ったように聞き返した。

「守護霊……?」

「一般的にも聞き覚えのある単語ではないですか。その名の通り、人間を守る霊の事です。普段守護霊は中々お目にかかれません、なぜならその人間と一化しているからです。まあ、守護霊を視るのを得意とする者もいるのは事実ですが、なくとも我々は違う。私もあまりお目にかかったことはありませんでした。だから、彼が守護霊であるということも気付けませんでした」

「そ、それでリナは」

「守護霊は滅多に人間を攻撃しません。リナさんの守護霊はかなり力の強い者のようです。我々の前に姿を現し、あなたを攻撃していましたから」

「私を、攻撃……?」

九條さんの聲が、鋭くなる。

「リナさんが話せなくなった原因、心當たりがあるのでは」

「……は」

「でもそれを認めたくなくて、怪奇のせいなどにしたのですね」

「何を」

「彼はあなたの娘ではありませんね」

巖田さんのきが止まった。

瞬きすらせずに、ただ九條さんを眺めいてる。

「な、に、を」

「彼はあなたの娘ではない。そう言ったんです」

巖田さんは愕然とした様子で九條さんを見ていた。丸くなった目から、その眼球が落ちてきそうだと思った。

私は固唾を飲んで見守る。

九條さんの淡々とした聲が続いた。

「あなたの戸籍を調べました。子供はおろか婚姻歴もない。夫からDVをけて逃げてきたと言うのも真っ赤な噓ですね? 初めにあれほど守について聞いてきたのはリナさんの存在を外にらしたくなかったからです」

「……何を突然。あの、あの子は無國籍なんです。夫も事実婚で……」

「こちら。彼がいつも握りしめていたぬいぐるみの中にっていたメッセージです。寢ている間に拝借して見ました」

巖田さんは驚いたように言葉を呑んだ。九條さんはあの小さな紙を取り出したに違いない。

白い犬のぬいぐるみにっていた、の言葉。

「『加奈子へ を込めて ママより』」

「…………」

「憶測ですがあのぬいぐるみは手作りなのでは。リナさん、いえ、加奈子さんの本當のお母様の」

巖田さんのが震える。それでも、彼は引き攣った笑顔でしらばっくれた。

「ああ、思い出しました。リサイクルショップで購したんですあれ。前の持ち主のものじゃないですか?」

「そう言ってくるだろうと思いましたし、私も考えました。でも、あの子があなたの娘でないと仮説を立てれば、全てが繋がるのです。

窓。れない閉ざされた窓達。リナさんがを怖がるのだと言われ納得していましたが、私は最初から不思議な點が一つあったのです。ベランダに出るこのリビングの窓です」

巖田さんがそちらに目を向ける。相変わらず段ボールで覆われ、ガムテープで隙間をり付けられている窓の前には更に簞笥が置いてある。

「段ボールとガムテープまでは理解できますが、なぜここに簞笥を?」

「そ、れは」

「リナさんがを怖がるなんて全くの噓。彼走したり助けを呼んだり出來る場所を塞いでいただけ。あとはあなたの心の恐怖心を和らげるためですね。外から見られたらという、罪悪から行われたことでしょう」

「…………」

「それにリナさんの部屋には本來あるべきものがない」

「あ、あるべきもの?」

「彼は今現在6歳。あとしで小學校學する時期です。なのにランドセルや勉強機、本棚や筆記用學に必要なものは何一つありませんね」

巖田さんのが震える。それでも、まだ彼は言い訳を述べた。

「言いましたよね? 夫から逃げてきたんですよ、元々用意してあったけど置いてきたから……」

「そうだとしてもなぜ引っ越した後購してないんですか? 使われていない新品のおもちゃは山ほどあるのに。

答えは簡単です、あの子を小學校に通わせるつもりがなかったから」

巖田さんが言葉を呑む。強く握りしめた右手が、彼の苛立ちを示していた。

「ほら、引っ越してすぐリナがああなって……それどころじゃなくて。おもちゃはしでも気を紛らわせるために次々買ってしまって」

「分かりました、そこはそう言うことにしておきましょう」

九條さんはアッサリ引き下がる。しかしすぐに、バサバサとが落下する音が響いた。九條さんが何かを床にばら撒いたようだった。

巖田さんが不思議そうに首を傾げる。

「それは……?」

「あなたが彼の母親であるのなら、知らなくてはならない決定的な事があります」

「え?」

「これはうちのスタッフがリナさんに持ってきた洋菓子たち。そのうち、リナさんが考えてこちらに返してきたものです」

先ほどの音は、どうやらお菓子をひっくり返した音のようだった。私は黙ってそのまま見守る。

巖田さんはそれが何か? と言わんばかりに九條さんの方を見ている。

「あの子好き嫌い多くて……あれぐらいの年ならよくあることでしょう?」

「彼が避けた達には共通點があります」

「……え」

九條さんのハッキリした聲が響く。

「恐らく、彼は林檎アレルギーです」

巖田さんの目が更に丸くなった。

呆然とした顔で九條さんを見つめている。

「ぱっと見てわかるようなは勿論、目視では確認できない林檎の混も避けている。恐らく分表を見て判斷しているのでしょう。子供の好き嫌いはよくあることですが、分表を見てまで避ける事は中々ありません。恐らく、本當のご両親が指導されていたのですよ、賢い子です」

「…………」

「あなたが母親であるなら、なぜあの子のアレルギーについて知らないのですか? 命に関わる事ですよ」

「…………」

「……まあ、ここまで述べた事全て否定してもらっても構いません。

我々はもうすでに警察に相談済み、拝借した髪ので、あの子が半年前行方不明になっていた福井加奈子さんだと判明しているのです。警察が突するより、出りが自由な我々が保護した方が安全だと計畫を立てた上での今日です。まもなくここにも警察がってきます。

あの子の失聲癥の原因は拐され監されたショックから。あなたのうなされる原因はあの子の守護霊からの攻撃だったから。以上が今回の調査報告です」

九條さんの説明に、初めて巖田さんは項垂れた。

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