《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》諦めの悪い心

「それにしても不覚でした。あの子を初めて見た時、見覚えがあるなと一瞬思ったんです。でも深く考えめせんでした。おそらく、行方不明になった半年前にテレビか新聞で見たんでしょうね」

加奈子ちゃんと會った帰り道。三人で夕焼けに染まる道を歩いていると九條さんが言った。それを聞いて思い出す、そういえば私も見たことあるようにじたんだ。

「私も一瞬思いました……! 私は人気の子役に似てるからそれでかなぁ、なんて思って」

「意外と人間の第一印象は的確で正しいのですね。あの時気づいていれば」

し悔しそうに言う九條さんに、伊藤さんがフォローした。

「いや、でも半年前にみた寫真と隨分印象違ってましたよ? トレードマークのロングヘアもバッサリ切られてたし、何より表が全然違いますもん。気づかなくても仕方ないですよ」

そう言った彼は彼で、視線を落として呟いた。

「僕こそ、報収集係なのにあの親子のことまでは調べなかったな〜……調べたらすぐ分かったのに。これからは依頼人の素も調べなきゃかなぁ」

「でも! まさか依頼人が拐犯だなんて思いませんし、プライバシーもあるから仕方ないですよ!」

「まあ、それもそうなんだけどさー。々反省しちゃうよね」

三人ではあと息を吐く。そんな空気を変えるように、九條さんが言った。

「まあ、今回はかなり稀なケースですから。仕方ありませんね」

「そう、ですよね」

「次に生かしましょう!」

私達はなんとか振り切ってそう言った。そんな時、伊藤さんがポケットを漁る。

「あ、仕事用の攜帯だ! 依頼かな、ちょっと失禮!」

彼は私たちからし離れて電話に出た。私と九條さんは一旦足を止めて、伊藤さんの後ろ姿を見ていた。

寒い空気がを刺す。私はちらりと、隣にいる九條さんを見上げた。彼は相変わらず黒いコートを著て、ポケットに手をれていた。寒さからか、ほんのし頬が赤い。

「なんか……すみませんでした」

私は呟く。ずっと言おうと思っていた事だ。

九條さんが私を見る。

「何がですか」

「本格採用されて初めての仕事で、頑張るぞと意気込んでたんですけど、全然役に立ってなくて」

そう、自覚していた。私は今回まるで役に立てていない。

加奈子ちゃんのコミュニケーションは伊藤さん頼みになってしまったし、霊は見えたものの解決に繋がるような事は何一つ見ていない。守護霊だなんて気づかなかったし。

九條さん一人でもよかったと思う。

しかし彼はキョトンとして言った。

「何を言ってるんですか。あの子の犬のぬいぐるみについて初めに気づいたのはあなたですよ」

「そうですけど、報告してなかったし……」

「それに、親子ではないという説を確かなものにしたのはあの林檎のお菓子たちです。あれが私の中では決め手でした。あれはあなたが最初に持ってきたからですよ」

彼が気遣いから勵ましなどをするタイプではないことは分かっていた。きっと本當にそう思ってくれているんだろう。

私は俯いて小さくお禮を言った。

「ありがとうございます……」

「お禮を言うのは私の方ですよ。

あなたがを張って助けてくれたこと、嬉しかったですから」

私が顔を上げると、そこには笑っている九條さんがいた。その笑顔が目にった瞬間、またしても心臓が一人暴走し始めたので慌てて目を逸らす。

この人いつでも、凄いタイミングで笑うんだから。無自覚だろうか。

「け、結局は助けられてませんでしたけど! 九條さんがあんな機敏にけるだなんて意外でした!」

「結果論はどうでもいいんですよ。私を心配してきてくれたことが重要です」

「……べ、別に大した事してません」

私はそう答えながらも、頭の中で考えていた。

ここ數日、ずっと思っていた事だ。

あの時、マンションに戻っていく九條さんの後ろ姿を見て言いようのない不安に包まれた。拐犯と二人きりになることで、九條さんに何かあったらどうしようと気が気ではなかった。

いても立ってもいられなかっただけ。自分はだし護なんてなにも知らないから行っても役に立たないくせに、そんなことすら思いつかないほど九條さんで頭がいっぱいだった。

失うかもしれないと考えるだけで、苦しかった。

はあとため息をらす。

これはもういい加減、認めざるを得ない。

こんな変人を好きだなんて一瞬の気の迷いだと思っていたが、さすがに誤魔化しきれない。どうやら私は本當にこの人を想ってしまっているようだ。

「どうしました、大きなため息をついて」

「いえ、なんでもありません」

當の本人はまるで気づかず私に尋ねてくる。あんただよ、あんたのことで悩んでるんだよ。このポッキー星人め。

できればあのまま気のせいだと思っていたかったのに。だって、この人が私とをするなんてありえないと分かりきっているからだ。寢たらなかなか起きない、ポッキー主食で、これだけ自分にも無頓著な男がをするなんて。

九條さんと付き合えたら? 普通をしたらそういう想像をして楽しむものだが私の脳にそんな妄想はり立たない。デートしてる様子も手を繋いでる様子もなんっにも思い浮かばない。本當に人間かこの人は?

はいたらしいけど絶対しつこく言い寄られてちょっと付き合って呆れられて別れてるだけだ。確信がある。一般的な人たちがするような事をしてくれるなんてありえない。

しかも、同じ職場。上司。萬が一にもこの気持ちが気づかれれば気まずい事この上ない。なんて厄介ななんだろうと思う。

出來れば、このままフェードアウトしたいと思った。こんな、さっさと諦めた方が自分のためだとも思う。葉わないを続けるのは辛すぎる。

そうだ! 調査中の九條さんのことは考えないことにしよう。調査中は悔しいが頭は回るし冷靜だしで、そんな彼に惚れてしまったのは否めない。

事務所にいる九條さんだ。ほら、ポッキーばっか貪ってソファに寢転んで、髪は濡れたまま出勤するし白か黒の服しか持ってないし! うん、この調子だ。

そしてもっと普通の人を好きになって……

さん」

はっと、息が止まる。

振り返ると、九條さんがこちらを見ていた。風が吹いて彼の黒髪が揺れる。なんだかその景は、出會ったあの日を思い出した。

「これから先も、無理はしてはなりませんよ。何かあったらどうするんですか。を張る事はしないでください。あなたはなんですからね」

こんな時に、

こんなタイミングで、

そんな風に呼んで、

そんな事を言うの?

ぶわっと顔が熱くなった。さっき私の名前を呼んだ聲が頭の中でこだまする。

聞き慣れているはずの名前が特別な響きに聞こえた。今、自分の名前が生まれて史上最高に好きに思えた。

(……この人、無自覚でこんなことしてるの……?)

悔しくて悔しくて、私はを噛んだ。

この天然鈍ポッキー男。ずるいよ。

こんなの、諦められるはずがない。

「依頼でしたよー! きたきた、依頼!」

電話を終えた伊藤さんがルンルンで帰ってくる。九條さんは何事もなかったように伊藤さんに言った。

「早速りましたか。バリバリ働かねば、今回の巻き返しが必要です」

「でもまあ、今日はもう遅いから明日詳しく聞くことにしました! 朝イチで電話します!」

「分かりました」

「ラーメン食べていきません? ちゃんも!」

くるりと私を振り返る伊藤さんに、平然を裝って頷いた。

「はい、行きたいです!」

「九條さんの奢りだから!」

「またあなたは勝手に……まあ、いいですけど」

「やったね! 僕味噌〜」

伊藤さんが大きくびをしながら道を歩いていく。九條さんが振り返って私に聲をかけた。

「行きますよ、さん」

「……はい!」

また名前を呼ばれた事にスキップしてしまいそう。

なんて単純なんだろう私は。

高鳴るめながら、私は笑顔で二人の背中を追った。

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