《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》初給與
時計を見上げれば、正午を指していた。
手元の書類をキリのいい所まで読み込むと、一旦持っていたペンを置いた。ちょうどその頃、近くに座っていた伊藤さんも作業を切り上げたようだった。
「ん〜晝ですね! さーて食事にしよーっと」
彼は大きくびをした。九條さんは椅子に座って、どうやら例の子供向けゲームをいまだにしているようだった。どこから突っ込んでいいかわからないからもう突っ込まない。
伊藤さんが立ち上がろうとした時、九條さんが何かを思い出したように顔をあげる。そして私たちに聲をかけた。
「伊藤さん、さん」
「はい?」
「今日お給料日でした。明細そこの引き出しにってるから持っていってください」
その言葉を聞いて、カレンダーを見る。確かに、今日は月に一度の給料日だった。私にとっては、ここにきて初めての日だ。
伊藤さんがわっと笑顔になる。
「そっか! そうでしたね、忘れちゃいけない日だった」
ニコニコしながら九條さんに言われた引き出しに手をかけ開ける。そしてそこから封筒にった明細書を取り出した。
「はい、こっちはちゃんの」
「あ、ありがとうございます!」
人間お金がる日はびっくりするくらいテンションが上がる。私の心は一気に弾んだ。僅かな貯金を切り崩しての生活だったので、この日を待ちんでいたのだ。
しいものが山ほどある。とにかく必要最低限のだけで生活してきたので、これでもうしの回りのが潤うだろうか。
「二人ともお疲れ様でした」
九條さんは淡々とそれだけ述べると、また攜帯に視線を下ろす。私はワクワクを隠しきれずに上がる口角もそのままに封筒を握る。ああ、まず何を買おうかな。次々頭をよぎる妄想に一人微笑む。
伊藤さんはそれを開くこともせずそのまま鞄にれていた。そして私に尋ねる。
「今日もお弁當? だよね」
「あ、はいそうです!」
節約生活のために、事務所に出勤する日はいつも弁當を持參するようにしていた。百均で買った弁當箱もそろそろいいものに買い替えられるかもしれない。
伊藤さんははーあと悩ましげに息を吐いて九條さんの方を見た。
「いいなー九條さんは手作りの弁當で」
どきっとが鳴る。
以前から弁當を持參して事務所で食べていると、外に出るのが億劫な九條さんに『ポッキーあげるから弁當分けてください』だなんて渉されることが日常になっていた。
あまりに続くもんだから、おにぎりの數を多くするところから始まり、そのうち百均でもう一つ弁道箱を買い、九條さんにも作ってくるのが日課になった。普通意中の男にお弁當を作ってくる、だなんてかなりハードルの高い事だが、今回ばかりはスムーズに事は運んだ。だってそうしなきゃ私の弁當が毎日半分減ってしまうんだもの。
九條さんも特に深く考えず『ありがとうございます』といってけ取って食べるだけだ。伊藤さんにモーニングコールを毎日させてるんだし、彼は周りの人との距離というものをわかっていないので、あまり特別な事とは思われていない。
ただこちらとしては、やはり気になる人に手料理を振る舞うということで無意識に気合がってしまうことは否めない。自分一人なら適當で済むのに。
「いや、夕飯の殘りとか詰め込んでるだけですよ……! 大したものじゃないですし」
私は慌てて伊藤さんにいう。彼はし口を尖らせて言う。
「僕一人だけ寂しく外食じゃーん」
「外食の方が味しいですよ確実に……」
「毎日じゃ飽きるんだって。じゃあ今度お金払うから僕のも作ってくれる?」
「え! い、いいですけど別に……」
「やったね! 楽しみ!」
伊藤さんはそう言って犬のように笑った。片方の頬に浮かぶ小さなエクボにくしゃりとなるその笑顔は可い。これ以外に表現しようがない。私はほうっと自分のの力が抜けるのが分かる。
年上の、しかも男に使う言葉ではないけど、だって伊藤さん可すぎる。
彼は上著を軽く羽織ると、私に手を振った。
「んじゃとりあえず今日は行ってきまーす!」
「あ、行ってらっしゃい!」
伊藤さんが事務所を出て行って扉がバタンと閉まると、一気に靜寂が訪れた。今日は普段ついているテレビが消えているせいもある。九條さんゲームに夢中だから。
私は持ってきた袋から弁當箱を取り出し、座っている九條さんの機の上に無言で置いた。
「ありがとうございます」
抑揚のない聲で九條さんは答えた。
それを橫目で見ながらはあと小さく息を吐く。
ほんと、好きな人に弁當を作るのってイメージ違うよ。これじゃあに餌やる飼育員の心境と同じだ。
私は再び九條さんから離れた椅子に腰掛けると、弁當を開く前にまず先程いただいた明細書をとりだした。働くと決めてから伊藤さんに簡単な給與の説明もけたけれど、バタバタしててあまり覚えてないし、その月の依頼の量でし変すると言っていたから的に想像つきにくい。
こっそり明細を取り出して開く。まだ働き始めてまもないのだし、そこまでの額は期待していない。
(…………え!)
心の中で聲がれた。私は目を丸くしてその數字を眺める。
そこにあった額は、以前自分が數年働いていた會社よりもしだが多いくらいだったのだ。勤めて1ヶ月、研修期間のようなものなのに。思ったより多かった。
「どうしましたそんなに驚いて」
九條さんの聲がする。私が顔を上げると、彼は攜帯を手に持ったままこちらを見ていた。
「いや、思ったより多かったから驚きました……」
「そうですか?」
「小さな事務所だし、特殊な仕事だから正直あまり期待してなかったです」
「以前も言ったでしょう、特殊ゆえ意外と儲かるんですよ」
「そうでしたね……」
「さんのおかげで早く解決することも多々ありますから、そうなれば依頼の數を多くこなせることになります。以前はタイミングが悪いと斷っていたので。事務所にとっても助かります」
「そ、そんな……ありがとうございます」
あまり役立ってるじはないのだが、上司がこう言ってくれるのだから素直にけ取っておこう。私の頬がさらに緩む。
私は再び視線を落とす。これなら、弁當箱だけじゃなくてちょっといい化粧品ぐらいも買えるかもしれない。貯金もそれなりにしておかねばならないけど、自分へのご褒も大事だと思う。
またしても高揚してきた気分を抑えながら明細書を細かく見ていると、ふと気になる點が一つあった。
「九條さん」
「はい」
「この特別手當、って何ですか?」
私が尋ねると、九條さんは一瞬考えるように前を向いた。だがすぐに思い出したのか、ああ、と小さくつぶやく。
「晝食代です」
「え?」
「さんは私に晝食を用意してくれてるので。その労力や材料代などもあるでしょうから、れておきました」
九條さんはそれだけ言うと、また攜帯に視線をもどした。
私はそんな無表の彼の橫顔を見ながら驚きを隠せなかった。
九條さんは人に気遣い出來ないスーパーマイペースなお人だ。まさか、私が作ってくる弁當のお金を払ってくれるなんて思ってなかった。伊藤さんじゃあるまいし。
意外とそういうところ気が回るんだ……。
「で、でもこれじゃ多いですよ、いつも適當ご飯なのに」
慌てて言う。貧乏生活ゆえ、質素なおかずが多かったのに。
しかし九條さんは平然と答えた。
「多くないですよ。
あなたが作る、なんでも味しいんですから」
油斷した時に攻撃された銃弾は私の心臓を撃ち抜いた。一瞬で心臓は普段のきから加速する。
……くっそ、気になる人にそんな事言われたら、嬉しいに決まってるじゃないか。
「あり、ありがとうございます……」
し震える聲で答えたあと、心の中で九條さんにももうしいいお弁當箱を買おう、と誓った。あと食材ももうちょっといいおかずれてくるんだから。
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