《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》大活躍のキャリーケース

ずっと離れたところで無言で話を聞いていた伊藤さんが勢いよく椅子ごとくるりとこちらを向いた。やや困り顔だ。

「いやー凄いのが來ましたね。今回は調べおおそうですね」

「その通りです、伊藤さん頼りにしてますよ」

「まあそれが僕の仕事ですからね……。とりあえずざっとだけ見ましたが、確かにあの學校の學生や教師でここ最近自殺したとかの報はありませんね」

伊藤さんのデスクの上に開かれているパソコンは、いつのまにかもうそんなことを調べ上げていたらしい。相変わらず仕事ができる人だと心する。

伊藤さんははあーと大きなため息をつきながら頭をかく。

「うーんと、眠ってる生徒たちについて、共通點について、首吊り霊の目撃報の詳細、いじめの有無や學校の土地自の問題……頭混しそう」

そう困ったようにいうと、またくるりと回転してパソコンを叩き出した。その背中を見て心する。伊藤さんってほんといつでも凄い。これまでのしの會話だけでそこまで考えられるんだもんなあ。

隣の九條さんは機の上に置かれていたパンフレットを手に取り読み出す。

さんは知ってましたかこの學校」

「え? ええ、有名ですよ。頭いいですから」

「どんな印象ですか」

「ほんと進學校、ってくらいです。嫌なイメージとか変な噂は聞いたことないですよ。あ、頭がいい中でも蕓の部活は盛んみたいって聞いたことあります」

「怪奇が起こり始めてたったの二週間で、お祓いにスクールカウンセラー、休校と措置をとれるのは中々出來ませんよ。あの人仕事できますね」

「そうですよねえ……普通は幽霊なんて気のせいだ! とか強引に言い聞かせて終わらせそうですしねえ。教師なんて特に怪奇とか認めないイメージが」

目覚めない生徒たちがいるというのは確かに重要な事態だが、首吊りの霊は生徒達の噂だと信じない可能も高いのに、三木田さん凄いなあ。

上品な男の姿が目に浮かぶ。

九條さんがパンフレットを眺めながら言った。

「學校からこういった依頼はないんです。得の知れない人間を校れるのはかなり難しいことでしょう。保護者達からもなにを言われるか」

「確かにそうですね……」

「今回の騒がよほど大きいのだという証拠でもありますがね。さてなるべく早く出発しましょう。さん準備を」

「あ、はい!」

私は返事をして立ち上がる。準備を、と言った本人は暇そうにパンフレットを眺めているだけだが、これはいつものことだ。もう慣れている。

事務所奧にある仮眠室へる。小さなキッチンと仮眠用ベッドがある一室だ。私はその隅に置いてあった赤いキャリーケースを取り出した。

このキャリーケースを使用するのは初めてのことだった。いつも紙袋などにったパンパンの荷を両手いっぱいに抱えて現場へ向かっていた。そんな私の姿を見かねて先日、伊藤さんがキャリーケースの購を提案してくれたのだ。

中には著替えに洗面用品、タオルなどがっている。それから九條さんの分の著替えもっていた。これも決して本人が用意したものではなく、伊藤さんが購してきてくれたものだ。九條さんの妻かな?

私は一旦ケースを開き、空いた隙間に近くの戸棚にっていたポッキーの箱を詰め込んだ。あとはインスタント食品なども々。

キャリーケースはもうパンパンだった。ゆっくり閉じてよし、と確認すると、それを下ろして仮眠室を出る。

「お待たせしました!」

私の聲に顔を上げた九條さんは、右手にあるケースをじっと見てしだけ眉を下げた。

「パワーアップしてますね」

「泊まり込みで何日かかるかわからないんですもん、たくさんれておきました!」

「旅行にでも行くのかと」

「ちなみにこのバッグは経費で伊藤さんが買ってくれました」

九條さんは無言で伊藤さんをみる。パソコンにかじりついていた彼は顔を上げて親指を立てた。

ちゃんはの子なんですよ。々必要なのは當たり前でしょうー! あ、九條さんの著替えも適當に経費で買って渡してありますから。大活躍ですよキャリーケース」

九條さんはどこか呆れたように目を細める。

「私は別に著替えなんてどうにでもなるから必要じゃないですよ」

「あ、あと休憩室のポッキーたっぷりれておきました。かなりたくさんあるから安心してください」

「そのキャリーケース大活躍ですね」

コロリと意見を変える男に今度は私が呆れる。それしか頭にないんですかそうですか。ポッキーが販売中止した日が彼の命日だろう。

九條さんはソファから立ち上がり、伊藤さんに聲をかける。

報はいつものようにその都度送ってください。私たちは現場へります」

「はいはい、いってらっしゃーい」

伊藤さんに手をふり返すと、私は九條さんの白い背中を追うように事務所を後にした。

九條さんの運転する車に揺られ、私たちは一ノ瀬高校へ向かっていた。彼の車に乗るのはもう何度目か分からないほどで、その乗り心地にもだいぶ慣れてきてた。

「學校という場所についてどう思いますか」

ハンドルを握ったまま九條さんが尋ねてくる。私はし考えて答える。

「いいイメージはありませんね。経験上、よくないものを見ることが多いです。病院とかよりよっぽど」

「同です。

人が大勢集まるということも勿論ですが、やはり若くてパワーのある場所ですから、霊達も集まりやすいんですよね。楽しそうな聲に惹かれてくる場合もありますし、昔から學校に怪談話が絶えないのにはちゃんと理由があります」

自分の學生時代を思い出し、し憂鬱になる。いじめられていたわけではないが、『どこか変わった子』の印象を払拭することは出來なかった。

廊下や教室、様々なところに霊は溢れるくらいいる。それを避けて歩く私はまっすぐ歩くことさえ出來ない不用な子だった。

仲のいい友達は結局できないまま學生時代を終えたのだ。彼氏なんて、想像上の生きくらいにじていた。

九條さんがいう。

「しかし……眠った後目覚めない、というのは聞いたことのない現象ですね。これは興味深い。まあ、それが怪奇によるものかどうかさえ分かりませんけど」

「そうですねえ……憑かれたとしても、眠り続けるなんて聞いたことないですね……あとは首吊りって言ってましたね。三木田さんの話によれば自殺者もいないっていうし、なんで首吊り……?」

首を傾げて考える。これがここ最近、學校で首を吊った人がいたというなら話は早いのだが。

でも首吊りの霊だなんんて。私は震いをする。やだなあ、グロテスクな格好だったらどうしよう。何かの本で、首吊りって時間が経つとえげつないことになるっていうし……。私はやや寒気をじた腕をさすりながらいう。

「気味悪いですね首吊りの霊なんて……私見たことありませんよ。樹海とか行けばたくさん見えるのかも」

「道端で首吊りの霊を見ることは確かにあまりありませんね」

「前から思ってたんですけど、九條さんって霊を怖いとか嫌だなとか思うんですか? いつでも平然としてますよね」

隣の運転席を見る。整った橫顔は、無表で前だけを見ていた。

「まあ、私は霊たちも影としか見えないので。さんのように鮮明に見えるのよりマシなのかもしれませんね」

「あ、そっか……」

「ただ、道端を歩いていて耳元で突然話しかけられたりすると驚きます」

「ひえええ! そ、そんな験いや! そんな時どうするんですか? びっくりしますよね?」

「一瞬驚きますが無視を貫きます」

すごいなあ、と心した。きっと私ならび聲をあげたりして、頭のおかしい子認定されること間違いない。

ふと、頭の中に思い浮かんだ疑問をぶつけた。

「九條さんってどんな學生だったんです?」

「このままですよ。普通のそこいらにいる學生です」

「このままだとしたらそこいらにいない」

冷靜にし低めの聲で突っ込んだ。こんな形の無表、なのにど天然な男がそこいらにいてたまるか。

しかし當の本人は心外だ、というように答える。

「何がですか。至って普通の人間ではないですか」

「え、本気で言ってますか?」

「まああらゆる點で不用なのは自覚してますけど、これくら不用な者は大勢いますよ、伊藤さんが用すぎるだけです」

「不用っていうか、なんてゆうか」

「はあ」

「……いいです、説明し難い」

九條さんは不思議そうにしだけ首をかしげた。

どうやら自分が最高に変人だということの自覚はあまりないらしい。普通の人は5歳児向けのゲームに一日中ハマったりしないんだなあ。

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