《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》夜の散策
伊藤さんも電話越しに、やや嬉しそうに聲を弾ませた。
『あーそういうことですか! そんなの喜んで! ちゃんはの子ですしねー首吊り會えました?』
「ええたった今。出現場所がバラバラなのでカメラにおさまるかどうか……。窓から飛び降りながら首を吊るという派手なやり方でしたよ」
『ひえ。そんなの鮮明に見ちゃうちゃん、ちゃんとフォローしてあげてくださいよ! いつも言ってますけど、怖い思いしながら泊まり込みで調査するなんて逃げ出さないのちゃんくらいですよ!』
伊藤さんの心配そうな聲が聞こえる。その聲を聞いただけで、が溫かくなるのをじた。いつだって優しい気遣いの神様、もうほんとに伊藤さんいい人。
私は嬉しくなって聲を出す。
「ありがとうございます伊藤さん」
『あれ!? 何これスピーカーだったの? 言ってくださいよ九條さーん!』
どこか恥ずかしそうに慌てた伊藤さんに笑う。さっきのショッキングな映像が吹き飛ぶくらい、彼の癒しパワーに當てられた。
『というわけで今日の報告でした! とりあえずこのまま四人について調べ倒しますね、一段落ついたらそっちのヘルプに行きます!』
「ええ、よろしくお願いします」
九條さんが電話を切り、そのまま無表で攜帯を作する。そしてしばらくし、私に畫面を見せた。
「今眠っている子達です」
伊藤さんから添付されてきた報だった。名前に顔寫真、年齢、眠ってしまう前の言などが書かれていた。私はじっと無言でそれを読み込む。
四人は至って普通の子高生というじだった。眠りにつく前も、登校し習い事にも通い、家族に挨拶を告げて眠りについた、という普段となんら変わりない生活態度であったと記されている。
「さんから見て何か思うことはありますか」
「え、私ですか……九條さんの方が絶対勘も鋭いし細かいことにも気付くと思うんですけど」
「いえ、同じ同士何かじることがあるかもしれませんから」
ずいっと攜帯を差し出される。私は困りながら渋々それを再び見直す。私に察力ないって前言ったくせに……。
「まあ、あえて言うなら」
「ええ」
四人それぞれの寫真を見比べる。
「どちらかというと、みんな大人しそうな子ですよね」
自分で言って、なんてくだらない想を言ってしまったんだろうと後悔した。これじゃあまた呆れられてしまう。
そう思ったのだが、意外にも九條さんは食いついた。
「大人しそう、ですか? どこを見て?」
「へ? どこ、って言われましても……」
「みな同じ制服で黒髪ではないですか」
「えーと、同じ制服でも著方だったり髪型だったり……。
ほら、うちに首吊りの証言をしにきた子達。調理部の山田さんと明るい澤井さん、印象全然違うでしょう? 澤井さんはキラキラグループにいそうな。山田さんは真面目そうな子じゃないですか」
「キラキラグループ??」
し首を傾げた。あれ、いまいち伝わらない。男の人たちはあまり群れることをしないから想像しにくいのだろうか、それとも単に九條さんが人間関係に疎いからか。
……後者かな。
「はそういうタイプ別に群がる習があるんですよ。同から見ればぱっと見でどんなタイプか分かることが多いんです。外れることもありますけど、この四人の子達はとにかく大人しそうな子達だなあって印象です」
「はあ、は難しいですね」
心したように九條さんが言った。多分この話、伊藤さんなら共してくれるんだろうけどなあ。九條さん確かにグループだとか気にしなさそうだし。
「……で、今日はどこにカメラを設置するんですか?」
私は攜帯を彼に押し返して尋ねた。機材はあまり多くない、せいぜい四、五ヶ所がいいとこだ。
攜帯をポケットにしまうと、困ったように眉を下げて言う。
「そこですね。これだけ広い校舎で不定期に現れる霊を捉えるのはかなり難しいでしょう。とりあえず、先ほど外から見たように一臺は校舎全を外から映しましょうか。
あとは……」
「あとは?」
私が前のめりになってきく。キッパリ斷言した。
「適當です」
日も暮れて生徒や教師たちもいなくなり、最後に挨拶に來てくれた東野さんから夜間についての注意事項などを聞かされた後、私たちはすぐにき出した。
臺車を使って撮影機材を移し、その録畫を開始したのだ。とはいっても、私も九條さんも今回はあまり録畫に期待はしていなかった。出現場所がこれほどばらついており、そんなタイミングよく霊を捉える可能は低いと思っていたからだ。
あとは自分たちの足。これにかける。
カメラを設置したあと、軽く夕飯を食べた私たちはただひたすら校を歩こうという話になっていた。どこかでまた首吊りと遭遇するのを探し続ける、というわけだ。気の必要なことだがこれが仕事なので仕方ない。
キャリーケースにっていた簡素な食事とおやつを食べた私たちは、早速校探索へ出かけていた。
「九條さん私ね、今心で自分を褒め倒してるんです」
「どうしてですか」
「個人行をやめてくれって九條さんに懇願したこと。間違ってもけれなくて正解でした」
私は普段より幾分か低い聲でそう言った。
もうとっくに夜を迎え、誰もいなくなった學校は覚悟していたそれ以上に不気味だった。電気はついているので明るさは十分だというのに、どんよりと影が集まっているように見える。廊下には晝間同様よくない者も集まっているし、ここを一人で歩けだなんて拷問だと思った。
真っ暗な外が窓から見える。誰もいないグラウンドが寂しい。私たちの歩く足音がやけに響き渡る。
「前、病院も調査で行ったじゃないですか。あれも不気味だなあと思ってたけど、斷然こっちの方が嫌です。病院は看護師さんとか人がたくさんいましたもん」
夜になると冷え込んできたため、腕をさすりながら言った。九條さんと探索を始めてかなり経つが、今のところ首吊り霊は出會えていない。
ただ暗く広い學校を歩き回っているだけ。こんな形になる調査も初めてだった。普段はどこかのお宅に呼ばれることが多かったからだ。
歩いて霊を見つけましょう、その顔を見ましょうだなんて、正気の沙汰とは思えない容だ。
「逃げたいですか」
九條さんが隣から聞いてくる。
「え?」
「普通なら逃げ出してると、伊藤さんが言ってました」
隣を見れば、九條さんのまっすぐな瞳が私を映していた。なぜか分からないが、その顔をみてどきりとする。慌てて視線を逸らした。
「ええと、逃げ出したくはなりますけど?
それはこの場から逃げたいってだけで、その、仕事そのものから逃げたいわけじゃないっていう……何言ってるんだろう、意味わかります?」
自分でもよく分からない言葉を並べてしまって焦る。夜の學校自は逃げたくなるほど嫌いだが、仕事を辭めたいわけではないって伝えたかったのに。
私が死ぬ覚悟を改められたのは間違いなく九條さんのおかげで、仕事は怖いけどいつだって必ず九條さんがフォローしてくれてるから頑張れてる。
めちゃくちゃ変人だけど、悔しいことに頼りにはしているのだ。
「そうですか、ならよかったです」
私のしどろもどろな説明に納得した九條さんは、それ以降は何も言わずに廊下を歩き続けた。彼なりの、私へのフォローのつもりだったのかもしれない。
それから無言でただ廊下を歩き、時折教室を覗き込んでみるも、なかなかタイミングよく首吊りは見えない。ただ疲労がに溜まっていく一方だ。夜も更ければ眠気が出てくる。ああ、化粧を落として顔を洗いたいなあなんてぼんやり思っていた。
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