《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》癒し登場

二人で眺めていた化學室を撮影した映像に、不審なものが寫り込んだからだ。暗視カメラで撮影されている化學室は、ひっそりと無人でずっと靜かだった。そこに、人影が映り込んだのだ。

九條さんが早送りをやめて通常の速さに戻す。化學室の一番後ろにカメラは設置してあり、教室全を見渡せるようになっていた。一番遠くにある黒板の隣りに、いつのまに現れたのかぼんやり黒い影が見える。

ゆらゆらわずかに揺れながら存在していたその影は、時間が経つにつれて姿をはっきりとさせていった。それは私たちの想像通り、一人の子生徒だった。

ロングヘアの彼は俯いたまま黒板の隣に立っている。ただ、後ろ向きだった。顔はいまだに見えない。

「顔が見えませんね……」

私は悔しさから呟く。九條さんは答えなかった。

生徒はしばらくその場に立ち盡くした後、突然橫を向いた。これもまた酷く俯いていて、垂れた髪のが邪魔で橫顔すら拝めない。足音もなくゆっくりゆっくりと移し、その子は黒板の中央まで移した。

「……あ」

いつのまにか、その子の手には紐が握られていた。私たちに背を向けるように立つと、なんの躊躇いもなく、紐を自分の首に巻きつける。

そして紐と紐を両手で握りしめると、まさかそのまま首を締め始めたのである。

「! う、噓でしょう!」

つい聲をらした。遠目からでもわかるほど、はかなりの力で自分の首を締め続けている。腕で締め上げるたびにその頭部がし震える様子があまりにリアルで、私は目を瞑ってしまいたくなる。

しばらくギリギリと自分自で首を締め続けた彼は、ある瞬間ふわりとその格好のまま倒れた。そして床にが打ち付けられる瞬間、姿が一瞬にして消えてしまった。

「……もはや、首吊りでもないですよね……?」

誰もいなくなった化學室を呆然と眺めながら、九條さんに言った。首を絞めるという共通點はあるが、吊ってはいないではないか。

隣の九條さんは険しい顔をしながらしだけ首をかしげた。そして返事をする間もなく、すぐさまモニターを作して他の場所を見始めたのだ。

私は鳥が立った腕をさすった。自分で自分の首を絞めて死ぬ、だなんて。どうしてそんなことを……。

だが、どうやら九條さんが気にしているのはそこではないようだった。長い指で録畫場面を作しながら言う。

「もしかすると、ですが」

「え?」

「彼は……

我々に見てしいんですかね」

「……え?」

その言葉の意味がわからずぽかんとして隣をみる。

けれど數分後、私は説明されずとも九條さんの言葉を理解することとなった。

昨晩設置した撮影場所四箇所、全てに首吊りの霊は映っていたのだ。

校舎全を映すものには、昨日私たちが目にしたのと同じように飛び降りながらの首吊り。食堂と教室は天井からぶら下がった紐に首を通して吊るオーソドックスな(と表現していいのだろうか)やり方の首吊りの一部始終が映っていた。

どれも共通してロングヘアの生徒。頑なに顔は映っていいない。

これだけ広い校舎で適當に設置したカメラ全てに映り込む。これは確かに、九條さんの言う通り相手が私たちにアピールしているとしか思えなかった。

自殺を、アピール?

私は腕を組んで考え込む。

「自殺してるとこをアピールとは、どう言うことなんでしょうか?」

「……正直こんなパターンは見たことないですね」

「あ、例えば!」

に浮かんだ陳腐なホラー小説の容を思い出して私は聲をあげる。

「実はどこかに首吊りの死があって、それを見つけてほしくてアピールしてる、とかですか!」

「まあ、なくはないですが……。

その割には首吊りのやり方がレパートリーに富んでいるのは変ですね。それこそ死んだ時のやり方でアピールしてくると思うのですが」

「確かに」

あっさり引き下がった。

「まあ、その線も探りましょう。ここ最近の行方不明者が生徒にいないか伊藤さんに調べてもらいましょう」

納得のいかない顔で、九條さんはそう言った。

生徒たちが登校し、授業が始まる。

私と九條さんは再び眠りの世界にっていた。夜はまた遅くまで活するのが目に見えているので、今のうちに力を回復させておかねばならないとのことだ。

寢ると言っても、らかなベッドで寢れるわけではないので疲労が取り切れるじもない。ただ、時折聞こえるチャイムの音は懐かしさからか心を穏やかにさせた。私たちはただあたたかな日差しの中うとうとと眠っては起き、眠っては起きを繰り返していた。

午後になり、私は明るいうちにシャワールームをお借りしてを綺麗にした。夜になっては絶対にれないので今しかチャンスがないと思ったのだ。

殘念ながらドライヤーまでは持ってきていなかった私は、肩にバスタオルを掛けたまま控室へと戻っていった。

爽快でやや気分が上がっていた私が教室の扉を開けた瞬間、眩しいものが目にった。

「あ、ちゃんお疲れ様〜」

「……あ! 伊藤さんお疲れ様です! なんか眩しいと思ったら伊藤さんの笑顔でした!」

「あはは、何それ、疲れてるねちゃん?」

伊藤さんが九條さんと向かい合って座っていた。差しれなのか、機の上に々な飲みや食料が広げてあった。九條さんは椅子に座ったまま水を飲んでいる。伊藤さんの前には、持參したであろうパソコンが置かれていた。

「とりあえずしヘルプにきたよ、あと調べの報告も」

「あ……何かわかりました?」

「それより風邪ひくよ、ほら座ってなるべく日に當たる溫かい場所にいて!」

伊藤さんがずるずると移してくれた椅子に腰掛ける。窓際のしが差し込むところだった。相変わらず優しい人だ。

それにしても、學生用の木の椅子と機が、伊藤さんにあまりに似合っていることは心にめておいた方がいいだろう。こうなると高校生にも見える気がしてきた。伊藤さん顔だなあ本當に。

私が座ったことを確認した伊藤さんは、早速本題を切り出した。

「さて、まずは朝追加されたここ最近行方不明になっているの子の報ですが、調べても見當たりませんでした」

「ううん……違ったか……」

だろうな、と思ってはいたが、やっぱりハズレていた。私は唸る。

「そして眠ってる四人についてだけどー……。

接點はやっぱりまるでないですね。多分お互い顔もしらないかと。

趣味などでも共通點なし。眠った當日の行にも共通點なし」

「ふむ……行き詰まりますね」

九條さんが困ったように言う。だがすぐに、伊藤さんが続けた。

「ただ、一つ挙げるなら」

「え?」

私たちは前のめりになる。

伊藤さんは目の前のパソコンを作しながら言った。

「『友達らしき人がいない』……ですかねえ」

私と九條さんは顔を見合わせる。伊藤さんが続けた。

「イジメとかはないみたいなんです、まあ細かいは分かりませんが、結構な人數に聞き込みしたけど口を揃えてそんなことはないってことでした」

聞き込みという単語に突っ込みたくなったが飲み込む。伊藤さんいつのまにそんなことまでしてたの……?

やっぱり敵に回してはいけないお方だ。

「でもこう、なくともクラスに仲のいい友達はいないみたいなんですね。SNSを探ると、最初に眠ってしまった木下ちかさんって子らしきものだけ見つかりました。學校がつまらない、友達もいないって書き連ねてあるものばかりで……これです」

目の前のノートパソコンをくるりと返し、私たちに見せる。よくあるSNSだ、木下ちかさんらしき書き込みが連なっている。

『馴染めず一年が終わるー』

『友達ってどうやって作んの』

『早く卒業したい』

『來年のクラスも絶対こんなんだし』

ネガティブな書き込みには、他者からの反応は何もない。ただ獨り言を淡々と書き込んでいるようだ。

日常の出來事の書き込みもあったが、それよりも毎日の嘆きの書き込みの方が多いくらいだ。

さらりと目を通し、九條さんが問う。

「つまりは四人とも孤獨をじている可能が非常に高い、ということですか?」

「ですねえ。斷言はできませんけど、なくともクラスメイトに友達がいないことだけは間違いなく共通しています」

九條さんが機の上にあったポッキーを一本手に取り見つめる。

「孤獨をじていたり自暴自棄になったりと心に隙間があると、霊に引っ張られやすくなります。この線で行けば、友人がいないことを嘆いている者たちはあの首吊り霊に引っ張られてる可能も」

ポキッ、と齧る。もぐもぐと口をかしながらさらに続けた。

「そうなれば無論、あの首吊り霊も同じように友人がいないことで悩み自殺したのでしょう。同じ悩みを持つから波長が合ってしまったのです」

「でも、ここの生徒で自殺してる子はいないんですよ?」

私が口を挾むと、彼はそこです、と言わんばかりに頷き私にポッキーの袋を差し出した。とりあえず一本頂いておく。正直、最近ポッキーを食べすぎて飽きているのだが。

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