《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》鏡手
だが、九條さんはし不思議そうに首を傾げる。
「確定、ですが……まだ疑問は殘りますね。顔を隠していたことの答えは分からないままです。影山さん、もしや日比谷を調べていくうちに彼に會ったことが?」
「いいえ、ありません。個人的に調べていただけで、面會をしたこともないし、あちらも私を知っていることはありえないかと」
「麗香も知っているはずがないと思います。では、なぜ向こうは顔を隠していたのか……それは分からないままですね」
確かに、あの真っ黒な顔は何だったんだろう。何か意味があるのだろうか?
無言で考え込む私たちを、勵ますように九條さんがやや明るめの聲を出した。
「ですが、相手を知れたことはよいことです。影山さん、除霊にも違いが出てきますよね?」
「ええ、得の知れない誰かより、向こうがどんな人間か知っているだけで格段にやりやすくなります。もちろん日比谷の力が強いことは間違いないが……鏡が屆き次第、もう一度やってみましょうか」
その言葉にほっと全の力が抜けたようになる。まだまだ油斷はできないだろうけど、し希が見えてきたような。
影山さんの言葉に被るように、黙っていた伊藤さんが聲を上げた。
「やっぱり!!」
みんなが伊藤さんに注目する。彼は興したようにパソコンに齧り付いていた。九條さんが不思議そうに尋ねる。
「どうしました」
「川村莉子についてですよ! 九條さん言ってたじゃないですか、SNSが、一ヶ月ほど前から更新頻度がぐっと減っているって」
「あ、そういえば」
私は思い出す。一番最初に被害にあった川村莉子さんのSNSを調べていた時、九條さんがそう言っていた。また一ヶ月前という時期か。
「僕言いましたよね、彼は蕓能人だか誰かのファンでそれを生きがいのようにして過ごすの子って」
「まさか!」
「川村莉子の裏アカウントが分かりました。
彼が熱心にしていた相手は日比谷です。日比谷の熱狂的な信者です。彼が亡くなったことがショックで更新が落ちていたんでしょう」
唖然とする。さっき伊藤さんも言っていたけれど、犯罪者に熱中する人間はなからずいる。正直私には一生理解できないだろう、いくら顔がよくても、人殺しに心酔するなんて……!
伊藤さんはパソコンを見ながら言う。
「日比谷のファン同士でオフ會を開くほどですよ、SNSに書いてあります。へえー若いはもちろん、男も信者っているんですって。理解できないな。
こういうのってどうですか、あまりに気持ちが強い信者が、本人を引き寄せるってことあると思います?」
影山さんが苦々しい顔をした。眉間に皺を寄せながら答える。
「ありえると思います。死者は生きている者の思いに敏です。冒涜するような行為や気持ちに怒る話はよく耳にします。
逆もあるでしょう。自分を強くし求める相手に引かれる。この子の熱狂的な思いが日比谷を寄せ付けたのかもしれません」
つまり、川村莉子の日比谷を思う熱い気持ちが、死んだ彼を呼び寄せた。彼は生前のように、若いである川村を絞殺した。
そこからは人から人へ渡り歩くように、無差別にを攻撃していった。そして麗香さんまで來た……ということか。
生きているうちも、死んでからも誰かを殺すことに夢中な彼は、一どんな人間なんだろう、と寒気がする。
人が人を殺めることは、毎日溢れんばかりにニュースでやっている。恨みがあった、介護に疲れた、正當防衛だった、カッとなった。
時には、犯人に同的になってしまうようなものもある。もちろん犯罪は許されるものではないが、なぜ起こってしまったという背景は大事だとは思う。
しかし日比谷においては、無差別に殺す最も理解できないパターンだ。きっと彼を調べ盡くしたところで、その思いを理解できることはないんだろうと思う。
「繋がってきました」
九條さんの鋭い聲がする。
「時期的なものも全て一致します。相手は連続殺人犯日比谷輝明。若いに執著する。麗香もさんもやはり無差別に選ばれただけです」
自然と視線が影山さんに集まった。調べることはもう調べた、あとは彼にかかっている。
影山さんは固い表のまま腕を組んでいた。
「鏡は本日の午前中に屆きます。ですが、すぐに使えるものではないのです、數時間いただけますか。私は鏡に自分の気を吹き込めないと」
「はい」
「それを終えたらもう一度行いましょう。次は失敗できない、必ず除霊します、相手を抹消させるつもりで」
決意の聲が、事務所に響いた。
影山さんの言った通り、鏡は午前中に屆いた。それも、見るからにすごい力を持っていそうなお坊さんが屆けにきたので、驚きで萎してしまうかと思った。
影山さんはいつも除霊に使うものをそのお坊さんから譲ってもらうらしく、とても有名な方だと言っていた。私を見るなり、お坊さんは不憫そうな顔をして見てきたものだ。
だが彼は、力の強いものの除霊はできないのだとキッパリ言い切った。
やはり難しい除霊ができるような人間は、生まれ持った才能が全てだと。修行を積んでも限界があるのだそう。影山さんなら大丈夫だろう、と言い殘して、お坊さんは帰ってしまった。
厳重に包まれた丸い大きな鏡は、昨日除霊に使われたものとよく似ていた。隅から隅まで観察した影山さんは、しばらく一人にしてほしいと言いのこし、仮眠室へとった。そこで鏡と向かい合い、準備をするんだそうだ。
仮眠室にった影山さんの邪魔にならないよう、私たち三人は事務所で靜かに過ごしていた。伊藤さんと九條さんは、日比谷について調べ続けている。私は両手を塞がれたまま、できることもないので、ソファに座り音を消したテレビを眺めているだけだ。
どこかピリピリした空気がある。もうししたらこの事件の終わりを迎えるかもしれないという期待と恐怖。それと……私は多分、プライベートなこと。
そんなことを考えている暇なんてないと言うのに、どうしても昨晩のことを思い出してしまう。全部夢だった、ということにしておきたい。
ソワソワ落ち著かずテレビの容も頭にってこない。いつのまにか時刻は晝になっていた。
影山さんは相変わらず籠っている。時計をちらりとみた伊藤さんが、一旦パソコンから目を離して言った。
「僕、コンビニまで走ってきます。影山さんはまだ集中してるみたいだから、仮眠室にるのも躊躇うし……飲みとか、食べを」
「よろしくお願いできますか」
「はい。ちゃんなんか食べたいものある?」
「え? えっと……サンドイッチで」
「オッケー。すぐに戻りますね」
そう言い殘した伊藤さんは、コートを羽織ると財布を持って事務所から飛び出して行った。殘された私と九條さんは二人、言葉を発することもなく黙り込んでいる。まあ、珍しいことではない、元々雑談で盛り上がるようなタイプではないのだ。
私は無音のテレビを眺める。テロップを読みながら、楽しそうに話しているお笑い蕓人を見ていた。
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