《モフモフの魔導師》53 騎士の誇り

決勝は大方の予想通りナッシュの獨壇場になった。対戦相手のポルトも善戦したものの、地力で勝るナッシュには力及ばず敗れた。

「ポルト。君は優秀な魔導師だ。まだ私には及ばないが、修業を重ねればもっと良い魔導師になれる。進したまえ」

「ありがとうございます!進します!」

健闘を稱えあう2人に、観客からは惜しみない拍手が贈られ、ナッシュにはからの黃い聲が飛びう。

それに手を挙げて応えるナッシュは、まさに爽やかイケメン。その様子を見ていたボバンが呟く。

「今年は、やはりナッシュ殿が優勝したか…。って、何でお前はそんな険しい顔をしているんだ?」

アイリスに話し掛けたのだが、視線で人を殺せそうなくらいにナッシュを睨みつけている。

「団長…。私は狹小な人間です…。さっきナッシュさんに『國民を守る騎士が、大會で優勝できないなどあり得ない』と言われ、怒りが治まりません」と怒りを隠そうともせず述べる。

「ほぅ…」

「鍛え方が足りない、騎士に1対1では負けない、などと言われながら、私は何も言い返せなかったんです」

「それはお前の立場上、仕方ないことだろう。売られたケンカを買うことが騎士の仕事ではない」

「しかし…」

「言いたい奴には言わせておけ。だが…」

「何ですか?」

「いや、何でもない」

ボバンはそう言うと、スッとリスティアに近寄る。そして、何事か耳元で囁くとリスティアが面白そうに笑った。ボバンは一禮してアイリスの橫に陣取る。

「団長、何を?」

「気にするな。直にわかる」

「?」

闘技場の興覚めやらぬ中、どこからともなく『靜粛に』と聲が掛かる。

すると、王族の観覧席からリスティアが闘技場にトコトコ下りてきた。リスティアは中央付近で話していた2人に近づくと、笑顔で聲を掛ける。

「2人とも凄かったよ!お疲れさま!」

「王様。有り難きお言葉」

「王様には、お初にお目に掛かります。ポルトと申します。お會いできて栄です」

「うん!私はリスティアだよ。よろしくね、ポルト!」

ポルトに笑顔でそう言ったかと思うと、リスティアは次にナッシュに向き直って聞く。

「ナッシュ、今回も凄かったね。ところで、ナッシュって騎士より強いって聞いたけど本當?」

その言葉を聞いた観客席がざわつく。長い武闘會の歴史の中でも、騎士と魔導師の対決は行われたことがないからだ。

それ故、剣と魔法、どちらが強いかはっきりしたことが解らない。ナッシュはリスティアの問いにし思案して答えた。

「それは、何とも言えません。剣と魔法ではお互いの強さを図りかねますので」

「そうなんだ。それなら、やっぱり剣が強いのかな!じゃ、2人とも今後も頑張ってね」

リスティアがそう言って席に戻ろうとするのを、ナッシュが引き留める。

「王様。王様は剣のほうが強いと、そう思われているのですか?」

「違うの?だって今、ナッシュは勝てないって言ったよね?」

「勝てないとは申しておりません。やってみなければ解らないと申し上げたのです」

「ふ~ん。じゃあ、騎士の誰かと闘ってもらっていい?それで決めたいんだけど」

「私は構いません。王様に魔導師の凄さをお見せできるかと思います」

おかしな方向へ話が進んでいる気がするが、ナッシュは更に名聲を轟かせるまたとない好機と捉えることにした。実のところ、騎士に負けるなどとは微塵も考えていない。

「相手はどなたですか?私はボバン団長でも構いませんよ」

騎士を挑発するかのような口ぶりのナッシュ。それを聞いた騎士達は、怒りを抑えようともしない表だ。

それに対するリスティアの返答は、というと。

「じゃあ…アイリスと闘ってもらおうかな」

ナッシュは『しめた!』と思う。さっき、勢いでああは言ったものの、正直、騎士団長のボバンに勝つのは難しいだろう。

彼の闘いを見たことがある。凄まじい強さだ。彼と闘えば、たとえ負けることはなくとも自分もただでは済まない。

しかし、アイリスが相手なら間違いなく勝てる。騎士団ではボバンの次の実力者と言われているらしいが、実力には雲泥の差があるとナッシュは推測していた。

整った容姿で注目されているだけの、ただの騎士だと。

リスティアの気まぐれによりナッシュと闘うことになったアイリス。そして、その隣でボバンがククッと笑う。

団長が、さっき王様に何か伝えていたのはこういうことか、とアイリスは納得する。そして、またとない機會を與えてくれたボバンに謝しながら靜かに心を燃やしていた。

思わぬエキシビションマッチが行われることになり、ナッシュとアイリスは闘技場の中央で対峙する。

観客席の興も最高に達して、魔導師対騎士という世紀の対決を待ちきれないといった様子だ。

「まさか貴方と闘うことになるなんて。非常に殘念です。貴方とはこんな場所でなく、雰囲気の良い店でお酒でも楽しみたかった」

「そうですか」

「今なら、まだ止められますよ?」

「何をでしょう?」

「決まってるじゃないですか。この闘いを…です。今、辭めれば貴方の騎士の誇りに傷が付くことも無いと思いますが?」

この男は…どこまで、騎士を馬鹿にしているのか…。

「心配は無用です。それとも貴方がに負けるのが恥ずかしいと言うなら、辭退致しますがどうしますか?」

ピクリとナッシュの眉がく。面白いことを言う、と々癪に障った。

「気の強いは嫌いではありません。だが、貴方の剣が私に屆くことはない!…では、そろそろ仕合いましょうか」

「解りました。最後に1つだけ、よろしいですか?」

「何です?」

アイリスは良く通る聲で會場に響き渡るように尋ねる。

「ナッシュさんは、萬全の勢ということでよろしいのですね?」

「えぇ。回復薬を使用して力、魔力ともに萬全です」

「解りました。それだけです」

2人が會話を終えると、審判が『始め』の合図を送り、大観衆の注目する中、遂に魔導師と騎士による対決が始まった。

ナッシュの作戦はこうだ。

騎士と闘うのなら、とにかく近づけなければよい。いかに凄い剣技を持っていようが、剣が屆かなければ意味は無い。故に騎士との闘いは先手必勝と考えていた。

すぐに終わってはつまらないと、ナッシュは威力を抑えた『疾風』を放つ。アイリスはそれを橫に飛んで躱した。

『おぉ~!』と観客席が盛り上りを見せる。

そこからは、ナッシュが魔法による猛攻を仕掛けた。『火炎』『氷結』と派手な魔法を惜しみなく繰り出し観客にアピールする。それに呼応するように観客のボルテージも上がっていった。

対するアイリスはというと、全ての魔法を難なく躱してはいるが、ナッシュに近づくことはできないでいた。

「アイリスさん。避けるだけでは私には勝てませんよ?私はまだ本気を出してませんし」

ナッシュはキザな笑みを浮かべながら言う。

「…いえ。貴方の魔法に、ちょっと思うところがありまして」

「僕の魔法に?凄すぎて驚きましたか?」

前髪をファサッ!と掻き上げながら、當然だと言わんばかりに語る。

「逆です。貴方が、実際は大したことない魔導師だという私の考えが間違いではないと確信しました」

アイリスの言葉に噓はない。

し前に手合わせしたあの魔導師とは全く違う。対峙しても重圧をじないし、魔法を食らう気すらしない。

しかし、それを聞いたナッシュはどうやらご立腹の様子。

「さっき武闘會で優勝した僕に対する嫉妬ですか?いくら騎士が優勝できなかったからといって、その発言は大人気ないのでは?」

「それは関係ありません。純粋にそう思ったのです。…これ以上、貴方と闘っても時間の無駄です。早めにこの闘いを終わらせましょう」

そう告げると、剣に手を添えてグッと屈むような姿勢を取る。そして、一気に間合いを詰めた。

その速さに面食らう形になり、魔法の詠唱ができなかったナッシュは、それでもアイリスの薙ぎを間一髪で躱して距離を取った。

背中には冷や汗が流れ、観客から大きな歓聲が上がる。

「よく躱せましたね…。し意外でした。これで終わりかと思ったのに…」

アイリスは殘心をとりながら抑揚の無い聲で告げた。そして、ナッシュを興味のないものを見る目で見つめる。

ナッシュはその目が気にらなかったのか、青筋を立てて魔法を繰り出す。

『ちょっと驚いただけの僕に、そんな口を利くとは!もう遊びは終わりだ!恥をさらせ!』

己のる中で最大威力を誇る魔法を繰り出した。

『火焔(ホーラ)』

『火焔』は『火炎』の上位魔法。威力、範囲ともに比べものにならない。

この間合いなら避けれまいと放たれた魔法は、アイリスを直撃して観客からは悲鳴にも似た聲が上がった。

「むぅ!アイリスは大丈夫なのか!?」

観覧席のナイデルが心配そうな聲を発する。そう言うのも無理はない。特大の炎がアイリスを包み込み、今もそのを焼かれているのだ。

だが、そんな心配を掻き消すように隣から無邪気な聲がした。

「大丈夫、大したことないよ!ね?ボバン!」

「國王様。王様の仰るとおりです」

「お前達は…なぜ、そんなに余裕なんだ…?」

「アイリスはねぇ…もっと凄い魔導師と闘ったことがあるんだよ!むふぅ~!だから、あの程度の魔法じゃ倒れないよ!むふぅ~!」

「なんでリスティアが自慢気なんだ?凄い魔導師…?そんな者がいるのか?」

緒!」

リスティアは笑顔でそう言うと、呆れるナイデルを無視して未だ炎に焼かれるアイリスに目を向ける。ボバンは後ろに控えたまま、その言葉を耳にして苦笑した。

ナッシュの繰り出した魔法は、鍛え上げた騎士相手であっても、まともにければ命を脅かすような威力。

それを『あの程度の魔法』とは、王様の親友はどれ程規格外なのか。本當に興味が盡きない。

そして、王様に信頼されるアイリスは、きっとその魔導師と素晴らしい勝負を繰り広げたのだろう。

を傷つける趣味はないがと思いながら、アイリスの様子を窺うナッシュ。

大口を叩いていた騎士だが、泣いて謝れば『治癒』をかけてやろうか、と思案していたとき『火焔』の効果が消え始めた。

そして…炎の中から現れたアイリスは、剣を片手に平然と立っていた。『闘気』をそのに纏って。

それを見たナッシュは驚愕する。『火焔』は自る最高魔法だ。それをまともにけて、無傷で平然と立っている。

目の當たりにしても信じられなかった。そんな、ナッシュの心のを見かすようにアイリスは告げる。

「だから言ったでしょう?貴方の魔法は大したことないと」

実際、ナッシュの『火焔』より以前見たウォルトの『火炎』のほうが範囲も威力も上だった。詠唱速度も比べものにならない。

「どんな手を使ったのか知らんが、2度防げると思うな!」

もう一度『火焔』を繰り出そうとするナッシュだが、アイリスはそれよりも遙かに早く懐にり込んで、剣の腹でを打った。

衝撃でナッシュのがくの字に曲がる。

「ぐあぁぁぁ!」

「腹への軽い一撃で大袈裟な…。これが…騎士を馬鹿にした者の実力ですか?確かに大したものですね」

「くうぅぅ!!生意気な!食らえ!」

至近距離から魔法を繰り出そうとするナッシュだったが、その前に今度は腹を拳で毆られ、膝から崩れ落ちる。

その景を見たの観客から悲鳴が上がるが、聞こえないとばかりにナッシュを見下ろして告げる。

「どうしました?騎士に1対1では負けないのではなかったのですか?せめて綺麗な顔を毆るのはやめておきました。王都の大魔導師殿」

「貴様ぁ!騎士風が!」

なんと言われようと、表を一切変えない。

「ところで、まだ続けますか?貴方に私がどう映っているか解りませんが、こう見えて騎士を侮辱されてかなり腹に據えかねていますので、続けるのに異存はないです。だたし…言っておくが、次は躊躇いなく…斬る」

腹の底が冷えるような聲で告げる。ナッシュは生まれて初めて命の危機をじた。が震えて聲が出ない。

「無言は肯定と捉えてよろしいですね…?では、遠慮無く…死合いましょう」

そう告げると上段に剣を構え、袈裟斬りの勢を取る。そして、一歩踏み込むとけないナッシュの頭を目掛けて剣を振り下ろした。

次の瞬間。

「そこまでだ!アイリス、其方の勝ちだ!」

アイリスの剣がナッシュの額ギリギリでピタッと止まる。ナッシュは目を見開いて、をビッショリと濡らしている。

聲の主はナイデル。

どういった経緯であれ、この闘いで王都の優秀な魔導師を失う訳にはいかない。

そして、國王としてはアイリスに肩れする訳にもいかないという立場での賢明な判斷と言える。

アイリスはスッと鞘に剣を収めると、ナッシュにペコリと一禮して踵を返し去って行く。

そして、そのまま靜寂に包まれた闘技場を後にした。

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