やはり、彼には思い人がいた……。

あのタッセルを握りしめて、し頬を染めたのを見れば一目瞭然だ。

騎士という事までは絞れた。

七歳の時に作ったという事は恐らくサルヴィリオ騎士団の誰かだとは思うが、可能が高いのはサルヴィリオ騎士団副団長だ。

ならば、ここには何をしに來たのか。彼の言う『する人の為』とは…。

今現狀でリリアンや使用人達から得られる報はない。彼の目的は直接聞くのが一番だ。

ふと部屋の鏡を見るとそこには見慣れない茶髪に、平凡な青の目の男が見返している。

この姿なら彼は警戒を解いて話をしてくれるだろうか……。

その時執務室のノック音がした。

マジックアイテムの銀の指を外して、機の引き出しに収める。

「どうぞ。」

そう促せば、アンノと、リタ……そして、先程彼と一緒にいたリタに似た男もいた。その後ろに執事とセルシオも一緒にってくる。

「公爵様、先ほどの魔の件でお伺いしたのですが……。」

「ああ、それならアンノと一緒にいたウチの諜報員から話は聞いている。……アンノ。」

「はい。」

「先ほどの諜報員と一緒に報収集をしてもらえるかな？」

「私がですか？」

彼が協力しないはずがない。

「彼の話だと、彼らの目的は我が公爵領を撹し、この國に付ける隙を狙っていると聞いた。そしてそれをサルヴィリオ伯爵家の仕業に見せかけ、公爵家と伯爵家の関係に亀裂をれることと聞いたが。」

「はい、そうです。」

「であれば、サルヴィリオ領から來ている君たちに疑いの目を向けられるのを、黙って見ているかい？」

「いえ、調査に加えていただけるなら喜んでそうさせていただきます。」

誇り高い彼は自ら潔白を証明するだろう。

「ところで、……差し支えなければ先ほどの彼の名前をお伺いしてもよろしいですか？」

諜報員ということで、名前を聞くのを躊躇っているのだろう。

「彼の名前は……レイだ。」

「レイ……。」

そう呟いた彼の表が緩んだ。

その瞳のらかなに思わず自分に嫉妬しそうになる。

「公爵閣下。僕も報収集に混ざっていいんですか？」

彼の橫に控えていたリタと顔立ちのよく似た年が訪ねた。

「君は？」

「サルヴィリオ騎士団のティツィアーノ団長の補佐のテト＝クアトロです。」

そう彼が言った言葉にティツィアーノがほんの僅か……良く見てないと気づかない程度にピクリと反応した。

彼は結婚式の前日に騎士団長としての敘任式を済ませているはずだ。

後任が決まるまで、サルヴィリオ＝サリエが兼任するはずだ。

――――――団長補佐ね……。

何が言いたいのか。

結婚していない以上彼はサルヴィリオ家のものだと言いたいのか……。

挑発に乗るつもりはない。

ここで、余計なことを言わすつもりもない。

「では、テトとやら。君にはサルヴィリオ伯爵への連絡係としていてもらおう。団長補佐になるくらいだから伯爵家からの信頼も厚いだろう。早期解決の為、伯爵領でも不穏なきがないか、あちらからも報を共有してほしい。」

「……了解しました。」

ティツィアーノと一緒の報収集ではない役割が不満だったのだろうか、し不服そうな顔をしたが、「では、早速戻って現在の報を伝えて來てほしい。」と退室を促すと、最低限の禮を執り部屋を出ていった。

彼もティツィアーノに心酔している一人だろうか。

テトの瞳には何かしらの対抗心を含んだ目でこちらを見ていた。

このまま、彼と共に行をして、サルヴィリオ家に連れて帰られる訳には行かない。

「では、アンノもリタもリリアンのところに戻ってもらって構わない。今後のことは追って連絡する。」

そう言うと彼たちも出て行き、殘ったのは副と執事だけになった。

「――――――で、公爵様。彼と諜報活すると仰っていましたが仕事はどうするんですか？」

決済の必要な書類を小脇に抱えた執事が聞いてきた。

「……彼はどうしてあんな事になっているんだ？」

「「は？」」

二人が聲をそろえて素っ頓狂な聲を出した。

そんなことはお構いなしに思わず頭を抱えてしまう。

「だから何故彼が化粧をしているんだ。街で魔を倒した後彼が店から出てきて心臓が止まるかと思ったじゃないか。」

「いや、ティツィアーノ様のお化粧の話ではなく、わたくしは仕事の話をしているのですが……。」

半目でこちらを見る執事にイラっとしながら副を見ると、彼の目は死んでいる。

「彼が化粧をする必要はないだろう？彼はそのままでも綺麗だが、化粧をした彼のあまりの神々しさに何人の男が平伏すと思っているんだ。」

彼のしさを知っているのは自分だけでいい。

「公爵様。は盲目と申しますが…………嫉妬深い男は嫌われますよ。」

「うるさい。彼に気づかれなければ問題ない。」

隠蔽魔法を使った時、彼を抱きしめたまま、このまま時間が止まればいいと思った。

彼の背中から伝わる心音に、支えたのらかさ、髪から香る石鹸の香りにくらりとめまいを覚えたほどだ。

「いや、気づいていないのは彼だけですから。……恐らくリタ殿はし不審に思っていますよ。」

「どういう意味だ？」

「魔騒ぎがあった時、あなたがティツィアーノ様が不審者を追うのを呆然と見つめるのを訝しげに見ていました。」

「訝しげ？」

「はい、あの時のご自がどんなご様子だったか自覚はありますか？」

あの時は……うっすらと化粧を施した彼が店から飛び出してきて、何かに反応して路地裏に走って行ったのを目で追って……。

「さぁ？」

「一目見れば分かるほど彼に見惚れた顔をしていました。」

「…………。」

「先日も申し上げましたが、逃げられたくなければ、自制して下さい。」

無自覚なんだからしょうがないだろうと思いながらも、無言で肯定を示した。