「ちょっと！レオン様！そこの壁に拳をめり込ませないでくださいよ！」

橫でセルシオが慌てた聲で言ってきた。

彼が母親と話せるように、外出に見せかけて部屋を出て、中庭の渡り廊下が見える屋敷の二階から様子を見ていた。

馬鹿従兄弟が出てきたのは予想外だったが、私が飛び出す前にサリエ＝サルヴィリオが怒り狂って部屋から飛び出してきた。

サリエ殿にアントニオが一撃をもらい、連れて行かれた後、彼たちは執務室に戻り、それからしばらくして出てきた。

部屋の中の會話は聞こえなかったが、出てきた時の彼はとても晴れやかな表だった。

彼の囚われていた影は払えたのだろう。

昨日、母親の話をした時の彼の憂いた雰囲気は遠目からでもじることはなかった。

そんな彼を見て、気付かぬうちに張していたがほっと緩み、安堵のため息がれた。

が、

が、しかし。

彼は廊下を歩きながら副団長のルキシオンに話をかけたかと思うと、あの男は彼に顔を近づけ、くるしい耳元で何かを囁いた。

「あの男……。彼が赤面するほどの何を言ったと言うんだ……。」

「ちょちょちょちょっ！！壁壁！！レオン様、壁壊れてますから！！落ち著いて！落ち著いてください。」

「これが落ち著いていられるか？見ろ！！今度はじゃれあい始めたぞ。」

「もう、本當にストーキングやめません？あんた本當に逃げられますよ？僕なら逃げます。」

段々とぞんざいな言いになるセルシオの言も気にかけてはいられない。やはり彼の思い人はルキシオンで間違いなさそうだ。

あんなに幸せそうに、優しく微笑む彼の笑顔に心が濁っていく。

その笑顔をこちらに向けてほしい。

綺麗になりたい？

それを他の男が見るのは許せない。

彼が母親と向き合うのが怖かったのが理解できる。

必ず彼を手にれると思ってたが、あの笑顔を向けてくれるだろうか。

他の男に思いを寄せる彼に、心がしいと乞うて、拒絶されたら正気でいられるだろうか。

一度は手にれられたと思っていた彼を。

この手からすり抜けていくのを黙って見ていられるだろうか……。

いっその事……。

「……っは……。狂気の沙汰だな……。」

荒れ狂うとドス黒い想像が頭を掠める。

乾いた笑いと共に溢れた言葉をセルシオが拾うことは無かった。

――――――「レイ、ありがとう。」

彼は約束通り『炎亭』に來た。

サリエ殿が実家から持ってきたという黒龍の剣を抱きしめながら、これ以上ない眩しい笑顔で。

「母と話が出來て本當に良かった。貴方が向き合えって言ってくれたから……勇気を出して良かった。」

素直に母親との話の容を教えてくれたが、まさか産まれた瞬間、サリエ殿の怪力によって彼が死にかけた話だとは思わなかった。

それでも曇りのない、信頼だけを湛えた甘いチョコレートの瞳でこちらを見つめる彼に理を失いかけ、思わず抱きしめてしまいそうな両腕に力を込め、制する。

晝間の彼とルキシオンとのやりとりを見た後のこののまま彼を抱きしめたら、それだけでは終わらない。

短い髪からし覗いた可らしい耳に吸い込まれる。

あの耳元であの男は何を囁いたのか……。

「そう、それは……本當に良かった。貴方が幸せなことに何か出來たことが嬉しい。」

顔を近づけ耳元でそう囁くと彼の顔に熱が集中したのが分かる。

「ちょ、……蝶をね……。」

「は？」

突然蝶の話を始めた彼は赤くなった顔を背け、視線を手元のコップに移した。

「私、昔から蝶をれないの。」

「……？。……うん。」

「小さい時、ひらひら飛んでいく綺麗な模様の蝶を捕まえようと思って羽を摑んだら……ちぎれてしまって。優しく摑もうと思ったけど上手くいかなくて一枚の羽だけを摑んでしまったみたい。そうしたら羽がダメになっちゃって……一枚の羽を失った蝶はその場でけなくなったの。慌てて回復魔法が使えるリタを呼びに行ったわ。蝶は持って走ったらもっと羽がちぎれちゃうとか怖い考えが頭をよぎって、花の上に置いて戻ったの。」

先程の赤い顔はすっかり青白くなっている。

「それで、リタを連れて戻ったら……。もう他の蟲が蝶を……。」

弱った獲を捕食するのは自然の摂理だ。

「…………私が殺した。だから二度と蝶をろうだなんて思えなかった。だから、……極端だけど、母のれるのが怖かったと言うのが分かる。どうやってって良いのか分からない。」

「そうですね。僕も大事な人へのれ方が分からない。」

そう言うと彼は弾かれたように顔を上げた。

「え？」

「僕も大事な人へどうしたら良いのか分からない。誇り高く、それでも繊細な彼へどこまで踏み込んで良いのか分からない。どこまでなら許してくれるのか。でも、一度れたら最後。自制なんて利かない。理なんてどこかに行ってしまう……。」

そう言って彼を見つめると、キョトンとした表の中には何の警戒心のも無い。

あぁ、そんな隙だらけでは、手を出さない男などいない。

もし、ティツィがれることを許してくれたなら、私にだけその権利があるのなら。

小さなを抱きしめたららかなキャラメルの髪に顔を埋め、なめらかな頬には誰もれることを許さない。

甘い甘いチョコレートの瞳には他の男を移すことなど許さない。

薄桃のらかなから他の男の名前を呼ぶことは許さない。

どこか靜かなところに彼のためだけの屋敷を建てて、誰の目にもれることなく、私だけが彼の唯一に……。

「レイ……？」

彼がそう言った瞬間、ハッと彼を纏う空気が変わった。戦闘を予させる空気だ。

「ティ……？」

「聲が聞こえる……。」

「聲？」

「例の男たちの聲が。魔の匂いも……。」

「場所は？」

「店の裏だと思う。」

先程の隙だらけな彼はいない。

そこには、怒りを湛えて戦いに臨む一人の騎士だ。

「レイ、行きましょう。」

彼はきっと守らせてはくれない。

彼が守りたいものを自分で守るのだ。

それが彼の生き方で、自分が心惹かれた彼だ。

眩しいほどに生きることに輝いている彼を閉じ込めることなど不可能だ。

「行こう。」

そう言って二人で店を出た。

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