炎亭の裏口から耳にこびり付いて離れない、不愉快な聲と、フェンリルとバジリスクの匂いが鼻につく。

「サルヴィリオ家から一行が來ていると言うのは間違いなさそうだな。」

レイの隠蔽魔法で姿を隠しながら様子を伺うと、十人程の男たちと、その後ろに大きな布をかけた荷臺があった。

「レイ、恐らくあの荷臺の中にフェンリルがいる。低い唸り聲が微かに聞こえる。その奧の荷臺にはバジリスクが…。」

フェンリルは基本群でく。警戒心も強く、なかなか生きたまま捉えたと言うのは聞いたことがない。

そう考えると、彼の國も相當の使い手に捕らえさせたのだろうか。

バジリスクは大蛇の中でもかなり強力だ。一何人の犠牲者が出たことか………。

そう言うと、レイは靜かに頷いた。

「アニキ、前回殘したサルヴィリオ家の痕跡で王家もいたようですね。苦労してサーベルタイガーとフェンリル、バジリスクを用意した甲斐がありますね。これで二家が仲違いしてくれれば々やりやすくなりますね。」

「そうだな。おかげで予定より早まったが、サルヴィリオ家が來ているタイミングでフェンリルを街に放すぞ。これを殘してな。」

そう言って長髪の男が持っていたものはサルヴィリオ騎士団が使う矢だった。

何が何でもサルヴィリオを悪役に仕立て上げたいのだろう。

誰が考えたか知らないけれど、そこまであからさまなものを殘す事自がおかしいというのに。

「一本でもフェンリルに刺しておけば十分だろう。」

その矢を元から出した小瓶の中にれた。

その香りに思わず顔を顰める。

「何だあれは？」

レイが小さく呟く。

「恐らく、サポアルの葉から出した興剤かと。」

するとレイがピクリと反応した。

「なるほど？魔の輸をするくらいだ。違法薬などどうってことないわけだな。」

サポアルは量を間違えると死に至る。

痛覚は麻痺し、興狀態になる。そんな発狂狀態のフェンリルなど厄介以外の何でも無い。

現在取り扱いが許されているのは醫者の鋭が集められた王宮醫のみだ。

ゆらりと凍てつくような怒りを纏う彼はさすが『氷の公爵』と呼ばれるレグルス騎士団の諜報員といったところだろうか。

「レイ、私が近くで待機している騎士団に連絡して、事前に準備しておいた対フェンリル用の……。」

「時間がない。今すぐにでもフェンリル達を街に放つつもりだろう。被害が出る前に押さえたい。ティツィはここにいて、奴らのきを監視していてくれ。」

レイの指示に頷く。

彼がすらりと抜いた長剣は、一眼見て質の良いものだと分かる。

彼が一歩踏み出したその瞬間、呼吸が止まった。

「ぎゃあっ！」

「な、何だ！？」

「誰だ！！殺せ！」

「早くしろ！相手は一人だぞ！……がっ。」

あっという間に制圧されていくその景を立ち盡くして見ているしか出來なかった。

長髪のボスらしき男以外は地面に倒れ込み、ピクリともかない。レイは、腰を抜かした長髪の男の元に剣先を當て、靜かに、汗一つかく事もなく、呼吸をすこともなく、凍てつく目で男を見下ろす。

「大人しく同行してもらおう。」

そう言って、手のひらから小さなを空に打ち上げる。

上空でそのが消えたと同時に、數人のレグルス家の騎士が集まり、レイの指示の元、男と荷臺をあっという間に回収して行った。

ただただ私はその景を見ているしか出來なかった。

――――あの流れるような剣の流れは。

い頃、一瞬で目を奪われたあのしい太刀筋を見間違う事なんてない。

王宮に行くたび、脳裏に焼き付けて帰った貴方を――……。

「ティツィ？」

立ち盡くす私を不思議そうに、心配そうに彼が覗き込む。

「レ……イ。」

「うん？」

ここで揺していてはいけない。

「あ、いえ……、あまりに貴方のきに見惚れてしまって。本當に強いのね。」

あんな男たちでは彼の準備運にもならないだろう。

母と並ぶ、エルデンブルグ王國の誇る最強の騎士だ。

思わず服の上から元にしまっているタッセルを強く握りしめた。

強く握りしめたからか、袋が劣化していたからか分からないが、タッセルの紐がプツンと切れた。

「あ……紐が。」

思わずそう呟き、紐をたぐり服の中から小さな袋を取り出した。

「……離さずだね。」

そう呟いた彼の聲は、戦闘の余韻か、冷たいものを帯びていた。

「……そうね。太のタッセルってそういうものでしょう？」

思わず、なぜか反抗的な言いになってしまう自分が子供のようで見苦しいと思う。

「僕には分からないな。好きなら代わりのものじゃなく、本がしい。」

「あぁ、……さっき話していたの事ね。」

話に出て來たは間違いなく『シルヴィア』の事だろう。

『誇り高く、それでも繊細な彼』、『一度れたら最後。自制なんて利かない。理なんてどこかに行ってしまう。』。

そう彼が焦がれるシルヴィアが羨ましい。

『戦場で剣を振り回す暴者』、『気のカケラもない野猿』。

正反対すぎて笑ってしまう。

「そうだね。彼自がそばにいてくれれば何もいらないね。」

なぜそれを私に言うのか、なぜ私がティツィアーノ＝サルヴィリオと分かっていて言うのか。

私が貴方を公爵と知らないと思っているから、本音を言っても問題ないとでも？

「……好きなのね。」

「何者にも変えられない。僕の命すら彼の命には敵わないよ。……彼は他の男のものだったから、手にれられるなんて夢にも思わなかった。」

國王陛下ですらしがるほどのだ、群がる男達を押し退け、レオン＝レグルスが選ばれたのだろう。

「彼を逃すつもりはないよ。」

そう言って私を見る彼の瞳はし狂気を帯びているようにも見える。

奧にめられた熱にの奧がゾクリとざわめく。

「貴方にそんなに思われて幸せね……。」

心から出た言葉だった。

「……どうかな。迷がっているかもしれないよ。」

自嘲するように彼は言った。

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