《【書籍化】初の人との晴れの日に令嬢は裏切りを知る〜拗らせ公爵はを乞う〜》譲れないもの 2
「いい加減にしてください!!」
そう言った彼の聲で我に帰る。
サリエ殿と、どちらが敵を殲滅する権利を得るか、自分を見失い言い爭う姿は彼の目にどれだけ稽に寫ったことだろうか。
「母上も、公爵様も、ここで爭う意味はもうありません。カリム皇子は戦う意志無しということですので。お帰り頂きましょう。」
腰に手を當て、苛立ちながら言う彼に可いと言ったら怒るだろうか。
「ティツィアーノ、お前を傷つけた落とし前はつけさせるべきだ。」
それでも引かないサリエ殿に彼は面と向かって言った。
「母上、落とし前はもちろんですが、それは敵を殲滅させることではありません。」
「おっ、さすがティツィアーノ。話が分かるね。やっぱり一緒にリトリアーノに言って、僕の花嫁になってしいなぁ。」
その言葉にし落ち著いていた怒りがまた振り切れそうになる。
「……花嫁?」
「そうだよ。戦爭前に彼はこちらに頂いておこうと思ったんだよ。君だって知っているだろう?彼の目も、鼻も、耳も。『神の覚』と呼ばれるものだ。だから王家も、レグルス公爵家も彼をしがったんだろう?報は戦爭において最も重要で最も価値がある。最強の兵だよ。」
最強の兵?
爭うことを嫌い、爭わないために、自ら剣を握る彼を兵?
「彼をモノ扱いするな。彼にそれが無くても、私は彼を求めたさ。」
「カリム殿下。先ほども申し上げましたが、お斷りします。この國には私の大事な人が沢山いて、貴方の用意する皇太子妃の座も、寶石も私には何の価値もない。」
ティツィは、苛立ちを隠しもせず言ったが、その様子を楽しんでいるかのように、「殘念。」と笑っていた。
「とにかく、今回の件について賠償金は求めますし、王家の魔石も全て返して頂きます。三つとおっしゃいましたが、確かアントニ殿下は魔石を五つ持っていました。その所在の確認と賠償金の支払いが済み次第、お帰りいただいて結構です。」
その言葉に彼は「あ、バレちゃってる?ごめんごめん、五つ全部持ってるよ。」と笑って言った。
マジで殺してしまおうか。
「賠償金については……。」
「賠償金はさ、僕の持ってる青龍の核でどうかな?」
ポケットから、出した大きな青の寶石のようなそれは、一眼で分かる。間違いなく竜種のそれだ。
竜種の核一つで十分魔石と同等の価値がある。
「母上、良いですか?」
ティツィはサリエ殿に向かって聞いた。
國境での防衛、爭いについては全てサルヴィリオ家に一任されている。その後始末についてもだ。
「……良いだろう。個人的に納得はしたくないが、ここでコイツらを殲滅したところで本格的な戦爭が始まるだけだ。私としてもティツィアーノを戦爭に巻き込みなくはない。」
その通りだ。第一皇子。まして王位継承者を殺してしまえば、こちらに攻めてくる理由をあちらに與える様なものだ。例え、先にあちらが攻めてきたとはいえ、実際死人は出ておらず、被害もないとなれば、爭う必要もない。賠償金を払うとなれば尚更だ。
結局、リトリアーノが輸した武や食糧、荷馬車等もほとんどが火事で使えない狀態。使えるものも全てこちらが引きける形となり、カリム皇子一行はリトリアーノに帰って行き、モンテーノ家の人間は王都へと連行された。そうして今回の件は幕引きとなった。
「…さて、帰ろうか。」
そう言って、ティツィの背中と膝裏を支えながら、ひょいとを持ち上げ、自分の翼馬に乗せようとすると、「のあぁぁ!!」と、彼から令嬢らしからぬ悲鳴が上がった。
「あ、ああああの。私一人で翼馬に乗れますので、大丈夫です。いや、ホント、大丈夫です。」
彼は全に力をれ、全力でを私のを押し戻そうとしている。視線については完全に逸らされ、顔は赤くなったり、青くなったりを繰り返している。
「……でも、傷口は塞いだとはいえ、かなりのを失っていたから、君一人じゃ……。」
「あ、それならリタの翼馬に……。」
「すいません、お嬢様。私はリリアン様と乗りますので。」
「じゃあ、テト。」
「あ、俺はウォルアン様乗せることになってるんで。」
「なら、ルキシ……。」
「私は自分の命が惜しいので、お斷りします。」
段々と涙目になってくる彼が可くて、ずっと見ていたいが、ここまで拒絶反応を示されるとさすがに傷つく。
「私と一緒に乗るのは……嫌かな。」
「えっ。いえっ。その、嫌というか……。」
「よし、ティツィアーノ。この母の翼馬に……。」
「サリエは私を乗せてくれないと。」
危うく、サリエ殿に役目を持っていかれそうになるところを、サルヴィリオ辺境伯が助け船を出し、あの最強と呼ばれるサリエ殿を引きずっていく。……彼が最強なのかもしれないと思わずにはいられなかった。
「ティツィ……。」
そう呼びかけると、彼はびくりと肩を揺らす。
そう言って彼の手を取り、リリアンから渡された小さな麻袋を握らせる。
「聞きたいことがあるんだけど良いかな。」
彼はその手に握った麻袋を見て、みるみる顔が赤くなっていく。
「これは……その……。」
「うん。」
「……。」
彼が何とか言葉を出そうとしているのが分かる。
期待しても良いのだろうか。
口を開こうとしては閉じ、私の目を見上げては、逸らすその仕草が可すぎて、もう…………どうしてやろうかと、いたずら心がむくむくと顔を出してくる。
「お姉様!!わたくし、伝言は伝えていませんからね!!」
し離れたところでリリアンがぶ。
ギョッとした顔をした彼が、一呼吸置いてこちらを真っ直ぐ見上げた。
「あの……。そのタッセルは……。」
もう十分だ。
彼のこの瞳に私だけが映っている。
この瞬間を獨り占めしているだけで、心が凪いでくる。
「ティツィアーノ=サルヴィリオ嬢。私と結婚していただけませんか?貴方を思うだけで私の心は冬の海のように荒れ狂い、貴方の聲を聞くだけで春の日差しが差し込んでくる。貴方の人を思う優しさも、それ故に曲げられないにもがく貴方がおしい。自分ではどうしようもないこのを救ってくれるのは貴方しかいない。貴方がそばにいてくれるだけで、私は生きている意味をじることができる。……貴方の心も、これからの人生も私に與えてしい。」
目を見開き、パッと瞳が輝いたかと思うと、それは一瞬でふっと曇った。チョコレートの瞳がどんどん潤んでいく。
「私も、貴方が好きです。……でも……誰かと貴方を分け合うなんてできない。私は貴方が思うようなできた人間じゃありません。貴方が私をしてくれても、他ののことも同じくらいそう思っているなら私は耐えらない。貴族の男なら人を持つのが當たり前かもしれませんが……。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。他のなんていない。リリアンが結婚式の時君に言ったことは誤解だと……。」
この點については誤解が解けていると思っていた。
彼が屋敷に來た當初、説明したのだから。
「リリアン様がおっしゃたことではありません!……聞こえたんです。新郎の控室で貴方が陛下とアントニオ殿下と話している容が……。貴方にはずっと思っている方がいて、私との結婚はアントニオ殿下の意向だと……。」
そんなはいない。
想い、希ったはただの一人、ティツィアーノだけだ。
「そんなは存在していない。」
「でも、國王陛下もそのの素晴らしさを語っていらっしゃいました。」
全く理解ができず、頭を整理しようにも周りの好奇の視線に集中などできるわけがない。
ただでさえ彼は貧気味のはずだ。
顔が悪いのは今の話の容のせいだけではないだろう。
「とりあえず、一旦屋敷に帰ろう。そこでゆっくり話をしよう。」
無理をさせたくなくて、そう言って強引にティツィアーノを自分の翼馬に乗せた。
「おい、レグルス公爵。」
自分も翼馬に乗ったところで馬上のサリエ殿に聲をかけられた。
「何です?」
彼は何だかワケ知り顔で口元が揺るんでいる。
「シルヴィアからティツィアーノを落とすなよ。」
その途端目の前にある彼のがビクンと跳ねた。
「?當たり前でしょう。シルヴィアは他のどの馬より速いですが、賢いですから。無茶な飛び方はしませんよ。」
「……シルヴィア??」
そう腕の中の彼が小さく囁く。
「え?ああ。この翼馬はシルヴィアと言って、ずっと私と戦場を共にしてきた子だ。信頼してくれていい。」
そう彼に言うと、「…………あ……眩暈が……。」と呟いたかと思うと、彼の全から力が抜け、そのまま意識を失った。
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