《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》プロローグ 壱
ワレは、世にいう妖。
ワレはワレひとりゆえ、名はない。
生まれは吉野大峰、行者還の山中。
はるかな昔。もう覚えはほとんどない。
ワレはワレとして生じたか、何かが変化してワレとなったものか、それさえ定かでない。
ワレの手も足も五本指。
全が白銀の長いに覆われている。
鏡や水には映らぬゆえ、ワレはワレの顔を見たことがない。
霊力のある鏡や、神の清水であれば映しだすやもしれぬが、ついぞそのようなものは目にしたことがない。
猿だといわれるが、そうは思っておらぬ。
ワレはワレなり。
ワレをワレとして認めることができるヒトはほとんどおらぬ。
晴明が死んだとき、日ノ本の妖を集め、京は三條の河原で賑々しく宴を開いたころには、ヒトはワレを見ては恐れおののいておったものだ。じゃが、ここ百年ばかりの間に、ワレを見ることのできるヒトはほとんどおらぬようになってしもうた。
ワレは齢を重ねている。
眠っていることが多い。
大正天皇様の時代、ふとまどろんだつもりが、気が付けばそのひい孫様が天皇になられていた時にはワレながら驚いた。
そんなワレにも、今、ある仕事が與えられている。
こやつらを見張れと。
むろん、天子様からではない。
われらが棟梁から。
ある小娘から。
見かけは小娘であっても、あれの「気」はただ者ではない。
いずれワレと同類のものであろう。
ワレは眠り上戸だといっても、聞きれてくれなんだ。
押し付けられてしもうた。
力には逆らえぬ。
どうでもよいわ。
ワレはワレ。
あいつの召使いではない。
見聞きしたことを小娘に話すのだが、実際、それはごく一部。
何しろ……。
やあ、また瞼が落ちてきよった。
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