《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》18 競馬場は紳士淑の社場
土曜日、ミリッサは京都競馬場に來ていた。
サークルの活ではない。部活の京都競馬場に全員集合は日曜日のみ。
一週間前、ハルニナから手渡されたメモ。
そこには、こう記されてあった。
先生、來週の土曜日、競馬場に來られますか?
來られるようなら、お話ししたいことがあります。
もちろん、緒で、ということだ。
彼の単位、つまり卒業のことだろう。
個室を持たない非常勤講師と學で、誰にも聞かれず二人だけで話すのは難しい。
一昔前ならいざ知らず、今や學にどんな仕掛けが散りばめてあるか、知れたものではない。
ハルニナもそれを恐れて、競馬場を選んだのだろう。
ミリッサは、ハルニナの相談に乗ろうと思った。
それに、ルリイアとも會っておきたいと思った。
殺人事件の調査をするという大それたことが、競馬場職員ルリイアにとって、迷なことではないのか、という危懼がある。
先日のミーティングの空気では、反対意見を出すことは難しい。
しかも、ルリイアはあの事故の関係者でもあるのだ。
迷だと思っているなら、フウカに一言、忠告しておかねばならない。
ルリイアとは晝一番のレース、第五レースの前に、スタンド三階中央の売店の付近で、ハルニナとは全レース終了後にポーハーハー・ワイのゲート前で、ということになった。
ルリイアは會うなり、人を紹介してくれるという。
競馬場の清掃員で、あの日、そのエリアを擔當していた。
もう一人、同じく警備員。
ルリイアには迷なことかもという危懼は杞憂だった。
木曜の部活での結論がルリイアに伝えられているとは思えなかったが、彼はこともなげにこう言った。
「フウカはいい提案をしたよね。私が最も頑張らなくちゃ。一部始終を一番よく知っているのは、きっと私だから」
ミリッサは競馬はそっちのけで、まずは清掃員のと會った。
ルリイアが仕事中のを呼び止めてくれた。
「ええ、ええ、よく覚えていますよ」
七十を過ぎているかもしれない。しかし、競馬場は紳士淑の社場だという古い考えを大事に持っているのか、丁寧に化粧をし、髪のセットも完璧だ。
清掃員の制服と不釣り合いだともいえなくないが。
ミリッサが名乗るももどかしそうに、あるいは仕事の手を止めることに抵抗があるのか、自分からあの時のことを話し出してくれる。
事前にルリイアが聲を掛けてくれていたのだろう。
「あの日の私の擔當エリアは、スタンド二階の北の端。あの階段付近も含まれています。でも」
転落事故そのものを目撃したわけではないです。
私が言えることは、階段に繋がる通路に、誰もいなかったということだけ。
そもそも、あの通路。
先はスタッフオンリーの部屋が並んでいるだけで、一般のお客様には用のない通路です。トイレやベンチがあるわけじゃなし、スタンドのどこにも直接は繋がっていませんし。
ええ、ええ。三階にも同じことが言えますよ。
上の階はもっと、お客様には用がない。
そもそも三階には座席もないし。通るのは、一部のお客様と競馬場関係者だけ。
もとより、ミリッサは現場の構造を、現地で確かめて把握している。
ケイキちゃんにったノーウェがルリイアを待って立っていた通路。
スタンドの裏側、すなわちパドック側にあたるが、このあたりからパドックは見えない。しかも、馬場側もゴールをとうに過ぎた第一コーナー手前のあたりで、ファンが好んで席を確保したい場所でもない。
おのずと閑散とした不人気エリアということになる。
競馬が人気レジャーだった時代ならいざ知らず、今はG1レースが催される日であったとしても、人の姿はほとんどなかったと思われる。
そして、ノーウェの足元にあった階段。
一直線に一階に降りていく。
幅は三メートルほどとそれなりに広いが、途中、短い踴り場があるのみ。あくまで、スタッフ中心線の位置づけだ。
一階の登り口には、ここにもスタッフオンリーのテープフェンス。
その階段が通路に直して設けられている。しかも、通路から最初の一段目までスペース的な引きがない。普通は、いくらかの引きを設けて足を踏み外す危険を避けるものだが,わずか三十五センチほどの幅があるだけだった。
二階通路の反対側はどうか。
下へ降りる階段に対峙する形で三階へ繋がる上り階段が設けられている。
つまり、三階から二階、一階へと結ぶ直線狀の階段があって、その中央に二階の通路が、いわば踴り場的な意味合いで橫斷しているというわけだ。
清掃員の話では、ノーウェが転げ落ちた階段付近に、すなわち二階の通路に客はいなかった、ということになる。
警察もこのの証言をけて、一旦は事故死と判斷したわけだ。
しかし、が面白いことを言い出した。
當然、ミリッサにではなく、ルリイアに。
「ルリイアさん、あの事故の時には、亡くなった娘さんが誰かって知らなかったのですが」
と前置きして、
「うちの課長さんの娘さんなんだそうですよ」
「え、誰が?」
「亡くなった娘さんが」
「えっ、課長さんって、キオウミさんのこと?」
「はい。確かめたわけじゃないですよ。支社でそんな噂が」
「へえ!」
清掃員の報提供に謝意を表すためか、ルリイアは大げさに驚いてみせている。
離れたところから、若い競馬場職員がこちらを窺っていることに気づいた。
ミリッサはチラチラとその方に目をやるが、何をするわけでもなく、立ち止まってじっとこちらを見ている。
視線の先に気づいた清掃員が聲をひそめた。
「ああ、あいつですね」
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