《パドックの下はパクチーがいっぱい/子大の競馬サークルの先輩が殺された?著ぐるみの中で?先生、どうする? 競馬ファン必見、妖怪ファン必見のライト・ラブリー・ミステリー》31 話の列車は別の線路を走り出す
先に見つかったのは清掃員の方だった。
連れているジンをじろじろ見てから、は言った。
「聞きたいことって? 昨日、先生にはあらかた話したよ」
ジンはおじしない。
「教えてほしいんです。事故の前後に誰も見かけなかったとお聞きしました。では、何か、落ちていませんでしたか? 馬券とか予想紙じゃないもの」
なるほど、その質問があったか。
だが収穫はなかった。
警備員は三階で見つかった。
緑のブレザーを著た競馬場職員と話していた。
警備員とジンが攜帯型データチップに映像記録を移している間、ミリッサは競馬場職員と話をした。
アサツリである。
「いつもお世話になります」
と、今日はなぜか下手に出てくる。
もしやこいつ、覚えていないのか。
いや、覚えている。その証拠に、こちらが何も言わないのに、ルリイアのことを話し出した。
「彼はとてもよく働く優秀な職員でしてね」
と、上司のような口ぶりだ。
「CS推進部に所屬していますから、お客様第一は、それはそうなんですが、まあ、あれです。働きすぎなんですよ」
と、軽く批判して、賞賛を増幅する効果を狙っている。
いや、もしかすると単に、自分の働きと比べられて迷だ、とでも言いたいのかもしれない。
「いいんじゃないですか」
と返すと、
「ええ、ええ。彼を信頼していますよ」
と、今度は大げさな言い方で、褒め始めた。
よくわからない男だ。
以前、唐突に失禮なことを言い放った男だ。
何をしでかすか、わかったものじゃないと清掃員が言ったことも思い出す。
話の途中、どこかでパチンとポイントが切り替わり、話の列車は別の線路を走り出すのだろう。
注意しなくては。
ノーウェ事件の調査など、絶対に句だ。
どんな反応を見せるにしろ、好ましい方向に行くはずがない。
しかし、もう気づかれただろうか。
昨日の清掃員との立ち話を見ていたし、今は警備員に何やら頼んでいるのを見られている。
競馬場の映像をコピーするのは違法だ、競馬場法違反だ、などとでまかせを言いだすやもしれない。
まだ、警備員控室からジンは出てこない。
アサツリもなぜか立ち去ろうとしない。
ジンが調子よく、二階の映像、ゲット! などと言いながら出てこないとも限らない。
とにかくこいつを遠ざけなければ。
が、先を越された。
「先日のイベントで起きた事故のことをお調べなんですね」
と、言い出す。
「警察から協力要請でも?」
痛いところも突いてくる。
「まあ、そんなところです」
と、ごまかすしかない。
まずいぞ、これは。
俺たちはいいが、ルリイアの評価を下げることになっては、申し訳ない。
なにか、いい口実を。
「あの事故で亡くなったのは、私の教え子でしてね。それに競馬サークルの部員でした」
この言葉で察してくれ。
「お気持ち、お察しいたします」
と、まだ下手に出てくる。
「ですが、うちの職員を巻き込まないでほしいのですが」
とうとう、來た。
「ルリイアから聞きました。先生方があの事件を調べておられるのを」
ルリイアが話したのか。
話さざるを得なかったのだろう。
「私でよければ、いくらでもお手伝いさせていただきます。ですが、彼の負擔をこれ以上増やさないでいただきたいのです」
ふん。
手伝う?
なにをだ。
それに、ルリイアの負擔軽減は上司であるお前の仕事だろ。
自分を棚に上げて格好つけるなよ。
では、聞いてやろう。
「ありがとうございます。ルリイアのことも、リーダーに伝えておきます。ところで、あなた、あの事故のあった時、どちらにおられましたか?」
アサツリの顔が変わった。
「どういう意味ですか?」
「いえ、できることなら、ここの職員さん、委託業者の皆さん、それとお客全員に聞きたいくらいです。ジョッキーや馬主、調教師、馬にさえね。事故の真相を知るために」
嫌味が過ぎたのだろう。
アサツリは、顔をひきつらせた。
「それほど、真剣に取り組んでいる、ということをご理解いただきたい」
ジンよ。
早く出てきてくれ。
俺が止まらなくなる前に。
「それで、どこで何をされていたんです?」
「わ、わ、私は……。そんなこと、覚えているはずがない! あんた、何の権限で!」
とうとう、怒らせてしまった。
「今、あなたはお手伝いをさせていただくとおっしゃった。だからお聞きしたまでのこと。聞き方が悪かったのかもしれません。聞き直します。なにか、あの事故について、お知りことがありましたら、お教えくださいませんか」
「私はなにも関係ない!」
「関係があるとは言ってません。お耳に挾まれたことなど、あれば」
「ない!」
では、失禮します、とも、競馬をお楽しみください、とも言わずにアサツリは逃げるように立ち去った。
やれやれ。
ルリイアよ。すまない。アサツリを怒らせてしまった。
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